鎮守府のイージスⅡ~Marine Mission~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。ようやく第2話(という名の第一章中篇)の投稿にこぎつけました。今回は、前回のラストで扇原が口にした「もう1つのチップ」の正体が明らかになります。それではどうぞ。


第一章:変わりゆくもの(中篇)

 モハメド・アル・サイードは、シリア最大の都市アレッポに生まれたいわゆる中間層の若者である。彼の家庭は特段裕福なわけでも特段貧しいわけでもなく、華やかな暮らしとは無縁だがとりたてて生きていくのに不自由を感じることもなかった。子供の頃は平日の日中は学校に通い、アラブ諸国の中では高水準と言われる教育を受けながら友人たちと親交を深める日々を送り、休日には日中家事を手伝い夜には一家団欒を楽しんだ。ある一定以上の文化水準を持つ国であればどこにだっているであろう、ごく普通の少年である。

 彼は小さい頃から、熱心な信仰者だった父親の影響もありイスラム教スンナ派の世界に触れることも少なくなかった。しかし、モハメド少年自身はそこまで熱狂的にアッラーを信奉していたわけではない。あくまでも、彼にとっての宗教は日常風景の中にある構成要素の1つに過ぎないものだったのだ。そんな調子だから、自分と立場を異にする父親とは時折言い争いになったりもしたが、それだって反抗期にはよくある親子の対立の範疇を出ないものに過ぎなかった。そんなありふれた日常は、彼が20歳の時に突然終わった。

 大学生になっていたモハメドが、久しぶりに実家へと帰省していたある日の夜。近所の食料品店での買い物から帰ってきた彼は、家に入ろうとした時に通りがかった酔っぱらいの集団に絡まれた。どうやら欧米からの観光客だろうか。宗教上の理由から飲酒がご法度であるはずのイスラム社会のルールを解さず、言葉も今一つ通じない相手への対応にモハメドは苦慮する。そのうち虫の居所が悪くなったのか、酔っぱらいの1人が突然彼に殴りかかろうとするではないか。

 そこに、2人が争う物音を聞いて起き出してきたのがモハメドの父だった。彼は自分の息子をかばうようにその酔っ払いたちの前に立ちふさがり、そして挑発されたと思い込んだ彼らに集団で暴行を受け、最後には転倒の拍子に壁に頭を打ち付けて死んでしまった。酔っぱらいたちがその場を去った後、父親が最後に残した「私がお前の前を去っても、お前はきっと強く幸せに生きなさい」という言葉が、今でも彼の脳裏には刻まれている。

 父親を死に追いやった欧米人たちは間もなく捕まり、然るべき罰を受けたとその後モハメドは地元警察から連絡を受けた。だがその一報は決して、突然理不尽に父親を奪われた悲しみを癒すものとはならなかった。熱心なムスリムだった父親は、必ずしもそこに強烈なこだわりを持っていなかった自分と立場を同じくしたわけではなかったが、それでも彼にとっては敬愛すべき生みの親であることに変わりはないのだ。

 何故、親父はあの時死ななければならなかったのか。何故、自分がうまく立ち回ることでそれを回避出来なかったのか。その2つの問いが何の前触れもなく胸に去来するたび、モハメドは学問も仕事もろくに手がつかなくなった。社会に出た後、彼は自責の念に囚われたまま何度も職を転々とし、気がつけば横に常にあった平凡だが平穏な生活も遠くに消えてしまっていたのだった。

 そんな彼を支えていたのが、近所に住む父親と同世代のラシードという男だった。彼はモハメドの父がこの世を去って以降、古くから知るモハメドをまるで実の息子のように可愛がった。彼自身には子供がいなかったせいもあるだろうが、そこには悲しみに苛まれ続ける彼を少しでも助けてやりたいという、親心のようなものも当然あったのだろう。そんな彼のことを、モハメドもまた敬愛していた。

