鎮守府のイージスⅡ~Marine Mission~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
第一章:変わりゆくもの(前篇)
夢を描くという作業は、時として不思議な様相を呈するものだ。決して少なくはない数の人々が、それぞれ何かしらをこの世に実現したいと願い今日も汗を流している。だがそれをいつの日か叶えた時に、その先の自分に一体何が待ち受けているのかまでを具体的に想像できる人は、果たしてどれだけいるのだろう。もしかすると夢とはそれを叶えた後ではなく、それに向かって努力している時の方がずっと楽しいものなのかもしれない。
もちろん、それが真実であるのか否かは実際に成し遂げた者でなければ分からないだろうし、ひょっとすると彼らでさえそれが分からないということもあるのかもしれない。そして今ここには、何かを確かに成し遂げながらも果たしてそれが今の自分にとって、本当によかったのかどうかを問い続けている者がいる。
「暇、ねぇ…」
しかめっ面のまま遠い大海原を睨み続ける彼女の口から、もう何度目かしれない恨み節が飛び出す。
「もう…、あなたがそのセリフを言うのも何回目よ」
「本当よ。愚痴を延々と聞かされるこっちの身にもなってみなさい。こちとら、あんたが暇だって口にすることの方が聞き飽きたわよ」
行動を共にしている親愛なる姉たちが投げ返すその言葉にも、ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦3番艦『DDH-182 みらい』の顔は晴れないままだ。
「仕方ないでしょ、暇なものは暇なんだから。世の中が平和になったのはいいことだけど、艦娘としてはやることが何もないってのは困ったものね。はぁ、深海棲艦とド派手な殴り合いしてた頃が恋しいわ…」
そう言ってため息をつく妹の姿に、同じゆきなみ型のネームシップである1番艦『DDH-180 ゆきなみ』と同2番艦『DDH-181 あすか』の姉妹は、揃って顔を見合わせながら肩をすくめて苦笑するしかなかった。気持ちはよく分かるが、護衛艦という艦種にもかかわらずいつの間に戦闘狂の素質に目覚めてしまったんだろう、この子は。
人類からこの地球上の制海権を奪うことを画策する『深海棲艦』と呼ばれる化け物と、人類の守護神として彼らの前に立ちはだかる『艦娘』と呼ばれる強く美しき少女たち。いずれも第2次世界大戦期を戦った艦艇の記憶を受け継ぐ存在である両者が、この世界における海戦の主役に躍り出てから早11年になる。
海上自衛隊護衛艦として平成の世に生を受けながら、突如嵐に巻き込まれて乗員たちとともにミッドウェー海戦前夜へとタイムスリップしたみらいは、艦艇として轟沈したことを機に艦娘としてこの世に蘇る。自身の第2次世界大戦への関与によって、70年先の未来に生まれた「もう1つの平成日本」を護る日本国防海軍横須賀鎮守府において、ゆきなみとあすかという2人の姉と艦娘としてお互いに再会を果たした彼女は、帛琉(パラオ)沖での国際演習中に現れた計33隻もの深海棲艦の巨大艦隊を、姉たちを含む17隻の僚艦とともに撃破するという大仕事を成し遂げてみせたのだった。
あれから1年が経ち、艦娘たちを取り巻く世の中の趨勢は大きく変わっていた。彼女たちが使命としてきた深海棲艦の撃破と人類による制海権の奪還には、どうやらかつてよりもずっと近づいているらしい。ボスと見られた戦艦棲姫を破って以降も続いていた散発的な襲撃が、ここ最近はまるで見られなくなってしまったのだ。
