クレストが兎と出会うのはまちがっているだろうか   作:立花・無道

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短編2話です。
兎がオラリオに到着しました。


兎と酒場

「いらっしゃいませー!」

 

店に入ってくるお客さんに、元気な挨拶をするのが私の仕事です。

失礼...自己紹介が遅れました。私の名前はシル...シル・フローヴァと申します。

えっ?アーニャ...誰に向かって話してるのニャって?

フフッ...気にしない、気にしない...

 

さて、実は本日は『ロキ・ファミリア』の冒険者様方が遠征の終了を祝って、私の勤め先である『豊穣の女主人亭』で宴会をなされているのですが...私たち従業員は正直その準備と片付けでてんてこまいでした。

 

そんな時です、店の扉が開き..あの不思議な雰囲気の方が入店されたのは...

 

まるで、冬のようなヒンヤリとした空気をまとい、淡い色の外套を着た白髪の少年が大きな箱を軽々と背負って酒場に入ってきたのです。

 

その方の雰囲気に..私の意識だけでなく、店にいた数十人の意識が集まり...店が一瞬にして静まりました。

なぜだか、その時..私は星屑のような渦が、その少年に集中している不思議な光景を確かに見たのです...

 

 

ハッとして私はいつもの通りの言葉を口にしました。

 

「いらしゃいませー!豊穣の女主人へようこそ!」

 

その時...これが不思議な物語の始まりであることに..私はおろか、他の誰も考えてすらおりませんでした...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレスト先生から黄金聖衣を受け取って、あれから数ヶ月...

僕はとある都市に来ていた。

その地の名は『迷宮都市オラリオ』...僕の赴いた都市は、この世界で唯一()()()()()がある場所だ。

 

「ここがオラリオか...すっかり夕暮れになってしまったな。」

 

門番にじろりと睨まれたが、軽く会釈をすると納得したような表情で通行を許してくれた。

やはりダンジョンがあることで、人の出入りが激しくなり通行の確認はそれほど厳しくないらしい。

とりあえず一安心といったところだ。

 

「まずは、宿を探さなくてはいけないか...」

 

メインストリートらしき場所を歩き始めると、エルフやドワーフ、パァルム、さらには獣人といった様々な種族が歩き回っている。噂には聞いていたが、この目で見て実感できた..この都市は寛容だ。

差別や偏見が決してないわけではないのだろうが..それでも許容し、種族の違う存在が共に生きることができる可能性を示している...

 

「(先生が夢見たのは..このような景色なのだろうか...)」

 

内心でそんなことを思いながら、僕は静かに歩みを進めた。

人間と獣人の子どもが道を駆けていく様子、恋人同士であろう人間とエルフが互いに寄り添って歩く姿...

種族間の違いがあってもなお..それを受け入れ、共に生きる人々の姿に温かさを感じていた時...

一軒の酒場を見つけた...

 

「(『豊穣の女主人亭』か..外観も整備されているし、雰囲気も悪くない...幸いにも金銭には余裕があるからな...ここで良い宿がないか尋ねよう。)」

 

先生と旅のなかで知ったが、こういった場所には情報が集まりやすい...噂であったり、よからぬことの前触れであったりもするが、中には役立つものが多いのも事実である。街の情報を知るには、食材の調達方法...つまり物流の流れを知る人物に尋ねるのが案外効率も良い。

 

そんなことを考えながら..僕は酒場の扉をくぐったのだが、入った瞬間..ウェイターの女性にきょとんとした表情をされてしまった。

 

「い..いらしゃいませー!」

 

「どうかしましたか?..」と口にしようとした瞬間に、ウェイターの女性はハッとして元気な挨拶をくれたが...いったいどうしたのだろうかと疑問が残る。そういえば聖衣を背負っていたな...と自分が珍しい格好であることを思い出して、驚かせてしまったのだろうと理解した。

 

なんだか人の視線を感じて..チラッと見てみると、どうやら宴会の邪魔もしてしまったようで、少し申し訳なく思いながらもカウンターの隅の席にそっと座った。

すると、一人の恰幅の良い女性が軽く音を立てながら、僕の前に水の入ったグラスを置いた。

 