 そのラシードの影響か、はたまた死んだ父親の影響だろうか。彼はいつしか自分の人生への一縷の救いを求めて、これまではそれほど重要なものとは捉えていなかったイスラム教の教えに傾倒していくようになる。実際にそこに身を投じてみると、若い頃はひたすら空腹と喉の渇きをもたらすというだけで、何の利益にもならない苦行としか思っていなかったラマダンでさえ、どこか違った感覚を自分にもたらすものに思えた。1日5回の礼拝も、その間だけはいつしかとても厳しいものとなっていた自分の人生の辛さを忘れさせてくれるものだったのだ。

 だがそのラシードとの付き合いも、ある日突然終わりを迎える。その日、彼はモハメドに何も告げることなくアレッポの街を去った。その年の聖地巡礼の時に偶然再会し、自分がいなくなったことを責めたモハメドにラシードはその真相を語った。彼は元々アレッポに移り住んできたイラク人で、街を去ったのは在留資格の更新を失念したために不法滞在扱いとなり、国外退去処分となったせいなのだと。そしてその時、彼はこうも言った。

 「俺たちは同じ言語を話し、同じ神を崇拝する者同士として同じ街でずっと生きてきた。ここにいる者たちの顔を見てみろ。皆俺たちと同じだ。どこの国で自分が生まれ育ったかなんて、ここでは何の関係もない事なんだ。だが実際には、俺たちは異なる国にたまたま生まれたことで一時的にでも分断されてしまった。もちろん、在留資格の更新を怠ったのは俺自身の失敗だ。だが、そもそも隣国同士であるイラクとシリアが分断されたのは、元をただせば一体誰のせいだと思う?」

 お前の父親を死に追いやったのと同じ欧米の連中だよ、とラシードは吐き捨てた。1916年、イギリスがフランスやロシアとともに自らの勢力圏を決定したサイクス・ピコ協定によって、中東地域はそこに住んでいた現地住民の意向を無視して分断されてしまった。シリア人のモハメドとイラク人のラシードという区別が生まれたのも、そのせいなのだと。

 ラシードの言葉は、モハメドの胸に刺さった。5年前、自分の父親の命を奪ったのは欧米の人間だった。そして、その代わりとして彼の死後もずっと面倒を見てくれていたラシードと、自分を分断する原因を作ったのも欧米の人間だ。それを悟った時の彼の怒りは大きかった。何より、聖地に訪れた同じムスリムたちのとてつもなく巨大な人の渦と、そこに生まれるエネルギーは彼の気持ちを昂らせるには十分だった。

 100年前、自分たちの祖先の間には勝手に境界線が引かれ、彼らは分断の苦しみを味わった。そして1世紀の時を超えて、自分たちもまた同じ苦しみに苛まれた。何故自分たちがこんな苦しみを味わわねばならないのか。もう、こんな現実は自分たちの手で変えなければならない。シリアだのイラクだのといった境界線はまやかしにすぎず、我々自身の手で理想国家を作るべく立ち上がるべきなのではないか。

 地元に帰ると、彼らは同じように上手くいかない自分の人生に苦しんでいる者たちが、少なからずいたことに気づいた。彼らと言葉を交わすうち、モハメドの中にはある確信と決意が生まれていた。自分が立ち上がったとして、果たして本当に自分や彼らが救われるかは分からない。だが、今自分たちが生きるこの世界を変えるために誰かが立ち上がらなければ、我々の苦しみは決して癒されない。誰もやらないなら、この俺が最初の一歩を踏み出す男になってやる、と。

 その一歩を踏み出した彼のもとに、同志たちはすぐに集まった。だが、急進的な活動は得てして狂暴化するものだ。モハメドの創始した運動である「イスラム同盟」はやがてその規模を無視できないほど拡大し、いつしか全世界の人々がそれを恐れる脅威となるまでに成長していったのだった…。

 

 防衛省での会議を終えて横須賀鎮守府に戻った才原は、たった1人でドックに足を運んでいた。その視線の先にあるのは、全身を灰色に塗装された一隻の船だ。艦首部分に取り付けられた単装砲と、どこか顔のようにも見えるSPY-1レーダー。それを船の「目」に例えるならば、真っすぐに上へと延びるマストが設置されているのは頭頂部だろうか。奥の方にはハープーンミサイルのキャニスターなどもちらりと見えている。あたご型イージス駆逐艦『ほうおう』。その役割を艦娘に取って代わられてから、もう11年になる。