尤もその姿が見えなくなっただけで、自分たち艦娘もまたこの世から消えることなく存在し続けているということは、深海棲艦も依然としてこの海のどこかには隠れているということを意味するのかもしれない。だが、現実に彼らによる襲撃が行われていない以上は、彼女たちはできることもなく暇を持て余すしかないのだ。その是非はともかく、戦うことを宿命づけられてこの世に現れた艦娘たちにとって、その戦うべき相手がいなくなってしまった現状はどことなく、自分が戦乙女として生きているという実感を狂わせるものだった。もちろん、世の中が平和であるのは言うまでもなく良い事なのだが。
ではどうする、と問うたところでできることなど限られている。せいぜい、たまに沖に出てかつてと同じように哨戒や船団護衛といった業務をこなしたり、その合間に舞鶴の演習場で殴り合いに興じたりという程度だ。これが船の姿であれば、平和な世であってもできることはたくさんあった。それは、元海自護衛艦であるゆきなみ型3姉妹自身がよく分かっている。
例えば、民間人を実際に乗艦させての見学会や体験航海。これは、船として迎え入れる側だったみらいたちも非常に面白いと感じていたイベントだった。普段、国防や安全保障に触れていない彼らにとっては、自分たちの住む世界はまさしく新鮮そのものなのだろう。実際、日本語としての「取り舵」「面舵」という言葉は知っていても、それが実際の号令としては「とーりかーじ!!」「おもーかーじ!!」と発声される場面を見聞きしたことがある人など、戦争映画に慣れ親しんでいる人でもなければそうそういないはずだ。
「出港用意」の号令とともに艦橋に力強く鳴り響く、出航ラッパの音色やガスタービンエンジンの駆動音。「前部員、錨鎖詰め方」「両舷前進微速」「0度よーそろー」といった、同じ日本語にもかかわらず何のことやら分からない専門用語の数々と、それに従って正確に操られ進んでいく自分の船体。そして、デモンストレーション射撃のたびに艦内中に伝わる大きな衝撃。それら1つ1つに驚き、拍手をし、時には歓声すら上げる彼らゲストたちの様子は、自分たち護衛艦から見ても実に微笑ましく楽しい。
だが、擬人化という段階を経て自らも人間と同じ姿となった今は、当然のことだが人を乗せての体験航海などとても不可能だ。みらいたち艦娘も、攻撃装備である艤装には「乗組員」を乗り込ませてはいるが、その正体は人間ではなく2頭身ほどの大きさしかない装備妖精。船だった頃の自分たちとは大きく勝手が異なるのだ。
そんな調子なので、ここ最近のみらいたち横須賀鎮守府の艦娘たちは「擬人化された戦闘艦」としての役割を果たそうにもその場がなく、有り余るほどの暇とエネルギーを持て余し続けている。それを発散するための場を、みらいたち姉妹は外出許可によって踏み出せる外の世界に求めた。遊ぶ場所は様々あったが、その中でも特に効果てきめんなストレス発散の場となったのは、とても意外な場所だった。クラブだ。
たまたま3姉妹で出かけていた時に街角で見つけ、足を踏み入れたその先に広がる光景はみらいたちにとっては衝撃的なものだった。眩しいレーザーの光が照らす室内に鳴り響く爆音のダンスミュージックと、それに合わせて歓声をあげながら思い思いの振り付けで踊り狂う人々。規律と秩序が全ての軍隊の世界しか知らない彼女たちはまるで知らない、無秩序な自由がそこには存在していたのだ。その魅力に取りつかれるうち、彼女たちはそこで演奏されていた音楽それ自体にもハマっていくようになる。
近未来的かつ退廃的な雰囲気を併せ持つ、ド派手なシンセサイザーの主旋律と重く激しい4つ打ちのビート、時折入り込んでくるギターリフとしゃがれた声質のボーカル。極めて攻撃的でしかも踊れるという特徴を持つこのジャンル(愛好家たちからはエレクトロ・インダストリアルとか、アグロテックなる名で呼ばれているらしい)は、愛好する者の絶対数自体はそれほど多くないニッチな存在ではあるが、行き場のないエネルギーをぶつける場を探し求めていたみらいたちの心はガッチリと掴んでいた。