「あんた..見ない顔だね。旅人かい?」

「ああ..貴女はここの女将さんか?」

「よしな!女将さんなんてのは上品な店で使う言葉だ...あたしはミア..ここの店主だよ..」

「自分はベルという..ミア殿、弱めの酒とそれに合う軽い料理を一品お願いしたいのだが...」

「あいよ..シル!弱めの酒を一杯分持ってきな!料理は少し待ってな...今からあたしが作ってやるよ!」

「了解した..楽しみにしておく。」

 

ミア殿はそういって店の奥に消えていった。すると今度は、先ほど驚かせてしまったウェイターの女性が大きめのグラスをもって、近寄ってきた。

 

「ご注文ありがとうございます..こちら注文されたお酒です..」

「ああ..ありがとう..」

 

軽い会釈をして品を受け取ると、女性はじっとこちらを見ていた。

先ほどのことが印象に残っているらしい様子で不思議そうな顔をしている。

 

「どうかしたか?」

「えっ?あ..い、いえ。申し訳ありません、まじまじと見てしまって...」

「いや..こちらも珍しい格好をしている自覚はある。こちらこそ、驚かせてしまってすまない。」

「えへ...じゃあお互い様ですね。あの、わたしはシル・フローヴァと言います。えっと...」

「ベル・クラネルだ。」

「じゃあベルさんですね!ベルさんは冒険者になりに、この町に?」

 

冒険者という単語をきいて思い出した。

 

このオラリオでは冒険者がダンジョンに潜り、そこから生まれるモンスターから採れる『魔石』...

それをもとに加工した製品を世界中に輸出・販売し、都市の経済を回しているらしい。

旅の途中にいくつかの町で見たことがある。

街のシンボルの高級な街灯で、オラリオ製の物を設置している場所も少なくなかった。

オラリオ内ではどうか知らないが、外では個人が所持するにはそれなりの高級品であると記憶している。

 

「いや..冒険者志望ではなく、ただの人探しで足を運んだだけだ。それはそうと今晩の宿を探していてね。どこか良いところを知らないだろうか?」

「宿ですか?..だったら..」

「だったら..何だい?」

「ヒッ!...」

 

突然のミア殿の声にシルは悲鳴をあげて、青ざめた。

ミア殿の声には怒気が含まれており、目は笑わずに口元でだけが吊り上がっている。

 

「サボってんじゃないよ!さっさと仕事に戻りな!!」

「はい!!」

 

そう言ってシルは立ち上がり、こちらに会釈をしてからさっさと店の仕事に戻ってしまった。

ミア殿はその後ろ姿を見て、深くため息をついている。

 

「たくっ!油断も隙も無い!ほら!あんたの頼んだ料理だよ!」

「ああ...感謝する。シルにはすまないことをしたな。」

「別にかまやしないよ...いつもああやってサボってるからね..ゆっくりしていきな。」

 

ミア殿はそれだけ言うとまた仕事に戻っていったが、どうやら彼女のサボり癖はいつも通りらしい。

どうりで初対面の客に自然な様子で話かけることができるはずだ。

 

そんな風に感心していた時に、後ろから聖衣に近づく気配を感じ、振り向くと赤髪の人物が聖衣の入った箱をジーと見ていた。

 

「どうかしたのか?」

「いやーなんや、けったいなもの持っとるなー思うてな。」

「どういう意味だ?」

「なんや自分?気付いてへんのか?それや..それ...」

 

そう言って彼が指差したのは黄金聖衣の入った箱だった。

確かに奇妙な物かも知れないが、布でくるまれているそれを、ただの人間が奇妙な物と断じれる理由がわからない。

 

「なぁーお願いや!それの中身見せてもらえへん?」

 

黄金聖衣を奇妙な物と断じた人物は、こちらの心境など知らずといった表情で手を合わせて、にじり寄ってくる。

 

「すまない、これは大切な物でな。簡単に人に見せびらかす物ではない...」

「ええ~ちょっとでええから頼むわ!」

「すまないが酒を一杯奢るということで、ここはどうか引いてもらえないだろうか?」

「ホンマか!だったら...」

「だったら..ではない!バカモノ!!」

 

