機動戦士ガンダム Marine of Lamentations 作:ロゼ
漆黒の空間に浮かぶ、巨大な円筒状の建造物。
無数に設けられた衝突防止灯が明滅し、広大な宇宙のほんの一部に彩りを添えている。
ここは、一年戦争の開戦と同時に建造が中断されてしまったコロニー「ブルーアイランド」だ。
UC0080現在、連邦軍の管理下に置かれたこのコロニーは、幸運にも戦禍には巻き込まれることなく、その不完全ながらも圧倒的な体躯を不気味に漂わせていた。
コロニーの一角に断続的な閃光が走る。
その瞬きが人型の兵器、モビルスーツに着弾し、やがて大きな火球に変わった。
閃光を放った主は、紫色をメインカラーとしたMS-14Fsゲルググ・マリーネ。
下腕部に内蔵した110mm速射砲の砲身が赤熱化している。
速射砲の餌食となったのはRGM-79ジムだ。
白と赤のオーソドックスな連邦軍制式カラーの機体が、推進剤の誘爆により完全に大破している。
ジムを撃破したゲルググ・マリーネのパイロット、シーマ・ガラハウが手馴れた動きでコントロールスティックを操作すると、ゲルググのマニピュレーターが即座に反応して飛来してきたジムの残骸を払い除ける。
「クルーガ、聞こえるか? そっちはどうだい!」
同時にコンソールのディスプレイに表示されている通信モードをアクティブにして、冷たくも断固たる意思を感じさせる声で僚機の部下へ問いかけた。
「シーマ様! どうやら奇襲に成功したようですぜ。ジムを二機と哨戒挺を沈めた! 」
区画違いのエリアに侵攻していたクルーガと呼ばれた男から、軽いノイズを伴った音声通信が返ってきた。
その低い声は喜びを隠せないのか、不釣り合いなほど弾んでいる。
「そうかい、よくやった。まだネズミは潜んでるはずだ。警戒は怠るなよ!」
シーマは、彼女にしては珍しく労いの言葉をかけると、コンソールの端末を操作して機体の光学観測装置を作動させる。
短い起動音が鳴り、メインモニターの下部にスクリーンが表示され、周辺宙域の走査結果を映し始めた。
そして満足そうな笑みを浮かべると、メインモニターに大きく映るコロニーの外壁に動きがないか注意を払いながら、小さく呟いた。
「あたしは生き残るんだ。なんだってやってやるよ・・・」
数日前にさかのぼる。
コロニー「ブルーアイランド」で連邦軍とジオン残党が裏取引を行う。
しかも公になっていない機密情報が絡んでいる危険な取引だ。
金で飼っている連邦軍の内通者からその情報を得てから、一時間が経過していた。
一年戦争が終結し半年が経過しても、連邦政府は宇宙も地球も完全に掌握しているとはとても言えず、ジオンの残党による局地的な抵抗活動は増加の一途を辿っている現在。
それどころか、連邦軍内部においても不穏な動きをする部隊が現れ始めている。
そんな状況の中で裏取引が両者の間で行われたとしても、何ら不思議ではない。
シーマ艦隊を率いるシーマ・ガラハウは、旗艦リリー・マルレーンに設けられた自身の執務室で考えを巡らせていた。
「シーマ様、ブルーアイランドまでの所要日数が出ました」
同室で端末を操作していた秘書官、セレア・パールストーンが柔らかな声で報告を始めた。
「メインノズル修理中の二番艦に合わせて航行したとしまして、最短で五日です。二番艦を考えなければ二日で到着します」
緩やかに巻いた背中まで届く白銀色の髪が特徴的な、まだ二十代半ばであろうセレアは報告を終えると、開いていた端末を静かに閉じた。
そして背後の壁際まで歩みを進め、上品な装飾が施されている棚の前に立ち、シーマの言葉を待つ。
主に対して極めて忠実な秘書官である彼女の、いつもの定位置だ。
「下がりな」
再びの静寂が執務室を支配してから数分は経っただろうか。
短く簡潔なシーマの指示にセレアは深々と一礼し、退室していった。
セレアが退室してからもシーマは思案を続けていた。
ブルーアイランドまで最短で五日。
仮に最短で到着したとしても、コロニーに常駐しているであろう連邦軍の駐留部隊の排除には時間が足りない。
連邦軍は先に排除しておかなければならないのだ。
それでは、二番艦を置いて残りの艦隊で先行する案はどうか。
駐留部隊は中隊規模との情報を得ているので、排除に支障はないだろう。
しかし、この案でもひとつ大きな問題が生じる。
二番艦を除く艦隊戦力で、戦力が未知数なジオンの残党部隊と交戦することになるのだ。
「シーマ様!」
象牙作りの豪奢な机に備え付けられた通信機のディスプレイが点滅し、音声通話モードの起動を報せると同時に、男の声がシーマの名を呼んだ。
「ロイズか。なんだい?」
「ブルーアイランドに向かってる残党部隊の詳細が分かりました! こいつはお宝の山だ!」
猛者揃いのシーマ艦隊で副官を務めている、ロイズ・ギルレットだ。
その声のトーンから興奮している様子が伺える。
「なんと、あの第404補給大隊の残存戦力で構成された部隊でさぁ!武器も資材もたんまり残ったまま雲隠れしやがったって噂の!」
「ほう? 第404補給大隊の残党かい。そいつは確かに宝の山だねぇ」
シーマの双眸が妖しく細まり、好奇に満ちた輝きを湛える。
そして本能が脳裏で呟いている。
こいつはリスクを冒す価値のある獲物だ、と。
部隊規模については不明だが、名のある将校やエースパイロットが率いていないのだけは確かだ。
二番艦を欠いたとしても叩けない相手ではない。
「いいかいロイズ。今度の獲物はちょっとばかり大きいんだ。足の遅い二番艦は置いていかなきゃなんないし、連邦と違って手の内を知られているから上手く立ち回らなきゃこっちがやられちまう。分かってるんだろうね?」
「構いません。オレたちはシーマ艦隊だ。獲物がなんだろうと喉元に食らいついてやりますよ!」
シーマはロイズの言葉に満足げな笑みを浮かべた。
そして片手に持っていた艶やかな扇子を、もう片方の掌に打ち付ける。
連邦もジオンも関係ない。
生き残るために手段は選ばない。
連邦はあたしに銃を向け、ジオンはあたしの故郷を奪った。
今度はあたしが奪う番だ!
「全艦に通達! 狩りの準備に取り掛かりな!」