 海兵隊のトップである扇原が自分に告げた策は、確かにある一定の理にはかなったプランであるように思えた。だが、この国には「言うは易し、行うは難し」という言葉もある。果たしてそれが本当にうまくいくのかどうか、才原はまだ確信を掴めずにいた。そして何より、その策を実行することは自分にとって大切な何かを捨て去ることにもつながるのだ。果たして、それを選択することが本当に正しい行為であるのかどうか…。

 「ここにおられたのですか、提督」

 突然、彼の後ろで声がする。才原が振り向くと、そこには1人の美しい女性が立っていた。その出で立ちは軍服こそ着ていないとはいえ、明らかに軍隊の外の世界に生きる者のそれではない。両肩の露出した白いセーラー服に赤いミニスカートという服装で、首元には桜をかたどった金色の紋章の入った金属輪をつけている。すらっとした足に履く左右非対称の長さのソックスも、長いポニーテールとそれを固定する桜の簪も、手に持った和傘も何とも言えない優美な雰囲気を醸し出していた。

 大和型戦艦1番艦『大和』。かつてこの国を、いや世界を代表する超弩級戦艦としてこの世に生まれ、旧帝国海軍の看板としてその名を轟かせた彼女は今、日本国防海軍第一艦隊旗艦として日本国の全艦娘の頂点に君臨する立場にいる。彼女もまた、1年前の帛琉沖では戦果を挙げた武勲艦の1人だ。戦場においてはその美貌に違わぬ圧倒的カリスマ性を発揮する一方、平時には逆に幼子のように無邪気で天真爛漫な振る舞いを見せたりもするので、横須賀鎮守府の誰もが彼女に畏敬の念を抱きつつも愛すべき存在として彼女を認識していた。才原自身も、時にこれ以上ないくらい可愛らしい表情を見せる彼女のことを、実は単なる艦娘とその指揮官という関係性を超えて気に入っていた1人でもある。

 「あぁ、大和か。珍しいな、お前がこんなところにわざわざ足を運ぶとは」

 「えぇ、まぁ。市ヶ谷から戻られた後、こちらに向かわれたと総務課で聞いたので」

 大和はそう答えると、静かに才原の方に歩み寄ってくる。長身が特徴の彼女は、並び立つと男である才原でさえも背丈で上回る格好になる。近くに来ると、目線を上にあげなければアイコンタクトがうまくできなくなるほどだ。

 「あの、提督。市ヶ谷ではやはり清川大臣から打診されたのですよね、対イスラム同盟掃討作戦への参加を」

 「あぁ。陸軍や空軍、それに海兵隊のトップも交えてな。他の軍種が何を考えているのかもそれぞれのトップから直接聞くことができた、実に有意義な会談だったよ」

 才原はそう言って皮肉っぽく笑うと、そこで初めて振り返って大和の方に目をやる。その表情は、どこか不安そうな愁いの表情を帯びていた。

 「他の三軍の皆さんはなんと…?」

 「当然参加するそうだ。何と言っても同盟国アメリカからの要請だからな、無碍には出来んよ。それに、あの地域に安定を取り戻すのはシーレーンの安定化という面からも、我が国にとっては重要だ」

 「そう、でしたか…」

 「もちろん、本件に対する我々海軍の意見や立場もしっかりと伝えてきた。艦娘はあくまでも対深海棲艦に特化した存在であって、彼女たちが同じ人類である海賊に砲を向けることも、我々がそれを命じることも不本意以外の何物でもない、とな」

 才原はそう言うと、大和の顔をしっかりと見据えた。

 「安心してくれ。我々国防海軍がお前たち艦娘と運命を共にするようになってから11年、俺とお前の付き合いもなんだかんだ言ってもう6年目だ。お前たちがどういう思いを胸に戦っているのかということくらい、俺たち海軍軍人はよく理解しているつもりだよ」

