鎮守府のイージスⅡ~Marine Mission~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
第四章:再起動(前篇)
高雄国際空港国際線ターミナルに隣接するタクシー乗り場。その日、いつものように客待ちをしていた運転手たちは、突然現れた外国人の美女軍団に驚きを隠さなかった。
「ハ、ハロー、ナイストゥーミーチュー…。困ったなぁ、俺英語はあまり得意じゃないんだよなぁ…」
50代くらいの運転手が困惑しながらそう呟く。すると、女性たちのリーダー格とみられる1人が白い歯を見せてニカッと笑ったかと思うと、実に流暢な日本語で応じてきた。
「大丈夫よ、私たちはこう見えて全員日本語ペラペラだから」
「あ、あぁ…。これは失敬。どちらまで?」
「ここにいる全員、左営区の海兵隊高雄基地まで乗せていってちょうだい」
「海兵隊の…?おいおいお姉さん、乗せていくのはいいけど海兵隊の基地なんて外国人は入れちゃくれないよ?あそこは俺たち日本人に対してさえセキュリティが厳しいのに…」
怪訝そうな表情を浮かべたその運転手に向かって、女性は不敵な笑みを崩さないまま懐から取り出した身分証を見せつけた。
「ご安心を。私たち、こう見えてミリタリーサービスの関係者よ。その海兵隊にとても大事な用があるの、遅れたくないからよろしく頼むわね」
「さぁて、果たして何人来てくれるかしらねぇ」
里見に作ってもらった肉まんをほおばりながら、あすかが室内にある時計の方に目をやった。時刻は9時30分。「決起集会」のスタートまであと30分だが、ここにはまだ8人しか揃っていない。ゆきなみ型3姉妹と金剛型4姉妹、そして長峰という顔ぶれだ。
「こちらから連絡を取れる艦娘たちには、全員この集まりに関しては声をかけた。尤も、あくまで今回立ち上げる組織は義勇軍にしか過ぎないからな。そのうちの何人が実際に来てくれるかは、残念ながら俺でもはっきりしたことは言えないよ」
「要請に応えたいという気持ちはあっても、様々な事情でここに来られない子たちも当然いるでしょうからね。そこは各々の事情なので責めるわけにはいきませんが…」
長峰の言葉に、ゆきなみがため息をつく。その会話を横で聞いていたみらいは内心、「それでも、1人でも多く来てくれることを祈るのみね」と呟いた。
ここは、海兵隊高雄基地の正面ゲートから見て真正面に位置する、本部棟の4階にある会議室。この日の朝、風来食堂を後にしたゆきなみ型と金剛型の計7名は、ここで予定されている「艦娘たちによる義勇軍創設」を目的とした決起集会に臨もうとしていた。
長峰の見立て通り、防衛省からの再出撃要請は彼女たちの海軍への即時復帰を意味するものとはなっていない。かつて彼女たちを指揮していた者たちの多くは、イスラム同盟との戦闘の為にまだ中東の地にいる。巡洋艦みらいを旗艦とする第一護衛隊群はアデン湾から目的地となるクウェート沖へと到着し、空軍とも連携しながらトマホークを用いた敵拠点への航空攻撃を実施している最中だった。仮に今から彼らを呼び戻すにしても、日本に戻ってくるまでは数ヶ月はかかるだろう。
その為、艦娘の方のみらいたちはかつて使っていた艤装や弾薬などは海軍から回収しつつも、本作戦においてはあくまでも義勇軍として結集し、防衛省側の先遣部隊たる海兵隊と共同作戦を張ることになっていた。尤も、現時点での集合状況は決して心強いものではない。艦娘による艦隊は通常6名単位が基本になるから、この7名だけでも出ようと思えば出撃はもちろん可能なのだが、高速戦艦4人とイージス護衛艦3人という編成では戦力的にも歪だし、絶対数から言っても心許ないのだ。
相手はどんな戦力を持っているのかさえ、現時点では詳細がまだ掴めていない。まずは敵の勢力圏に偵察をかけ、それをもとに攻撃及び人質の救出作戦を立案する必要がある。人質救出の部分はともかく、艦娘の運用に関する豊富な経験を持つ海軍の後方支援が十分とは言えない状況で、偵察と攻撃の両方をこの7名でこなすのは無茶というものだろう。出来れば、帛琉での作戦時と同規模の18名は最低でも欲しいところだ。だがその人数さえも本当に集まるのか、今の状況では確証はないのだった。
