魔法少女デビューはメルヘンに非ず   作:氷の泥

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魔法少女デビューはメルヘンに非ず

 慣れない街に来たもので、スマホの機能を最大限活かしつつあたしは現状を打開しようとしていた。現状とはつまり、迷子になっていることなんだけれども。

「あ、ごめんなさい!」

 画面との睨めっこが白熱しすぎて前を見ていなかった。ラフな格好をしたおじさんに肩をぶつけてしまった、不覚なり。

 一応とっさに誠意を込めて謝ったつもりだったけど、おじさんは何も言わずに、あたしのことが見えなかったかのように歩いていってしまった。前方不注意だったあたしが全面的に悪いんだけど、でもなんかあのおじさん感じ悪いなぁ。

「おかしいよなぁ、あたしは駅から出てきて買い物をしたのに、どうして駅へ戻れなくなっているんだろう」

 いっそ肩をぶつけたきっかけでさっきのおじさんに道を聞けばよかったのだろうか。女子高生に道を聞かれて嫌がるおじさんなんてこの世にいるわけ……いや結構いそうだ。冤罪とか最近問題になってるし。

「……うん?」

 同じ過ちは繰り返すまいと、あたしはしっかり前を見て歩くことにしたのだけれど。……何かおかしい。道行く人がほとんど全員あたしのことを見ている。それに、みんなお化けでも見たような顔をしている。

「……えーと、あの。……なにか?」

 あたしが何かやらかしてしまったか。例えばスカートがごっちゃごちゃ意味不明なことになってパンツ丸出しになっているとか、そういう感じの。

 そういうパターンである線に備えて、あたしは試しに手近なところにいた二十代ほどとお見受けする女性に訊いてみた。あたしに何か、おかしなところがありますか? 少なくともスカートは無事だと思うんですけど。

「あ、あなた……」

 女性は震える指であたしのお腹のあたりを指した。服に穴でも空いてたか目立つ汚れが付いていたか、それとも大型の虫襲来か。どちらにしてもちょっと大げさなんじゃないかと思う。

「何か付いてますか? ……あっ」

 夏になるとよく現れる例の黒い虫くらいは覚悟しつつ、腹部を見た。するとそこには確かに黒い物があったが、それはどう見ても生き物なんかじゃない。

 あたしが勘違いをしているのでなければ、それは例えば、刃物の柄の部分に見えたのだけれど。

「あ、やば」

 刃物が刺さっている。そう思った瞬間、あたしは反射的にそれを引き抜いてしまった。そうしなければいけないのだと、なぜか思ってしまった。引き抜くのに何の躊躇いもなかった。

 血に汚れた銀色の刃が見えた時に、あたしは初めて痛みに気付いた。

「いぎっ……い……なにこれ……?」

 あたしを取り囲むように集まっていた、偶然居合わせた人達が一斉に悲鳴を上げた。甲高い女性の悲鳴から、「やばいやばい」としきりに繰り返す男性の声も聞こえる。

 あたしの腹からは公園の噴水を思い出させるほど勢いよく、ずっとあたしの体内にあったとは思えないほど汚い血が流れだしていた。本当に魚を捌いたあとのまな板に残ったものと同じで、それはあたしの目にはただただ汚く映った。

「あれ……」

 とつぜん、視界が二度か三度か回転する。どちらが上で、あたしは今立っているのか倒れているのか、さっぱりわからなくなった。

 少し落ち着いた時に、流れ出る血が地面を這っていくのを、地面と平行になって眺めていたところで。あたしは自らが作り出した血の海に突っ伏してしまったのだと理解できた。

 助けて、救急車を呼んで。そう言わなければとは思ったけれど、声の出し方は血液と一緒に外へ流れ出て、あたしの中から消えて忘れさられた物となってしまったらしい。

 あたかもあたしを含むこの場の全員が親しい仲であったかのように、大勢の人があたしを取り囲んで各々何か言葉を発している。混ざり合った声は雑音に等しくて、ほとんど聞き取ることはできなかったけれど、遠くの方でまた別の雰囲気を持った怒声が飛んでいることは雑音越しにも辛うじてわかった。

 どうやらまた誰かが刺されて、勇気ある一般人が犯人を取り押さえられているらしい。勇気と言っても数の暴力と自分の身も危ないことから起こった集団ヒステリーなのだろうけど、それでも犯人が取り押さえられたのなら良いことだ。

 あのおじさん、二人目はだれを刺したのだろうか。誰であってもあたしには関係ないけど。

「おい、救急車呼んだからな! あと少しだ頑張れ!」

 いかにも良心に満ち溢れた生き方をしてきましたって顔をしたおじさんが、あたしに向かった励ましのようなことを言っていた。あっという間に、助けての一言さえ言えないほど衰弱したあたしとしては、彼に感謝しなくてはならない。

 あれこれ指示しなくても、必死に助けを求めなくても、あたしの気持ちを察して救急車を呼んでくれる親切な人がいたのだ。世の中捨てたものじゃない。捨てたものじゃないのだから、死んでたまるものかよ。あたしはまだ酒も飲んだことがないんだぞ。

「おとうさん……おかあさん……」

 動かし方を忘れた舌が、唇が、勝手にそんなことを言った。情けない。あたしは死なないのに、死なないのだから、なぜそんなことを言うのだろう。あれ、違うか。死ぬからお父さんお母さんって呼ぶわけじゃないもんね。死なないのに呼ぶのかな。……あれ? よくわかんないや。

 瞼が勝手に閉じていく。大丈夫、少し眠るだけ。目覚めれば病院の白いベッドの上で、保健室のベッドとの違いなんかを確かめたりするの。自分の血に浸されて寝落ちするなんて最低だけど、病院のベッドで寝る体験はまだしたことがないから、それでプラマイゼロとしよう。

 それにしても、別にここは田舎ってわけじゃないのに、むしろ都会だというのに、いつまで経っても救急車のサイレンが聞こえてこない。野次馬どもがうるさいからだ、静かにしてよ聞こえないよ。あ、救急車呼んでくれたおじさんは別だけど。

 でも、だっておかしいじゃないか。少なくとももう三十分は待ったのに、サイレンが聞こえないんだよ。人の声ばかりで、うるさい、うるさい、うるさいんだよ。

 ちょっと通り魔に刺されたくらいで、前途ある若者が死ぬわけないじゃんかねぇ?

