鎮守府のイージスⅡ~Marine Mission~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
第三章:景色の向こう側(前篇)
CICの内部にところ狭しと並ぶスクリーンの映像に視線を集中させながら、菊池はみらい艦内全体を包み込むひりひりとした緊張感を全身で体感していた。
戦闘オペレーターとして輸送艦「げんぶ」に乗艦し、艦娘たちの戦闘支援にあたっていた頃に「実戦」そのものは散々経験してきていたはずなのに、今この瞬間に彼が感じているのはそれとはやや異質のようだ。それは、恐らく戦場における自らに与えられた役割の違いからくるのだろう。後方支援に特化するのと、自らが戦闘員として事に当たるのとでは、やはり両肩に背負う重みが違う。
「全く、飛んで火にいる夏の虫って奴よね」
自分の脇でふとそう呟いた天満に、菊池は顔を向けた。
「事前に聞いてはいたけど、まさか彼らから見た民間船があれだけ『釣り針』として効果てきめんだったなんて。想像以上だったわ」
「仕方あるまい。ああいう所業を容認するわけでは断じてないが、彼らにも彼らなりの人生があり稼ぐべき糧というものがある。生きるということに真に必死になった者は、多少の脅威など今更恐れないということだろう」
「その盲目さが、やがて自らの首を絞めることに気づけないのが彼らの不幸なところよ。今、一体何を思っているのでしょうね。大方、一獲千金の機会を得たと内心はしゃいででもいるのかしら?その先に何が待ち構えているとも気づかずに」
天満はそう呟くと、一度大きく息を吐きだした。
「そうだとすれば、全く哀れなものだわ」
菊池は、そんな彼女の横顔をしばし見つめた。キリっとした力強い艦長の視線は、真っすぐに眼前のモニターへと向けられたままだ。
日本国自衛隊という組織は、国防を志す女性たちにとっては極めて狭き門だ。その倍率は30~40倍にもなると言われ、「女性自衛官」という肩書を持つ者はそれだけでかなりの人材ということが言えるだろう。もちろんより上の階級に行けば行くほど、その輝きは男社会の中でより眩しいものとなっていく。
そうした事情は、海自を1つのルーツとする日本国防海軍においても全く同じだ。その国防海軍における女性軍人としては過去最上位となる大佐の地位にあり、総本山たる横須賀鎮守府の第一護衛隊群旗艦の艦長に抜擢された。そんな前代未聞の偉業を成し遂げた怪物級のエリートが、この天満美知留という女である。まさか自らの同級生にそんなとんでもない大物が存在したとは、菊池にとっては驚きとも言うべきものだった。
そんな彼女が見つめるスクリーンには今、アラビア海とその周辺に展開する各国艦隊の様子がくっきりと映し出されている。旗艦であるヘリコプター搭載イージス巡洋艦みらい以下、イージスミサイル駆逐艦『ほうおう』『たかお』、汎用駆逐艦『きりさめ』『するが』『わかさ』『いなば』『つしま』からなる日本国防海軍第一護衛隊群は、アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・イタリアといった各国海軍とともに、イエメンでは唯一アラビア半島域外の国土となるソコトラ群島の沖合に展開していた。
彼ら連合軍が目指すのは、最終的にはもちろんイラクとシリアの両国において勢力を伸ばし続ける、イスラム同盟の掃討だ。しかし、その実施に当たっては1つ厄介な問題があった。彼らとも国境を超えて連携しつつ、ソマリア沖で活動する海賊の存在である。この海域に跋扈し民間商船相手に略奪を繰り返す彼らは、本来の目的地たるペルシャ湾のクウェート沖に展開するうえでの障害となっていた。
一獲千金を夢見て、己の生活の為にやむを得ず海賊行為に走っている側面もある彼ら海賊は、さすがに重武装した軍艦を直接狙うほど馬鹿ではない。だが、彼らの民間商船に対する襲撃は、連合軍艦隊の本来の作戦遂行を遅らせる効果を持っていることは確かだった。国軍による所業ではなくとも、通商破壊作戦をみすみす見殺しにすれば連合軍への国際的非難は高まるだろう。それは各国海軍にとって避けたい事態なのは間違いない。