見逃してもらう条件を聞いて、嬉しそうに隣に座ってきた赤髪の人物の頭に突然、見事なゲンコツが落ちる。

 

「イッタッ~~!リヴェリア!急に何すんねん!?」

「何をするではない!「ちょっと絡んでくるわ」と言っていたから..心配してきてみれば!初対面の相手に酒をねだるとは...恥を知れ、バカモノ!」

 

「はぁ..」とため息を吐くエルフの女性は、赤髪の人物と親しい仲なのだろう..容赦のないやり取りにも信頼が感じられる。

そんなことを考えていると、エルフの女性はこちらに向き直ってきた。

 

「うちの主神が迷惑をかけてすまない..私はリヴェリア・リヨス・アールヴという者だ。このバカ神のファミリアで副団長をしている。」

「神..そうか..それは失礼をしてしまった。私はベル・クラネルという..ただの旅人だ。だが、リヴェリア・リヨス・アールヴというと...もしや貴女が噂に聞く『ロキ・ファミリア』の『九魔姫(ナイン・ヘル)』...すると神というのは...」

「なんや?うちのオカンのこと知っとるんか?なら話が早いで、うちがファミリアの主神..ロキや!!」

「オイ...誰がオカンだ..誰が..」

 

ゲンコツを食らって悶絶していた赤髪の人物が神と知って、僕は少しばかり納得していた。

普通の人間とは違う..()()()()()()()()()()()()を感じたと思ったのは間違いではなかったようだ。

 

「ベルと言ったか..自分のことが広く知れ渡っているというのは、少しばかり照れくさいが..君はどうしてオラリオに来たのだ?」

「人を探しているのだが..リヴェリア殿はクレストと言う名に心当たりはないか?」

「クレスト...すまないが、聞き覚えはないな。そして、殿などと言うのはよしてくれ。リヴェリアで構わない。」

「そうか..ならば私もベルで構わない。リヴェリア..その名を聞いている人物がいたら教えてもらえないだろうか?私は数ヶ月はこの都市で行動するつもりだ。」

「ふむ..ならそちらの情報と交換できれば幸いなのだが..どうだろうかベル。」

「外の情報で良いならば..できうる限りで提供しよう。」

「感謝する..」

 

そう言って僕が、ほほ笑んだリヴェリアと握手を交わすと、急に周りの視線が鋭くなったと感じたが...どうやらリヴェリアには男女問わずにファンが多いらしい。

美しいエルフで、高慢な雰囲気もない...どちらかと言えば母性的な温かみとやさしさがある女性だ。多くの注目を集めるのは当然と言えた。

 

「難しい話は終わったか?」

「神ロキ..先ほどは知らなかったとはいえ、失礼をした。」

「ええ..ええ..さっきはうちも、名前も言わんかったしな...」

 

神ロキは笑って許しをくれたが、神と言う存在に会うのも初めての僕は、どんなことを言われるかと内心で身構えていた。リヴェリアはいつの間にか隣で果実の飲料を口にしており、どうやらこのまま情報交換を行うつもりのようだ。

そんな彼女から神ロキに向き直り、有名な噂を聞いて気になっていたことを口にした。

 

「しかし噂は当てにならんな...」

「何がや?」

「いや...神ロキは女性と聞いていたのだが、()()だったとはな...しっかりと確かめることの重要性を改めて実感した。」

 

ピキィ

 

 

僕が一言を言い終えて、酒場の空気が変わった..と思った瞬間だった。

 

「う...」

「う?」

「うわあああぁぁぁん!!!アイズたーん!!」

 

誰かの名前を泣きながら叫ぶと、神ロキは一瞬で店の奥のほうへと消えてしまった。

どうしたことかとリヴェリアを見ると...彼女は右手で顔を覆っていた。

 

「どうかしたのか..神ロキは?」

「ベル...非常に言いずらいのだが...」

「んっ?」

「ロキは女だ..」

「.....何だと?」

 

神ロキが去ったテーブルには途方に暮れた僕とリヴェリアだけが残されていた...

 

 

 

 

 

 




ベルの会話の一人称は『私・自分』内心の一人称は『僕』です。
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