 

 ふと、気付いた。野次馬の声が聞こえない。気持ちの悪い血の感触も、ごつごつと硬い地面の感覚もない。そういえば太陽の光さえ感じない。

 ついに目を覚ます時が来たんだ。

「あ、お目覚め?」

「うわっ」

 突然目の前におじいさんの顔現る。しかも仙人って感じの長くて白いひげに、なんだか白衣まで仙人感に溢れているぞ、この医者。

「びっくりした、顔近いです」

「あ、ごめんごめん」

「で、ここはどこですか」

「どこと言われてもなぁ。どこでもないよ」

「はぁ?」

 名前のない病院があってたまるかよ、と思ったあたりで、何かがおかしいことに気付く。そういえばベッドに寝ている感覚がないな。何かもっと、それこそ「何でもない場所」に寝ていた気分だ。

 違和感の正体を探ろうと、ほとんど無意識にあたしは周囲を見渡したと思う。信じられないことにそうするまで、あたしのまわりには延々と先の見えない闇が、真っ暗な闇が続いていることに気付かなかった。

「なに、これ……」

「あれ、もしかして自覚無しかい」

 仙人っぽい雰囲気のおじいさんが妙に気さくに話しかけてくる。確かに子どもへ対する医者の態度ってそんな感じかもしれないけど、でもここはどうやら病院じゃない。

 ならこのおじいさんも、医者なんかではまったくない可能性が高い。というか、どう考えてもそうだろう。

「自覚って何のことですか」

「自分は死んだんだっていう自覚だよ」

 他に何があるんだ? と言いたげな様子だった。どこまで続いているのかわからない闇の中、あたしとおじいさんはぽつんとこの場に置かれている。

「まさか、死んだ? あたしが?」

「ああ、出血多量で残念ながら。救急車は間に合わなかった」

「適当言わないでください」

「どちらかといえばそれはこちらの台詞だよ。君、この状況で本気で、自分は生きているぞと言っているの?」

 得体の知れない場所、正体不明の人、どうしてあたしはここへ連れてこられたのか。確かに何一つわからない。けれども、だから死んだのだと結論づけるのはいくらなんでも乱暴すぎる。

「そうです、あたしは生きてます、絶対に。……あ、そうだ」

 試しに刺された腹を触ってみる。痛みがないどころか、傷も癒え切っているようだった。完全復活、元通りである。

「ほらここ、全然なんともないじゃないですか。こんな健康オブザ健康な体で死ぬわけがない」

「あ、ちょっと君くらいの歳の女の子が異性にお腹見せるのは良くないよ。お腹というか、普段隠れている部分の肌を見せるのは全面的に、ぶっ!」

 どれだけ歳が離れているのかも知れないか弱い未成年女子に、このおじいさんが変質者っぽい発言をしてきたので、ここは全ての女子高生の気持ちを代弁せねばと思い軽くひっぱたいておいた。反省しやがれ。

「殴ったな、親父にしか殴られたことないのに!」

「知りませんよ、自重してください」

 あたしは両親を含めて全ての人間から一度も殴られたことがないので、親父さんに殴られた経験があるなら多少慣れているし別にいいじゃないかと思う。

 さて、それはともかく。

「まあ、ともかくですよ。これであたしが死んでない、死ぬわけがないってことはわかってくれましたね?」

 それじゃあ退院……と言うのかはわからないけれど、とにかくここからお暇するので、お世話になりました治療費の支払いは親に言ってください。と伝えそそくさと出口を探そうとすると、

「え、君それ本気で言ってる? だとしたら相当な馬鹿なんだけど。救えない馬鹿」

 仙人(おじいさんのあだ名、命名)が真顔でものすごく失礼なことを言ってきた。ちょっと、あるいはだいぶ、あたしより人生経験が多いからって何を言ってもいいと思っているのかこの仙人。

「はぁ!? なんなんですかあなた、失礼でしょう?」

「いやいやいや、冷静に考えてみてよ。ぐっさり刃物刺さってたのに、そんな傷が二~三日で跡形もなく完治すると思う? どう見積もっても一か月以上かかるし、一か月以上あっても跡形もなくなるってことはほぼないと思うんだけど、そこは一歩譲るとして。それで君人間がさ、一か月以上寝たきりで、起きた瞬間からそんなに元気に人を殴れると思うわけ?」

 まくしたてるように早口で喋る仙人を前に、あたしは一度も実物を見たことがない「めっちゃ早口の根暗オタク」という存在を思い出していた。大体こんな感じか、と。

「知りませんよそんなこと。とにかくあたしは生きてるんです、こうして喋って動いているんですからね。……そういうわけで、出口がどこか教えてもらえます?」

 どこまで続いているのかわからない闇でも、どこまでも続いているわけではない。あたしがここにいることがその証拠だ、出入り口がなければ来られないだろう。

 とりあえずは両親に無事復活したことを伝えたいのだけれど、外へ出たら待っていてくれたりするのだろうか。

「いや出口って君、ないよそんなの」

「はあ?」

「ここは神のプライベートルームみたいな空間だからね。入れるも出すも神の一存だよ」

「頭大丈夫ですか?」

 人間、「神」と言い始めたらおしまいだ。運任せにせざるを得ない状況で「お願い神様!」と言うのはその場限りな気持ちの問題だから別だけれども、宗教として真面目に神を信じ始めたらおしまいである。