「まぁ、よく考えたら私たちを取り巻く環境は、あまりにも目まぐるしく変化しすぎてますからね…。それに振り回されるのに反抗心を持つ子がいたとしても、仕方ないのかな」
比叡が呟いた。
「そうネー。海軍での出番がなくなったと思ったら民間に行かなきゃいけなくなって、そこでようやく慣れたと思ったら今度は海兵隊から声がかかって…。ここしばらくずーっとToo busyデース」
金剛が肩をすくめながら苦笑する。
「それでも、再び戦闘艦としてこの世に戻ってきた元々の使命を果たせるんですから、そう思えばその忙しさも苦にはなりませんね。また、安全保障の分野で自分がフル回転できるというのは、幸せなことですよ」
「確かに、仕事がなくて暇を持て余しているよりは充実してるかもね」
霧島と榛名がそう応じたところに、ふいに長峰が割り込んできた。
「それはどうかな。もしかしたらこの状況は、この国にとっては不幸せなものなのかもしれないぜ?君らを呼んでおいて、こんなことを言うのもなんだがな」
「えっ!?」
その思いがけないセリフに、全員の視線が長峰の顔に集中する。
「俺たち軍人ってのは、正直に言えば暇を持て余してるくらいの方がちょうどいいのさ。それは、言い換えればこの国の国民が脅威に直面しておらず、安全に生活が出来ているってことの証明なんだからな。戦争なんてもんは、断じて美しいものじゃないのは君らもよく知ってるだろ。起きずに済むならその方がいいに決まってるのさ。むしろ、軍人が毎日のように出張らなきゃいけない社会なんてもんがあるとしたら、そいつはとてつもなく窮屈だし異常な状況にあるってことだ」
長峰は何やら達観したようにそう言うと、「だが…」と真顔になって付け加えた。
「それでもこの世に軍人なんて職業が存在するのは、その力が必要とされる場面が必ずあるからさ。現代において、軍隊という組織が持つ力はとてつもなく強大だ。問題は、その力の使いどころがどこであるかを見誤ってはならない、ということだと思う。もし、日本国防軍が矢面に立つべき場面ですらこの社会が俺たちの力を使うことを渋るなら、それは自ずと崩壊の時を早めることにしかならないんだ」
「力の使いどころ…」
「そうだ。そして俺たち安全保障にかかわる人間だけじゃなく、この社会に生きる者たち誰もが考えなきゃならないのは、目の前に脅威が差し迫った時にどう向き合うかさ」
長峰は力強く頷いた。
「戦争の危機が眼前に迫った時、俺たちのように立ち向かう力がある者にはそこに立ち向かい、それを排除するために全力を尽くす義務がある。それと同時に、力のない者がそこから全力で逃げることだって俺は否定しない。危機に遭遇してもそれに飲まれず、終結まで生き延びることを勝利条件と定義するなら、死ぬ気で逃げ切るのは立派な生存戦略だよ。尤も、俺たち軍人がそれをやれば軍法会議もんだがな。で、一番ダメなのは…」
そう言うと、長峰は力強い視線を7人の艦娘たちに向けた。
「危機に際してもその現実に向き合おうとせず、何も考えることすらせずに思考停止してる奴。てめぇの中だけでしか通用しないちっぽけな理屈に凝り固まって、今目の前で実際に起きていることには目を向けようともしない奴。現実とあまりに乖離したその理想論が否定されるのを恐れるあまり、立ち向かおうとしている連中の足を引っ張ろうとさえする奴さ。そんな連中が唱える平和論に何の意味がある?そんな物は所詮…、どこまでいってもただのフェイクなんだよ」
「平和」というものをどう捉えるのか。それは、艦艇時代のゆきなみ型3姉妹が所属していた自衛隊という組織、それを抱えつつ一貫して「平和主義」を掲げてきた戦後日本において、常に重要なテーマとされてきた。第2次世界大戦の敗戦国として歩みを進めてきた我が国においては、往々にして「戦争の悲惨さ」という側面がクローズアップされがちだ。もちろん、それは人類誰もが目を向けなければならないものであることは今更言うまでもないだろう。
