「麦茶とオレンジジュースどっちがいいとかある? 今どっちかしかないわ」
「……麦茶でお願いします。わざわざありがとうございます。突然来たのに入れてもらっちゃって」
生駒隊オペレーターの細井先輩は、「気にせんでいいよ。ウチ含めこの隊は、カワイイ子好きだから」と笑った後、席を立って麦茶を注いでくれる。
私は今生駒隊の作戦室にいる。
作戦室に入るのは隊を組んでからだと思ってた。友達も、もうすぐB級になりそうと昨日電話で話してくれた。だからこのドキドキを大切にして心の準備をちゃんとして作戦室への一歩を踏み出そうと思ってたんだ。じっくり作戦室に持ってくヌイグルミを友達と相談して……と思っていたのに、まさかこんな形で友達を裏切るなんて。
ごめんね。その代わり生駒隊の隊長である生駒さんにどうしてB級3位になれたのかをしっかり聞いてくるよ。しかも生駒さんは、あの嵐山さんとも仲が良いと隠岐先輩が言ってた……ってことは優しい人に違いない。きっと色々なことを教えてくれるはずだ。
緊張だけして気になること聞けないのはダメだよね……頑張らないと。
「別に気張ることないよ。マリオも言ってたけど、イコさんは特にカワイイ子好きだから」
そんなことを考えているのが表情に出ていたのか、隠岐先輩が優しく言ってくれる。
私が今日生駒隊の作戦室に行くことができたのは、穂刈先輩曰く「
この前出穂先輩に当真先輩を紹介してくれた後、4日くらい続けて狙撃手の練習場に行って、ユズル先輩や千佳先輩から狙撃手の基本的なことをもっと詳しく教えてもらい、2人の先輩がいないときは、当真先輩にリーゼントの極意と作り方について教えてもらっていた。
そんなときである。
「後輩の、しかも狙撃手でもない子に何教えてるんですか」
隠岐先輩と会ったのは。
最初は、隠岐先輩も当真先輩の話を聞きたいのかなと思っていたんだけど、そうではなかった。というのも……
「たとえトリオン体でも、カワイイ子のリーゼント姿は見てられないっすわ」
当真先輩が私を不良にしているのではないかと心配して声を掛けてくれたからだ。
その後私と出穂先輩の弁明により、隠岐先輩は「うん……なるほど」と事情を理解してくれ、B級3位である自分の隊の隊長である生駒さんを紹介してくれることになり、現在に至るわけである。
「……煎餅おいしい」
つい先程のことを思い出しながら、隠岐先輩からもらった煎餅を齧り、少しだけ辺りを見渡す。
多少の生活感はあるけど、それでも散らかっているわけではない作戦室。あまり大声では言いたくないけど私は整理整頓できるタイプではないから、こういう部屋にできる人は凄いなって思う。やっぱり上位に上がるような人はきちんとしている人が多いのかもしれない。きっとA級部隊の作戦室は、もっと整理整頓されている。そういう所の姿勢もきっと順位に関係してるのかな……ウサギのヌイグルミ持ってくるのやめた方がいいかも。あれちょっと大きいし。
「今週のA定食ウマかった。まさかマグロカツ丼がミニで付くとは思わなかった。おばちゃん分かってるわ」
「B定食も中々でしたよ。デザートウマかったし」
「せやな。やっぱ時代は和菓子や」
私が部屋のレイアウトを悩んでいたときに、生駒隊の作戦室の扉が開き、髪をオールバックにしている男の人と髪が少しもっさり? している男の人が入ってくる。
どちらかがたぶん生駒さんに違いない。いくら優しい人であっても最初の印象は重要だ。麦茶を口に含んだまま、煎餅を右手に持ったままは絶対に失礼に決まっている。
そう思った私は、煎餅を皿に置いて麦茶を飲み込んで入ってきた扉の方を向く……大丈夫、今日は口の周りに食べかすが付いているなんていう恥ずかしい姿になってない。
ちょうど麦茶が喉を通ったときだと思う。オールバックの男の人と目が合い、こちらに近づいてくる。やっぱり食べかすが付いていたかもしれない……まずい。
「隠岐、ダメやろ……」
ティッシュに手を伸ばそうとしたときに、その男の人の右手が私の頭に優しく置かれる。
「ナンパした子を家に連れ込むなんて! そんな奴だと思わんかったわ! 」
「うわー、サイテー」
その男の人は左手を力強く握って隠岐先輩を糾弾すると、隣の男の人も右手を口元に当てて隠岐先輩を糾弾する。
「やめーや。綾乃ちゃんが本気にして困っとるやろ」
その言葉を聞いて私が弁明をしようとしたのを見て、細井先輩がオールバックの男の人の脇腹にチョップをいれる。
「だ、大丈夫ですか? 」
