ENDLESS SUMMER NUDE   作:エコー

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05 彼等彼女等の青春ライン攻防戦

  

 ヒキガエル級のカレー腹が少し落ち着いた頃、夜の空気を吸いにペンションを出る。

 空には幾多の星が煌めいて、その星空は幻想のようにも見えた。

 孤独を纏いつつ星々を見上げていると、ペンションの裏手からひそひそと声が漏れ聞こえてくる。声の方向に歩を進めると、裏手の木塀にへばり着く戸部と、テンションが上がって処理が面倒くさそうな材木座、それを遠巻きに鎮める葉山が見えた。

 

「……戸部、何してんだ?」

 

 まあ、何をしようとしてるのかは大体察しはついてるんだけどな。

 こいつらがへばり付く木塀の向こう。そこは露天風呂。

 そして今は女子の入浴時間。

 そこに男子が三人息を潜めている。

 もうやることは一つしかないだろう。が、それを容認してしまったら俺にも火の粉が飛びかねない。何なら俺が主犯扱いされるまである。

 

「おい戸部、悪いことは言わん。やめとけ」

 

 夏の魔力はバカをも加速させてしまうのだろうか。解放感に流されるのにも限度があるぞ。

 

「大丈夫だって、ほら隼人くんも材木崎くんも、ヒキタニくんも早く早く〜」

 

 しかし……材木座すげえな。現地集合してから数時間でリア充共と一緒に女子の風呂を覗くのかよ。あとは名前を覚えてもらうだけだな。あ、俺もか。

 

「フ、フヌン……戸部氏、早く、早く我にスキマを~」

 木の板が組み合わされた塀を、何回も角度を変えて調べる戸部と材木座。

 

「は、八幡よ。我は……秘かに憧れていたのだ。男友達と風呂を覗くという行為にな。ゲフフ」

 

 堂々と宣言するほどのことか。そんなんぼっちなら誰だって一度は憧れるだろ。あとお前に友達は居ないぞ。それ重要だから間違えるなよ。

 しかし、ここで熟考しなければいけない。

 その一瞬の愉悦と引き換えに背負うべきリスクは余りにも高いのだ。バレなければいい、なんて思ったら最後だ。確実にバレる。思わなくてもバレる。しかも実際は見えないだろうし、聞き耳を立てて漏れ聞こえる声から中の様子を想像するのが関の山である。

 そしてあとに残るのは惨たらしい屍。欲望に負けた愚かな敗残兵の骸しかない。

 まさにハイリスクちょいリターンなのである。

 

 気がつくと俺はこめかみに手を当てて、どこぞの氷の女王のように呆れていた。見ると、数歩離れた場所で同じ様に呆れる爽やかな輩がこちらを見ていた。

 

「比企谷、良い所に来てくれた。戸部たちを止めてくれよ。俺が言っても聞かないんだ」

 

 困った顔で微笑む葉山はいつでも正義の味方だ。その葉山に賛同するのは非常に癪だが、ここは戸部たちを制止せざるを得ない。我が身の確実な安全の為に。リスクマネジメントは人生の基本だからな。

 風呂に誰がいるか解らない以上、なんとしても阻止してやる。雪ノ下や由比ヶ浜がいたら……いや、誰がいても確実に俺氏終了である。

 説得には相手を篭絡できるだけの材料が必要だ。その点今回の場合は非常に楽で、代替物の提案だけで済むだろう。

 必死に木塀の隙間を探す戸部の肩にぽんと手を置き、自分なりの微笑みを投げ掛ける。

 

「ふっ、若いな戸部」

「え……ヒキタニくん?」

 

 友達がいない俺からすれば想像だが、あくまでフレンドリーに説得に入る。

 

「女の裸が見たい? そんなもん、ネットの世界を駆け巡ればわんさか出てくるんだぞ。こんな所で危険を犯す必要はないんだぞ」

「でも、でも、海老名さんがこの塀の向こうで……これはもう覗くっきゃないでしょ~」

 

 覗きたい願望を爽やかに語るんじゃない戸部。つーか中に海老名さんが中にいることは確認済みか。

 

「け、けぷこん。我も三次元の女子の裸体に拝謁する時が来たという事か……」

 