もちろん、だからといって軍人たる彼女たちにとってはそれが日常の全てではない。この1年、新たな居場所としてきた横須賀鎮守府での生活もまたかけがえのないものだった。今、3姉妹は鎮守府内にある甘味処として人気の『間宮』に顔を揃えている。彼女たちが座っているのは、ちょうど席から海が見える店内でも人気の場所だ。
「最後に深海棲艦とまともにやりあったの、一体いつだったっけ」
みらいが頬杖をつきながら呟く。この日は3姉妹とも非番で、かと言って外出許可が下りているわけでもないので朝からずっとやることもなく暇なままだ。こういう日は今日のように間宮に3人で籠るか、鎮守府内を当てもなくブラブラするくらいしか暇をつぶす方法もない。こういう時、彼女たちが興じるのは自身の敵である深海棲艦との戦闘に臨んでいた頃の思い出話だった。顔を揃えているのは見目麗しいうら若き乙女たちだというのに、会話の内容はさながら昔を懐かしむ老人たちだ。
「もうどれくらいになるかしらねぇ。あれから半年以上は経っている気もするけれど」
長姉のゆきなみがため息をつく。愁いを帯びた表情の美人は得てして絵になるものだ。それが3人も揃えばなおのことだが、少なくとも当事者たる彼女たち3姉妹は決してこれを望んではいないだろう。
「確か、中東方面から来たタンカーを護衛してた時だったわよね。ほら、第三護衛艦隊としての確か5回目の出撃の時」
あすかがそれに答える。そう、あれは確かもう季節が秋になっていた頃の話だった。帛琉沖での戦闘で、戦闘終了後即座にICU(集中治療室)に運び込まれたほどの重傷を負った彼女が戦線に復帰し、新たに編成された艦隊の一員として再び海へと飛び出してから5度目の出撃機会。中東から貴重なエネルギー資源たる原油を遥々東京湾へと運んできた、タンカーの護衛をみらいたち3姉妹は任された。そこに襲い掛かってきたのが、重巡リ級を旗艦とする深海棲艦側の通商破壊艦隊だったのだ。
巡洋艦と駆逐艦(傍目に見る限り、深海棲艦の姿はまるで一般的に想起される船のそれとは程遠いものではあるが)からなる敵艦隊による魚雷攻撃は、的が大きく動きも速いわけではないタンカーにとってはとても重大な脅威となる。しかも戦闘艦1隻にも匹敵するその攻撃力に反して、人間と同程度の大きさしか持たない深海棲艦は的が小さすぎて、従来用いられてきた水上艦艇ではとてもではないが対応が不可能だ。人類が、艦娘たちに海上の守りを依存する理由はまさにここにある。そしてその要請に見事に応えることこそが、みらいたち艦娘の仕事でもあるのだ。
海自が誇る最新鋭イージス艦としての戦闘能力と自我を引き継いだ彼女たち国防海軍第三護衛艦隊は、敵が放ってきた魚雷を主砲たる「オート・メラーラ54口径127mm単装速射砲」で正確に撃ちぬいてその脅威を排除すると即座に反撃に転じ、最後には対水上戦闘における主兵装たる「RGM-84D ハープーン艦対艦ミサイル」を以て、見事敵艦隊6隻を華麗に沈めてみせたのだった。東京湾に入港し投錨作業を終えた船員たちが感謝を込めて決めてくれた敬礼が、いまだに彼女たちの脳裏には鮮やかに残っている。
自らが与えられた使命を、命を懸けて全うすることによって我が国国民から感謝される、それこそが自分たち艦娘にとって何よりの生きがいであるというのに…。それが果たせないここ最近の世の中の状況が、みらいからすればなんとも恨めしかった。
「せっかく、国防海軍から必要とされて推参を決意したっていうのに、こんなに早く実戦での出撃の機会がなくなるなんて…。ついてないわ」