だが、「戦争は悲惨なものだから絶対にやってはいけません」で済ませるだけで思考停止するのは、果たして正しい事なのか。本当に自分たちがすべきなのは、あの大戦で日本が見舞われた惨禍をしっかりと直視しつつも、次世代が同じ目に遭わないようにする為には今を生きる自分たちがどう危機に備え、身を護るべきかを考える事なのではないのか。図らずも、241名の「戦争を知らない子供たち」を乗せて70年前に降り立つこととなったみらいは、昭和の海で旅を続けるうちにそれを自然と自問自答するようになっていた。
戦時下の真っただ中を進んだ彼女の旅路は、決して生易しいものではなかった。当初、あの海に放り出されたみらいの乗員たちは「この時代に本来存在しないはずの自衛官である自分たちは、この戦争の当事者ではない。戦う意思はないし巻き込まれるのはごめんだ」という総意の元にあった。「放っておいてくれ」とさえ願っていたのだ。
だが、昭和17年という時代はその願いを聞き入れてなどくれなかった。自分たちが望まなくとも、戦火は向こうからやってくる。戦争の悲惨さなんてものは百も承知の上で、それでも自分が生き残るために戦わねばならなかったのだ。自衛隊という戦闘集団に所属する船としてあの海を往く限り、他の選択肢など彼らにありはしなかった。
だから艦娘としてこの世界の日本に転生し、深海棲艦との戦いに臨むことを決意したみらいは、敢えて「海自護衛艦としての矜持」を捨てた。もとより話の通じない化け物である深海棲艦との戦いは、人間同士の戦争よりもある意味ずっと過酷だ。そして敗戦国としての戦後70年を歩んでいないこの世界の日本においては、自分が元いた世界での理屈など理解はされないし、もちろん戦場においてもただの足枷でしかない。彼女にとって、自らを縛る鎖を断ち切ることはこの世界で生きていく為の通過儀礼だったのだ。
「まぁ、あまり心配する必要もないのかもしれないけどな。君たち艦娘はその『立ち向かう為の力を持つ者』であり、まだここに顔を出していない面々だってそのことはよく自覚しているはずさ。今目の前にある脅威に対して自らがどう振舞うべきか、彼女たちの下した決断に期待しようじゃないか」
長峰がそう話を結んだその時、会議室のドアが開いた。廊下から、高城がその顔をのぞかせる。彼女の後ろに見えた顔ぶれに、室内からは歓声が上がった。そこには、かつて横須賀のキープレーヤーだった3姉妹が満面の笑みを湛えながら顔を揃えていたのだ。
「お待たせしてます。川内型の皆さんがいらっしゃいました」
「ヤッホー、久しぶり!!元気にしてた?」
そう呼びかけながら真っ先に入ってきたのは、川内型3姉妹の長女『川内』。海軍時代は毎晩夜8時になると大騒ぎする「夜戦バカ」として悪名を馳せた彼女だが、今はそのエピソードすらもどこかいい思い出に見える。
「皆さん、ご無沙汰しております。お変わりありませんか?」
「えっへへー、那珂ちゃんだよー!!皆元気ー?」
その姉の後に続いて、川内型2番艦『神通』と3番艦『那珂』も入ってくる。温和で物腰柔らかい神通、川内とはまた違ったベクトルで明るく元気な那珂と、どちらもかつて海軍で共闘していた頃と全く変わっていない。
「あれっ、あすか。なかなか良さげなもの食べてるじゃん。何、肉まん?いいなぁ、私にも1個分けてよ。久しぶりの再会のよしみでさ」
「川内、あんたそのノリ本当に変わんないわねぇ」
その図々しさに呆れ笑いを浮かべながらも、あすかは机の上に置かれた箱から1つを出して川内に手渡す。何やらおどけた調子ながらもそれを恭しく受け取る川内の様子は、まるで彼女たちが今までもずっと日常的に顔を合わせていたかのようだ。その彼女の向こう側に、再び今度は別の懐かしの顔が見えた。
「おう、皆ご無沙汰。この摩耶様が相棒の秋月と一緒に駆け付けてやったぜ」