 だからこそ聞かなきゃならないことがある、と才原は言葉を継いだ。

 「なぁ、大和。国防海軍への推参にあたって、日本に帰化した時のお前のパスポートに記載された名前。何と言ったかな?」

 「パスポートの名前…。桜木大和、ですか?」

 擬人化した戦闘艦であると同時に、特殊戦闘員たる固有の階級を持つ軍人でもある大和たち艦娘には、実戦配備に際して国民の証たる国籍付与の手続きが行われる。これは締結された場所をとって「台北艦娘条約」と通称される国際条約の決まりに基づくもので、日本に限らず艦娘を配備している国であればどこでも行っていることだ。

 それに際して与えられる日本国民としての名前は、日常的に使用される機会はほぼ皆無ではあるが彼女たちにとってはかけがえのないものとなっていた。大和の場合、名字の「桜木」は首元や簪にあしらわれた桜の花に由来する。

 「あぁ、そうだった。思い出したよ」

 才原はそう言いながら頷くと、続いて思いがけない言葉を口にした。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 「…、えっ!?」

 「安心してくれ、まだあくまでも仮定の話だ。…、もしかしたら大変残念なことに、それにとどまらなくなるかもしれんがな」

 驚きのあまり目を見張った大和に、才原は静かに語りかけた。

 「実は、海兵隊のトップである扇原海将から提案を受けたんだ。『艦娘たちがペルシャ湾の海賊に砲を向けることをためらうなら、いっそ彼女たちとは別の戦力を戦線に投入してはどうか』とな」

 「別の戦力、ですか…?」

 「早い話が、こいつらをいつまでも塩漬けにせずに再就役させろということさ」

 才原が、大和の方に向き直ったまま右親指で指示したその先には、彼の背後に静かに佇む駆逐艦ほうおうの姿があった。大和が思わず息をのむ。

 「海軍の保有艦艇の再就役、ですか」

 「対深海棲艦特化型の戦力である艦娘たちをこの作戦に投入することが難しいなら、いっそより汎用的に対応可能な艦艇を起用すべきだというのが海兵隊の言い分だ。実際あっちにも艦娘が何人か所属しているが、今回は海兵隊としては起用する予定はないらしい」

 「しかし、海軍の皆さんが戦闘艦艇を使われていたのはもう10年も前の話なのでは…。再就役なんて、本当に可能なのですか?」

 「簡単とは言わないが、再就役そのものは決して不可能じゃないさ。マニュアルだってちゃんと残っているし、実際にこいつらを乗りこなしていた者だってまだ少なからず海軍には残ってる。どこかの映画と違って、艦齢70歳の記念艦を無理やり最前線に引っ張り出すのとはわけが違うのさ。あんな無茶苦茶なやり口に比べりゃ、大したことじゃない」

 才原はそう言うと、「ただ…」と言葉をつないだ。

 「本当に問題となるのはその後の話だ」

 「その後…?」

 「この11年、お前たち艦娘が我が海軍の主力として君臨している間に海軍に入隊した者たちは、当然のことだが戦闘艦を乗りこなした経験は持っていない。彼らには教育を施さねばならないし、それに加えて戦闘に出すための整備や弾頭の補給体制の構築も、もう一度始めなきゃならん。それには当然時間も金もかかるし、決して小さな金額とはならないだろう。そして残念ながら、艦艇をもう一度最前線で運用しながら艦娘たちを引き続き海軍の庇護下においておけるほど、この国には財政的余裕はない」

 対イスラム同盟へのより実効的な対処には、この10年温存し続けてきた艦艇の再起動が必要不可欠だ。だがそれに手を付けるということはすなわち、日本国防海軍と艦娘たちの協力関係が終わりを告げることを意味するのだった。

 「ッ…!!」

 大和が悔しそうに唇をかむのを、才原は黙って見つめていた。気持ちはよく分かる。自分だって、彼女たちの立場でそんなことを言われれば悔しいに決まっているのだ。だが、だからといってない袖は振れない。軍事力の維持には金がかかるのだから。対空ミサイルを一発撃てば、それだけで1億円という大金が空を飛ぶのだ。

