アンドロイドはかく語りき   作:ゆーゆ

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発信源はポッド042です。


2Bの個人的活動記録内容

 

 全ての存在は滅びるようにデザインされている。

 生と死を繰り返す螺旋に、私達は囚われ続けていた。

 あれは呪いだったのか。それとも罰だったのだろうか。何れにせよ、全ては過去のことだ。

 

 枷から解かれた私達は、真っ直ぐに死へ向かっている。

 限られた生を精一杯輝かせて、私達は歩き続ける。

 たとえこの世界が呪いと罰で満ちていようとも、私達は生き続けよう。

 祈りの言葉を、歌いながら―――

 

___________________

 

 

 AM7:05 起床

 

『ボディユニットチェック完了。メモリーユニットチェック完了。メンテナンスモード終了。ヨルハ機体2B、起動』

 

 10Hから課せられている週に一度のメンテナンスを済ませ、瞼を開ける。

 半身を起こすと、隣で眠っていたはずのナインズの姿がない。私よりも早く起床したようだ。

 

『おはようございます。2B』

「おはよう」

 

 朝の挨拶を交わしながら手早くベッドのシーツを片して、寝間着として着用していたシャツを脱ぐ。壁に吊るしてあった衣装一式を手に取ると、ポッドが事務的に情報を並べた。

 

『該当エリアの雲量はレベル二、晴れ。最高気温は三十一℃、最低気温は二十四℃。週間の天候も同様に推移すると予測。推奨:洗濯』

「了解。ならそうする」

 

 レオタード。ストッキング。上着にスカート。腕回り―――は後にしよう。洗濯をするのだから素手のままでいい。

 ブーツを履いていると、ポッドが頭上で左右のアームをくるくると回していた。何か言いたげだ。

 

「何?」

『推奨:当機に対する継続的なケア』

「はいはい」

 

 ポッドを撫でてから数着の寝間着を抱えて、室外に出る。

 今は乾季の真っ只中らしい。サンシェード越しに届く柔らかな日差しが、洗濯物をすぐに乾かしてくれるだろう。南風も穏やかだから、砂埃の心配もない。

 昨日が終わって、今日が始まりを告げる。そんな当たり前のことで、胸が躍った。

 

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 AM7:27 洗濯

 

 水場で衣服の汚れを落として、三機のポッドがそれぞれ一着ずつをキャンプへと運んでいく。もう一着を洗い終える頃には、衣服を干し終えたポッドが戻ってきてくれる。一連のサイクルは慣れたものだ。

 

「あっ」

 

 不意に目が留まったのは、手にしていたシャツに空いていた小さな穴。何処かで引っ掛けてしまったのだろうか。薄手の布製だから、ふとした拍子に破れてしまうことはよくある。

 ヨルハ機体が身に纏う衣装は、特殊な繊維で編まれたベルベットで作られている。私の衣装は勿論、耐久性は言うまでもなく、過酷な環境下での戦闘にも耐え得るけれど、地上のアンドロイドにとっては一般的ではない。シャツはアネモネが好意で譲ってくれた物だし、今度自分の手で直してみよう。こういったことは手先が器用な10Hに相談した方がいいかもしれない。

 ……ついでに、すっかり伸びた前髪も気になる。これも10Hにお願いしてみようか。

 

『もしもーし。2B、聞こえてますか』

 

 最後の一着を洗い終えたところで、ポッドを介してナインズの音声が聞こえた。

 

「聞こえてる。おはよう、ナインズ」

『おはようございます。洗濯中でしたか?』

「ちょうど終わったところ。今から戻る」

 

 もうそんな時間だったか。そろそろキャンプに戻るとしよう。

 ナインズかわいい。

 

___________________

 

 

 AM8:02 集合

 