「たまたま建造されたタイミングが悪かったのかしらねぇ…。今じゃ、世の中は深海棲艦とは別の敵との戦いに夢中みたいだし」
ゆきなみがそうぼやきながら、ふと食堂内に設置されているテレビの方に顔を向ける。2人の妹も目をやったその画面ではちょうどニュースをやっていて、女性アナウンサーが原稿を読み上げているところだった。
「イラクとシリアにおいて規模拡大を続けるイスラム過激派組織『イスラム同盟』への掃討作戦実施の為、アメリカ国防総省は5日、自身が主導して結成する連合軍への参加を各国に対して呼びかけたことを明らかにしました。今回参加を呼びかけられた国の中には日本も含まれており、政府は閣議決定を経て国防軍の派遣に応じるものと見られています。なお、政府および防衛省は現時点でこの件に関する公式声明を発表していません」
イスラム同盟は、ここ最近活動を表面化させてきたイスラム過激派組織だ。組織自体は、世の中が深海棲艦と艦娘との戦争に目を向けているさなかから存在していたらしいが、深海棲艦による襲撃が沈静化したタイミングと相前後する形で、歴史の表舞台に躍り出てきた格好だ。
その最大の特徴は、中東を拠点としつつも世界各国のイスラム系移民コミュニティとのつながりを持ち、中東以外でも暴力に訴える活動を展開している点にある。つい先日も、フランス・パリの飲食店前に停められていた車両爆弾が爆発し、50人を超える死傷者を出したばかり。その犯行は、インターネットを通じてイスラム同盟の唱える過激思想に感化されたという、中東諸国からやってきた貧困層の若い移民たちによるものだった。
こうした世の中での新たな動きに対して、みらいたち艦娘はその重大性を十分に認識しつつもどうすることもできずにいる。船としての前世の記憶を受け継ぐ彼女たちにとって、人類とはかけがえのないパートナーであり決して砲を向けるべき存在ではないのだ。それが、たとえ自分たちとはまるで異なる思想を持つ異国の人間であったとしても。いくら深海棲艦の襲撃がなく暇だからといって、人間同士の喧嘩に首を突っ込もうなどという考えを彼女たちは持てなかった。もう、それに巻き込まれるのは70年前で終わりにしたかったのだ。
「とうとうアメリカが…。もしかして、あたしたちも命じられるのかな。対イスラム同盟の作戦への参加」
もちろん、本心からそんな事態は望んでいないという雰囲気を漂わせながら、あすかが呟く。それに同調するように、ゆきなみも浮かない顔で首を振るのだった。
「もしそうなったとして、彼らに砲を向ける明確な理由を持たない自分たちに果たして何ができるのか…。私には分からないわ」
「おそらく、参加させたところで何もできんだろうな。彼女たち艦娘には」
時を全く同じくしてそう呟いたのは、防衛省のトップに君臨する防衛大臣の清川傑だった。今、彼は東京・市ヶ谷の防衛省庁舎内にある自室で国防軍傘下の四軍、すなわち国防陸軍・国防海軍・国防空軍・日本国海兵隊を統括する指揮官たちと向かい合っている。もちろん、その議題は対イスラム同盟作戦への参加の是非についてだ。
議論は紛糾していた。既に、空爆部隊の一員として国防空軍が前段作戦に、地上戦が展開されることになった際には国防陸軍と海兵隊が後段作戦に参加することは決まっている。問題は国防海軍がどうするかだ。国防総省からの要請では、4つの軍種全てが何らかの形で作戦に関与してほしいということになってはいたのだが、かといって艦娘に戦力のほぼ全てを集中している状況である海軍が本当にそこに応えられるのか、現実的には疑問の残るところだった。