 「提督…。もしかして今の私たちは、わがままで身勝手な存在と皆さんからは思われているのでしょうか…」

 「わがまま、だと…?」

 突然問いかけられた大和の言葉の真意がつかめず、才原は思わず聞き返す。

 「だってそうでしょう?この国を国難から救うために現れたと言いながら、今この瞬間に目の前で起きている現実の脅威に向き合おうとせず、その一方で自分たちが倒すべき敵である深海棲艦に立ち向かう機会はまるで訪れないまま、ただ飯食らいのような状況にあるのが今の私たちなんですから」

 大和の言葉は、どこか震えていた。

 「分かってるんです。分かってるんです、それくらい。今の自分たちがこの国にとっての助けにはなれていないってことも、軍人として国防にあたる以上は今までとは違うやり方で貢献しなきゃいけない状況にあるってことも。でも…」

 それでも、自分たちは人間に砲を向けるなんてことはしたくないんです。そのセリフを大和は最後まで言えなかった。その美しい瞳から、涙が一筋零れ落ちる。だが最後まで口にはできなくとも、彼女が言わんとすることは才原にはもちろん分かっていた。

 「安心しろ、大和。他の三軍はともかく、少なくともお前たちのことを一番よく分かっている俺たちは、お前たちが身勝手であるなどとは露ほども思っちゃいない」

 「提督…」

 「お前たち艦娘は、国益のためにこの命を懸ける俺たち人類とは違って、もっと大きなものをその目で見ているはずだ。お前たちの夢は、『人類誰もがこの地球上で手を取り合い、共存共栄して生きていくこと』であり、その前提を崩す人類共通の敵である深海棲艦を倒すためにこそ、お前たちはこの10年あの海で戦ってきたんだろう?」

 大和が黙って頷くのを見ながら、才原は言葉を続けた。

 「俺はその崇高な理念を尊重しているし、お前たちにもそれを自分から捻じ曲げてほしくはない。そしてそうであるがゆえに、今まで命を預けてきたお前たちを簡単に切り捨てるような真似も、俺には簡単に選択できないんだ」

 10年、10年もだぞ。これほどの長い時間、運命を託してきたお前たちを今更ただの船だなどと思えるか。お前たちはこの国にとっても、ずっと一緒に働いてきた俺たち国防海軍にとっても大切なパートナーであり続けてきたし、実際に多大な戦果だって挙げてきたのだ。こういう決断を下さねばならない場面で非情になり切れない俺は、軍人としては優しすぎるのかもしれんがな。

 「いつかは白黒はっきりさせなきゃならん時は来る。だが、それを理解しつつも俺はどちらを取るべきかいまだに分からずにいるんだ。全軍を預かる将官としては、こんな発言は恥であるのかもしれないがな」

 才原の言葉に、大和がふと顔を上げた。その表情を目にするたびに、才原は何やらこみあげてくるものを感じる。彼女たちに対して別れを告げることの辛さ。自分たちの間にある関係性に終わりを告げるには惜しい。あまりにも魅力的すぎるのだ、艦娘という存在は。それは、単なる戦力としてという部分を超えた意味合いにおいても、である。

 「なぁ、大和。俺たちは一体どうすればいい?お前たちは一体どうしたいと思う?お前の考えを俺に聞かせてくれ」

 大和はその問いかけに、しばし黙り込んだ。10秒ほど経ってから、再びその口を開く。その目はまだ赤いままではあるが、同時にそこには重い決意があった。

 「当然ながら、私1人でこの国の艦娘全員の命運を決定づけるわけにはいきません。この国の国防を最前線で担ってきた者としてこの問題にどう対応すべきか、それを意思決定するにはまず意見集約が必要です。現状では深海棲艦からの襲撃は途絶えているとはいえ、まだ何かを成し遂げていないという感覚をどこかに秘めている者も少なからずいるでしょう。率直に申し上げれば…、私もその1人です」

 ただ…、と大和は言葉を継いだ。そのセリフを口にすることは、自分から退路を断つことを意味するのを彼女はよく理解している。それでも、これは司令官とその部下という立場である以上、絶対に伝えねばならないことなのだ。

 「私たちもあなた方同様、日本国防海軍の一員たる軍人です。そして軍人である以上、上官が下した命令には従わねばなりません。私はこの国の為に提督が下した決断であれば、それが如何なるものであろうとも尊重し従います。たとえその結果、私たちが国防海軍から去ることになろうとも」

