鎮守府のイージスⅡ~Marine Mission~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
日本国防海軍横須賀鎮守府。対イスラム同盟掃討作戦に少なくない人員を送り出している今、ここに引き続き残っている面々の顔触れは1年前とは少なからず変化している。だが、ソフトは入れ替わってもハードは全く変わっていない。ほんの1年前まで自分たちが過ごしていた自室やドック、変わらず営業を続けている食堂など、ここで働いていた艦娘たちにとっては既にどこか懐かしい景色は、あの時と全く同じままだ。
「ありがたい事ね…。まさかまたここに戻ってこれるなんて」
ゆきなみが、どこか感慨深そうな表情で呟いた。
「本当、我が家に帰ってきたって感じっぽい!!」
「ここが私たちの居場所だったんだものね。まだここを離れてからそんなに時間が経っているわけでもないのに、何だか懐かしい感じがするわ」
無邪気にはしゃぐ夕立の横で、赤城も穏やかにほほ笑んでいる。
「まぁ、今のあたしらはあの時と違って、海軍の指揮下にいるわけじゃねぇけどな。そう考えるとなんだか不思議な気分になるぜ」
摩耶が大きく伸びをしながら、どこか夢見心地な彼女たちを現実へと引き戻す。
「まっ、それでもアイサフの一員として、ここに自分が立ててるってのはありがたいことだな。こんなに早くそれが叶うなんて思ってなかったんだからよ」
International Special Assault Force、頭文字をとってISAF。日本語に直せば「国際特殊戦闘軍」となるだろうか。それが、海兵隊との共同作戦実施に当たり艦娘たちが名乗ることになったチームの名だ。名付け親となったのは、彼女たち自身が旗艦に選んだイージス艦みらいである。
「ねぇ、皆覚えてる?かつて、私たちがそれぞれの母国の海軍で戦っていた時、名乗っていた階級の名前」
海兵隊高雄基地で旗艦として承認された後、壇上に1人残った彼女は他の艦娘たちに向かってそう語りかけた。
「『海軍特殊戦闘員』。それが私たちにかつて与えられ、そして国防の現場を離れた時に返上した役割の名前だった」
それは、人間の将校や兵士たちとは別個に与えられた、艦娘たちのみが名乗ることを許された特別な階級名だ。艦艇時代の艦種の別を問わず、生存している限りは全員が「特殊戦闘員」という同じ名を名乗り、轟沈・死亡した際に「名誉戦闘員」へと昇格する。その時々の旗艦にあてがわれた者の指示に従うことはあれど、船である以上はあくまでも役割が異なるだけで全員が平等という思想の元に作られた、各国共通のシステムだ。
「私たちは今でこそ海軍の直接の指揮下にはないとはいえ、再び国防の舞台に戻ってきた。だから、もう一度かつて自分たちが名乗っていたそのポジションの名前を使いたいの。あの時、自分たちがずっと両肩に背負ってきた責任や覚悟と、これから自分たちがもう一度背負い直すそれが何ら変わらないってことを、身を以て示す為に」
みらいはそう言うと、35人の仲間たち全員の顔を見回した。誰もが押し黙ったまま、しかしどこか高揚した表情で自分の目を見つめ返してくる。全員と視線を交わした後、みらいは「それと…」と口を再び開いた。
「ウォースパイトさんはさっき、自分たち海外艦のことを助っ人だと言った。でも、私はあなた方を単なる助っ人やゲストとして扱うつもりなんかない。この中にはかつて敵同士として争いあっていた国々出身の艦娘もいるけど、そういう考えも今からは捨ててほしいの。これから一緒に戦う以上は、私たちはお互いに命を預けあう間柄であり仲間。もちろん、すぐに意識を変えることなんてそう簡単じゃないと思うけど、同じ目標に向かってお互いに一歩ずつ進んでいきましょう。これから、よろしくお願いします」
