昼。午前中の業務を終え、午後への活力を得るべく各々が寛ぐ、鎮守府でもっとも和気に溢れる時間である。そんな時間を迎える少し前。総合指令棟の給仕室…簡易キッチンも設置されている一室で慌しくしている一人の少女がいた。
「ああっ…どうしましょう…まさかお肉の仕込みばかり意識していて、サラダ用の野菜が切れているのに気付かなかったなんて…」
給仕室の冷蔵庫の中を見て、青ざめた顔をしている少女…さらさらのストレートヘア、両のこめかみあたりの跳ねっ毛、そしてエプロンに刺繍された鯨がチャームな艦娘、潜水母艦「大鯨」。彼女の焦りは極限に達していた。
「も、もう提督のお昼の時間前に買い物に行く余裕がありません!えーと、今あるのは玉葱と馬鈴薯(※)…あと補給用の魚雷…」
普段持ち歩いている手提げ袋の中身を漁り、なにか使えるものは無いかと懸命に探す。玉葱はともかく、補給用の魚雷はこの期に及んではなんの価値も無い。いかに提督が好き嫌いせずになんでも食べるといっても、魚雷やボーキサイトなどは無理である。
「玉葱と馬鈴薯しかない…他に胡瓜や人参、時間さえあれば美味しいポテトサラダにできるけど…もう仕方ありません!!間に合わせですが玉葱と馬鈴薯で急造のポテトサラダにしましょう!!!」
もはや時間が無い。早速彼女は行動に移す。サラダが無い程度であれば提督も特に何も言わないのだが、食事に不備があるというのは、彼に対しとっても失礼なことだと思っているし、何より彼女の潜水母艦としてのプライドが許さない。もはやベストは果たせない、ならば限界までベストに近いベターにしなければならないのだ。
「時間を短縮するために馬鈴薯は多機能電子レンジで水蒸気加熱…!玉葱は混ぜ込んだときに水が出ないように塩で〆て…」
鬼気迫る勢いで馬鈴薯と玉葱の下ごしらえをしてゆく。そうこうしているうちにメインディッシュ…鶏のモモ肉の香草グリルが焼きあがる。手早く大皿に移し、上から荒挽きの胡椒を少量ふりかける。さらに停止した電子レンジから大急ぎで馬鈴薯をとりだしボウルに移して潰す。その上にも胡椒をふりかけ、先ほど塩で〆た玉葱を混ぜる。馬鈴薯からあがる湯気はかなり熱く、火傷しそうなほどの蒸気だが彼女は気にしない。手早く混ぜ込みマヨネーズを加えてさらに混ぜ込む。そして菜箸でポテトサラダを一口分手に取り、味見をする。
「…ん!味は問題なし!色合いが完全に白一色ですけど仕方ありません!」
先ほどの香草グリルから染み出た油をキッチンペーパーでふき取り、その横に急造のポテトサラダを添える。冷蔵庫から菜っ葉のおひたしが入った小鉢と桃の缶詰をカットしておいた小鉢を取りだし、メインの大皿の奥に配置する。そして炊きたての白米を大盛りによそった茶碗と作り置きしておいた卵のコンソメスープを手前側にバランスよく配置した。
「よし!なんとか間に合ったぁ…!よかったぁ~…」
ずっと険しい表情をしていた少女の顔にようやく笑顔が浮かぶ。大鯨特製ランチの完成である。
「サラダ…ちゃんと用意できなかったけど…提督、喜んでくれるかな…?」
思い浮かべるのは提督の顔。彼の最高の笑顔を見るために作ったこの昼食だが、結局ベストな状態で出すことは適わなかった。不安を帯びた表情で昼食を乗せた盆を運び、しかし執務室の前に来て、なんとか笑顔を作り出して扉をノックした。不安な表情など、彼には見せたくない。
「提督!お昼ごはんお持ちしました!!」
そういうと彼女は執務室に入っていくのであった。
(※ 馬鈴薯…ばれいしょ。要はジャガイモ)