 

 突き抜けるような青空に、一筋の飛行機雲がかかる。墓地には爽やかな風が吹き込み、未整備なままの墓の周りに植わった雑草をたなびかせた。黒一色の墓石にかけられた水は鏡となり、真っ白な軍服との見事なコントラストを作り上げている。

 才原と大和のやり取りから2日後、外出許可を得たみらいは墓参りにやってきていた。一緒に伴ってきた自分と同じ軍服姿(その意匠は、海上自衛隊において「幹部常装第三種夏服」と呼ばれる制服と全く同じものとなっている)の2人は、実は姉たちではない。かつて、彼女が艦艇だった時に自分の指揮官をしていた元海上自衛隊三等海佐であり、現世に生まれ変わった今は国防海軍少佐という立場で、艦娘となったみらいと再び共闘する立場にある男たちだ。そして彼らの目の前に建てられた墓に眠る人物は、そんな3人いずれとも生前には深い絆で結ばれていた1人だった。

 「まさか、洋介との再会がこんな形で実現することになるとはなぁ…」

 最後に墓前で手を合わせてみらいが再び立ち上がった時、そう口にした男の名は尾栗康平。自衛官だった時にはみらいの航海長を務めていた彼は、当時と変わらない気さくで裏表のない人柄もあって国防海軍でも部下たちからは好かれている。

 「仕方あるまい。ほんの一年前まで、俺たちから見たあいつは自分たちにとって縁の遠い、別世界の住人でしかなかったんだからな」

 そう応じたもう1人の男は菊池雅行。こちらはみらいの元砲雷長であり、国防海軍では長らく戦闘オペレーターとして尾栗ともども艦娘たちを支える立場にあった。生真面目な性格とトレードマークともいえる眼鏡姿は、軍服からスーツに着替えればさながらキャリア官僚らしくも思える。

 尾栗が口にした洋介とは、そんな彼らの防衛大学校時代の同期でありみらいの副長兼船務長、最後には艦長の座にまで上り詰めた角松洋介二等海佐を指す。みらいたちが元々暮らしていた世界の日本では同じく海上自衛官として任務に就いていた彼の父・洋一郎が、この世界では幼少のうちに交通事故で死んでしまったことから、その息子である彼自身も運命が大きく変わることになる。

 実は国防海軍横須賀鎮守府には、海自護衛艦時代のみらい乗員だった者たちがこの菊池と尾栗も含め、ほぼ全員生まれ変わりという形で勤務し続けている。その数、実に239名。当時の乗員は241名いたので、2人だけ例外がいることになる。1人は、唯一自衛官ではない民間人として取材のため乗船していた、フリージャーナリストの片桐という男。残る1人が角松である。

 自分が生まれてくるよりも早いタイミングで父親を失ったことで、他の240名が全員死亡・行方不明となる中で角松だけは唯一あの時代を生き延びた。その代わりに彼だけは生まれ変わりを経験することはなく、再び当時と同じ姿でこの時代を生きることとなった仲間たちとは対照的に、彼は歴史の流れとともに年齢を重ねてこの世界の現代で死んだのだった。そんな彼の墓は、生まれ故郷である佐世保ではなくここ横須賀に立っている。

 ちなみに、その239名の中で自分がかつての自衛官の生まれ変わりであることを自覚しているのは、菊池と尾栗の2人だけだ。1年前、戦艦棲姫が32隻もの僚艦を伴って帛琉沖で襲い掛かってきた時、まだ記憶を取り戻していなかった彼らはアメリカ・ドイツの両国とともに実施した、国際演習のオペレーター役を務めていた。その演習の途中に唐突に始まった戦闘の最終盤、中破しながらもなお戦艦棲姫に対し牙をむき続けたみらいは、今でも2人の胸に残るある言葉を口にする。

 「かつての乗員たちとともに、あの海で短い間ながらも戦えたことへの感謝と誇り。その思いは、いまだに自分の胸に残り続けている」。それが呼び水となり、自身の前世の記憶を夢に見ていた2人は自衛官としての自分自身の生き様を思い出したのだった。

