朝食の直後、本日の運命が決まる時間がやってきた。
「さて今日の部屋割りだが……」
昨日は悲しい思いに打ちひしがれた部屋割り発表だ。
だがしかし、今日の俺は一味違う。何故なら平塚先生には昨夜賄賂……もとい付け届けを渡してあるのだ。
肩揉みという、肉体的ご奉仕をっ!
そして家からくすねてきた対平塚先生用決戦兵器である”ビール”をっ!
さあ平塚先生、今日こそは戸塚、小町と一緒の部屋にしてくれっ!
頼む!
「──こうなった。各自確認しておくようにっ」
さあっ!
合宿二日目の部屋割りは以下の通り。
四人部屋(401)
葉山隼人 材木座義輝 戸部翔 戸塚彩加
三人部屋①(301)
由比ヶ浜結衣 比企谷小町 一色いろは
三人部屋②(302)
雪ノ下雪乃 雪ノ下陽乃 城廻めぐり
三人部屋③(303)
三浦優美子 海老名姫菜
二人部屋①(201)
川崎沙希 川崎大志
二人部屋②(202)
平塚静 比企谷八幡……!?
「……はあ。何でこうなるんだ」
うっかり魂が口から逃げそうになる。ちょっと待て、逃げるなら本体も一緒に──
「せ、先生とヒッキーが一緒!?」
由比ヶ浜が素っ頓狂な叫びを上げると、周囲からの視線が俺に、そして隣で俺のヘッドをロックするアラサー女教師に集まる。
そうだ、どう考えてもおかしい。
ここだけは応援させて貰う。由比ヶ浜がんばれっ、俺の為に。俺の戸塚の為にっ。
「比企谷、キミがくれたビールの意味はしっかりと汲み取った。まさか酒を用意してまで夜通し二人っきりで私としっぽり語り合いたいとはな。昨夜だけでは足りなかったのか?」
しっぽりて何だよ、教師と生徒の間柄に適切な言葉なのかよ。しっかりしてくれ国語教師。
「……ヒッキー、そんなことしてまで先生と……うわあぁーん!」
大きな誤解を抱えたまま、由比ヶ浜は走り去った。
ふっ、これで孤立無援か……のぞむところだ。
「……平塚先生、私も承服しかねます。なぜ私と姉さんが同室なのですか?」
おっと、思わぬところに壁……もとい伏兵が。もしや使えるのか。
「姉妹だからだよ雪ノ下。たまにはしっかりと腹を割って語り合ってみたまえ」
所詮伏兵は伏兵。勝敗の決め手にはならないのか。
「お断りします。私は人員に余裕のある海老名さんたちの部屋に……」
ほう、意外に粘るな、雪ノ下。よし、この隙に平塚先生との同室を回避する策を練らねば。
「あ、それナシね。あーしらの部屋は確かに三人部屋だけど、あーしが許さないし」
やばい、三浦優美子の圧が強過ぎて事態が収束してしまう。雪ノ下、おまえ部長だろ。もっと頑張れよ。そして俺に策を練る時間をくれ。さもないと俺はアラサー教師の生贄に……ぐすん。
「何故あなたの許しを得る必要があるのかしら?」
その毅然とした態度、かっこいいぞ雪ノ下。その調子でもっとゴネろ。
だが、三浦が繰り出した攻撃は破壊力抜群だった。
「あれ~平塚センセの指示に従えっつったのは雪ノ下さんだったよね。じゃあ自分も従うべきでしょ、とーぜん」
うわあぁ、過去の発言が仇になったぁぁ。忌々しそうに臍を噛む雪ノ下。
ところで「臍」って「ほぞ」と読むけど、結局「へそ」なんだよね。どんなに悔しくても噛めないんですけど自分では。
「そうそう雪乃ちゃん、人間は諦めが肝心だよ~」
てってれー、噂の魔王の登場だ。もう年貢の納め時なのか雪ノ下。ついでに俺も。
「そ、それにしたってヒッキーが先生と一緒なのはおかしいしっ」
おや。いつの間にか由比ヶ浜が戦線に復帰したぞ。お帰り、とりあえぞ頑張れっ。
「じゃあ由比ヶ浜、キミが私の代わりに比企谷と同室になってくれるか。そーかそーか」
やばい、逃げろ由比ヶ浜。それを承諾しちまったらベギラゴン級のダメージだぞ、俺に。
「あ、ちょ、いや、そ、それは……まだ……」
身体をモジモジクネクネ。「ふしぎなおどり」か由比ヶ浜。MP吸い取ってどうする。
「ほう、まだ早い、か。ふふ、夏は短いぞ?」
ふう、ドラクエネタも飽きてきたな。さてそろそろ俺の攻撃に……。
「はあ、仕方ありませんね。ここは生徒会長としてあたしが犠牲になってせんぱいと……」
おい一色。余計なことすんじゃねぇ。あざと可愛い顔しやがって。
「そ、それは絶対ダメっ!」
由比ヶ浜が三度戦線復帰だ。ありがとう。もう大丈夫だ。策は練った。
「じゃあ比企谷くんは、お姉さんと一緒の部屋ってことでっ」
おうふ……さすが魔王。
言葉と同時に嫌な笑いを浮かべて胸を押し付けてくるなんて、まるでカラミティエンド、フェニックスウイング、カイザーフェニックスを3つ同時に放つといわれる大魔王バーンの奥義「天地魔闘の構え」だ。
つーか技の名前長えよバーンさん。
「待ちなさい姉さん」
ここでキルバーン、もとい雪ノ下雪乃の攻撃か!?