頭を下げたみらいを、仲間たちの拍手が包み込んだ。その時は、まだあくまでも形の上でのみだったかもしれない。だが、少なくとも彼女の思いは仲間たちに伝わり、それが全員の間で共有された。その瞬間、ISAFのメンバー計36名は艦娘としての再スタートを切ったのだった。
「それにしても、ずいぶんと意外なことするのね、ワスプ」
ふと、あすかが口を開いた。今、彼女たちは艤装や弾薬の回収と装備の再整備、そして海軍への表敬訪問の為に横須賀鎮守府へと足を運んでいた。今、ISAFの代表としてみらいと大和、そして海兵隊の代表として長峰が才原及び梅津と会うため、執務室へ向かっているところだ。残った他の面々は、兵装実験軽巡である夕張の力も借りつつ自分たちの武装が動くかどうかのチェックにいそしんでいた。
「意外?何の話かしら?」
自分の艦載機を磨いていたワスプが、ふとその言葉に手を止めて笑顔で首を傾げる。
「何の話って、ビスマルクやアーク・ロイヤルの諍いを止めたことよ。あなた、うちのみらいにトマホークで沈められたって言ってたわよね。それも、たった1発食らっただけで火だるまにされたと。それだけの壮絶な最期を経験していながら、自分をそんな目に遭わせた相手にあそこまで友好的に振舞えて、そればかりか仲裁にまで手を貸すなんて」
「あら、これから同じチームの一員として敵同士でいるのはやめようって訴えたのは、そんなあなたの妹さんよ?まさか、自分たちのリーダーに選んだ者の言葉をないがしろにしてもいいなんて、思ってるわけじゃないでしょうね?」
ワスプは声をあげて笑った。
「これから長峰一佐が話をしようって時に、喧嘩が始まったなら止めようとするのは当然のことじゃない。何も不思議なことなんてありはしないわよ」
そう言うと、彼女はみらいの姉たちに顔を向けてウインクしてみせる。だが、それでもあすかたちは何やら納得がいっていないようだ。口調や物言いは明るく飄々としているが、その水面下には非常にシリアスな何かを忍ばせていることには、どうやら彼女たちも気づいていたのかもしれない。
「…、なーんてね。どうやら、そういう答えが聞きたいわけじゃなさそうね」
やがて、根負けした様子のワスプは肩をすくめながら苦笑した。その目は、艤装を手に夕張と何やら熱心に話し込むノースカロライナの方に向けられる。
「私と同じようにみらいと戦ったノースカロライナもそうだと思うけど、もちろん私だって彼女に沈められたことを悔しいと思ってないわけじゃないのよ。むしろ、その感情を持てなきゃダメだとさえ思う。戦闘艦としてこの世に生まれた以上はね」
彼女はそう言うと、一度大きく息を吐きだした。
「大体、お互いに艦艇として対峙しあっていた時の、あの子の行動原理は私にはさっぱり理解不能だったのよ。戦場を往く軍艦のくせに『私は戦う意思はない。放っておいてくれ』なんて電文をよこしてきて、その癖それを無視して航空隊を差し向けたらあっという間に壊滅させて、私にも誘導弾を撃ち込んできて。それで私が火だるまになってる最中にあの子、なんて言ってきたと思う?」
その声はワスプとしては珍しく、若干のいら立ちを含んだものに変わっていた。
「『本戦闘の終結を宣言する。本艦は速やかに当海域を離脱するが、海上には依然貴艦乗組員が多数漂泊している。速やかなる彼らの救助を希望する』。よりによってそんな煽り文を送りつけてくるなんて冗談じゃない、馬鹿にしてるのかって思ったわよ」
その言葉に、今度はゆきなみとあすかの方が思わず顔を見合わせて苦笑した。艦娘として転生して以降、みらいが得意としてきた戦術の1つが心理戦だ。わざと敵対する相手を煽って怒らせ、我慢できずに殴りかかってこられたところをそれ以上の練度で返り討ちにする。あの時はメッセージを送りつける順番が逆だったようだが、どうやら艦艇だった時から彼女のやり口は大して変わっていないらしい。