 自分の存在証明もできない存在にすがっていて、ロクな人間になれるわけがないじゃないか。目の前の仙人しかり。

「あ、そうか言い忘れていた。あの私は神なのでね、よろしく」

「はいはい。で、出口は?」

「はぁー、困ったなぁ」

 仙人はぼりぼりと頭を掻いて、聞き分けのない子どもに駄々をこねられた時のような顔であたしを見てくる。挙動がいちいち不愉快だ。

「神様はこの場に君一人取り残して、君が状況を理解して泣いて許しを乞うまで放ったらかすこともできるんだけどね。女性、特に若い子に対して男性の神がそういうことすると、なかなか世間の風当たりが強いんだよ」

「いや、あの、もういいですからそういうの」

「仕方ない、神様は多大な労力よりも多少の非難を取ることにする。一時間後に会おう」

 仙人じいさんがわけのわからないことを言っている、とあたしはイラついていた。けれどもその台詞を最後に、仙人は電気が消えるかのようにパッとその場から消えてしまった。

「……え?」

 一人になると、この場所は途端に静かになった。

 空調などの機械音はせず目での確認もできないが、環境としては暑くも寒くもなく快適。外を歩く人もしくは走る自動車の類の音は聞こえず、風の音さえしない。窓もなくただひたすらに闇が続く空間は密室そのものという印象を与えてくるけれど、完全に密閉されているわけではないらしく息苦しさは感じない。

 何かがおかしいことは確かだった。あたしの傷に対し仙人の言っていたことにも一理ある。けれども、死んでいるというのはやはり明らかにおかしい。どう考えたってあたしは今、刺される前と同じように自分の体を操り生きている。

「あれ」

 足元に何かが落ちていた。さっきまではなかった気がするけれど、存在に気づかず見逃していただけだろう。

 拾い上げてみるとそれはタイマー時計だった。すでにタイマーはスタートしており、残りはあと五十八分と五十秒。……現在進行形で時間は減少していっている。

 いや、いやいやいや。いや……。………………あり得ないとはわかっているのだけれど、でも全国の同い年女子高生のみなさん、自分の意見に急に自信が持てなくなることって、ありません……?

 

 四十分ほど走り回った。出口を求めて、暗闇を右へ左へ大奔走。結果、出口どころか壁さえ見つからなかった。そのうちまず最初に歩きだした方向が北だと仮定しても、自分が方角的にどちらを向いているのかがわからなくなった。

 向きだけではない、どれくらいの距離進んだのかもわからない。いや、それともいつからか戻っていたのか……それさえわからない。なにせ全てが闇、真っ暗ただの黒で、方向や距離感を把握するための情報が無いに等しいのだ。普通はこうなるだろう。……そう、それに気付いたのはいくらか走ってからのことだったのだけれど。

 不幸中の幸いだったことは、四十分間タイマー時計をしっかりと握りしめて移動していたことだ。これを置き去りにしたまま走り出していればあたしは時間の感覚を失っていただろうし、タイマー時計のある元の場所に戻れる気だってしない。

「疲れた……」

 その場に倒れこむ。真っ暗な地面は固くはないけど柔らかくもなく、なんだか浮かんでいるようだった。走っていた時は、確かに地面を蹴った感触があったのに。

 まあ、それはそうとして。すべてが徒労に終わったとあって、休み休みで走っていたとはいえ疲労が一気に襲い来る。そういえば水分補給の手段がないことを、あたしはこの時初めて思い出した。仙人の言っていた「馬鹿」というのにも、ちょっと言い返せない部分が出てきてしまった。でも救えないってほどじゃないでしょ。

「……あっ!?」

 のどが渇いたー、と思って寝返りを打つと、目の前にペットボトル飲料が数本並んでいた。水、お茶、スポーツドリンク、ジュース、炭酸ジュースの五種類。こんな物間違いなくさっきまでは存在していなかった。

 ……どんどん自分に自信が持てなくなってくる。でもそれはそれとして、渇きには勝てずスポーツドリンクをいただいてしまった。

「……まだかな」

 タイマーを見るが、走るのをやめてからまだほとんど時間は経過していなかった。

一時間、六十分間って、高校の授業より十分長いもんなぁ。残りの十分と少しがやけに長く感じるわけである。

 暇つぶしに他の飲み物も飲んでみようかと思ったが、ここであたしの馬鹿ではない冴えてる部分が出てきた。そんなに水分を摂取して、お手洗いに行きたくなってしまっては困るじゃないかねぇ、そうだよねぇ。いやー危ない危ない。

 もしかするとその時は突然目の前にトイレへ続くドアが現れるのかもしれないけど、そうなったらあたしは仙人に監視されていることが明らかになるわけで。そんな状況でトイレなんか行けるかっての。

「あ、そうだ」

 さて、あと十分ちょいをひたすら寝転がって過ごすのも嫌なので、ここであたしはちょっとした悪戯を思いつきましたよ。成功してもしなくても、暇つぶしだからどちらでもいい程度の悪戯を。