 残念ながらお前にゃそんな機会は一度たりとも来ない。それだけは確定事項だ。今俺が決めた。

 とりあえず材木座に肩パンを食らわせて、塀にかぶりつく戸部を引き剥がしにかかる。

 

「もう部屋に帰ろう、戸部。こんなことがバレて嫌われたら意味が無いだろ?」

 

 葉山も戸部を説得するが、勢いに乗った高三男子の性欲は機関車の如き馬力を発揮し、俺と葉山の二人掛りの引き剥がしにも耐えてその場に踏ん張る。

 体育会系性欲男子恐るべしである。

 まあいい。力がダメなら頭で対処するのみ。

 ここは”覗く”という行為自体のリスクを教えて諦めさせるか。

 

「良く考えろ戸部。ここでもしお前が海老名さんのハダカを見れたとする。それは即ち、材木座も同じ方法で海老名さんのハダカを見ることを決定付けるんだぞ。おまえはそれを許容できるのか?」

 

 それを聞いた戸部はすすっと木塀から身を離して姿勢を正し、咳払いをひとつ。

 くるりと木塀に背を向ける。

 

「材木崎くん。覗きは良くないっしょ。さ、帰るべ」

 

 変わり身早いな。つーか軽いな、お前の情熱。

 

「ま、待ってくだせぇよ兄貴〜」

 

 すたすたと歩き去る戸部の後を追う材木座。つかいつから戸部の子分になったんだ。果てしなくどうでもいいけど。

 残ったのは葉山と俺。葉山は、俺の肩に手を置いてくる。

 

「すまないな比企谷、助かったよ」

「別にお前らを助けたわけじゃない。バレて俺までとばっちり食うのが嫌だっただけだ」

 

 もちろん本心だ。戸部や材木座、葉山がどうなろうと関係ないが、きっとこういう時に槍玉に挙げられるのは俺だ。

 ただてさえヘイトを集めやすいのだから、こういう時は最悪を想定して行動すべき、それだけだ。

 

 葉山と連れ立って部屋に戻る途中、入口の前でひそひそと話す戸部と材木座の首根っこを掴んで中に引きずり込む。どうせまたエロくて悪い計画でも話していたのだろう。

 と、湯上りにTシャツ短パン姿の三浦優美子、海老名姫菜とエントランスで鉢合わせする。

 

「あれー隼人たち、何してんの?」

 

 絵に描いたようなキョドリ顔をするな戸部。海老名さんが……なんでキマシタワ~なんだよ。ちなみに材木座は、ぼっちスキル全開で既にこの場から逃げ遂せている。ずるい。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと自販機で飲み物を……ね、隼人くん」

 

 バレないといいな、此処にも外にも自販機が無いのを。それに気づいた葉山は少し目が泳いでいる。

 葉山もほら、いつもの葉山に戻れよ。みんなの葉山隼人に。

 

「あ、ああ、そうだよな比企谷」

 

 うわっ、ずっちーなぁ。

 それに引き換え、俺は落ち着いたもんだ。何故なら俺は覗こうとはしていない。むしろ阻止したほうだし。故に良心の呵責なぞ微塵も無い。

 つーか、こういう場面では動揺したら負けなのだ。ソースは勿論──。

 

「ふぅーん、あんたたち、いつの間にそんな仲良しになったん? つーかまさかヒキオ、覗いてた?」

 

 ちょっとちょっと。脳内の語りを邪魔しないで下さるかしら女王サマ。ほらみろ、ソースの下りがどっか行っちゃったじゃねぇか。駄話だったから別にいいけどさ。

 あと、なんで俺だけ疑われるんだよ。悔しいので少し葉山にも意趣返しでおすそ分けしてやろう。

 

「馬鹿いうなよ。俺はそんな死刑確定のハイリスクな行為にゃ興味は無い。なあ、葉山」

 

 キョドる葉山が反応する前に、獄炎の女王が応じる。

 

「はあ? 隼人がそんなことする訳ないっしょ。戸部ならともかく」

 

 おお、なかなか鋭いね三浦さん。戸部は心此処にあらずで汗ダラダラで笑っている。

 しかしこれが日頃の行いの差というやつか。

 人生って、不思議なものですね。

 