扉のところで威勢よく右手を挙げてみせたのは、かつて満州や帛琉への遠征で行動を共にした『摩耶』。その横には、摩耶と長らく同じ防空艦としてバディを組み続け、みらいたちの着任以降はゆきなみ型3姉妹とも緊密な関係を持つようになった、秋月型駆逐艦1番艦『秋月』の姿も見える。帛琉での戦闘で、みらいとともに戦艦棲姫に止めを刺したのはまさしく彼女だ。
「摩耶さん、それに秋月ちゃんまで。久しぶり、2人も来てくれたんだ」
「えへへっ。お久しぶりです、みらいさん。また一緒に戦えるなんて嬉しいです」
「深海棲艦の奴らがいなくなってから、ずっとボコれる相手がいなくてあたしもストレス溜まってたからよ。もう一回戦えるって聞いたら、すっ飛んで来る他ねぇだろ」
喜色満面で2人に駆け寄ったみらいに向かって、2人のスペシャリストは無邪気な、あるいは得意げな笑みを浮かべてみせたのだった。
その後も、高雄基地には続々と艦娘たちが集まってくる。一航戦こと第一航空戦隊のエリートコンビ、空母『赤城』『加賀』。3人とも同室ということで非常に仲が良く、お互いに強い絆で結ばれる間柄である駆逐艦『吹雪』『睦月』『夕立』。兵装に関する知識の豊富さ・深さと精通度合いでは他の追随を許さない軽巡『夕張』。気づいた時には、1年前の帛琉と同数の18隻が室内に集っていた。賑やかな会話があちらこちらで交わされるその様子は、さながら同窓会か何かのようでもある。
「凄いわね…。まさかこんなに集まるなんて。長峰一佐が言ったとおりだったわ」
「帛琉の時と違って、海外からの艦娘がいないにもかかわらずこの人数だからネー。So spectacularだヨ」
ゆきなみと金剛が揃って目を丸くする。横須賀鎮守府が主体となった帛琉での国際演習時は高雄鎮守府にいた比叡・榛名・霧島は呼ばれておらず、那珂は演習参加直前に襲撃を受けて主砲を壊された為不参加。睦月は編成を総合的に考慮された結果、残念ながら参加メンバーには選ばれていなかった。そんな彼女たちも含めてこれだけの人数が集まったというのは、確かに大したものだ。
だが、みらいは心なしか少し寂しいものを感じていた。この場に、あの艦娘がまだ姿を見せていなかった為だ。
(大和…。残念ながら今回は参加見送りになるのかしらね…)
風来食堂のウェイトレスだった頃の自分に、いち早く海軍内での異変を知らせてきてくれた盟友・大和。みらいにとっては、艦艇時代には何かと因縁がある相手であるとともに、艦娘になって以降はかけがえのない親友でもあるのが彼女だ。そもそも彼女が艦娘として横須賀鎮守府に現れた時、それを一番喜んでくれたのが他ならぬ大和だった。あの大人びたルックスの持ち主が、まさか喜びのあまりみらいに抱きついてはしゃぎまわるなどと、一体どこの誰が想像できただろうか。
そんな彼女がこの場にいないというのは、確かにみらいからすると残念なことであるのも頷けるだろう。思わず彼女がため息をついたのと、ほぼ同じタイミングだった。ふと、窓の外がにわかに騒がしくなる。何事か、と艦娘たちが顔を見合わせていると、そこに高城が突然血相を変えて飛び込んできた。
「艦長、大変です」
「何だ、どうした。外で喧嘩騒ぎでも起きたか?」
「いえ、喧嘩ではないのですが…」
高城はまだ何やら困惑したような表情で、上官の顔を見た。
「つい今しがた、正面ゲートのところに複数台のタクシーが乗り付けてきたんですが、降りてきた外国人の女性の集団が通してくれと騒いでいるんです」
「外国人…?一体何の目的で。ここは仮にも国防軍の基地だぞ。騒ぎを起こすなら丁重にお帰り願え」
「それが…、どうもこの決起集会目当てで来てるようなんです。中の一人が、『イージス艦みらいに会わせてくれ』と」
「…、なんだと?」
「私に…!?一体誰がそんな…」
みらいと長峰が思わず怪訝そうな表情を浮かべたその時、窓の外からふとこちらに呼び掛ける声が聞こえてくる。その何やら聞き覚えのある響きに、みらいは目を見張った。
「Guten tag, mein freund.(ごきげんよう、わが友よ) みらい、そこにいるんでしょ。出てきなさいよ」
