早朝の佐世保鎮守府。柔らかな日差しと肌を刺すような寒気。そして静寂のなかにあって唯一、ささやくように聞こえる小鳥の囀りが心地よい、そんな朝。その心地よい静寂をカンカンカンっと子気味良い足音が破る。その足音は、執務室のプレートが付けられた扉の前で止まり、、足音の代わりに扉を拳で軽く叩く音が鳴り響く。
「司令官?入りますよ?」
そういうと、足音の主は美しい黒の髪をなびかせながら、この時間には本来開いていないはずの執務室の扉の奥へと入っていく。扉を閉め、少女が部屋の中を見回す。少女はソファに目をやると、そこに少女の目的が居ることが確認できた。
「…まったく。ちゃんと寮で寝るようにと言ったのに」
少女はソファに近づくと目的のもの…純白の軍服を身に纏い、さらにその上から毛布をかぶって丸くなっている男性に声をかけた。
「起きてください司令官。もう遅いかもしれませんが…風邪引きますよ?」
「………んぅ?」
軍服の男性……この佐世保鎮守府を預かる提督は体を起こすと、目の前に一人の少女を目にした。膝まで届かんとするほど長く、そして美しい黒の髪の毛。黒のブレザー。そしてそんな黒ずくめの中においてアクセントになっている三日月のアクセサリ、そして少女自信の黄色く大きな瞳。吸い込まれるように少女の顔を暫し眺めた後、提督は口を開く。
「…おはよう、三日月」
「はいっ、おはようございます司令官」
すこし困惑しているような表情だった少女…三日月は、挨拶と共に笑顔になる。それにつられて提督も笑顔を返した。ノロノロと起き上がり、執務室の隅にある洗面台に向かって歩く。
「昨日あれだけ言ったのに…どうして執務室で寝てたんです?」
「……大本営からの書類に目を通してた。……そしたら眠くなっちまってなぁ。……そのままソファで寝た次第」
「もうっ、だから寮に持ち帰ってから御覧になったほうがいいって言ったじゃないですか!」
「ははは…すまんな」
洗面台で洗顔を済ませ、軽く髪の毛をセットした提督は三日月の方に歩いていく。
「はい、司令官。レモネードです。もう遅いかも知れませんが、せめてビタミンCでも採ってください」
「おう。すまんな」
三日月は水筒に入れていた蜂蜜入り特製レモネードを湯飲みに移して提督に手渡す。彼が一口すると、程よい甘酸っぱさが口を通り抜ける。その暖かさが喉を抜け胃に落ちる感覚が冷え切った体に心地よい。
「……おや?マルヨンマルマル?三日月、二時間も早いじゃないか」
「どうせどこかの誰かさんが執務室で凍えてるでしょうから、暖かいレモネード持って馳せ参じた次第であります。司令官殿?」
「面目ない……感謝してるよ」
「司令官の癖はもう把握済みです。まったく、私がもっとがんばらないと司令官が体調を崩してしまいます」
「ははは…」
二人はソファに隣りあわせで座り、残りのレモネードを味わう。レモネードの湯気と、小鳥の囀り。静かだが、確かに幸福な時間であった。やがて二人はレモネードを飲み終え、同時に立ち上がる。
「さて…少し早いが業務を始めるとしよう。今日の予定は?」
「はい、今日はですね……」
静かな執務室。そこから、佐世保鎮守府の新しい朝が始まったのあった。