 葉山とその一味、そして材木座はすでに散り、エントランスには俺ひとり残っている。

 間違えてはいけない。自発的に残っているのだ。決して置いてきぼりを食った訳ではない。”置いてきぼり”って、どっかの名物の木彫りみたいだな。違うな。

 

 ここに残っている理由はひとつ。

 川崎沙希がいる部屋に入りづらいからだ。

 あの後、平塚先生は部屋割りを変えてくれる様なことを仄めかしていたが、その話が無い以上は俺の部屋は川崎と一緒なのだ。

 まあ大志もいるから妙なことにはなるまい。だが、居辛いことには変わりはない。したがって、俺が安心して身を置けるのは共同スペースであるエントランスか食堂の何処かとなる。

 

「……食堂に行くか」

 

 食堂の冷蔵庫を開けると、何本かの飲み物があった。その中でコーヒー飲料と書かれた缶を取り、開ける。

 うん、美味い。甘さは控えめだがキンキンに冷えていて胃の腑まで冷たさが沁みる。

 

「しかし、やっぱり俺を甘やかしてくれるのはマッ缶だけだな……」

 

 愚考を絡めつつ人生の苦味を噛み締めながら、甘さが足りない缶コーヒーを啜る。

 そして不幸はいつも突然に運命のドアを叩く。

 

「ひゃっはろ、比企谷くん」

 

 そこに現れたのは魔王、はるのん。この人とのエンカウントはいつも突然である。

 魔王は俺に黒い微笑を向ける。無理難題を申し渡す時の顔だ。世界の半分をくれてやるから軍門に下れ、とでも云うのだろうか。無いか。俺って勇者じゃないし。

 

「ちょうど良かった比企谷くん、裏にローリエが生えてるらしいんだけど……葉っぱ取って来て」

 

 おお、懐かしいなロリエたん。去年の夏以来か。

 それにしても、魔王の依頼にしては難易度は低いな。これじゃただの小間使いだ。ま、幸い風呂には誰も居ない筈だし、今のうちに取ってこよう。

 

「えーと、裏側のどこに……」

 

 俺は先程戸部が必死で噛り付いていた木の塀、すなわち露天風呂のすぐ裏を探していた。まだ女子の半数は入浴を済ませていないはず。風呂に誰か入る前に戻らなきゃ。

 しかし、ローリエなんてどこにも……。

 

『わあ、結構広いねー』

 

 あれ。この声、由比ヶ浜か?

 

『ここの自慢の一つだからな、この露天風呂は』

 

 ……平塚先生だ。

 

『ええ、とっても良いお風呂ですね』

 

 この声は、夕食の時しきりに自分の胸を気にしていた雪ノ下だな。

 

『……どうした雪ノ下』

『ええ、誰かに悪口を言われた気がして』

 

 鋭いな雪ノ下。悪口ではなく事実だけど。

 

『うわっ、ゆきのんの肌、白っ!』

 

 ほう、中々興味深いことを仰る。

 

『やめて由比ヶ浜さん、なぜあなたはいつも抱きつくのかしら』

 

 ブハッ、由比ヶ浜と雪ノ下は既にガチゆりなのか?

 

『だってゆきのんのハダカ、綺麗なんだもん。つるんつるんだし。肌も……下も』

 

 そうかそうか、つるんつるんか。

 ん? 下も?

 ……下も!?

 ええっ!?

 それはゆゆ式、もとい由々しき事態だ。真相を確かめねばっ。

 

『それは言わないでちょうだい。それに全く無い訳ではないわ』

 

 まったく無いわけではない……?

 ちょろっと──ってことか。ちょろのんなのか!?

 

『でもゆきのん、それってパイパ──』

 

 パ、パ、パ、パ、パイ、パ……ン!?

 

『──それ以上言わないで。お願いだから』

 

 嘘、マジ……か。

 雪ノ下、今おまえのことをちょっとだけ見直したぞ。理由はまったくの謎だけど。

 

『ははは、何だ雪ノ下はまだお子ちゃまのままなのか。おお、本当だ、タテ線1本じゃないか。とぅるんとぅるんじゃないか~』

 

 タ、タ、タテ、タ……

 とぅるんとぅるん……

 ──ぶはっ!!