そして今まさに、みらいのレーダー上でも1隻の民間船の様子を捉えている。イスラエル船籍のタンカー『シードラゴン』。首都テルアビブを出航し、遥々スエズ運河を通ってやってきたこの船は、その航海の途上で襲撃を受けて救難信号を送ってきていた。客観的に見てこの船に幸運な点があるとすれば、周辺海域が既に連合軍艦隊に抑えられた状態にあるということだろう。海賊側は乗船中の船員を1隻丸ごと拘束し人質にとるのが常とう手段だが、今回は下手に動けば海賊側も相当な痛手を被ることになる。
「艦橋、CIC。シードラゴンの動きに変化はあるか」
菊池は艦内無線で艦橋に呼び掛けた。既に、警戒態勢に相当する「第二種戦闘配置」が護衛隊群全8隻に下令されてから1時間余りが経っている。みらい乗員たちの緊張の糸もずっと張り詰めたままだ。
「CIC、艦橋。特に今のところ、これと言って重大な変化は認められません」
艦橋からの返答も、相変わらず同じままだった。しびれを切らした様子の菊池の耳に、英語での通信音声が飛び込んでくる。発信源はアメリカ中央軍艦隊の一員として、太平洋軍から派遣されたアメリカのタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「シャイロー」。米軍の空母打撃群の一員として派遣された艦であり、本作戦の司令塔を担う存在でもあった。
“Sea Dragon, this is USS Shiloh. Release all the hostages within the next 10 minutes and surrender. I repeat, release all the hostages within the next 10 minutes and surrender. If not, the special force will rush into you. (シードラゴン、こちらシャイロー。10分以内に全ての人質を解放せよ。繰り返す、10分以内に全ての人質を解放し投降せよ。解放なき場合、突入部隊による救出作戦実行を命じる)”
天満と菊池は同時に腕時計に目をやった。時刻は現在16時50分。あと10分、17時ちょうどまでにターゲットに動きがなければ、シードラゴンへの米海軍特殊部隊「ネイビーシールズ」による突入が始まる。その際は、国防海軍艦隊も必要に応じて「応援」に参加することが求められていた。
「CIC、電信室。米海軍シャイローより入電」
先ほどの音声通信からそれほどの間を置かず、CICに艦内無線が入った。シャイローからのモールス信号による電文が届いたことを示す知らせだ。
「電文は?」
菊池の問いかけに応じて、通信科の乗員はその電文の内容を読み上げた。
「『猛獣の解き放たれし後、竜の首に火をつけよ』。以上です」
「『竜の首に火をつけよ』だな。間違いないか」
「2度繰り返しました、確かです」
通信を終えると、菊池は呆れた様子で大きくため息をついた。
「全く…。正気か、あいつら。アメリカ軍の考えることはよく分からん」
「まぁ、一見狂ったように見える作戦だったとしても、その向こう側にきちんと意図があるのなら安易に非難すべきでもないんじゃないかしら?自分の目に見えるものだけが全てではないということよ」
天満はそう言うと、ふと菊池に向けて意味深な問いかけを投げかけた。
「ねぇ、菊池くん。あなた、芝居の類は好きだったかしら?映画でもドラマでも、舞台でも何でもいいのだけれど」
「芝居?あいにくそういう趣味は持ち合わせてないが、何をいきなり」
怪訝そうな顔でそう答えた菊池の顔を見ながら、天満はまた何やら意味ありげにほほ笑んでみせた。
「あら、残念ね。せっかく話が合うかと思ったのに」
「こんな戦場の真っただ中で趣味の話をし始めるなど、そんな精神的余裕を私は持ち合わせてなどいませんよ、艦長」
ため息をつきながら、その何やら奔放な物言いを戒めようと話し言葉を敬語に切り替えた菊池には構わず、天満はまたモニターに向き直りながらもなおも言葉を続けた。
「芝居には決まって主役と脇役がいる。いつだって、最後にスポットライトを浴びるのは物語の主人公よ。それは当然、それこそがヒーローやヒロインが背負う役割なのだから」