しかし、ワスプが理解不能だと言い切ったその行動原理も、彼女たちなら容易に理解できる。自衛官と軍人は似た立場ではあれど、法的な位置づけも交戦規定も全く異なるのだ。目の前の状況が危険であれば現場の判断で自由に応戦可能な軍人たちと、可能な限り戦闘に陥る事態を避けることをまず考えねばならない自衛官たちとでは、初手からして対応が変わってくる。それを知っていればこそ、稚拙な挑発とみらいの行動を非難することは彼女たちにはできなかった。
「そんな私も、冷たい海に沈んでいく中でだんだん頭が冷えて思考が冷静になってきてね。それで気づいたの。悔しい、自分を沈めた相手にいつかやり返したいと気持ちでは思っていたとしても、それが実際に叶うかどうかは別の話なのよ。一発食らわせるにも戦略が必要なんだから」
再び冷静さを取り戻したワスプの目は、今度はそれぞれ離れた場所で整備を進めているビスマルクやグラーフ、そしてアーク・ロイヤルに向けられた。
「ビスマルクを追撃し沈める一助となったのは、ソードフィッシュという『あの時代の兵器』よ。70年前の人々が構想し、そして実際に生み出せる程度の技術。だからコテンパンに負けた側だって、『負かされたのは自分があの時下手を打ったからであって、今度はもっと上手くやれる』って思い直すことが出来るし、対抗心を持つことが出来るの。『次こそは痛い目に遭わせてやる』ってね」
でも、みらいのトマホークはそうじゃない。何せ、あれは60年も先の時代に生きる人々が生み出した、あの時代には存在しないはずの技術なのだから。10年ひと昔と言われるミリタリーの世界での、60年分の技術格差よ?そんなもの、どうやって対処できるっていうのよ。最早笑うしかないでしょうが。
「私の航空隊の戦力をわずか数分で壊滅させ、母艦である私のことも水平線の彼方から攻撃してたった1発で撃沈させられる。そんな相手にどう立ち向かうべきかとどれだけ思考を巡らせても、私にはうまい攻略法が思い浮かばなかった。私とみらいの戦闘は、ビスマルクとアーク・ロイヤルがやっていたのとはまるで別物だったの。あの子は、最初から私と同じ土俵でなんか戦ってなかったのよ。そしてアメリカと日本が最早敵同士ではなくなった世界に艦娘として生まれ変わって、あのイージス艦の何たるかを1人の日本人将校に思い知らされた時、愕然とさせられたわ」
「ハッハッハ、みらいに喧嘩売ろうってのか?悪いことは言わねぇからやめとけ、戦時中の空母が新鋭イージス艦に立ち向かおうなんざ、蛮勇以外の何物でもねぇよ。どう転んだって同じように痛い目に遭わされるのがオチだ」
その日本人は、ワスプの言葉に豪快に笑った。
「旧日本軍のエリートたる第一航空戦隊、通称一航戦の赤城や加賀って空母のことは、お前も聞いたことくらいはあるだろ。この間、みらいはあいつの姉妹とともにその一航戦と演習して、最初の40機のうち32機を叩き落したらしいんだがな。雷撃隊と艦爆隊、合計でそれだけ落とすのにどれだけ時間をかけたと思う?」
ワスプはその問いかけに、背筋が冷たくなる思いがした。あの時、彼女は自分の航空部隊のうち3分の2の戦力を3分で死に追いやっている。それでも十分に彼女からすれば驚天動地だが、そこから考えれば5分くらいはかかったのだろうか。
「1分。たったの1分で32機だ。敵戦力の8割を潰すのに、たったそれだけの時間で済ませちまったらしいぜ」
「Are you kidding me!?そんなこと…、そんなことあり得るわけないでしょ!?私とやりあった時は同じ時間で50%の戦力喪失だったのよ。そんなの、最早魔術の域じゃないの」
「I ain’t kidding you, ma’am. 交渉事っていうのは、時には素直に手の内を晒した方がうまくいくってこともあるんだぜ?」