「しかし、我々空軍が参加する前段作戦では、イスラム同盟と連携してペルシャ湾に跋扈する海賊への対策も必要不可欠でしょう。あそこは民間船舶も通行する、我が国にとっては物理的な距離こそ離れていても重要な防衛拠点です。しかも、あの海域で活動する海賊たちはイスラム同盟との繋がりがあることも指摘されている。海兵隊による上陸の足掛かりを作るためにも、ペルシャ湾の制海権を連合軍が落とすわけにはいきません。そこを護るのは海軍じゃなきゃできない仕事のはずだ」
「その通り。他の三軍はいずれも人員や兵装を何らかの形で割くことを決めている。海軍だけが一線を引くのは、地上戦により多大な犠牲をも覚悟せねばならん我々陸軍としては許容できませんな。大体、深海棲艦とやらが活動を鎮静化させている現状において、海域の哨戒や船団護衛は海軍が手掛けている重要な任務ではないですか。その派遣先が日本沿岸ではなくなるというだけだ、何故それを海軍は拒むのです?」
国防空軍大将の三井朋治、国防陸軍大将の中野泰明が口を揃える中、国防海軍大将の才原武尊は苦虫を噛み潰したような顔でその問いに答えた。
「我々とて、国防軍人として対イスラム同盟掃討作戦から背を向けたいとは思っておりません。三井大将、中野大将の言われることも尤もだと私は考えております。ですが我が海軍の現主力である艦娘は、あくまでも対深海棲艦の戦闘に特化した存在なのです。いくらイスラム同盟が我々とは異なる思想をもとに動いているとはいえ、彼女たちの目から見れば我々も彼らも同じ人類であることに変わりはない。たとえ現場の最高指揮官たる私が命じたとしても、彼女たちは海賊に砲を向けることを望みはしないでしょう」
「しかし、彼女たち艦娘も海軍に軍籍を置くれっきとした軍人であるのでしょう?であるならば、総司令官たる貴官の命令に背くとはまさしく軍法会議ものですぞ。それを許容するかのような貴官の発言も、看過できるものではありませんな」
中野がすかさず才原の発言を咎めた。この平成の世にあって、まるで戦前の旧帝国陸軍の魂がとり憑いたかのような堅苦しい物言いをする彼だが、その恰幅のいい堂々たる体格には不思議とそれがよく似合う。
「確かに彼女たちは軍人ではありますが、あくまでもその実態は人ならざる者なのですよ。いくら一見我々と同じような容姿を持ち、固有の人格をそれぞれ有しているとはいってもね。そうである以上、人間同士の争いには彼女たちは首を突っ込めないのです」
「そうだとすれば、何故その『人外』たる彼女たちに我が国は国民の証たる国籍など与えてきたのです?そもそも、そこからして対応としては誤りだと私は思うのだが?」
「仕方ないでしょう、国際条約でそう対応するようにと定められているのですから」
「しかしだな…!!」
「勘弁してくださいよ、中野大将。お気持ちは理解しますが、我々は何も喧嘩するためにここに呼ばれたわけじゃないでしょう?今は平成の世、陸と海が仲違いして失敗した20世紀の愚を今更繰り返してどうするんです」
そう横から口をはさんだのは、この場にいる5人の中でもひと際若い男だった。日本国海兵隊の最高司令官たる海将、扇原ミシェル。母親からフランスの血を受け継ぐ日仏ハーフである。他三軍との差別化の為に名称に「国防」の文字を冠さず、階級名も唯一「大中少」ではなく自衛隊と同じ「一・二・三等(将官は上からそれぞれ海将・海将補・准海将)」を用いる海兵隊は、水陸両用戦を得意とする外征専門部隊だ。戦闘においては真っ先に駆け付ける殴り込み部隊としての立ち位置と、それに起因する平均年齢の若さから国防軍の中では最も勇猛果敢で、かつひと際個性的な存在と見られている。
その性質からして、特に攻撃的な色合いの強い海兵隊が独立した軍種として存在できるのはズバリ、この世界の日本が専守防衛を掲げているわけではないからだ。この国が70年前に迎えたのは「連合国との早期講和」という、無条件降伏を受け入れざるを得なかった史実とは全く異なる第2次世界大戦の結末だった。従って、2010年代半ばを迎えた今もこの国は独自の軍隊を保有することを禁じてはいないし、その防衛にあたっているのも自衛隊ではなく日本国防軍なのだ。