その攻撃を受けて、その場に倒れ込む男の人に驚きながらも、私はどうにかその男の人に話しかける。
私の小さい声が聞こえたからか、その男の人は「平気、平気」と言った後に私の方を向きながら立ち上がる。
「隠岐が言ってた子やな。俺らのこと聞きたいんやろ。カワイイ子なら気合入れなきゃな。名前はなんやっけ? 」
「夏川綾乃です。よろしくお願いします! えっと……」
私は椅子から立ち上がり、頭を深々と下げるとその男の人は、夏川ちゃんねと呟いた後、一緒に入ってきた先輩も含めて紹介してくれた。
まずは、隊長の生駒さん。これは今名前を聞いてくれたオールバックの人だ。自分で強面だけど泣かないでねと言っていたけど優しそうな人だからそんなことはないと思う。当真先輩が、「できるボーダー隊員はみんな心にリーゼントを持っている」と言っていた。髪をリーゼントにしても結局よく分からなかったけど、秘めたる闘志って意味で言ってくれたことを理解した私は、教わった身として生駒さんからもリーゼントを探さなくてはならない。そして友達に生駒さんのリーゼントを伝えなくちゃいけない。責任重大だ。
次は、水上先輩。作戦室に行く途中隠岐先輩も言っていたように「できる奴」と生駒さんも言っていたので、水上先輩からもリーゼントを探さなくちゃダメみたいだ。
「……あれやな。『綾乃』ってカワイイ名前だよな。特に『乃』がええわ。柔らかい感じするやん? 」
「『THE・女の子』って感じっすよね。『綾』も女の子っぽいし」
私がそんなことを思いながら、2人の先輩の名前を覚えていると生駒さんと水上先輩が私の名前を褒めてくれる。
「……」
何でいきなり名前を褒めてくれたのかなと思ったんだけど、その答えは隠岐先輩の表情にあった。
隠岐先輩は別に呆れているという意味ではなさそうだけど、「またか……」と呟きそうな表情を浮かべている……たぶんまだ私の顔は緊張丸わかりな表情をしていたのだ。
「ありがとうございます。私も気に入ってます」
隠岐先輩に言われ気づいていたはずなのに、もしかしたらまだ表情に緊張の色が出ていたのかもしれない。気を使わせてしまった。
こちらが気づかないように決しておかしくない話題転換をして緊張を解いてくれる。流石は嵐山さんの友達の人だ。こういう感じで味方の状況を見て気配りができる人だから状況判断もできてランク戦も勝ち上がってこれたんだと思う……上位の人達はこんなモテ属性を兼ね備えた人たちの集まりなんだ。お兄ちゃんが「時枝がヤベー」って言ってたのはこういうことかも。
「マリオが夏川ちゃん褒めてるんで拗ねてますよ」
よくよく考えたら当たり前だよね。隠岐先輩が会話に直接的に入っていない細井先輩のことも気にすることができるんだもん。
「……はぁ!? 」
私は色々考えていて身構えていたから同じ状況でも恥ずかしがらずに済みそうだけど、細井先輩みたいにただ聞きいている状況だったら大変だろうな。
細井先輩が拗ねてるということは、あの隠岐先輩が指摘しているのだから間違いないのだろう。
気を抜いていたときに軽い気持ちで考えていたことだからこそ、それが常日頃から考えている本心のように思われるかもしれない。別に誰のことが好きという気持ちがなくたって、そのように思われるのは凄く恥ずかしい。緊張を解くためにカワイイ子と言われるのとは訳が違う。
たぶん細井先輩としては知られたくない、忘れて欲しいことのはず……。
「なんでや。マ……織って名前もカワイイやろ! 」
「マ……織もいいっすね。『織』が女の子っぽいし」
そんなときに放たれる生駒さんと水上先輩が細井先輩の名前を褒めてくれる。
生駒さんが発言したときは、追い打ちをかけたのはどうしてかなと一瞬思った。でも水上先輩が言ったときに少し分かった気がした。
関西のノリというのが私には全然分からなかったけど、さっきの隠岐先輩へのナンパ発言だって一見すると隠岐先輩を貶める発言だったけど、ネタというものなんだろう。
笑い話というのは、「笑って忘れよう、笑って忘れてあげよう」という面もあるはず。そうでなければ、嫌なことがあったときにいずれ笑い話になるという言い方はしないはずだ。
ネタが笑いと関係している以上、関西にはそういった一面があるのかもしれない。
つまりこれは、追い打ちではなく気配りの一種なのかもしれない。私の緊張を解こうとしてくれた生駒さんと水上先輩のことだ。私にも……そして細井先輩にも分からない高度な技術が存在するのだ。
そうであるなら、私の答えは決まっている。
「そうですよ。真織も凄く女の子っぽくてカワイイと思いますよ、先輩!! 」