将校の顔は、一転して真面目な表情に変わっていた。
「お前にとっちゃ確かに悪い冗談かもしれんが、それがイージス艦ってもんなんだよ。音速の世界で生きてるあいつらにとっちゃ、時速400km/h程度しか出せないレシプロ機なんぞ静止目標に等しいってわけだ。80名のエースパイロットを乗せてたお前の航空隊も、あいつの目にはシューティングゲームの的のようにしか映ってなかったはずだぜ。俺が蛮勇だと言った意味、さすがにこれで分かっただろ?」
「音速の世界ですって!?そんな、そんなバカな…。信じられない…」
その言葉に、ワスプは目を見開いたまま絶句するしかなかった。そんな彼女に向け、日本人将校はなおも言葉を続ける。
「今はもう、日本とアメリカは最早敵国同士じゃねぇ。それどころか、重要な同盟国として深海棲艦という共通の敵に立ち向かう間柄だ。であるなら、かつてやられた相手だからってお前がみらいに対してもう一度牙をむこうとするのは、得策じゃないと思うぜ?」
イージス艦ってのは元々相手をやっつけるための船じゃねぇ。攻撃された仲間を守る為の船だ。それだけの実力を持った相手が味方陣営にいるんであれば、もっと賢い使い方って奴を考えるべきなんじゃねぇのか…。
「賢い使い方…?」
「どのみち自分じゃどう転んでも倒せない相手なら、いっそのこと過去は過去と割り切って、その力を上手い事利用した方が自分にはプラスになる。それが私の採るべき道だってことに気が付いたのよ」
ワスプは、いつも通りの明るくフランクな口調でそう答えた。
「猛獣は敵に回せば厄介だけど、一旦味方につけてさえしまえばこれほど頼もしい存在はいないわ。上手い事操れば自分に対して牙をむいてくることもなく、自分の思い通りにその力を使うことが出来るんだもの。最高にクレバーなやり方だと思わない?」
「猛獣?利用する…?悪いけど、その言い草は看過できないわね。うちの妹を何だと思ってくれちゃってるのかしら?」
最後の一言で、あすかのこめかみには青筋が立っていた。ゆっくりと詰め寄っていく彼女のただならぬ雰囲気を察したのか、慌ててゆきなみがその右肩を掴む。
「いやね、勘違いしないでよ。別に、こっちはあの子を踏み台にしようとかそういうことを考えてるわけじゃないんだから」
ワスプはそう言いながら、いかにもアメリカ人らしく大仰に肩をすくめてみせた。
「大体、私は何も間違ったことは言っていないわよ。お互いの能力や特性をしっかりと把握して、それらを状況に応じて上手く活用して補い合いながら敵に立ち向かう、それが艦隊行動の基本というものでしょう?」
何食わぬ顔でワスプが繰り出した正論に、あすかは反論の余地を失ってしまった。大体、彼女が言った「強者は敵に回すよりも、上手く味方につけて思い通り動かした方がいい」という考え方は、まさしくあすか自身が生きた戦後日本や自衛隊の防衛行動における基本指針なのだ。もちろん、ここで言う強者とは言うまでもなく米軍であり、その母体であるアメリカ合衆国そのものである。生きてきた世界が違うとはいえ、それをよりによってアメリカ人に言われてしまうとは。
「もちろん私だって、70年前に戦闘艦としてのプライドをあの子にへし折られたことを、忘れたわけじゃないわ。叶うならば、何とか自分の力で一矢報いたいという気持ちもないとは言わない。でも、それが本当に自分にとってプラスになるのかどうかは別の問題よ。大体、今の私には他に倒すべき相手がいるんだもの」
そうはっきりと口にしたワスプの表情は、今までとはまるで違ういたって真面目なものになっていた。
「私にもあなたたちにも、深海棲艦という共通の敵がいる。私はそれをあなたたちとともに倒すためにこの艦隊に推参したのであって、別にみらいという艦娘への私怨を晴らすために来たわけじゃないの。その点ではビスマルクやアーク・ロイヤル、グラーフだって一致しているはず。その大義の足かせになるんだったら、そんな個人的な感情なんて家畜の餌にでもしておけば十分よ」