「かみさまー、暇だからなんかちょうだいよ。マリオカートがいい、最新のやつ」

 唐突に、だがよくよく思い出せば先ほどからそうであったかのように。何かお腹の上に物が乗っている感覚がした。

「うわぁマジか!」

 最新のゲーム機が光臨していた。もう分かっているようなものだが試しに電源を入れる。画面が点いた。そして普通に遊べる。

 ちょっと1コース走ったあとで、まさかと思い、あたしはオンラインモードに繋ごうとしてみた。

「ぎゃー! 繋がる!」

 繋がってしまった。えらいこっちゃ。わけのわからない空間で、出所のわからないゲーム機を使って、なんと全国のプレイヤーと楽しいレースの開幕である。マジか。マジかの一言では収まらないくらいの「マジか」感が溢れる。「マジか」みが深い。

 全国の猛者の方々にボッコボコにされたところで、仙人が帰ってきた。

「はいただいまー。どう、信じてくれた? 私、神様、いえーい」

 ザ仙人な見た目をしておちゃらけるおじいさんは絵面が面白かった。亀仙人みたいな。

 ゲーム機をそっと床(……?)に置いて、あたしは立ち上がる。

「いやーまあ、まあまあまあ、ね? 信じるしかないというか、そうせざるを得ないというか、ここまでいろいろ見せられますとねー」

「そうでしょうとも。神の力をようやく正しく知ってくれたようで何より」

 確かに彼は、この仙人は神様のようだ。少なくとも人間ではない何者かであるのは確かだ。ならばこの空間が、彼の生み出した謎の異空間だということ認められる。

 ……が、それとこれとは別なことがある。

「でも、それであたしが死んだことを証明したことにはなりませんよね? あなたがあたしを、この場所に拉致ってきた線も全然あるわけで」

「えぇー……」

 神様が心底残念そうな顔をした。いや、心底うざそうな顔、だろうか。本物の神様だとわかったところで、この仙人のそういうところは未だにむかつく。

「あのね、神様の世界にも法律があるんだよ? そんなことしたら捕まっちゃうから」

「わかりました、示談にしましょう」

「神様は無罪です! 潔白です!」

 はぁー、と大きなため息。そのまま仙人が右手を上げると、その手に収まるよう一本のDVDが降ってきた。それを見事キャッチした彼は、いつの間にか現れていたテレビでそれを再生し始める。

 映し出されたのは、これは、……あたしの葬式のようだ。

「ね?」

「悪趣味ですよ。神様なら、このくらいの捏造一瞬で出来るんでしょう?」

「じゃあ何をどうすれば君は自分が死んだことを認めてくれるんだい」

 今まで、うざいガキを相手にすることになって心底面倒だ、という態度を見せてきた仙人だったが、彼の雰囲気がここにきて少し変わった。

 彼はほんの少しだけれど、本気でいら立っているようだった。

「今から一緒に人間界へ降りて、娘を亡くして悲しんでいる両親の姿を見せれば納得するのかい? それとも君の遺体を見せればいいのかい? でも、それさえ神なら捏造できると言えるよね?」

 相変わらずの早口だったけれど、まくしたてるというよりは、吐き捨てているようだった。あたしは正直それがちょっとこわかった。

「いや、あの、ごめんなさい」

「あっ、いやこちらこそ、申し訳ない」

 仙人も若干冷静さを欠いていたようで、あたしが謝るとすぐに「しまった」という顔をした。そんな人間味溢れる者が神様で、あたしたちの住む人間界は大丈夫なのだろうか。一時の気の迷いで滅ぼされては困る。

「そ、そーですよ。人間の、しかも女子高生を威圧したらもうアレですよ、アレ」

「ああ、怒られるな。神様も仕事でここにいるわけだから当然」

「えっ」

 それは初耳だ。仙人が職業の一環であたしと話していること……ではなく、神様も働かなければ生きていけないのかということに対して。

「それで、結局のところ神様はどうすればいいのかな。なまじ万能感があるばかりに、捏造と言われてしまえばそれを否定する証明ができないのは困った」

「あたしが死んだと思わないと、何か仕事に不都合なんですか……?」

 仕事と一言に言っても、仙人が何のためにあたしと話しているのかはわからない。もしあたしが自分は死んだのだと思い込まなければ支障が出るというなら、彼は霊の類をあの世へ正しく導く仕事をしている者なのかもしれない。……いや、そうだとしたら、そんな者があたしの前に現れるだなんて信じたくないけれど。

 あたしは死んでいないのだ、今もこうして生きているのだ。言葉の上ではなんとでも言えるだろうけど、心の底までは変えられない。彼があたしをあの世に導こうとしているのなら、それはあたしも困ってしまう。適当に話を合わせてあの世に行くなんてことはできない。

「不都合、というかね。いや……そうだね、不都合、不都合だ」

「どうしてですか」

「神様は君にね、生き返らせることを条件にやってほしいことがあるのだよ」

「え」

 まさかの方向だった。彼はあたしを説得してあの世へ連れて行こうとしているわけではなく、交渉材料を使える状態にするために、まず前提から確認していたのか。確かに生きている人間は、生き返りたいとは願わないけれども。

「それってあたしが生きてる死んでるとかは一先ず置いておくとして、ここから出してもらえて家に帰れるってことですか」

「七割ちょっとは合っているね。ここから出す、というのはその通りだ。そして人間界へ返すというのも、まったくその通りだ」

「なら!」

 だったら、別にここでは口頭でだけ「あたしは死にました」と言ってもいい。そうすれば何事もなかったかのように元通りの生活に戻れるのなら、それくらい、いくらでも言うさ。