 

『平塚先生まで一緒になって、もう……少しはありますからっ』

 

 あーよかった。少しはあるという言葉に、得体の知れない安堵感を覚えてしまった。

 よ、よし、がんばれ雪ノ下、少ない資源を守りきるのだっ。

 

『よし雪ノ下、私が確認してやろう。ほれ、くぱぁっと開け』

 

 くぱぁ、とか言わないでください先生。塀の外には妄想力抜群の男子がいるかも知れないのに。

 

『せ、先生、ゆきのん嫌がってますってばっ』

 

 さすが友達思いの由比ヶ浜だ。だが油断するなよ。おまえにも大きな攻撃目標が二つもあるんだぞ。

 

『おー、由比ヶ浜ぁ、こんなにたわわに実って……』

 

 お、やっぱり先生の攻撃目標が由比ヶ浜に移った様だ。

 

『え、ええっ……ひゃんっ、せ、先生、いきなり何するんですかっ』

 

 やばいやばい、こんなの聞き耳を立ててる場合じゃない。

 

『良いではないか良いではないか、もう誰かに揉まれたのかね、んん?』

 

『ま、まだ……ヒッキ……触ってくれな……ひぅん』

 

 ……。

 え、えーと……ロ、ローリエさがさなきゃな、うん。

 

『くはぁ、柔らけぇー、どんどん指が埋まっていくぞ。ほれ、もっと良い声で啼いておくれ由比ヶ浜』

 

 こりゃ平塚先生、酔っ払ってんのか? 酔うとエロくなる人なのか?

 助けに行けないのがヒジョーに残念だが、頑張れ由比ヶ浜っ!

 

『先生っ、悪ふざけはその辺に……』

 

 そ、そうですよ。あんまり青少年のオカズストックを増やさないでいただきたい。

 

『ん? 雪ノ下……可愛い尻だなぁ、少し先生に味見させてみろ』

 

 あ、味見って、先生それは桃缶じゃないですよ。カタチは似てるかも知れないけど。

 

『ちょ、ちょっと先生……やひゃ、ふぁ、やめ……』

 

 ……くっ、覗きたい。

 思わず本音が声に出そうになる。

 いや別に不純な動機じゃないよ? ただの状況確認だよ?

 純粋な学習意欲というか、あ、そうそう、学術的興味さ。決して下心では無くって、だよ?

 

『おーおー、雪ノ下も良い声で啼くではないかぁ』

 

 ……。

 くっそ、平塚静め。

 なんかもう、さっき覗こうとしてた戸部の気持ちが痛いほどわかるな。実際痛いほどなのは下半身だが。

 

 『先生、もうやめ……んきゅっ』

 

 おい。おいっ。

 んきゅって何だよ、何されたんだよ。どこをどうされたんだよ。

 クリックか。クリックされたのか。

 ダブルクリックか!

 ふう……もう生殺し、いや耳の毒だ。とっととロリエたんを探して戻ろう──

 しかし、運命は常に俺に厳しいのだ。

 

「……あんた、何してんの?」

 

 立ち上がった瞬間に投げ掛けられた女子の声に全身が震える。

 終わった。

 俺はこのまま覗きの冤罪で一生日陰で暮らすことに……いや、盗み聞きには該当しちゃうのか、これ。

 

「なにしてんのよ、比企谷」

「か、川崎……か?」

 

 違う、違うんだって。俺はほら、ローリエを……。

 

『外に誰かいるの……?』

 

 やばい、中の雪ノ下にもバレたか。

 

「あー、川崎だよ。ごめん、うるさかったか!?」

『いえ、大丈夫よ……ごめんなさい』

 

 ふう。川崎のお陰で助かった。

 

「すまない、助かっ──」

「あとで話あるから」

 

 一難去ってまた次男……じゃないや。今度は決定的な危機だ。あー、こりゃ詰んだな。マジで。

 肩を落としてペンションの正面に戻ると、そこの植え込みにローリエはあった。

 ……あんの魔王め。

 あ、これって魔王出現のフラグじゃね?

 

「なーんだ、結局比企谷くんは雪乃ちゃんたちのお風呂を覗かなかったんだね」

 

 案の定現れた魔王、雪ノ下陽乃が嫌な笑みを向けてきた。

 もう、おうちに帰りたい。

 

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