艦長の言葉は、広いCICの中に響いている。モニターに向かい、それぞれ目を凝らしながら作業をし続ける彼女の部下たちの耳にも、その何やら唐突にも聞こえる一人語りは届いているだろう。彼らは一体、内心どのような思いでそれを聞いているだろうか。
「でもね、主役が大立ち回りをするだけの作品ってのは正直、芸術としては面白くもなんともないものなの。それを面白いという人もいるかもしれないけれど、私は残念ながら好みじゃないのよね。本当に面白いのは、脇役が主役を食わんばかりに輝きを放つ、そういうストーリーだと思うのよ」
唐突に始まった天満の芸術評論は、誰もが予想しなかった地点に着地を見た。
「どうせならこのみらいを、私たち自身の手でそんな『主役をも食うような最強の脇役』にしてみたいと思わない?」
「最強の脇役…?」
「そう。シャイローがスポットライトの下で輝く主演女優だとすれば、みらいはさながらその盟友にしてライバルってところかしらね」
怪訝そうな表情を浮かべる菊池の横から、話に割り込んできた者がいた。かつては戦闘演習における審判役を長らく務め、艦艇の戦線復帰とともに再び「CICの主」とのあだ名を手にすることとなった、青梅鷹志上等兵曹だ。
「お言葉ですが艦長。言わんとすることはなんとなく分かりますが、この船は仮にも第一護衛隊群旗艦ですよ。その船が脇役に甘んじるとは、少々納得がいきかねますな」
「あら、そんなことはいちいち気にするものじゃないわ。所詮はキャスティングの結果に過ぎないもの。第一、作品が変われば主演や助演なんて立ち位置は簡単に逆転するものよ。今回は主役の座は彼らに譲ってやりましょう、
天満はそう事も無げに笑うと、急に冷静な調子で「それじゃ、そろそろ始めましょうか」と呟いた。ギアが戦闘モードに入ったことを示すその声からは、今までのような明るさは消え失せている。その瞬間、CICの中の緊張感は一気に最高潮に達した。
「艦長、第一種配置つけます」
菊池の呼びかけに、天満は黙って頷く。武鐘の起動スイッチに手をかけて一度大きく息を吐くと、菊池はヘッドセットに向けて号令を下した。
「総員、第一種戦闘配置。対水上戦闘用意!!」
シードラゴンに乗り込んだ海賊ハッサンは、仲間たちとともに不思議な高揚感に囚われていた。この巨大な船を我が手中としたことへの興奮、それが彼らの気持ちを昂らせる何よりの原動力だ。
長らく無政府状態に置かれているソマリアの海岸の街エイルに生まれた彼は、好き好んで海賊になったわけではない。元々は真面目な働きぶりで評判な漁師で、海に繰り出すたびに狙っていた獲物はキハダマグロ。決して近海を行く船ではなかったし、それを襲おうなどという発想はそもそも昔の彼には思いつきもしないものだった。
状況が変わったのは、政権の崩壊により魚の輸出が困難となり、自らや家族の生活を支える収入を安定的に手にすることが難しくなった為だった。それに加えて、自分たちソマリア人の手中にあった豊かな漁場は、管理が行き届かなくなったことに目をつけた欧州の船団による乱獲や、放射性廃棄物の投棄によって荒らされ使い物にならなくなってしまう。これはハッサンやその仲間を憤らせ、外国船やそれを送り込んでくる欧州の国々に対する憎悪を募らせるには十分な動機と言える。
かと言って彼らには、その憎むべき相手に「一発かます」だけの力はないのだ。目の前の理不尽に時には血涙を流しながら、一発逆転の気を伺う砂をかむような日々を送る、それが彼らに与えられた非情な宿命だった。
そんなハッサンはある日、遠くシリアの地で西欧世界に反旗を掲げたモハメド・アル・サイードという男のことを知る。「イスラム教徒の力を結集し、既存文明とは異なる新たな秩序を作る」というその訴えに、彼は共感を寄せるようになる。何より、「西欧世界に反旗を翻す」というキーワードは彼の心を強く揺さぶった。
ソマリアはあまり知られてこそいないが、通信技術に関しては実はかなり発達した国だ。ネットを通じて接触すると、モハメドとハッサンは同じアラビア語を話す者同士すぐに意気投合する。やがて、ソマリアへとわざわざわたってきたモハメドはハッサンの訴えに真摯に耳を傾け、その困窮ぶりに共感を寄せ、最後には「住んでいる場所は違っても、俺たちはきっと同じものを見ているはずだ。お互いの力を合わせて、大きなことを成し遂げてやろうじゃないか」と同志に呼び掛けた。