最後の一言は、これまで彼女が口にした言葉の中でも最も強い調子で放たれたものだった。思わず、その語気の強さにその場にいた全員が驚いて振り返る。
「眼前に力を合わせて倒すべき敵がいるって時に、味方同士で難癖付けて足を引っ張りあうのは愚か者のすること、そういうわけですね」
ゆきなみの問いかけに、ワスプは黙ったまま力強く頷いた。
「ところでワスプさん。参考までにお聞きしますが、あなたが接触したその日本人将校というのは、一体どなたなんです?」
「私の知る限り、恐らく該当するのは1人しかいませんよ」
その問いかけに応えたのは同じ空母でも、ワスプではなく加賀の方だった。
「加賀さん!?ずっと聞いてらっしゃったんですか!?」
「同じ部屋にいれば、何を話しているかは耳に入ってくるものよ。みらいが艦娘として転生した事実や、我々一航戦とあなた方ゆきなみ型の演習の結果を知っていて、およそ将官には似つかわしくない奔放で乱暴な物言いをするアメリカへの駐在武官。これに合致する人物像を持つ人間は、国防海軍広しといえども1人しかいません」
加賀は何食わぬ顔でそう答えると、ワスプの方にゆっくり歩み寄った。
「岩城勝啓少将。あの方は今もアメリカでご健在なのかしら?」
「えぇ、そう聞いているわ。太平洋軍司令官のマイケル・テイラー大将とは昵懇の仲だとか。確か、1年前の帛琉の時も一緒に現地におられたそうね」
「そう。まさか、あれだけ口の悪い人が日本の代表として送り込まれるとはね。世の中、何が起こるかは分からないものです」
岩城は20年以上横須賀鎮守府で勤め上げ、1年前まで横須賀の所属だった艦娘たちのことはよく知っている人物だ。観光船の船長をしていた父親を子供の時から手伝っていた関係で、海軍入隊前から海や船に関する知識は豊富で、しかも周囲の状況を瞬時かつ的確に判断できる広い視野の持ち主である為、40歳の若さで少将に抜擢されるなど能力的には高く評価されている。言葉遣いは荒っぽく物言いも自由奔放の極みだが、一方で上官だからといって変に偉ぶることはせず、艦娘たちはもちろん下級兵に対しても不条理を押し付けず常に胸襟を開いてフェアに接するので、部下たちからはかなり慕われていた。
みらいたちが横須賀鎮守府で建造され、海軍への推参を決意したのはそんな彼がアメリカに渡る直前のことだ。その為、みらいたち自身は岩城とはそこまで深く付き合ったわけではないのだが、その個性的な人柄は強烈に印象に残っている。ちなみに、ワスプが口にしたテイラーとは、かつてノースカロライナの副長を務めていたウィリアム・テイラー中佐の孫にあたる人物だ。
「Hey, ワスプ。そういえばカツ、そろそろ一時帰国で日本に戻ってくる頃だってマイクが言ってなかったっけ?」
横から、ワスプと同じアメリカ勢のアイオワが口を挟んでくる。彼女は岩城のことを、親しみを込めてファーストネームを縮めた「カツ」と呼んでいた。「マイク」とは、その岩城も使っているテイラー大将のニックネームだ。
「あら、そうだったかしら?それなら、ひょっとしたら彼も今日ここに来ているかもしれないわね。あの子たちも、今頃久々に顔を合わせてたりして」
ワスプはそう答えると、またあの飄々とした調子を取り戻した。
「もし本当に彼がここに来ているのなら、私もあとで顔を見せに行こうかしら。ふふっ、どうやらこれから面白いことになりそうね」
「ねぇ、大和。どうしてあの時、私に旗艦の座を譲ろうなんて思ったの?」
みらいの問いかけに、大和は一瞬驚きの表情を見せながらもそれを取り繕うかのように、すぐに微笑んでみせた。
「あら、どうしたの。藪から棒に」
