悲願と絶叫で染まり、混乱の渦に飲み込まれているリアアカ内は、もはやカオスな状態に陥っていた。彼らをこのようにしたのは、とてつもなく簡単な理由だ。
死ぬという恐怖。
その感情で一杯になり、死にたくない一心でリアルの世界にいる人間に頼み込む。それは生きるためならば羞恥という名のプライドをドブに捨て無ければならないのだが、羞恥心という感情などハナから無かったように感じられるほど、醜いものであった。
そんな死の恐怖で、周りが支配されているはずなのにも関わらず、彼……『アルシエル』はそこまで焦っては居なかった。と言うよりも、焦っているようにはみえないのである。通常、自分の生死が同類である人間の手によって左右されるとなれば、焦るのは無理もないだろう。いや、少なからずは焦るのが普通の人間である。
しかし彼は、焦る素ぶりも見せることなく、ただただ黙って端末の画面を見るだけだった。
そこまでして落ち着いている彼は、周りから浮きすぎて、逆に異常に見える。否、異常なのだ。
たしかに彼は、それなりに成績を残してたくさんの後ろ盾がいるかもしれない。しかし不安は完全にはかき消すことは不可能である。なんにせ、ここの世界……【リアルアカウント】内では、フォロワーは自分の命と変わりないのだから。
フォロワーが一人減る事に自分の命が削られるような感覚が襲い、いつ死んでもおかしくない状況下で、冷静にいられる方が異常なのである。
彼の端末から映し出された数字は、最初の数字からはかなりの量が減ってしまっているが、人数的には2043人という高い数字を残していた。そこからは一方も減る様子はなく、彼、アルシエルに2043人の人間がついていくということになるのである。逆に言えば、2043人が彼の行動一つで巻き添え死してもいいという覚悟があるということだ。
だが、彼をそこまで冷静にしているのは、それが理由ではない。
彼の、心の奥底に冷えきった感情が、
そして、自分の中にいるもう一つの人格が動き出した。
「フォローしてくれる人に…申し訳ないな……」
自分に言い聞かせるよう、彼はそっと静かに呟いた。
その目は虚ろで、自分の端末を見ているはずなのに、まるで遠い遠い何かを見ているようだった。
『偽善者め』
ズキっと、頭に亀裂か入るような痛みが彼を襲った。
激しく打ち付けられるような痛みが何度も襲いかかり、視界が段々とぼやけてくる。それはまるで、記憶が蘇るのを邪魔するかのように何度も何度も繰り返された。
次第に立っていることも辛くなり、脚がふらついてしまったが、その瞬間、脳が覚醒し、閉ざされていた記憶が今、溢れた。
「ほら、もっと飲めよ!!」
「ゴホッ…も、ぐっ…飲めな、い…んぐっ!!!」
小さい頃の、つまらない記憶
「お前に触るとデブが移る」
「そ、そんなことないよ……」
毎日容赦なく浴びさられる暴言
「もう来んな。死ね」
「死ね……って…ひどいよ」
俺の居場所はどこにも無かった
いや、作らせてくれなかった。作ってもらえなかった。
悔しくて、悔しくて、悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて。
見返してやりたくて、努力したら、手のひらを返したように、中学の奴らは寄って集ってきた。
いつからだろうか、人間のコトを信じれなくなったのは。
所詮人間は自分勝手な動物だった。
そんな人間に絶望した時、俺は心が冷たくなったのを感じた。
溶けることのない氷が、鋭く尖って凍っていく。冷たく、冷たく凍っていった。
それから、表面上を取り繕うようになった。本心を隠して、生きることを決めた。
本心を隠して生きていたせいか、もうどれが本心か分からなくなってきた。
だからか、疲れだけが体に蓄積される。
──そこで俺は歌うことにした。
初めは軽いストレス発散だった。けど、歌っていくうちに夢中になっていった。
歌は自分の冷めた心をあたためるのには十分だった。
だから歌い続けた。けれど完全には溶けきることは出来ない。
いつも指摘されるのは「感情がこもっていない」の一言。
それは自分でもよく理解している。していないわけが無い。
感情を入れて歌いたくても、どうすればいいのか分からない。
感情を入れろと言われても、そもそも氷きった心のせいで感情が分からなくなった。
悲しいって、なんだ?