しかも、モハメドの尽力はそれだけでは終わらなかった。彼らの邂逅からしばらくして、深夜に港に向かうよう指示されたハッサンはそこで見慣れない輸送船と出会う。それは中東地域で暗躍する密輸組織の船で、中には大量の小火器がところ狭しと積まれていた。モハメドが差し向けた船だということを彼はすぐに理解する。
彼が言葉だけではなく有言実行の男であること、そして己の目的を実現するためにありとあらゆるチャネルを駆使して勢力拡大を続けていることに、ハッサンは心から感動を覚えた。たとえ微力でも、彼が目指すものに少しでも応えたい。それこそが、ハッサンが海賊行為に手を染め始めるきっかけとなった出来事だった。
やがてハッサンは、同じように一攫千金を夢見る者たちと手を組み、この海域を代表する総勢30名近くにも及ぶ海賊団の頭領として名を馳せるようになる。そんな彼が今まで襲ってきた船の中でも、このシードラゴンはひと際大物に見える。果たしてどれだけ身代金をせしめることが出来るか、想像もつかないほどだ。ここはタンカーの心臓部ともいえる操舵室。今、彼らの目の前にはこの船の乗員らしき者たちを座らせ、仲間たちが銃を向けている。実際に自分たちがどれだけの成果を手にできるかは、この船の所属する船会社がどこであるか次第だ。
「おとなしくしろ、抵抗しなければお前たちに暴力は振るわない」
目の前の状況における優位性を実感する自分の心の高ぶりを抑え込みながら、ハッサンは訛りの強い英語で目の前の船員たちに呼び掛け、1人1人の顔を見渡した。
「この船の名前と所属、何が積まれているかを知りたい。答えろ」
「それを知って一体どうなる?」
ハッサンに向かって、1人の船員がニヤリと笑いながら肩をすくめる。
「我々にとっては大事な情報だ。いいから答えろ」
「教えてやってもいいが、聞いたらきっとお前ら後悔するぜ?」
その言葉に合わせて、何やら底意地の悪い笑い声が室内に響いた。今まさに銃口を向けられているというのに、この者たちはやけに落ち着き払っている。何やら底のしれない不気味さを覚えながらも、ハッサンは声を荒げた。
「つべこべ言わずにサッサと答えろ!!」
その叫び声に、船員たちはお互いにしばし顔を見合わせる。やがて、そのうちの1人がようやく口を開いた。
「やれやれ、全く海賊って奴は短気で困るね。いいよ、そんなに知りたきゃ教えてやるよ。その代わり、それを知った結果お前らがどうなろうと知らないぜ?…、やれ」
それが、反転攻勢の始まりの合図だった。次の瞬間、操舵室の後方のドアが勢い良く開く音がする。ハッサンたち一味が銃を構えたまま振り向いたその瞬間、それまで銃を向けられていた乗員たちが一斉に死角から彼らに襲い掛かった。予想外の出来事に慌てふためく海賊だが、想定よりもずっと強い力でたちまち拘束され身動きが取れない。その目に飛び込んできたのは、一様に目元をゴーグルで覆い全身を重武装した、迷彩服に身を包んだ屈強な男たちだった。その正体が軍人であることを、彼らは瞬時に理解した。
「こういう時、我々の貴重な友人である日本人たちが何と言うか教えてやろうか。『極めて遺憾である、断固抗議する』と奴らは言うらしい」
後から室内に入ってきた部隊を率いてきたリーダー格の男が、皮肉っぽい口調でそう言い放った。
「だが、あいにく俺たちアメリカ人はあいつらとは違うぜ。ちょっとでも舐めた真似したら、必ず行動に移しその代償を払ってもらう。口先だけで終わらせたりはしないのさ。喧嘩を売る相手を間違えたな」
その自信満々な口調は、まさしくハリウッド映画の主役のようだった。
「質問に答えよう。この船の名はシードラゴン、イスラエル船籍で元はかの国のとある海運会社の所属だった。だが、今はもうそうじゃない。この船を隷下に置いているのは…」
「第一戦速。とーりかーじ、340度ヨーソロー!!」