「正直、いまだによく分かってないのよ。あの高雄基地での決起集会の場で、あなたが私にわざわざ旗艦を譲るなんて突然言い出した理由」
2人は今、長峰とともに鎮守府内の廊下を2人の海軍士官たちが待つ執務室へ向かって歩いている。2人の艦娘はお馴染みの戦闘服姿、長峰はみらいの前に海兵隊士官として現れた時の「艦艇戦闘服装」ではなく、同じ白色だが専ら式典や儀礼用として用いられる「夏季礼装」と呼ばれる軍服に身を包んだ状態だ。平均気温が内地と比べて高い高雄では、長袖の礼服は暑すぎて使えなかったということらしい。
「あなたは海軍にいた時、第一艦隊旗艦という横須賀はもとより日本国防海軍所属艦娘全員にとってのリーダー的存在だった。それに対して、私は二水戦なんかと同じでその第一艦隊の下部組織にあたる、第三護衛艦隊を率いていたにすぎない。同じ旗艦の経験者といっても、お互いの格付けは全く違うのよ。実際、帛琉の時だってあなたが私たち連合艦隊の総指揮官だったじゃない。だから、当然大和の方がISAFでもリーダーになる方がふさわしいはずだって、ずっと思ってたのよ」
みらいはそう言うと、長峰の方におもむろに振り向いて「一佐もそう思いませんか?」と呼びかけた。突然水を向けられた長峰は笑い声をあげる。
「ハッハッハ、どうだろうな。俺たちは君らのリーダーを手早く決めるための手伝いはしたが、人事の中身にまで口を出す気はない。みらいと大和、どちらが選ばれようと俺たちにとっては些細な事さ。君ら自身が選んだリーダーと如何に上手くやっていくか、それをこれから考えていくのみだ」
「それは、そうかもしれませんけど…」
困惑の表情を浮かべたみらいに向かって、大和は優しく微笑んでみせた。
「実はね、みらい。あなたを旗艦に推そうと私が決めたのは、その帛琉でのあなたの戦いぶりが1つの理由だったのよ」
「えっ…?」
「あなたも覚えているでしょ?どうやって自分があの33隻の巨大艦隊に立ち向かったか」
大和はそう言うと、帛琉での作戦での経過とそこでのみらいの姿を懐かしそうに語り始める。あの時、みらいという艦娘がなしたことは戦闘のポイントとなる物ばかりだった。
演習中に襲い掛かってきた23隻を真っ先に捕捉したばかりか、他の誰もがそれを本隊と信じて応戦する中で、戦艦どころか軽空母さえもいない敵の編成からそれを陽動部隊であるといち早く見破る。戦艦棲姫を擁する敵本隊への対処と、分断された味方艦隊への撤退支援どちらを優先すべきか大和が逡巡する中、単艦でも自らが本隊に対する盾になると主張し意思決定への手がかりを与える。そして、シースパローでの敵砲弾迎撃により生じた爆破閃光を目くらましに使っての、トマホークによる戦艦棲姫の撃破…。
「あの獅子奮迅の戦いぶりを見て、私は確信したの。あなたは、私たちの目には見えない部分も見渡せる能力を持ち、ギリギリの状況においても常に冷静に判断を下し、そして実際に勝利という戦果を掴むことが出来る。これは、リーダーたるにふさわしい特筆すべき能力よ。それを持ち合わせている者は、決して多くはないわ」
一瞬の気の迷いさえも命取りになる戦場で、大和は2度も致命傷になりかねないミスを犯した。みらいの指摘を耳にしつつも陽動部隊を本隊と誤認し、連合艦隊を突っ込ませて分断させたこと。そして、敵本隊の撃破と撤退支援どちらを優先すべきかを決断する場面で、自分の力だけでは解決策を導き出せなかったことだ。そのどちらのミスも、振り返ってみればみらいという艦娘が僚艦であったからこそ、リカバーできたようなものだった。
「それに、あなたは決起集会でビスマルクさんやアーク・ロイヤルさんが騒ぎを起こした時、いち早くそれを止めに入ったでしょ。初対面の海外艦娘相手であっても、言うべきことはガツンと言える証拠よ。私にはそれが出来なかった。多国籍軍であるISAFを率いることを考えれば、そこで出ていけなかったのは致命的な失敗よ。それができるあなたの方がやはりISAFのリーダーとしてはふさわしい。私にとっては、あれがそれを再確認するための絶好の機会だったのよ」