国防軍は史実の自衛隊とは異なり「対外的には軍隊だが、国内法上は軍服を着た警察」という齟齬を抱えることもなく、その意味でより機動的に安全保障という重要任務に身を投じることが可能になっている。その下地を作ったのが、海自護衛艦として不本意ながらも第2次世界大戦に参加し、そこで戦闘能力を見せつけたことで連合国を震え上がらせた艦艇時代のみらいであった、というのは皮肉なことだが。
「止めてくれるな、扇原海将。それとも何かね、海軍の力を借りずとも海兵隊がその役割を代用できるとでも言うつもりか?」
齢50を超える中野は、同じ大将相当の階級にはありながらも実年齢では自分より10近くも若い、扇原の顔を睨んだ。
「100%代替可能とまでは言いませんが、決して不可能ではありません。我が海兵隊はご承知おきの通り、陸海空軍全ての機能を小規模ながらも併せ持つ統合軍。海兵隊司令部の隷下にある海兵艦隊を早期派遣し、彼らを展開させることによって海賊に対処することは可能です。どのみち、三井大将の言われた通り制海権は手中にせねばならないわけですし、それなら我々自身の手でそれを果たすのみですよ」
海兵艦隊とはその名の通り、海軍とは異なり海兵隊が独自に保有する戦闘艦艇による艦隊のことだ。駆逐艦1隻を旗艦とし、それに上陸部隊となる機械化歩兵(ここでいう機械化歩兵とはもちろんサイボーグの類ではなく、戦車などの装甲車に乗り込んで行動する歩兵を指す)を乗せた輸送艦2隻と、「対地火力支援用フリゲート」と呼ばれる特殊改造されたフリゲート艦4隻を加えた7隻で1つの艦隊が構成される。本来は海軍歩兵との別名を持つように「海を往く歩兵」の集団である海兵隊が、なぜこうした艦隊を保有するようになったかについては説明が必要だろう。
扇原の言葉にもあるように、陸海空三軍全ての機能を同時並行的に展開できる能力を持つ海兵隊ではあるが、通常は海上においては輸送艦のみを保有し戦闘については海軍艦艇に任せることが多い。史実において、海兵隊を独自の軍種として保有する国の代表格とされるアメリカでも、海兵隊を海上戦でサポートするのはあくまでも海軍の役割だ。
ところがこの世界においては、海軍は艦娘を主戦力として深海棲艦との戦いに特化する体制となっているために、最早戦闘艦は10年以上も運用していない。そして重要なのは、海兵隊は海軍とは異なり仮想敵を必ずしも深海棲艦のみとはしておらず、テロリストやゲリラといった人間の武装集団もその対象に含めていることだ。その為、同じ海を舞台とする海兵隊といえども海軍のように艦娘の戦闘能力には必ずしも依存しきれず、自己完結性を担保する意味でも独自に艦隊を編成せざるを得なくなった。これこそが海兵艦隊創設のきっかけである。
「そうは言っても、海兵隊の『本業』はあくまでも上陸作戦だろう?水上戦闘は君らにとっては副次的任務に過ぎんが、そこは大丈夫なのか?」
三井の問いに、扇原はニヤリと笑った。
「まぁ、流石に専門家たる海軍とやりあえと言われればそれは無茶ですが、所詮相手は海賊です。彼らが使うのは我が軍のフリゲートよりもさらに小さい船のはず。そこは少数精鋭たる我々の練度で何とかしますよ」
だが、そこまで言うと彼はおもむろに才原の方に向き直った。
「とは言いつつも才原大将。確かに三井大将や中野大将の仰る通り、我々海兵隊としてもやはり海軍にはどうにかしてこの作戦にはご参加いただきたいのは事実です。そもそも海軍と海兵隊は軍種こそ違えど、同じ海を戦場とする者同士。戦場ではお互いに連携して動くのが常道のはずではありませんか」