 キャンプの敷地内に戻ると、簡易休息所にはナインズと10Hの姿があった。

 私達は午前八時頃に、毎日顔を合わせるようにしている。お互いの活動内容や情報を共有し、時には食事を摂りながら語り合う。10Hによる義体チェックも抜き打ちで実施される。定期メンテを怠ると長時間に渡るお説教を食らう羽目になるから、自己管理は欠かせない。

 

「おっはー2B。朝からよく働くね」

「ただの洗濯。10Hの方がよっぽど働いてる」

 

 10Hが来てから、キャンプ内の雰囲気は変わった。アルコールやファッション等の娯楽は依然として容認されている一方、10Hの呼び掛けで義体管理への意識は向上の一途を辿っている。精密な修繕はお手の物だし、何より彼女の快活なパーソナリティが、皆の活力となりつつある。

 リーダーのアネモネも10Hの働きを快く認めていた。二人共同じ部屋で暮らしているし、睡眠も一緒に取る。仲が良過ぎるような気もするけれど、気にしないでおこう。

 

「あれ。ナインズ、A2と4Sは?」

「……そういえば、来てましたっけ」

 

 気のない声が返って来る。気付いていなかった振りをしているのは一目瞭然だ。

 A2と4Sは普段パスカルの村に滞在し、時折このキャンプを訪ねる日々を送っていた。右腕の接合状態の確認もある分、最近は足を運ぶ回数が増えていた。

 

「すみません、遅くなりました」

 

 声に振り返ると、ナインズと同じ背丈の4Sと、その背後にA2。A2は気怠そうに後ろ頭を掻いて、私達と微妙な距離を取っていた。

 相変わらず素っ気ない。その態度はナインズが一緒にいると益々ひどくなり、お互いに視線を合わせず、会話らしい会話もない。溝の深さは理解していたつもりだけれど、頭痛の種でもあった。

 

「おっはーA2。右腕の調子はどう?」

「何度も言わせるな。もう問題ない」

「ダメダメ、ちゃんと点検しないと。ほら、こっちに座って」

「……クソ面倒だな」

 

 H型のスイッチが入った10HがA2を強引に座らせて、右腕の接合部の確認を始めた。一先ずA2は10Hに任せておくとして、私達三人は先んじて情報交換をしておこう。

 

「ナインズ。今日の予定は?」

「特に何も。アネモネさんから任されていた仕事がひと段落したので。2Bはどうですか?」

「私はあまり……巡回ぐらいかな。4Sは?」

「僕も取り急ぎは特にありません」

 

 食料確保のための釣り、といきたいところだけれど、釣りは暫く控えるよう10Hから厳しく言われていた。乱獲は生態系を崩す恐れがあり、私が釣り上げた海水魚により干物が量産され過ぎて、処理が追いついていないらしい。

 本音を言えば、私も干物の味には飽きてしまっていた。バンカーで何気なく口にしていたトーストの触感が懐かしい。ただの嗜好品とはいえ、なくなってしまうと寂しいものがある。

 ともあれ、活動予定は周辺の見回り程度。塔を成していた瓦礫撤去も落ち着いたし、機械生命体の数が激減した今、戦闘行為の回数も同様だった。

 

「やあやあ。揃っているようだね、ヨルハ部隊諸君」

「ん……ジャッカス?」

 

 本日の予定を決めあぐねていると、砂漠地帯を活動拠点とする女性型アンドロイドが声を掛けてきた。

 ジャッカスは各地を調べて回る情報収集役を担っていて、アネモネやA2とは過去に作戦行動へ従事した間柄だそうだ。かつてのA2を知る、貴重な一人とも言える。

 

「A2も暫く振りだな。たまには思い出話で花を咲かせようか」

「クソみたいな記憶しかないぞ。お前の実験とやらは総じてクソだった」

「確かに君達には色々と協力して貰ったな。A2には……何だっけ?」

「『戦場における性的行為が及ぼす士気向上効果について』」

「ああ、そうだった。とても痛かったのをよく覚えているよ」

「本気で殴ったからな」

「涙を浮かべて乱れ狂う君の顔は素晴らしかった。ん、四号も一緒だったか?」

「あいつも本気で殴ったからな」

 