「この声…、もしかして!!」
他の艦娘たちとともに、窓のところに勢いよく駆け寄るみらい。先に外の様子を目にしていたゆきなみが「みらい、あれ!!」と叫びながら何かを指さす。豪快に窓を開けてそちらに目をやったみらいの視線の先では、見慣れない顔ぶれの女性たちを大勢引き連れたビスマルクが、いつもの自信満々な笑みを浮かべながら仁王立ちを決めていた。
「ビスマルク…!?何でここに!?そんなところで一体何やってるのよ」
「何を今更すっとぼけてるのかしら?あなたたち日本の艦娘が、もう一回深海棲艦とド派手な喧嘩すると決めたっていうから、
「す、助っ人って…」
「冗談でしょ、どう数えても10人以上はいるじゃないの」
豪快に笑い声をあげるビスマルクの姿を尻目に、日本の艦娘たちは一様にお互いの顔を見合わせるしかなかった。やがて、そのドイツ出身の戦艦が率いてくる海外艦娘の一団は日本の艦娘たちと合流する。そこに集まった顔ぶれは、まさしく「海外選抜軍」とも言うべき文字通り凄まじいものだった。
ドイツ共和国海軍から戦艦『ビスマルク』、重巡『プリンツ・オイゲン』、空母『グラーフ・ツェッペリン』、駆逐艦『レーベレヒト・マース』『マックス・シュルツ』、潜水艦『U-511』。イギリス・王立海軍から戦艦『ウォースパイト』と空母『アーク・ロイヤル』。フランス海軍から戦艦『リシュリュー』と水上機母艦『コマンダン・テスト』。イタリア海軍から戦艦『リットリオ』、駆逐艦『リベッチオ』、空母『アクィラ』。欧州勢だけで、実に既に集まっていた面々の半数以上に当たる13人にも上るのだ。
さらにこの一団には、アメリカ太平洋軍所属だった艦娘たちも加わっている。うち2人は、既に大半の艦娘たちは見覚えのある顔ぶれだ。戦艦『アイオワ』と空母『サラトガ』。ともに、帛琉での演習にアメリカを代表して参加した面々である。第2艦隊の一員として活躍したその2人に加えて、今回は初めて皆が顔を合わせる者もいた。いや、厳密にはみらいにとっては70年ぶりの再会なのだが。
「今回はどうしても参加したいって言うから連れてきましたよ、みらいさん。前回ご一緒した時は、伝言しかできなかったものね」
そうにこやかに語るサラトガが、その見慣れない残る2名をみらいたちの眼前へと連れ出す。いずれも茶髪だが、みらいから見て左側に立っている方はより色の明るい髪をハーフアップに、右側の方は黒に近い色の髪をシニヨンにそれぞれセットしている。瞳の色はそれぞれ左側がヘーゼル(淡褐色)、右側がアンバー(琥珀色)。いずれもアイオワやサラトガに勝るとも劣らない見事なプロポーションの持ち主で、その上にそれぞれカーキ色とダークブルーをベースにした軍服を着こんでいる。
「久しぶりね、みらい。まさか、ここであなたと再会できるなんて」
先に左側の女性が口を開く。だが、その落ち着いたトーンで放たれた言葉を投げかけられても、みらいはすぐに彼女たちの正体についてはピンとこなかった。
「すみませんサラトガさん、こちらのお2人は…?」
「おいおい、自分がかつて沈めたり大破させたりした船の名前も忘れてしまったっていうのかい?勘弁してくれよ。こっちはあんたが建造されたって聞いてから、ずっと再会を待ってたっていうのにさ」
右側の女性は肩をすくめながらそう呟いたかと思うと、自信にあふれた声色で堂々と自らの名を名乗った。
「アメリカ太平洋軍ノースカロライナ級戦艦1番艦『ノースカロライナ』」
「同じく空母『ワスプ』よ。よろしくね」
それを耳にした途端、みらいの目は驚きで大きく見開かれた。ワスプとノースカロライナ、確かに70年前に自分が交戦した船である。ワスプはトラック諸島から横須賀へと向かう途上でサミュエル・D・ハットン中佐率いる航空隊に襲われ、その反撃として放ったトマホーク1発で撃沈。その様子を見ていたノースカロライナとはアリューシャンで遭遇し、得意とするピンポイント射撃で大破した彼女自身を含む多くの僚艦を戦闘不能に追い込んだのだった。