学んだことのアウトプットをする。それが教えてくれた人への答えだ。
私の導いた答えが合っていたのか、それとも間違っていたのか。それは細井先輩の言葉で分かった。
「何? みんなしてこんなこと打ち合わせでもしてたん? ほんっっと、きっも!? 」
生駒さん、水上先輩。どうやら私にはまだこの高等技術は無理みたいです。先輩達も怒られてしまいました。それに打ち合わせをしていたことは違うって伝えないと。
「ほう……やるやん」
私が細井先輩にその件を伝えようとしたときに、生駒さんが腕を組んだまま私の方を向いて呟く。
「なんでも質問してええで。カワイくてデキル子には何でも答えたるわ」
私が細井先輩に謝罪をしたのを待ってから、生駒さんは私に質問をしてくれる。
「はい! えっと当真先輩から、うちのチームは特殊だからチームの連携とか作戦は違うチームに聞いた方がいいって言われたので、教えて欲しいです! 」
「……なるほど」
どの部分を教えて欲しいとかいう具体的な質問はできなかったけど、生駒さんは真面目な顔をして聞いてくる。
「……
「その場面見てましたけど見事に投げてましたね。夏川ちゃんの当真先輩補正がなければバレバレなくらいには」
生駒さんと隠岐先輩が小声で何か話しているけど、たぶん重要なことの確認だろう。
「当真から何教わってるか知らんけど、ランク戦はチームで行うわけやし、仲間の連携とか必要になる。ここまで大丈夫? 」
「はい。当真先輩からは敵チームの理解だけじゃなく、自分のチームの相互理解も重要だってことは確認を受けてます。仲間の連携は相互理解があってこそですよね! 」
「……せやな。仲間との連携は互いのことを分かってこそのことはある。でもあれや。その理解にいい訓練があることは知らないだろ? 」
生駒さんは私の発言に頷いた後に、笑顔を浮かべながら私に質問をしてくる……そんな方法があるの? いやあったから上位になれたのか。やっぱりすごい……。
「絶対当真さんそんなこと教えてないよな? ……あとイコさん悪い顔してるけど平気なん、あの子? 」
「いい子なんだけどね、あの顔見ると止めるに止められなくてね。まあイコさんの方は流石にどうにかするわ、連れてきたの俺やし」
「まあ確かに目が輝いてるわな」
麦茶を注ぐために水上先輩と隠岐先輩が立ち上がり、小声で会話している。たぶん席を立ったのも小声で喋っているのも、生駒さんの発言を邪魔しないためだ……流石だ。
「……それは、ツッコミや!! 」
「なんでやねん」
「……!? 」
生駒さんのその発言に背後から隠岐先輩の言葉が被る。
でも確かに分からない。別にそんなお笑いの要素が役に立つなんて思わないもん。
私のそんな考えを見透かしたように生駒さんは続けていく。
「ええか。ツッコミというのは掛け合いなんや。今の隠岐のもそう。タイミング、ボケた相手がどうつなげて欲しいか、もしくはどうオチて欲しいのか。その全てを理解した上でやらないけないもの。そりゃ別に日常ではそんなこと考えんでもいい。でもこの考えをランク戦で適用するとどう思う? 戦術とかよく考えてるチームは確かに強いで。でもな、上位グループは事前に立てた戦術が効かないことも多いわけや」
生駒さんは、そこで改めて私の目をきちんと見てくる。私もそれに合わるように息を止める。
「相手の動きに臨機応変に合わせるだけやなくて、仲間がどう動きたいか、どう動くのか事前に相談せずとも分かることこそ重要なことなんや。あれや。チームの地力の差ってやつやな」
「な、なるほど!! 」
流石はB級3位の隊長だ……ツッコミにそこまで考えてたなんて。
「いや、イコさん。それらしいこと言って女の子騙すのは無しですよ」
そこで間に入る隠岐先輩……確かに大変な道のりです。でもその手には乗りません。私はどんな困難だって乗り越えてみせます!!
「大丈夫です、先輩!! 私はツッコミをマスターしてみせますから!! 」
「違う、そうじゃない」
その後、あるB級隊員に生駒隊がツッコミでのし上がれたわけではないと一生懸命説明する隠岐の雄姿が、後に「女の子を救った隠岐のイケメン伝説」として南沢に語られることはまだ誰も知らない。
どうも。
作者も忘れていた作品です。
書くの2回目にしてようやくこの子のキャラがつかめた気がします。
いやーこういうのはなんも考えず書けるので、これはこれで楽しいですね。
コメント、感想、アドバイス、誰と絡んで欲しい等あればお願いします。
ではではー