「ただ、家には帰せない」

「……もしかして、監禁場所が移るだけですか」

「だから神様そんな物騒なことしてないから!」

 まあ、それでも日本国内に降ろしてもらえれば、あとは気合で家まで帰れるし両親の顔も見られるだろうから、それこそどこかに閉じ込められない限りは構わないけれど。

「あのね、まずは神様の話を聞いてくれるかな。条件があるって言ったでしょう」

「あぁ、はい。なんですか条件って。いやらしいのはダメですよ」

「…………大丈夫、そういうのじゃないから」

「ものすごく間があったんですけど……?」

 この実質的に密室と呼んでよさそうな空間で、神様なんていう人間より遥かに強い存在にその気になられたら、悲しいかなあたしにできることなんて何一つない。かなり不安なところだけど、まあそこは神様界の法律、抑止力を信用するしかない。

「まあ、聞きますよ。なんですか条件って」

「うん、まぁその平たく言うとね、魔法少女をやってほしいんだけど」

「…………」

 一人称がボクの人外と契約して魔法少女になった結果、悲惨な運命をたどることになった少女のことなら知っている。あとはそうだな、あるボーカロイド楽曲のコメント欄で、高校生で魔法少女はちょっと歳食いすぎじゃないって言っている人を見たな。

「あの、念のためもう一回いいですか」

「神様と契約して魔法少女になってくれない?」

「うわぁ最悪のフレーズが」

 というか、神様も人間の作ったアニメ知っているんですね。まあ神だしなんでも知ってるか。とか、そんなことはどうでもよくて。

「平たく言われると意味がわからなかったので、詳しくお願いします」

「うん、じゃあまず「デザイア」という存在の説明からね」

 さっそくの専門用語到来により、すでに話を聞く意欲がしぼんでいっている。謎の空間を抜け出して家へ帰ろうとするのも楽じゃない。

「はあ、でざいあ、ですか」

「ああ、そうだ。まあイメージとしては、怪人とか怪獣を思い浮かべてくれればいい」

「特撮の敵みたいな?」

「そうそう」

 バルタン星人みたいな感じで、デザイア星人か。なるほどわからない。

「で、それを魔法少女になってやっつけろと?」

「おおその通り! 話が早いね」

「いやいやいや」

 よし受けた、あたしに任せろ! とは一言も言ってないじゃないですか。

「無理ですよ。一般的な女子高生にやっつけられる怪人怪獣って、それはもう、ちょっとガタイのいい男性でも倒せるじゃないですか」

「いや、生身の人間が挑むと結構な確率で帰らぬ人となるよ。武装した軍隊でも相手によっては同じく」

 女子高生に勝ち目なし、はい解散。

 これはもしかしてあれなのだろうか、ここにあたしを監禁した者が、出たければ○○するがいいって無理難題を提示して、それに苦しむ少女の姿を見て楽しむ悪趣味な遊びなのだろうか。

「じゃあやっぱり無理じゃないですか」

「いやいや何を言う。魔法少女は強いぞ」

「あ、何か特殊な力が与えられたりするんですか」

「当たり前じゃないか。でなければ君のような小娘、囮にしかならないよ」

「そりゃあそうですよね」

 ならその特殊な能力とやらが何なのかさっさと教えてほしいし、そもそも魔法少女には特殊な能力が与えられるって話自体をもっと早くしてほしかった。

 神様も微妙に無能だ、本当にこんな人間味あふれる者が神で大丈夫なのだろうか。無事ここを出て元の住んでいた場所へ帰れたとして、今度は人間界全体が不安だ。そんな心配していたら頭おかしいやつだと思われるんだろうけど。

「で、どんな能力がもらえるんですか」

「まずは標準装備、飛行能力だ。念じるだけで自由に空を飛べるようになる」

「おお」

 少しときめきを感じる。鳥のように空を飛んでみたいとは、誰もが一度は考えることだもの。叶うのなら叶えてみたい。

 もちろん、その代わりに怪獣と戦えと言われれば、丁重にお断りして辞退させてもらうけど。

「そして、これは各々のオリジナル。なんと自分で考えた武器が与えられる!」

「……ふーん」

「あれ、反応が薄い」

「いや、武器って言われてもなんか、別にねぇ」

 あたしが男の子で、魔法少女ではなく魔法戦士にならないかと誘われていたなら、今の言葉で完全に落とされて即効契約を結んでいたかもしれないけれども。残念ながらあたしは、女としての性なのか、武器という言葉にまったく魅力を感じない。

「いやいやいやいや、武器は良いよー? 最近はゴツい銃と可憐な女の子の組み合わせが一部で人気だったりするくらいで」

「あなたの趣味は知りませんけど」

「な、ちょっと、神様はそんな趣味ありませんよ」

 どうだか、怪しいところだ。実はデザイアとやらと戦うのに必要なのは戦闘力だけであって、それが必ずしも魔法少女である必要はないんじゃないか?

 もしかしてだけどー、もしかしてだけどー、それって神様の趣味なんじゃないのー? そういうことでしょ? ジャン!