 「本当はお2人だけじゃなく、角松二佐も含めた皆さん全員とまた再会したかったです。艦艇としてはもちろん、艦娘の姿となっても日本のために頑張ってるんだって姿、あの人にも見せてあげたかったんですけどね…」

 みらいは寂しそうに笑った。その切ない表情を浮かべた横顔に、思わずドキッとしない者は恐らくいないだろう。亜麻色がかった黒髪ストレートに、目鼻立ちの整ったその現代的な顔立ちの美しさは、持ち主である本人にその自覚があるかどうかはともかく、鎮守府ではかなり呼び声高いのだ。尤も、彼女やその姉妹に限らず艦娘たち自体が「美人か美少女でなければ艦娘にはなれないのか」と言われるほどルックスはハイレベルなのだが。

 「仕方ないさ。確かにあの時と同じ姿でお互い出会えなかったのは残念だが、あいつはあいつできっとこの世界では幸せに生きてたんだろうからな」

 尾栗が頭の後ろで手を組みながら呟く。

 「まぁ、それでも砲雷長と航海長が当時の記憶を取り戻してくださったことで、私はだいぶ救われましたよ。だって皆さん、私の乗員だった時と全く同じ顔をしてプロフィールまで同じなのに、私とはまるで他人みたいに接してこられてたんですから。帛琉での戦闘が終わるまで、どれだけ寂しかったことか」

 あぁ、でも今はもうお2人は砲雷長や航海長じゃないんですよね、とみらいは笑いながら2人の方に振り向いた。今の彼らは引き続き船乗りとしての顔も持ってはいるが、あくまでもメインの担当は戦闘オペレーターなのだ。が、それに対してどうも2人の返事の歯切れが悪いのがみらいは気になった。

 「ん?あぁ、まぁな…」

 菊池が何故かバツが悪そうに頭をかく。彼にしては見慣れぬその姿に、みらいは思わず怪訝そうな表情を浮かべた。

 「あれ?何か私、おかしなこと言いましたか?菊池少佐」

 「いや、うーんとその、なんだ」

 なおも口ごもる菊池。それだけでなく、横にいた尾栗に何やらひそひそ声で耳打ちするではないか。何か自分に対して伏せていることでもあるのだろうか。

 「あの、少佐?急にどうされたんです。何か大切な話でもあるなら、妙にこそこそせず教えてくださいよ。もしかして、何か私に関係あることなんですか、それ?」

 みらいの言葉にもなおも逡巡していた菊池と尾栗だったが、やがてその居住まいを正し、何やら開き直ったような表情で彼女の顔を見つめた。訳も分からず、みらいがその目を見開く。口を開いたのは菊池の方だった。

 「俺たち国防海軍の業務上での通告は、本来なら佐官に過ぎない俺たちではなく司令官レベルからなされるべきだと俺は思っている。予断を許さない意味でもな。だから、こういう私的な場で情報を漏らすことは俺の性に合わん行為だ。だが、相手がお前であるからこそ敢えてそれを捻じ曲げてでも伝えるべきことがある」

 その前置きに引き続いて菊池が口にした言葉の意味を、みらいは一瞬理解できなかった。それを頭の中で消化しきった瞬間、彼女はそれまでにもまして目を見開きながら驚きの叫び声をあげたのだった。

 「俺たちはどうやら、もう一度任されることになりそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




お墓参りのシーンは、前作の感想でヒントをくださったJMM46ZEKEさんのアイデアを取り入れさせていただきました。貴重なご意見ありがとうございます。イメージ通りの場面にできたでしょうか?もしそうであれば何よりです。

菊池の最後の言葉、みらいからすれば青天の霹靂でしょうねぇ。だって、彼女自身の砲雷長をやってるのは装備妖精であって、人間の姿である以上は航海長も必要ないですしね。「イージス艦みらいって私のことじゃないの、その自分の砲雷長や航海長を2人がやるってどういう意味よ」ってなってもおかしくはないはずです。その答え合わせは次話でするつもりですのでよろしくです。もしかしたら、この時点で察しのいい方は勘づくかもわかりませんがw

次回は第一章が完結する予定です。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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