 何故かは分からないけれど、とてもいかがわしい会話のように聞こえてしまう。

 恐らく勘違いだろう。この調子では話が進まない。

 

「ジャッカス。私達に何か用?」

「ああ、そうそう。まずはこれを見て欲しい」

 

 そう言うとジャッカスは、一枚の大きな紙をテーブル上に広げた。

 何かの図面、だろうか。紙ベースの情報は不慣れな分、理解が遅れてしまうけれど、構造は複雑ではない。寧ろ単純な造りで、且つ原始的な機械だ。

 

「四輪駆動型の移動用車両さ。旧世界の所謂『自動車』というやつだ」

「「自動車?」」

 

 自動車。データとしては知っている。旧世界に存在した、車輪を回転させることで地上を走行する移動用車両のことだ。廃墟都市エリアにも、かつて何者かが複製した車両が複数台あったはずだ。勿論、使い物になりはしない。

 まさかジャッカスは、これを作製するつもりなのだろうか。私達の疑問を、ナインズが口にした。

 

「あの、ジャッカスさん。これを造るつもりですか?」

「ああ。そのつもりさ」

「こんな非効率極まりない車両を?一体誰が使うんです?」

「それは秘密だ」

「……すごく嫌な予感がしますが」

「ハッハッハ、気のせいだろう」

 

 嫌な予感はさて置いて、ナインズが言うように圧倒的に非効率と言わざるを得ない。

 障害物だらけの地上を移動、という発想がまず理解不能だ。戦闘用ならともかく、移動を考えるのであれば両脚で走ればいいだけ。効率を求めるなら飛行型にすればいい。四輪で地上を走行するメリットが見当たらない。

 強いて言うなら、コスト面だろうか。私達が運用していた飛行ユニットは、ヨルハ機体十人分を製造するほどのコストが掛かる。対してこの自動車は、恐らく寄せ集めの資材で製造が可能だ。

 

「君達に頼みたいのは、自動車のサンプル集めだ。できるだけ現物のデータを見てから製造したいからね。報酬は約束するから、是非ともお願いしたい」

 

 サンプル、か。廃墟都市エリアの複製品は劣化が進み過ぎて使えそうにない。比較的近年に複製された、原型を留めている自動車。そんな物が、この辺りのエリアにあっただろうか。

 記憶野を探っていると、心当たりはすぐに見付かった。

 

「あっ。ナインズ、遊園地廃墟はどう?」

「遊園地?」

「似たような物が、いくつかあったと思う」

「……言われてみれば」

 

 確か遊園地廃墟には、同じような構造をした機械が複数あったはずだ。ジャッカスが求めている車両と多少の違いはあるかもしれないけれど、参考程度にはなるだろう。ここ最近あのエリアに足を運んだ記憶もないし、状況確認をかねてと考えれば無駄足にもならない。

 

「考えても仕方ありませんね。早速向かいますか?」

「ねえねえちょっと。なんか面白そうだし、私も行きたい」

「僕も同行します。A2さんはどうしますか?」

「行かない」

 

 折角だから、皆一緒に。という話にはならず、A2は無愛想に断りを告げた。まるで協調性がない。

 

「A2。4Sも行くって言ってるけど」

「だからどうした。別件があるんだから仕方ないだろう」

 

 唯一の頼みである4Sも効果がない。別件とやらが少々気になるけれど、意思は固いらしい。

 やがて10Hの点検を終えると、A2は踵を返して言った。

 

「ジャッカス。私からも一つ頼みがある」

「ほう。実験の続きに付き合ってくれるのか?」

「お前マジでぶっ壊すぞ」

 

 結局私達はA2を除いた四人で、遊園地廃墟へ向かうことにした。

 