その2人は、1年前の帛琉での演習には残念ながら招集されず、代わりに参加したサラトガに「また機会があれば是非お会いしましょう。その時を楽しみにしています」という伝言を託していた。しかし、まさかこのタイミングでそれが実現するなんて、みらいは思いもしていなかったのだ。
「ワスプに、ノースカロライナまで…。信じられない、まさかこんなところで再会することになるなんて」
「今はもう、帛琉の時とは違って『上層部の都合で再会を諦めなきゃいけない』なんて必要はないからね。参加したいという意思があり情勢がそれを許す者なら、誰でも飛んでこれるってわけさ。私もワスプも、去年は残念ながらノーチャンスだった。今回はいわばそのリベンジってことだよ」
ノースカロライナがサバサバとした口調で投げ返す言葉に、横にいるワスプも口元に笑みを浮かべながら頷く。史実通りなら、帝国海軍の潜水艦『伊19』の雷撃によって沈むはずだった彼女は、トマホークの被弾によって全く違う「人生」の終わりを体験することとなった。その最期はまさしく、発艦準備中だった爆撃機の誘爆の連鎖によって、ミッドウェーの海に赤城が沈んだ時と同じ壮絶なものだった。今の穏やかな表情からは、まるで想像もつかない情景ではあるが。
「70年前、あなたは私の戦闘艦としてのキャリアに止めを刺すことになった。今でもあの時のことは覚えているわ。まさか、あんな形で自分が攻撃されて沈むことになるなんて、思っていなかったもの。トマホーク、だったかしら?あの時代にあんな兵器を使ってくる船がいたなんて、私のグレイ艦長も予想だにしていなかったでしょうね」
語っている内容は実にヘビーなのに、その口調は不釣り合いなほどどこか明るい。
「でもね、一方でこうも思ったのよ。『あんな凄まじい攻撃を自分に仕掛けてきた艦がもしも味方だったとしたら、どれだけ心強かっただろう』ってね。きっと、ノースカロライナも同じようなことを思ってたんじゃないかしら。それで、私たちもあなたも艦娘としてこの世に生まれ変わったって聞いて、それからずっとその想像が現実になる日を待ち望んでいたのよ。それがようやくここで実現した。会えて嬉しいわ、みらい」
そう言いながら差し出してきたワスプの右手を、みらいはまだどこか夢見心地な様子で握りしめた。これは本当に彼女の言う通りの現実なのか、それとも単なる夢なのか。まさか、自分がかつて敵国同士として交戦した船が同じように艦娘として転生し、そして自分の目の前にこうして立っているなんて。
いや、そもそも何故この場にこれだけ多くの海外艦娘が集まっているのだろう。てっきり元国防海軍の艦娘たちだけに与えられた、特別なミッションだと思っていたのに。彼女たちは確かに現在の日本にとっては友好国といえる国の出身ではあるけれど、それでも環太平洋諸国の一員たるアメリカ勢はともかく、ヨーロッパ勢がわざわざこの戦いに加わることは別に、彼女たちの母国にとっての国益に必ずしも資するものとも思えないのだ。大体、ビスマルクはどこからこの集まりについての情報を仕入れてきたというのか。
「それにしても…。何故皆さんがわざわざ遠く海を越えてここに?ビスマルクさんも、一体どうやってこんなにたくさんの援軍を…」
「結局のところ、皆戦闘艦としての出番に飢えてたのよ。きっと、あなたたち自身もそうであったようにね」
ゆきなみの問いかけに、ビスマルクは腕を組んだまま答えた。
「私たちの母国も、日本と同じように対イスラム同盟掃討作戦では連合軍の重要な位置を占めているわ。でも、あなたたちと同じように私たちもあの戦争には呼ばれなかった。『人間に対して砲を向けられないなら、中東での戦いに艦娘は必要ない』とね。だから今日この日まで、私たちはそれぞれの国の一般市民として生きることを余儀なくされた」
気がつけば、そう口にする彼女には室内のあちこちから視線が向けられていた。だがそれは、決して好奇の視線ではない。そこにあったのは、心からの同意。皆、かつては国防を背負って立つ存在として頼られながらも、世の移り変わりによって一時はその座を追われた者たちなのだから。