みらい艦内は、臨戦態勢にあたる第一種戦闘配置の下令とともに一気に慌ただしさを増した。艦橋にいる尾栗が、CICからの指示に従って船をシードラゴンに対してT字となるように向ける。これが太平洋戦争中の戦闘艦相手であれば、側面からの大火力をもろに受ける形となる現在の状況は極めて不利だ。
だが、今彼らが向き合っているのはそもそも兵装など持たないタンカー。少なくとも艦砲射撃を受ける危険は存在しない。そして艦橋と同時に、CIC内部でも戦闘開始に向けた準備が着々と進められていた。既に、ネイビーシールズはシャイローのSH60ヘリコプターで空から降下し、ターゲットへの突入を始めている。後は合図とともに応援に駆け付けるだけだ。
「主砲目標よし、砲口監視員砲口よし、射撃用意よし」
天満が報告に頷くその横で、菊池はシャイローに対して音声での交信を行っていた。主砲の砲撃用意が整ったということ、それはすなわちみらい自身がシードラゴンに対して発砲する予定であることを意味する。いくら武装勢力の襲撃を許しているとはいえ、民間船舶に対して軍艦が艦砲射撃を加えるというのは、本来なら忌避されるべき行為であるのは間違いないだろう。しかも攻撃対象はよりによって、日本の同盟国アメリカにとっての中東における絶対的盟友、イスラエルの船なのだ。
だが、そんな一見狂気の沙汰にも思える所業は今回に限っては、例外と言える行為とみなされていた。何故なら、そのシナリオを描いたのは他でもないアメリカとイスラエル自身なのだから。この場において日本が選択することを期待されているのは、そのシナリオに沿って動き狂気に身を任せることのみだった。
“USS Shiloh, this is Fortune Inspector. Ready for call for fire, over. (シャイロー、フォーチュンインスペクター。主砲攻撃用意よし)”
“Fortune Inspector, this is USS Shiloh. Fire with the call. Four salvoes, fire for effect. (フォーチュンインスペクター、シャイロー。合図とともに砲撃を要請する。本射、4連射とせよ)”
“USS Shiloh, this is Fortune Inspector. Four salvoes, fire for effect, aye. (シャイロー、フォーチュンインスペクター。了解、本射、4連射とする)”
菊池は通信を切ると、天満に「シャイローより本艦宛、射撃要求」と告げる。天満はそれに頷いた後、ひと際大きな声で命令を下した。艦内マイクを通じて全艦に伝わったその声は、名だたる男性士官たちを差し置いて彼女がこの船の艦長に任じられたことを納得させるに足るだけの、非常によく通りつつも美しく部下たちの戦意を高揚させるにピッタリのものだった。
「対水上戦闘、シャイロー指示の目標!!」
「対水上戦闘、シャイロー指示の目標。砲術士、くれぐれも慎重にやれ。シャイローからの指示があるまでは絶対に撃つなよ」
菊池は天満からの指示を復唱するや否や、主砲のトリガーを握り待機状態に入った砲術士を戒めた。画面にすかさず目をやる。モニターには自身と前方に停泊中のシードラゴン、そしてシャイローに加えて各国の艦艇が映し出されていた。そこには、ほうおう以下みらいの7隻の僚艦たちの姿も含まれている。そのいずれもが、この船に合わせて一斉に主砲をターゲットへと向けていた。8隻×4発、計32発の主砲弾が間もなく、命令に沿ってシードラゴンへと襲い掛かることになる。その時、果たして船内に残っている乗員たちの命は無事で済むだろうか。
それにしても…、と菊池は内心肩をすくめた。今目の前で展開されているものは紛れもなく「戦闘」であるはずなのだが、それにしては妙に違和感がある。最初に救難信号が発せられて現場に駆け付けるまではともかく、それ以降はこの現場はやけに静かなのだ。まして、今は特殊部隊の突入まで実行に移されているというのに。普通なら発砲音の1つでも確認されてもよさそうなものだが、まるで聞こえてこないのはどういうわけなのか。かのネイビーシールズというのはよほど優秀なアサシンであるのか、それとも…。
“Fortune Inspector, this is USS Shiloh.”