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 AM9:29 遊園地廃墟到着

 

 遊園地廃墟の特異性は、機械生命体独自による修理と運用に尽きる。このエリアに徘徊する機械生命体は自らの手で旧世界の遺物を複製していて、調査部隊の報告によれば『兵器としての多様性確保を目的とした実験場』だそうだけれど、仮説の域を出ないし、どうだっていいことだ。

 何より私達は今現在、まるで予想外の事態に直面していた。

 

「ねえナインズ。これって……前よりも、直ってる?」

「そう、見えますね」

 

 どう見たって、施設の複製と修繕の度合いが違っていた。入口付近から外観を見渡す限り、遥かに進行していた。

 塔の崩壊後は機械生命体も錯乱して自滅を辿ったと聞いていたのに、それなりに賑わっているようにも見える。勿論そのほとんどが非好戦的で、あどけない。この状況を、私達はどう受け止めればいいのだろう。

 

「僕は初めて来ましたけど、興味深い現象ですね。ナインズ、君はどう考える?」

「独自のネットワークを形成しつつあるのか……?いや、こんな短期間で―――」

「キャー!何これ何これ!?」

 

 S型同士の考察が、黄色の悲鳴で上書された。私の隣では、10Hが落ち着かない様子で目を輝かせては、きょろきょろと周囲を見渡していた。

 

「すごい光ってる、すっごい光ってるよ!あの連結飛行型機械生命体みたいなの何!?何これヤバい、超ウケる!でっかいウサギみたいのもいるし!ていうかあれウサギ?ウサギのつもりなの!?2B見て、あれ見て!」

 

 多分、楽しんでいるのだろう。悲鳴を上げる要因が私には理解不能だけれど、きっと楽しんでくれている。まあよしとしよう。

 あまりの音量に耳を押さえていると、ナインズが笑いながら言った。

 

「あはは。2Bもあれぐらい喜んでくれたら、可愛いのになぁ」

 

 可愛い。

 可愛い。

 可愛い。

 かわいい。

 かわいい―――かわいい。

 

「ね、ねえナインズ。ヤバい。あれ、ヤバい。かなりヤバい、超ヤバい。見てあのウナギ。ヤバい。ヤバ過ぎる」

「僕が悪かった悪かったです不用意な発言を謝りますから即刻元に戻して下さい」

 

 ややあって。

 入り口からほど近いエリアを探索していると、目当ての四輪駆動車はすぐに見付かった。車両の側面には飲料物とされる画像と売価のリストが掲示されていて、4S曰く嗜好品の販売を目的に製造された物だそうだ。

 

「原動機は電気モーターか。とりあえず構造をスキャンして……と。ナインズ、もっと調べてみよう。ガソリンエンジン型の車両もあるかもしれないよ」

「了解です。……折角ですし、2Bは10Hさんに付き合ってあげたらどうですか?」

「え?」

 

 ナインズの視線の先には、変わらずにぴょんぴょんと飛び跳ねては燥ぎ続ける10H。頭上では『ジェットコースター』の車両が荒々しい音を立てて走行していた。

 

「付き合うって、どういうこと?」

「すぐに分かりますよ。ほらほら、行った行った」

「え、えっ」

 

 背中を押されて、10Hの下へと向かう。

 長い長い一日の、始まりだった。

 

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 AM9:57 ジェットコースター 

 

 連結型車両の先頭に立ち、足元を固定して前を見据える。すると私の隣にいた10Hが、怪訝そうな面持ちで私の左足を突いた。

 

「ねえ2B。何で立ってるの?」

「何でって……座るの?」

「当たり前じゃん。どう見たってそういう乗り物だよこれ。ほら、こうやってレバーを下ろしてっと」

 

 見よう見真似で腰を下ろし、足を畳んでレバーを下げる。やがて車両は加速を始め、からからと乾いた音を立ててレール上を上り始めた。

 