「でも、最終的に彼女たちを言いくるめたのは私じゃなくワスプの功績でしょ?彼女が助太刀してくれてなければ…」
「あなたが最初に出ていかなければ、ワスプさんだって彼女たちを止めには入れなかったはずよ。70年前、他ならぬあなたが彼女を沈めたという事実、それこそがあの場における抑止力として作用したんだから」
大和はきっぱりとそう言い切ると、ふと立ち止まってみらいの顔を見つめた。それにつられて、彼女の言葉を聞いていたみらいと長峰も足を止める。
「思いがけない形で、旗艦の座に祭り上げる形になってしまったことは謝るわ。でも、あなたにこそ私たちのリーダーとしての役割を全うして欲しいと思うから、私はあなたにそれを託したの。私だけじゃなく、最終的には他の34名全員がこの提案を受け入れてくれた。それを誇りに思ってほしいし、胸を張って堂々と立ちまわってほしい」
その次に大和が発した一言は、みらいの胸に突き刺さった。
「あなたをリーダーとしてISAFが必要としている。だからこそ、あなたは旗艦の座を手中に収めたのよ。それをどうか忘れないで」
「私を…、必要と…?」
思わず、みらいの口から小さくその言葉が漏れる。彼女の頭の中では、あの執務室で艦娘としての役割の返上を提案されてからの出来事が、走馬灯のように呼び起こされていた。目まぐるしく移り変わっていく日々の中で常に突き付けられてきたのは、「お前はこの世界では最早用なしだ」という冷酷なメッセージだった。
だが、今はもう違う。自分はまた、かつて自分が生きた国防の舞台で必要とされる存在となったのだ。海兵隊にとっても、これからともに戦うISAFの仲間たちにとっても。どちらもまだ、お互いに深くは知らない者たちが少なからず存在するのは事実だ。だが、それは今のみらいにとっては些細なことに過ぎないのかもしれない。こみあげてくるものを必死に噛み殺しながら、みらいは真っすぐに大和の目を見つめた。
「私は…。艦艇だった時も、艦娘に転生してからも、35隻もの僚艦を率いた経験なんて持ってない。多分、どこかでボロを出すことになると思うわよ。それでも、あなたは私のことを信じて支えてくれるのね?」
「もちろんよ。その為にこそ私がいる。私が頼りないと思うなら金剛さんだっている。皆、あなたの背中を守りともに戦うことを選んだ仲間よ。あなたは自分の信じる道を行けばいい。私たちは必ず一緒についていくから」
大和の言葉にみらいが力強く頷いた時、長峰が不意に横から割り込んできた。
「さぁてお姉さま方。客人が主人をあんまり待たせるのは失礼ってもんだ。提督の皆様方がお待ちかねのはずだ、早く顔を見せに行ってやろうぜ」
その言葉に、2人の艦娘はほぼ同時に顔をそちらに向ける。その視線の先では、かつてみらいが「艦娘失格」を言い渡された場所である、才原の執務室が佇んでいた。
話が目まぐるしく移り変わり、筋がとっ散らかっていて分かりにくいというご指摘も受けていた前半部分のストーリー。艦これ側のビスマルクらが喧嘩していたのに対し、ジパング側のみらいとワスプが対立しなかったという理由も含めて、前回までの話は全部今回のエピソードに繋がってきます。あちこちたらい回しにされる中で、「自分はこの世界で必要とされている」という実感を持てなくなりつつあった前半戦と、自分が本来立つべき舞台で思う存分暴れまわる後半戦。その好対照な場面の転換部分として、この第四章を捉えていただければ嬉しいです。
次回は海軍上層部とISAF及び海兵隊が直接顔を合わせることになります。また、長峰と高城以外の海兵隊メンバーもぼちぼち出したいと思ってますのでご期待ください。それではまたお会いしましょう。