「つーかさ、何であんたらヒキオを奪い合ってんの?」
まさかの獄炎の女王の「やけつくいき」での全体攻撃だ。
早く来て、竜の騎士~! 双竜紋でやっつけて~!
と、脳内で「ダイの大冒険ごっこ」を繰り広げていた俺は、表面上は現実逃避の為に両耳にイヤホンをぶち込んで読みかけの宮沢賢治短編集の文庫本を開いていた。いわゆるぼっちスキル全開の状態だ。
だから結果はわからない。後ろから陽乃さんが抱きついてきたり、由比ヶ浜や一色が俺と同室になるとかなんて妄想であり幻聴なのだ。
決して聞こえてなんかいないのだ。柔らかくもなかった、のだ。
「ちょ、優美子。別にそんなんじゃないから」
聞こえない聞こえない。
「そーですよっ! 誰が好き好んでせんぱいなんかと、その……てへへ」
聞こえない聞こえ……てへへってなんだよ一色。
「はあ、ヒキオのどこがいいんだか……」
再び聞こえない聞こえない。
「ともかくだ、部屋の割り当ての変更はしない、以上。比企谷、早速部屋に来い」
聞こえ……てしまった。もう地獄の門をくぐるしかないのか。
ならば。
せめて優しくしてくださいねっ平塚先生。キュピッ。
無理やりテンションを上げて平塚地獄を甘受しようとしたが、やはり納得はいかない。が、仕方なく平穏とか人生とか色々諦める準備を整えてから、平塚先生に続いて部屋に入る。
部屋に入ると、平塚先生は突如高笑いを上げる。
こわい。壊れた独身アラサー女、こわい。
「どうだ、驚いたか。この部屋の割り振り」
おや、この口振り。もしかしてこれは……交渉の余地アリか?
「ええ、完全に意表を突かれましたよ。で、改めてですが部屋を変えて下さい。まだ部屋空いてるでしょう?」
ダメもとで最後の交渉を試みる。これが失敗したら、異国で野宿はほぼ決定だ。
「そう、だな。よし、寝るのは空き部屋にするといい。だが、就寝までは一緒に此処にいてもらうぞ。それでなければ意味が無いからな」
平塚先生の意図は不明だが、意外にもすんなりと要求は通ってめでたく俺の貞操の危機は過ぎ去ったとみえる。
「比企谷、キミはここに来ている女子たちをどう見ている」
おうふ。
ただでは要求を飲まない、ってことか。ならばここは当たり障り無く答えるに限るな。
「どうって、同じクラスだったり同じ部活だったり、くらいですが」
これでもか、というくらいの当たり障りの無さ。
「ほほう、じゃあ陽乃や城廻の線は消えたか」
え。なになに。いつの間に消去法を採用してたの?
「どういう意味ですか」
つーか、そろそろ巫座戯るシーンは終了なのかな。
「比企谷、もうキミは一人では居られない」
あ、もう終わりみたい。平塚先生がそれっぽいことを言い始めた。
ここからはシリアスパートだ。
「どういう意味で、でしょうか」
再度問う。
「いずれわかるさ」
いずれっていつだよ。
そもそも俺はいつでも一人になれる逸材の筈だ。人ごみの中でも、学校に中でも、それこそ、この合宿の中でも。何故なら、俺は常にぼっち体質なのだから。
俺の胸中を知ってか知らずか、さらに平塚先生は続ける。
「それを受け入れろとは言わん。だが状況として認識だけはしておけ。それ以上は、今のキミには難しいだろうからな」
……解ってる。
いや気づいてるんだよ俺も。
周囲が変わってきている事実も、その変化に俺がついていけない現実も。