機動戦士ガンダム Marine of Lamentations   作:ロゼ

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第2話「管制室」

先刻まではデブリの影も無かった宙域が、大小様々なモビルスーツの残骸で覆い尽くされようとしていた。

海兵隊仕様のゲルググ数機が残骸を避けながら飛行し、赤く光るモノアイを忙しなく左右に動かしては周囲を警戒している。

コロニー「ブルーアイランド」は、今やシーマ艦隊の制圧下にあった。

 

「それで? 連邦軍のあんたがジオンと何を取り引きしようってんだい? あたしもジオンなんだ。勿体ぶらず教えてくれよ」

 

ブルーアイランドの外壁に仮設された管制室に、シーマの嘲笑が響き渡る。

それに追従するように、銃器を携えた部下たちが笑い声を上げた。

管制室は凄惨な光景と化していた。

連邦軍のノーマルスーツ姿の兵士たち数体が物言わぬ躯となって部屋中を漂い、霧散した硝煙が空間を僅かに白く濁らせている。

部屋には大型のコンソールを中心に多数のモニターが設置されていて、本来は管制官が座るであろうシートには連邦軍の士官が座らされていた。

 

「・・・なぜだ? 同じジオンであると言うならば、なぜこのようなことを」

 

口元に血を滲ませて疲弊した様子の士官は、海兵たちに銃口を向けられながらも、毅然とした口調で問いかけた。

シーマはその言葉に目を細めると、手にしていた扇子をパチンと鳴らして閉じた。

 

「一口にジオンと言っても、全員が同じ思想や理想を掲げているわけじゃないのさ。それはお前たち連邦も同じだろ?」

「海賊風情と一緒にしないでもらいたい・・・!」

「はっ! 連邦本体に隠れて裏でこそこそと取り引きしようとする小物が、大きな口を叩くじゃないか!」

 

感情的な士官の言葉にもシーマは余裕の表情を浮かべながら、扇子を士官へ突きつけるように振って言葉を返す。

その動きに合わせるように、腰まで伸びている暗緑色の長い髪が妖しく宙を踊った。

 

「それで? あたしの質問に答えるのかい? それとも・・・」

 

扇子をゆっくりと動かし、自らの側頭部へその先端を突きつける。

柔和な表情を浮かべてはいるが、妖しい光を湛えた瞳は冷酷な本性をさらけ出していた。

 

「・・・分かった。話すから、殺さないでくれ」

 

士官の男は少しの間、考えを巡らせていた様子だったが、やがて観念したのか力なくうなだれると、振り絞るように口を開いた。

 

「捕虜を引き渡す予定だった。一年戦争において我々が捕虜とした、ジオンの要人だ」

 

管制室の内壁に沿って備えられている透明なスクリーンの向こう側で、海兵隊のゲルググが青白い噴射口をバーニアから放ちながら飛行しているのが見える。

シーマはゲルググの動きから、支配下に置いている宙域に異変が起きていないことを確認すると、士官に改めて向き直った。

そしてその答えに眉をひそめながら問いかける。

 

「ジオンの要人だと?」

「そうだ。名は、リアン・ローディアル。知っているだろう?」

 

両手を拘束されている士官が口元の血を軍服の襟で無造作に拭き取る。

その名を聞き、驚いた声を上げて顔を見合わせている屈強な部下たちに、シーマは無言の鋭い視線を巡らせて黙らせると、小さく頷いて続きを促す。

 

「彼女の家柄は知っての通り、ジオンの貴族だ。それに戦争中は英雄として祭り上げられていたと聞いている。その理由からか知らないが、政治的判断があって捕虜として拘束した事実を公表しなかった。だが、裏で接触した本来の取り引き相手だった連中が法外な身代金を提示してきて、な」

 

邪魔さえ入らなければ莫大な金を得ていた、と言わんばかりに苦渋の表情を見せてから、士官は再びうなだれた。

1Gに満たない程度だが重力のある管制室に暫しの沈黙が訪れる。

暴力で支配した士官の言葉に虚言が含まれていないと判断したシーマの顔に、彼女には珍しく驚きの色が浮かんでいた。

 

リアン・ローディアル。

もちろん知っている。

知っているどころか、有名人だ。

先の戦争において、劣勢を跳ね返そうと国民総動員令と称して哀れな若者たちを学徒兵として徴兵し続けた軍。

その若者たちにとって、リアンは絶対的な正義として君臨していた。

死を司る天使。

いつからかそう渾名されるようになった彼女の戦績が、何よりもその理由を雄弁に物語っている。

教導団に所属していながら前線の部隊に配属されたリアンが沈めた戦艦やモビルスーツの数は、いわゆるエースパイロットの記録と比肩していた。

ただし公式の記録ではない。

所属が教導団であったため、戦闘上の記録は非公式の扱いとされていた。

それでも軍の広報はリアンの活躍を大々的に報じた。

彼女が連邦の戦艦やモビルスーツを撃墜するたびに、国民の、特に同年代の若者たちの士気が熱を帯びるかの如く上がったのだ。

そして彼女に続けとばかりに、若き兵士たちは自ら志願して最前線へと赴く。

戦地においては強者こそが正義。

軍はリアンを、十五歳の少女を、徴兵に極めて有用な広告塔として祭り上げたのだった。

そしてその消息は、決戦の地、ア・バオア・クーにおいて絶たれている。

 

「リアン・ローディアルはジオンでは戦死扱いとなっている。大破した機体が見つかったからねぇ。それでいまどこにいるんだい?」

 

シーマは内心の驚きを悟られまいとすぐに平静を装いながら、士官の眼前に自らの冷たくも整った顔をゆっくりと近づける。

 

「隣の区画に作業棟がある。その二階に来賓用の部屋があり、扉をロックして抑留している」

 

甘いバニラの香水と硝煙とが混じった、およそこの管制室には似つかわしくない倒錯的な香りが士官の意識を否応なく刺激する。

意識を混濁させて自白作用を生み出す特殊な薬液の存在を、男は知らなかった。

パイロットスーツに包まれた銀色の指先が優しく士官の頬を撫でるように動き、続いて自らの判断力の低下に困惑して動けない男の両目をそっと覆う。

次の瞬間、パシュッ、と空気を圧縮して炸裂させたかのような音が士官の脇腹のあたりから聞こえた。

 

「情報料さ。冥土の土産にしておくれよ」

 

反対側の手に握られていた鈍色の拳銃を腰のホルスターに収納しながら、シーマが艶やかな声色を使って耳元で囁く。

士官は薄れ行く意識のなかで女の甘い吐息を感じながら、怒りや恐怖といった感情を忘れたまま命の灯火を消していった。

 

「分不相応なことさえしなければ、長生きできたかもしれないのにねぇ・・・」

 

小さく呟いたシーマの言葉からは、微かに哀れみが漏れているようだった。

そして光を失いながらも見開いている青い瞳から避けるように、そっと銀色の指を下ろしてその瞳を閉じる。

これは哀れみからじゃない。

情報料にサービスしてやったんだ。

 

「さあ、英雄のお嬢ちゃんを迎えに行くよ。外のゲルググにしっかり警戒させな!」

 

部下に向き直ったシーマの顔に、いつもの冷酷な色が戻っていた。

捕虜とした男を躊躇することなく殺した彼女の姿にわずかに畏怖した様子だった屈強な部下たちが、弾かれたようにそれぞれの責務を果たすべく動き始める。

やがて管制室から命ある者たちが去っていくと、まるで赤い河の如く、赤黒い血がその空間を静かに覆い始めた。


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