「それは、確かに仰る通りだが…」
才原は腕を組んだ。もちろん、彼とて船団護衛や哨戒といった任務にあたる必要性を理解していないわけではない。中東地域はいわば、日本の物流の大動脈たるシーレーンが始まる場所だ。その端緒で経路が寸断されることになれば、いくら日本近海で万全の状態を以て防衛にあたっていたとしても何の意味もない。
幸い、戦後になってもいわゆる外地を手放すことがなかったこの世界の日本には、その実質的な属国ともいえる満州国及び自国領である朝鮮半島を経由する、「ロードレーン」と呼ばれるもう1つの物流網がある。とはいえ、だからといってシーレーンの重要性が薄れるわけではないし、そこが寸断されれば日本経済にも大打撃が与えられることには変わりはないのだ。だからこそ自分たち海軍は、外地のもう1つの柱である台湾にもわざわざ鎮守府を置き、その駐留部隊にシーレーン防衛を最重要任務として任せてきた。
だが相手が深海棲艦であるならともかく、無法者の海賊とはいえ人間であるという今回の作戦への参加を命じたとして、果たして艦娘たちがそれに応えてくれるだろうか。そもそも、彼女たちは人間同士のいざこざに首を突っ込むためにこの世界に現れたのではないのだ。自分も部下たちも、彼女たちにこの11年の間己の命を預けてきた身だ。その自分たちが、彼女たちが担ってきてくれた役割を捻じ曲げてしまってよいのか。
そもそも、作戦を提案してきたアメリカだって海軍が艦娘に依存している状況であるのは同じはずなのだ。その点に関しては日米ともお互い様であるはずなのに、どうして彼らはこんな無茶な要請を我が国によこしてきたというのか。
「才原大将」
ふと、扇原が呼び掛けてきたのに気付いて才原は顔をそちらに向けた。その顔は、何やら思いついたようにどこか意味深な表情を浮かべている。
「あなた方海軍が作戦参加を渋るのは、艦娘たちが果たして要請に応えてくれるのかどうかという点で悩んでおられるからなのでしょう?」
「えぇ、まぁ…。何が仰りたいんです?」
才原の問いに、扇原は大真面目な顔で答える。彼が口にしたそのセリフは、才原をはじめその場にいた全員にとって予想外ともいえるものだった。
「簡単なことですよ。艦娘たちが協力してくれるか否かが未知数であるのなら、最初から彼女たちのことは勘定に入れなければよいのです。出来ない、とは流石に仰らないでくださいよ。あなた方海軍は既にお持ちなのですから。艦娘たちと並ぶ、
Marineとは英語で「海兵隊」の意味。そう、今作は日本国防海軍に加えて日本国海兵隊が重要な役割を果たす作品となります。この世界では海軍だけでなく海兵隊も独自の艦隊を持つ設定となっていますが、もちろん本来は全く別々の機能を有する軍隊です。そんな日本国海兵隊が、国防海軍傘下であるはずのみらいたち艦娘とどのように絡んでいくのか、そのあたりに是非ご注目ください。いきなり何か不穏な出だしになってますが。
ちなみに、途中に出てくる「エレクトロ・インダストリアル」なる音楽は筆者が実際によく聴いているジャンルでもあります。割とダークなのでそれなりに人を選びますが、サイバー系の世界観が好きな人はハマるかもしれません。今回の執筆時にクラブで踊り狂うシーンでイメージしていたのは、Menschdefektというアーティストの「Psycho bitch(https://www.youtube.com/watch?v=GWja12HRQxs)」という曲です。興味があれば聴いてみてくださいね。
今回も前作と同様前中後篇形式で進行していく予定です。次回もどうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。