「まあ、あたしもここから出たいので一応聞きますよ。例えばどんな武器がもらえるんです?」

 とても強力で、それさえあれば怪獣どころか世界征服も夢ではなさそうだ、と言えるくらいの物がもらえるなら考えないこともない。

「例えば? うーん、そう、例えばねぇ。なんでも切れる剣とか」

「なんか普通」

「その上、握らずとも意思だけで動かせるとか」

「はあ」

 男の子はそういうの好きですよね、なんかビュンビュン飛び回る系の武器。あたしが知っているのはウルトラセブンのアイスラッガーくらいだけど。

「ときめかない?」

「全然」

「じゃあ、伸縮自在の槍」

「別に」

「絶対に命中する光線銃」

「あ、それはちょっと見た目が綺麗そうですね」

 カラフルなレーザービームがぐねぐね曲がって、敵の展開した数々の防御手段をかいくぐって飛んでいく。パレードとして見れば結構見ごたえがありそうだ。

「お、じゃあそれでいっとく?」

「でも軍隊でも勝てない怪獣を相手にするんですよね? 光線銃で勝てます?」

「光線がバリアになったり、光線に乗って高速移動できたり、いろいろ使い方に幅があるから結構頑張ってくれてるよ」

「あ、先人の話だったんですね」

 例えばというのは、すでに存在している物を挙げての話だったのか。というか、あたしの他にも神様に誘われて魔法少女になった人がいるのか。

 言われてみればそれもそうで、あたしだけが特別に選ばれたわけがない。選ばれる理由がない。わけのわからないままに「お前は死んだ」と言われこんな空間に連れてこられれば、その後あたしと同じ経緯を経てほとんどの人が魔法少女になりたいと言い出すだろう。

「そうそう、他にも魔法少女として奮闘してる人いっぱいいるから、君でもできるって」

「日本人の精神に語り掛けてくるような陰湿な誘い方だ……」

 みんなやってるよ、できて当然だよ! という誘い方は決まり文句と呼べるほどに世の中にあふれ返っているけれど、その言葉を鵜呑みにするとひどい目に遭う場合があることもあたしは知っているぞ。

「でもでもほら、なんか光線を使い分けて複雑な戦い方をしているんでしょう? あたしにそんなの無理ですよ」

「あ、そういうのはある程度自動で武器が対応してくれるから結構なんとかなるよ。半自動、セミオートってやつだね」

「そんなマリオメーカーみたいな」

 十字キーを右に入れ続けるだけでクリアできるステージ作りました、みたいな。女子高生が持つだけで怪獣を倒せる武器作りました、っていうことかな? 神様ならそんなチートアイテムでさえ楽々作れてしまうのだろうか。

 というか、それができるのなら人材も神様パワーで生み出して、その人に武器持たせて戦わせればいいじゃないか。とんでもアイテムが生み出せるならアンドロイドくらい作れるでしょうに、やっぱり個人的な趣味なんじゃないの。

「ゲーム気分で出来るほど気楽な物とはさすがに言えないけど、戦争に駆り出されるような意気込みもいらないと思うよ」

「はあ」

 そう言われても、じゃあやる! とはなりませんよ。せめてあたしが格闘技系の部活や習い事をやっていたとか、あるいは百歩譲って運動部に入っているような人間だったら、まだ戦うということに抵抗がなかったのかもしれないけれど。

 中学の頃は友達に誘われて美術部に入っていたけれど、別に楽しかったわけでもなく高校では成り行きで帰宅部になったし。戦いとかそういう野蛮な物についていける気がしない。

「今までに挙げた例以外にも、君が思いつく限りの特殊な能力を盛り込んだ武器を作れるよ。神様だからね。もちろん明らかにデザイアとの戦闘に向かないと判断した物は却下するけれど、それでもどう、夢のある話じゃないかな?」

 夢はあるのかもしれない。あたしにしか出来ないことではなくても、誰にでも出来ることではないのだって確かだ。可能不可能という話ではなく、神からの許可が出るか否かという意味で。

 けれど夢だけでなんでも出来たら苦労しないし、夢だけで人を動かせると、もし彼がそう思っているのなら、あたしはそれに従いたくはない。まだ就職活動をしたことのない女子高生として、やりがい搾取に反旗を翻すのだ。

「まあ、武器のことはわかりました。けどそれだけでやる気にはなれないので、もっといろいろ教えてくれます?」

「いいとも。例えば何が知りたい、魔法少女の存在意義、デザイアを倒さなくてはならない理由とかかな?」

「そうそう、そういうのです」

 仮にそのデザイアというのが如何に人々を苦しめていたとして、そこであたしが正義の心を燃やすわけではないのだけれども。でも、やはり理由は必要でしょう。正義になりたいわけじゃないけど、悪にはなりたくないしね。

「デザイアとは人の欲望から生まれる化け物のことだ。それは基本的に他人に迷惑をかけ、最悪人命に関わる危害を加える。欲望の化身たる存在が他人に危害を加えるとは、粛清されて然るべきだと思うだろう」

「欲望の化身って、デザイアはその、欲望の主の、欲望らしい部分を持っているんですか」

「欲望の主って言い方かっこいいね」

「そこはほっといてください」

 例えば金が欲しいと願う人から生まれた化け物が、その人本人の代わりに銀行強盗を行うというのなら、確かにその化け物は裁かれるべきだ。主の方まで裁くべきなのかは、あたしにはわからないけれど。仙人の話しぶりからして、デザイアというのは人が望んで生み出し使役するものではなさそうだから、主を裁くか否かの判断は難しそうだ。

 とにかく、そういうわかりやすい構図ならあたしも特にこれ以上言うことはない。でももし、デザイアというのは欲望から生まれると決まっているだけで、いざ生まれた後のデザイアには悪事を働く心なんか一切ないだとか、そういうのだと困る。そんなかわいそうなやつを倒す気になんかなれない。

「デザイアは欲望そのもの。人を殺したい欲から生まれれば人を殺す。金が欲しいという欲から生まれれば手段は問わず金を得ようとする。もっと屈折してわかりにくい欲の場合は、そんなに単純にはいかないこともあるけれど、大体はそんな感じだよ」