苦しいって、なんだ?
嬉しいって、なんだ?
悔しいって、なんだ?
楽しいって、なんだ?
心から感じることの出来る感情が亡くなった
中学の時にはあった感情が失った
もう一度、ごちゃごちゃに混じってしまったその感情を
俺は見つけたい。
──だから、失った心を見つけるために歌うのだ。それが、俺の歌である。
『偽善者』
分かってるよ。
『表面上だけのくせに』
うるさいな……
『だからいつまでも独りなんだよ』
「黙れ!!!」
「っ!?」
彼は大声で叫んだ。
ハッと意識を取り戻して、隣を見てみると、驚きと恐怖が混じりあった顔をしたあの女性だった。
「す、すみません……」
「あっ。えっ……と、ゴメン」
驚かせてしまったことを素直に謝る彼は、顔は本当に申し訳なさそうだった。ただ、それが本音なのか偽っているのかは、歪んだ少年には分からない。
ただ分かるのは、彼女がまだ生きてここにいるということは、彼女は少なからずフォロワーが0になった訳では無いということぐらいだ。少年はぼーっとした頭を振って、頭を切り替えると、すぐに青年に戻る。
「あのさ、俺と関係を持たないか?」
「…………へっ?」
突然の一言で、彼女はピキっと硬直した。それはもう顔を赤くして。
「あっ、いや……あの、ごごご、ごめんなさい! わ、私……その、彼氏がいる…ので……」
ごにょごにょ小声でそう気まづそうに言うと、青年は首をかしげて不思議そうな顔を浮かべた。
「? 相互フォローしようって意味なんだけど?」
「ふぇ!? そ、そうなんですか!? そ、それならいいですよ!!」
どこか安心したような、力が抜けたような顔になると、女性は何も言わずにフォローしてくれた。
そんな彼女の行動に、彼は驚きを隠せないでいた。
「俺が死んだら、お前も死ぬんだぞ?」
「……そうですね」
「嫌じゃないのか?」
少年の疑問に、少し間を開けてから彼女は答えた。
「あなたなら信じてもいいかなって、思ったんです」
その一言は、少年には刺激的だった。
『信じてもいい』この一言は、彼の人生では一度も言われたことのない言葉だった。
いや、何度か同じクラスの人と会話した時にその単語はでてきてはいた。しかし、それはあくまでもその場での言葉なだけであり、確実ではない。
しかし、今は別である。いつ死んでもおかしくないこのリアアカ内で、信じると言われたことは、彼にとっては衝撃が大きかった。
「そうか……」
少年の顔は真顔だったが、ほんの少しだけ微笑んだようにも感じた。
「俺の名前は、早瀬 或。よろしくな」
「藤巻 チホです。よろしくお願いしま……す」
彼女……チホの端末から通知の音が鳴り、彼……或の情報がチホに渡った。そこまでは一連の流れで問題なく進んでいたのだが、再度チホの動きが止まり、表情が固まった。画面に目を釘付けにされたように動かない。
数十秒経ってから、彼女は顔を恐る恐る上げて、或……いや『アルシエル』の顔を覗いた。
「あ、あのっ……ある、ある…」
途切れ途切れに聞こえるチホの声は震えており、緊張している事がよく分かった。
そして、トランシーバーのように途切れていた声がやみ、息を整えてから小声で質問した。
「アルシエルさんですか?」
「見ての通り」
「えぇえぇぇぇえええええ!!!!!」
チホの叫び声とともに、マーブルがゲーム終了の知らせをした。しかし、彼女はそんなことなど気にすることなく、口を金魚みたく、パクパクと開けたまま動かなくなった。それはまるでそこだけ時間が止まっているかのようだったそうだ。
主人公の心情難しいなぁー
感想待ってます!