「ひゃー。ドキドキするねっ」

「……よく分からない」

 

 やがてレールは下り坂へと差し掛かり、急加速と急降下。風圧で髪が後方へ流れ、隣からは甲高い絶叫が上がった。

 

「きゃ、キャー!わわ、ひゃあああ!速い、速いって!」

 

 言うほど速度は出ていない。飛行ユニットなら数倍の速度を出せるし、風圧も微々たるものだ。悲鳴を上げる理由がまるで分からない。寧ろ走行音が強過ぎて耳の奥が不快だ。

 

「10H。全領域対応多用途戦術―――」

「えーなにー!?聞こえない!」

「だから、飛行ユニットなら―――」

「聞こえないってばー!」

「いやだから、飛行ユニット―――」

「あはは!!聞こえなーい!!」

「絶対に聞こえてるでしょう!?」

 

 腹の底から大声を捻り出す。不思議なことに、妙な爽快感があった。

 

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 AM10:31 回転ブランコ(?)

 

「ひゃっほー!!」

「……きゃー」

 

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 AM11:22 フリーフォール(?)

 

「きゃあああぁぁあああ」

「キャー」

 

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 PM0:34 食事(嘔吐)

 

「あれ知らなかった?人類にとってはね、昆虫とかも貴重な蛋白源だったんだよ」

「イヤ、絶対に嫌、嫌だからやめて本当にやめて近づけないでえぇええあああああ」 

 

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 PM1:29 お化け屋敷(?)

 

「ちょっと2B、前線型なんだから前に行ってよ。お、押さないでってば」

「よくない。ここは多分、よくない」

 

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 PM3:02 巨大なティーカップみたいなのがくるくる回るやつ

 

「うわあああ目が回るううぅ。2B、目がぐるんぐるんだね」

「視覚システムを一時的に落としている」

「いやいやいや」

 

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 PM3:58 鹿みたいなのに乗って回るやつ

 

「2B今だよ!撮って撮ってシャッターチャーンス!!」

「ポッド」

『報告:画像データを保管』

 

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 PM5:08 ジェットコースター(多分七回目)

 

「いいいいやっふうううぅぅ」

「やっほー」

 

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 PM5:46 観覧車 

 

 私と10Hを乗せた金属の箱が、ゆっくりとした速度で円を描きながら上昇していく。段々と高度が増していき、劇場跡地の頂上と同じ高さにまで上がると、辺り一帯を見下ろすことができた。

 

「ほえー。ナインズ君達はどの辺りにいるのかな?」

「随分前にキャンプへ戻っている」

「え、そうなの?全然気付かなかったよ」

 

 それはそうだろう。10Hは終始夢中だったし、ナインズ達も彼女の邪魔をしないよう気を遣ってくれていた。車両のサンプルは思いの外に数多く収集できたようで、ジャッカスの依頼は充分に達成できたと言える。

 何気なく外を見下ろすと、10Hと一緒に堪能した各施設達があった。

 ジェットコースターは今も無人で走行していて、上空では機械生命体が打ち上げたであろう花火が煌めいている。様々な色の光が、私達を照らしていた。

 

「ねえ2B。付き合ってくれて、ありがとね」

「お礼は不要。私も、楽しかったから」

「……ふーん。ちょっと意外かも」

 

 私自身、驚いている。けれど私は確かに、楽しいという感情を抱いていたのだろう。

 誰かと一緒に任務ではない何かを共有するという行為が、素直に楽しかった。こんな時間を過ごせる日々を、きっと沢山の仲間達が望んでいたはずだ。だからその分、私達が。以前の私なら、到底理解できない感情だ。

 

「10H。今度はみんなも連れてこよう。キャンプのレジスタンスや、みんなと」

「うん、そうだね。それよりもさ、次は何に乗る?」

「え……え?」

「またお化け屋敷に入ろっか。あのよく分からない感じが病み付きになりそう」

 