「なるほど」

 なら一応、もしも、もしもだ。そのデザイアとやらと戦うことになった場合は、余計なことを考える必要もあたしが良心を痛めることもないのだ。それなら安心だ。

「それとデザイアは基本的に通常の生物と同じような要因で死ぬ。頭を潰されるとか心臓を止められるとか、そんな感じのことで。そしてデザイアが死ぬと、デザイアによる人間界への影響はすべてが無かったことになり元通りになる。デザイアの壊した物は時間が巻き戻ったかのように直り、命を奪われた人がいても当然のように蘇り、デザイアに関することを目撃した人の記憶も綺麗さっぱり消える。初めからデザイアなんていなかったことになるんだ」

「でも神様は把握している、ってことですか」

「そういうこと」

 なんとなくそんな感じではないかなとは思っていた。未確認生物や都市伝説の類といったロマンの塊のような存在が実はデザイアでした、なんてことはないだろうと。そして当然、怪人怪獣の類が出現して一切話題にならないなんてこともありえない。

 あたしが今までデザイアなんて存在どころかその概念すら知らなかったのだから、確かに存在しているというのなら、あたしが知らなかったのにもそれなりの理由があるべきだ。その答えは記憶操作だったらしいけど、わかってしまえば別にどうでもいい。

「重要なことなのでもう一度言っておくと、デザイアの存在がなかったことになるのは、そのデザイアが死んだ時だけだ。逆に言えば、死ぬまではただの凶悪な化け物ということになる」

「だから誰かがやらなければならない、と」

「その通り」

「それをか弱い女子に任せる理由はなんなんです? 神様の強大なパワーでなんとかできないんですか」

 仙人は鼻で笑った。

「神様は人間よりずっと少ない。それに全てではないにせよ、地球だけでなく宇宙の管理までしている。一方で人間の欲望は底無し、デザイア生み出し放題。それを全部処理できるほど神様も暇じゃないんだよ」

「だからって人間に任せますか」

「生き返らせる報酬付きだよ。破格だと思わない?」

 一理ないこともない。人間だけの力ではどう足掻いても死者を蘇らせることはできないのだから、そこで神の力を借りられるというのなら、確かに破格なのだろう。

 けれども、嬉々として受け入れることのできない話なのも確かだ。そうして生き返って、あたしの場合はここから出て、その先に明るい未来はあるのだろうか。駒にされるのは嫌だ。

「……わかりましたよ」

「おお?」

「やりましょう、それ。でないとここから出られないのでしょう?」

 気は進まないけれど、それしか選択肢がないのなら仕方がない。明るい未来が約束されていないのなら死んでやる、とわめき散らすほど。あたしはどうしようもない人間ではないつもりだ。

 悪事を働く化け物に引導を渡す、正義の味方になるだけじゃないか。別にそこに魅力は感じないし、どれほどの苦労が待っているのかと思うとどんどん気は重くなるけれど、頑なに拒むものでもないはずだ。

「やってくれるかい? 助かるよ。まあやらなかった場合はここから出られないというか、あの世へ連行していたのだけど」

「それは嫌ですね」

 地獄へ行くのは当然嫌だし、仮に天国でも、十代で行くのはねぇ。

 世の中にはあたしの知らないものがきっとたくさんある。視野を人間の世界に限らなければ、神まで見つけたくらいだ。だからその知らないものを、知らないままに死んでいくのは納得できない。それもあんな通り魔なんかに刺されてだなんて。

「それじゃあ君には武器を選んでもらうことになるね。どんな形をしていて、何ができる物なのか。自分の理想をイメージして教えてくれれば神様はそれを作る」

 武器のことなら、話の中でそれなりに考えていた。きっと契約を受けるしか選択肢がないことを頭のどこかで理解していたのだろう。そうでなければ、光線銃の話に自分で思っていた以上に魅かれていたか。

「じゃあ大きな鎌でお願いします」

「お、即答。しかもなかなかシブいところ来るね」

「どうせやるなら個性的にやりたいので」

 でないと、魔法少女なんて恥ずかしいことやっていられるもんか。メイド喫茶のメイドさんがテンション上げて仕事に臨むのと同じだ。気分を上げるための個性がいる、あたしは特別なのだと思い込むための、オリジナリティのある個性が。

「これくらいでいいかな。君でも振り回せるように神様の、人間の技術や常識を超えた力で重さは新聞紙くらいにしといたけど」

「おお……」

 パッと当然のように、そして唐突に現れた鎌は、注文通り確かに大きかった。あたしの背丈と同じかそれ以上にある。柄の長さに従って刃も巨大だ。

 そして試しに持たせてもらうと、本当に紙のように軽かった。叩いてかぶってジャンケンポンをして遊ぶ時に、このくらいの重さの紙を丸めて作った棒を振った記憶がある。

「確かにこれなら余裕ですね」

 ブンブン振り回していると、神様が素手で刃部分を握って止めさせられた。

「で、能力はどうする? ただ軽い大鎌ってだけじゃつまらないでしょ?」

「え、いやあの、その前に手。手、大丈夫なんですかそれ」

「そりゃ大丈夫だよ、自分で作った物で怪我するわけがないじゃない」

 神様特有の理論だった。人間は自分たちの作った道具で怪我をすることも事故を起こすことも日常茶飯事だというのに。

「それで能力は?」

「あー、どうしましょうね」

「そこまでは考えてなかったわけか」

 その通り、考えていたのはデザインだけだった。大きな鎌を背負いそれを易々と振り回す女子高生なら、オリジナリティと個性は十分だと思い満足していた。能力まで考えるほど、本格的に考えてはいなかったのだ。