「でも、私たち艦娘は生まれた時から戦うことを宿命づけられた存在よ。そのことを私たちは忘れるべきではない。たとえどこの海であろうとも、そこに立ち向かうべき脅威が存在するのなら身体を張ってでも立ち向かっていく、それこそ私たちがこの世に存在する意味でしょう?物置の奥にひっそりとしまわれた人形のままでいろだなんて、そんな要求は願い下げよ」
「なるほどな、君らの思いは分かった。もとより、俺たちは君ら艦娘の協力を乞う立場だ。そういう覚悟で来てくれているのなら、海兵隊としては大いに歓迎するよ」
そう静かに口を開いたのは長峰だった。
「だが、確かに君らがどうやってこの集まりのことを耳にしたかは気になるな。防衛省から今回の泊地攻略戦についての情報を流したのは、あくまでも日本の艦娘たちのみのはずだが」
「その日本の艦娘から、最初に私に対して情報が回ってきたのよ」
「日本の艦娘?一体誰のことだ」
「
ビスマルクがそう言って怪訝そうな表情を浮かべたその瞬間、突然会議室のドアが大きな音を立てて開いた。皆が一斉に振り向いたその視線の先に、1人の女性が息を切らした状態で立っている。その姿を一目見れば、彼女が何者であるかはすぐにピンときた。ビスマルクにこの集まりについての情報をもたらした張本人である、元日本国防海軍第一艦隊旗艦。その姿を確認したノースカロライナが、一度口笛を吹いてみせた。
「遅れてごめんなさい、前夜から泊まり込みで来てたのに、来る途中にひどい渋滞に巻き込まれてしまって…。ご心配おかけしました」
「大和…!!」
「ごめんね、みらい。だいぶ遅れちゃったかしら」
お馴染みの白い戦闘服ではなく、黒のスーツに身を包んだままの大和は苦笑しながら額の汗をぬぐった。そこに、すかさず「先輩」からの茶々が入る。
「Hey, やーまとー。大事な会議に重役出勤ナンテ、いくらなんでもちょっと社会人に染まりすぎじゃないカナー?」
「えっ!?あっ、ごめんなさい、金剛さん…」
すかさず目を見開いた大和の目に飛び込んできたのは、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら9時55分を指す時計を指で示す金剛の姿だった。
「HAHAHA!!冗談ダヨ、まだ集合5分前。海軍基準ならちゃんとsafeネー」
一番しんがりでの到着には変わりないけどネ、とケラケラ笑う金剛を尻目に、大和はどこか安心したように一度ため息をついた。そこで、長峰が手を叩く。
「さて、ともかく『主役』のお出ましだ。時間的にも人数的にもちょうど頃合いだろう。それじゃ俺が仕切るのもなんだが、皆席についてくれるか」
室内の一同を見回した彼の視線が、艦娘たちや高城から返ってきたそれと交錯した。
「時間だ。そろそろ始めるとしようじゃないか、作戦会議を」
ノースカロライナとワスプは、ブラウザ版艦これの「図鑑」では言及があるもののゲーム自体には実装されていません。ゆきなみ型3姉妹と同様、(現段階で)本作限定のオリジナル艦娘となります。どちらも一人称は「私」ですが、ノースカロライナは男勝りな口調のサバサバ系、ワスプは穏やかながらも芯の強さを併せ持った女性という設定です。
今回集まったのは日本艦19名と海外艦17名の計36名、ゲーム基準では実に艦隊6個分となります。口では気に障る発言も散見されるビスマルクですが、行動力自体は抜群でやることもイケメンです。これだけ多くの人物を動かすのは至難の業ではありますが、少なくとも一度は各艦娘がセリフをしゃべる機会を持てるよう努力したいと思います。もちろん、これに加えて海兵隊や海軍などの登場済みの人物たちもいますので、簡単ではないのですけどね…。
次回は艦娘たちと海兵隊による作戦会議の回となります。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。