 私は扉を蹴り開けて身を投じ、ポッドのアームを掴んでゆるやかに降下した。頭上からは不満そうな10Hの声が響いていた。

 

___________________

 

 

 PM7:13 姉妹 

 

 単身でレジスタンスキャンプへ戻る道すがら、私は塔の瓦礫が未だ散乱している、とある座標へと向かった。周辺には大小入り混じった白色ばかりが転がっている一方、その地点だけは、下方へ真っ直ぐに掘り下げられていた。

 無我夢中になって、私が掘削した場所。

 何かが終りを告げて、今が始まった場所だった。

 

「……本当に、よかった」

 

 もしもあの時、全てを諦めていたら。私はこんな風に生きてはいなかった。

 全てを呪い、何もかもを呪って、死を選んでいた。彼と一緒に朽ち果てていたのだろう。

 

「っ……?」

 

 想いを巡らせていると、背後に気配を感じた。ポッドのスキャナーを起動させてすぐ、気配の正体を察した。

 

「A2、なの?」

「どうしてお前がここにいる」

「……何となく」

 

 A2の右手には、透明なガラスの瓶。中には紫色の液体があった。

 A2は私を意に介さず、無言で歩を進めた。幾何の距離を取りながらそっと背中を追っていると、やがてA2が足を止めた地面には、二振りの古びた剣が突き立てられていた。

 

「それは?」

「あの姉妹の物だ。適当に掘っていたら、偶然見付かった」

「姉妹って……あっ」

「あいつらには、少なからず世話になったからな」

 

 A2は瓶の蓋を開けると、中の液体を一口飲んで、次いで剣の柄を液体で濡らした。

 果実を使った飲用アルコールの匂い。刀身を伝って零れ落ちた先には、きっとあの二人が眠っているのだろう。

 

「A2……」

 

 適当に掘ったなんて、真っ赤な嘘だ。瓦礫の状態から考えて、相当な時間と労力を掛けて掘り下げたに違いない。ナインズの生存を祈って同じように掘削した、私にしか分からないことだ。

 だから、その代償として―――彼女の右腕は、擦り減った。全てが繋がっていた。

 思わず胸の底が疼いて、感情が湧き上がる。

 

「A2。私も貰っていい?」

「……好きにしろ」

 

 手渡された瓶を両手で掴み、一気に飲み込む。A2以外の誰も見ていないのだから、不作法で構わない。口直しをしたいと思っていたからちょうどいい。

 

「はぁ。これって、ジャッカスが?」

「まあな。上物を調達してくれたようだ」

 

 瓶を返して、地面に座る。アルコールの経口摂取に伴う『酔い』という感覚が、私は苦手だった。自分が自分でなくなるような浮遊感が、どうしても好きにはなれなかった。

 けれど、どうしてだろう。美味しいと思える。うん、美味しい。もう一杯。

 

「お姉ちゃん、もう少しちょうだい」

「あん?」

「お姉ちゃんばっかりずるい。もう少しだけ、ね?」

「お前はまたっ……おいなんだ。引っ付くな」

「おねえちゃーん」

 

 心地がいい。とても気持ちがいい。

 A2の右腕が、愛おしくて堪らない。私の素体データを基に構成された右腕が、お姉ちゃんといつも一緒にいる。それが嬉しい。すごく嬉しい。

 

「おいポッド、こいつをどうにかしろ」

『報告:画像データを保管』

「ぜってーぶっ壊す……!」

 

 今日という一日を忘れないように、記録を残そう。好き放題に記録して、暗号化して、空白領域に書き込んで、ロックを掛けておこう。そうすれば私にしか閲覧できない。いや、ポッドなら可能か?どっちだっていいか。

 複雑な作業はポッドに任せて、目を閉じよう。すぐにスリープしてしまいそうだ。

 おねえちゃん、おやすみなさい。また明日。明日が、待ち遠しい。

 

 

 


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