夜の鎮守府。哨戒部隊や即応部隊以外は、ここ佐世保鎮守府は業務外となるため、静まり返っている。
仕官寮棟の近く、仕官用娯楽棟。この棟の施設は准尉以上の仕官に開放されている施設だが、今の提督が赴任してからは艦娘全艦にも開放されるようになった。(なお、一般兵卒用の娯楽棟も当然存在している。)その娯楽棟の一角、「BAR-Knightmare」。仕官以上という入場制限もあってか、静かに酒を飲みたい士官や艦娘に人気のバーである。そのバーの扉が、ベルと共に開かれた。
「いらっしゃいませ、時雨さん」
「こんばんはマスター。今夜もお邪魔するよ」
薄翠色をした引き込まれるような大きな瞳、背まで届く長く黒い髪を三つ編にし、その先に縛られた赤いリボンが可愛らしい艦娘、時雨はいつものようにカウンター席に座ろうと席を見回すと、そこに見知った顔を見つけ、隣に座る。
「こんばんは、愛宕。今日は早いじゃないか」
「あらー、こんばんは、時雨♪」
ふわふわの美しい金髪に、バランスのとれた重武装ボディ……いささか胸部装甲が過多気味すぎる気もする巡洋艦娘、愛宕はチャーム(いわゆるおつまみ)のチーズクラッカーをつまみながら、朗らかな笑顔で挨拶を返す。彼女のそばに置かれたグラスには、琥珀色の液体が注がれていた。
「それは……ウイスキーかい?珍しいね。君の好みは甘めのカクテルだと思ってたけど」
「ええ。私も最近、ウイスキーのおいしさを知ったのよ。提督が教えてくれたの♪」
「……提督が?」
愛宕は語りだす。先週、たまたま提督とこのバーでお酒を飲んだ事。そのとき提督が飲んでいたウイスキーが美味しそうだったので試しに飲んでみた事、などなど。
「そんなに美味しいのかい?……マスター、僕にも愛宕と同じのを」
「あー…時雨、いきなりシングルモルトのダブルは辛いと思うわ」
「??……僕が子供っぽいとでも言いたいのかい?」
「そうじゃないわよぅ……でも、いきなりストレートのダブルはやめといた方がいいわ。まずはワンショットからいきましょう?」
「……時雨さん、私もそうしたほうがいいと思います」
愛宕のみならず、マスターもそういう。正直、子供っぽいと言われたような気がした時雨からしたら不本意ではあるが、マスターまでそういうのならば、まずは従ってみようという気になる。
「……そこまで言うなら。じゃあマスター、愛宕と同じのをワンショットで」
「はい。承りました」
マスターが準備している間に、愛宕が時雨に声をかける。
「時雨はさ、ジンベースの炭酸系カクテルが好きでしょ?ウイスキーとはあまりにも風味もアルコール度数も違うから、まずワンショット試して、平気そうならダブルで頼むといいわ」
「…それもそうだね。ごめん愛宕」
「いいのよ~」
「お待たせしました。「白州12年」ワンショットになります」
さほど時間を置かずに、時雨の前に小さいショットグラスにワンショット……約30ml 程度のウイスキー「白州」が出される。
「頂きます」
早速一口あおる。……と、同時に盛大にむせ返った。
「けほっけほっ」
「ああ、いわんこっちゃない。時雨~、平気~?」
「う、うん……大丈夫……」
呼吸を整え、もう一口ウイスキーを口に含む。
まず、強い。普段飲むジンベースのカクテルよりも数段強いアルコール。そしてかなり強烈な大麦酒のクセ。残念だが時雨の口に合わないようだ。
「愛宕……君が正しかったよ。僕にはこのお酒は厳しいようだ」
「まあ、12年ものとはいえ、シングルモルトだしねぇ……」
「シングルモルト?」
愛宕の言葉に疑問を持つと、マスターが別のショットグラスにワンショットのさらに半分程度のウイスキーを注ぎ、水で割って時雨に差し出した。
「時雨さん、試しにこちらを飲んでみてください。サービスです」
「う、うん……」
先ほどの失敗を繰り返さないように慎重に口に含む。
「……あれ?」
美味しかった。相変わらずアルコールは強いが先ほど感じた大麦酒のクセが随分とマイルドになっていた。加えて、先ほどは感じられなかった香ばしさや、深みを舌で感じ取れる。
「今、お出ししたのはブレンディットモルトの角瓶、それの水割りです」
「角瓶?ブレンディットモルト?」
「そうよ~」
マスターの言葉に愛宕が続く。
「さっきの「白州」がシングルモルト。原材料が大麦だけなの。それで、大麦の他に米や小麦、トウモロコシとかを材料に使うのがグレーンモルト。そしてシングルモルトとグレーンモルトをブレンドしたのがブレンディットモルトよ~」
「シングルモルトは混じりっ気無しの大麦100パーセント、混ざり物がない分、強烈に大麦酒の個性が発揮されます」
「ふむふむ……」
時雨は二人のウイスキー解説を静かに聴く。先ほどの角瓶の水割りを飲みながら。
「ブレンディットモルトは様々な樽のウイスキーをブレンドするから、複雑で奥深い味わいになるわ~。ブレンドの過程でクセも少なくなるから飲みやすいのよ~」
「それだけではありません。今時雨さんがお飲みになっている物は水で割ってますから、さらに口当たりが良くなっているハズです」
「そっか…それでさっきより全然美味しく感じたのか……」
もう空になったグラスを手で揺らす。
「ウイスキーは割り材によってもその風味を大きく変化させます。割り材を色々試すのも楽しいですよ」
「私も今、色々試してるのよ~♪で、今はストレートに挑戦してたってわけ♪」
「そうだったのか」
時雨はまだウイスキーの入った……二口しか飲めなかった「白州」のグラスを見ながら言う。
「マスター、そこの白州、僕でも飲めるようなのに出来ないかなぁ?」
「そうですねぇ……折角の白州ですから……」
「……うふふふ♪」
彼女たちの夜は、まだまだ続く。