 どうしようか、と鎌を握ったまま悩んでいると、仙人が手持無沙汰そうに指の腹で鎌の刃部分を撫でていた。本人が怪我はしないと言っていたし、何よりさっき勢いよく振られていた刃を素手で掴んでなんともないのだから平気なのだろうけど。

 けれどその、こちらの血の気が引くような視覚的に危なっかしさを感じる行動に、あたしはあたしが理想とする武器を見た。

「この鎌の能力決まりました」

「お、どんなのがいい?」

「物理的な物は何も切れない鎌にしてください」

 頭おかしいのかこいつ、みたいな顔をされた。

「いや、それでどうやってデザイア倒すの。そういうのはダメだって言ったよね」

「違います。代わりに、物体以外のすべてを切る鎌にしてほしいんです」

 仙人の表情が途端にパッと華やぐ。おじいさんのはずなのに、一瞬少年のようにさえ見えた。

「おお、おお。なんかセンスありそうな注文だ」

「デザイアを倒さなければならないなら、例えば「この世との繋がりを断ち切る」とかできるようにするのはどうですか」

「おおカッコいい! いいね」

 趣味に合っていたようで何よりです。

 このようにして、物理的には何も切れず、概念的にはなんでも切れる鎌が誕生した。刃は全ての物を干渉せず通過し、通過したものからあたしの望んだ「何か」を断ち切る。そんな鎌ができた。

 ただ、物は言いようというもので、要するに相手の首に刃を通過させ「対象の首を体から断ち切る」と能力を使えば、結局は首が飛ぶわけで。鎌らしいバイオレンスな使い方も望めばできるようになっている。もちろん、そんなことをする日は一生来ない。

「よし、これで完成だね。いやーなかなか良い物ができたのでは?」

「ですね」

「それじゃあ、さっそく魔法少女として人間界へ」

「あ、ちょっと待ってください」

 オリジナリティと個性を両立した武器は得た。飛行能力とやらの練習なり何なりは、こんな距離感の掴めない真っ暗な空間よりも他の場所で行った方がいいだろう。何せあたしは「空を飛ぶ人」を目撃した人が抱く感情の全てを「断ち切る」ことができるのだ。練習場所には困らない。

 けれどもまだ、あたしには心残りがある。やるなら徹底的にやらなければ、意気込みと共に徹底的に。

「なに?」

「魔法少女ということですし、衣装とかないんですか」

「おおー積極的。いいよいいよ、なんでも用意してあげる」

 やっぱりこの神様、こういう話の時だけ明らかにテンションが上がっていると思うんだけれど、どうなんだろうそこのところ。職権乱用で神様裁判所に連れていかれたりしないのかな。

「せっかく武器がこんなに大きな鎌なので、死神みたいな黒いローブとかあるといいですよね」

「いいねー」

 気付いたら注文した通りの物をあたし自身が着ていた。

「あと、魔法少女なんて突飛なことするんですから、いっそ開き直って目立つように髪の色変えたいんですけど。ピンク色とかって出来ます?」

「えー。……うん、まぁできないことはないけれども。でも神様は、君はそのままの方がかわいいと思うんだけどなー……とか思っちゃったりして」

「セクハラですよ」

「わかったわかった。はい、どうぞ」

 手鏡を手渡されたので覗いてみると、やはり髪の色は綺麗なピンクに染まっていた。よし、これで容姿が全体的にアニメのキャラクターっぽくなったぞ。魔法少女という職業と相反する物は何もない、万全だ。魔法少女という響きに恥を感じる心は、この格好をすることで捨て去った!

 ……そうだ、捨て去ったんだ。恥ずかしくないぞ、うん。断じて恥ずかしくない。ほらピンクの髪も結構かわいいし、ローブも悪くないじゃん、死神というか占い師みたいで。だからほら大丈夫、大丈夫だよ頑張れあたし。

「どう神様、やっぱりピンクでも結構いけると思うんだけど」

「それはもちろん同感だけど、でもやっぱり神様は……いやなんでもない。というか君みたいな整った顔立ちしてる子ってあれだよね、やっぱりどことなくナルシストなところあるよね。鏡の見方とか」

「神様の世界の警察にしょっぴかれてしまえばいいのに」

 まあ、気を取り直して! なにはともあれ、これであたしは魔法少女デビュー、めでたく元の世界へ帰るのだ。

 ひたすら闇が続くだけだった空間に、突如光が差し込む。天井に割れ目のようなヒビが入り、そこから眩いばかりの光が差している。

「それじゃあ、これからいろいろあるだろうけど頑張って。健闘を祈る!」

 ガラスの割れる音と共に天井が完全に砕け散る。そしてあたしは……なんと上に向かって落ちた。

「えっ、はっ!?」

 風や磁力の類でそうなったとは思えない、重力だとしか思えない力で上に引っ張られたのだ。いや引っ張られたという感覚さえない。あたしは確かに落ちたのだ。

 気付くとあの暗闇の空間は跡形もなくなっていて、あたしはどこかの大空へと放り出されていた。白い雲がやけに大きく、近くに見える。

 これからいろいろあるだろうけどって、初っ端からこの仕打ちか! どうやらあたしの意思に関係なく、まずは飛行能力の練習から始めなければならないらしい。

 ちくしょうやってやろうじゃん。そう意気込んだ矢先、黒いローブには内ポケットがあったらしく、中で何かが振動していた。ものすごく身に覚えのある振動だ。

 大空から地面まで、真っ逆さまに落ちる中でなんとかポケットに入っていたスマホを取り出すと、画面には「着信、神様」とある。

 まったく、魔法少女としての人生はロクなスタートじゃないな。

 

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