突然、菊池の耳に英語の通信音声が届いた。刹那、CICの中に再び緊張感が走る。
“The beasts are released. I repeat, the beasts are released. FIRE! (猛獣たちは解き放たれた。繰り返す、猛獣たちが解き放たれた。攻撃はじめ!!)”
「猛獣の解き放たれし後、竜の首に火をつけよ」。シャイローからの通信は、シードラゴン艦首に対する砲撃開始の合図だった。
「目標、シードラゴン艦首。発射弾数4。主砲、撃ちー方始めー!!」
「4連射、撃ちー方始めー!!」
「Commence fire!!ってぇー!!」
天満、菊池、そして砲術士が立て続けに射撃号令を下す。砲術士がトリガーの引き金を引いたのと時を同じくして、みらいの127mm単装速射砲が轟音とともに勢いよく火を噴いた。1発、2発、3発、4発。立て続けに発射された4発の弾丸は、狙い通りシードラゴンの艦首へと勢いよく向かっていった。他7隻の僚艦たちも、一斉に同じ方向からシードラゴンに対し砲撃を加える。一方的に砲撃の雨あられを受け、ターゲットはさながら立ち尽くすパンチドランカーだ。
「撃ち方控え。主砲撃ち終わり、砲中弾なし」
菊池がそう告げて間もなく、シードラゴンの艦首部分から突然轟音とともに派手な爆破閃光が上がった。その爆発は、船の脇腹あたりから次々に連動して発生し、船体を情け容赦なく痛めつけていく。やがて、次々に誘爆を起こした船は全身が炎に包まれた。真っ白にペイントされたその船体が、生き物のようにゆらゆらとうごめくオレンジに塗り替えられる。砲撃を終え、ただそこで黙って立ち尽くしながらその様子を見つめるみらい乗員たちのもとに、再びシャイローからの通信が届いた。
「シャイローより連合軍の各艦艇へ。ただいまを以て本作戦『オペレーション・トロイア』の終結を宣言する。諸君らの作戦への貢献に心より感謝する。なお、シードラゴンに乗り込んでいた我が軍からの派遣人員は、全員無事1人の負傷もなく離脱に成功したことが確認されたことをお伝えしたい。これを1つの成果として、今後のイスラム同盟掃討に向けてさらに団結し行動していこう。本艦からは以上だ」
この戦闘は、対イスラム同盟掃討作戦の前哨戦としてすぐに各国メディアによって伝えられた。だが、世の中を駆け巡ったそれらの報道で伝えられたこの事件の姿は、あくまでも虚像でしかない。実際には、表には決して出ることのない隠された真実がその裏には存在していたのだ。
作戦のターゲットであったシードラゴンは、実はそもそもこの海域を通るはずの船ではなかった。何故なら、この作戦当時には既に船舶としては現役ではなかったからだ。処分の口実を探していたイスラエルの海運企業から、この船を無償で引き受けたのはアメリカ海軍。意気揚々と船に乗り込んだハッサン一味が操舵要員だと思い込んでいたのは米海軍、その彼らに襲い掛かったのは艦上戦闘のプロたる米海兵隊の隊員たちだった。
そう、シードラゴンとは最初からこの欺瞞作戦の為だけに運航されていたダミー船。まさしく天満が口にした通り、アラビア海に跋扈する海賊たちをまとめて誘い込むための釣り針だったのだ。狭い艦内で海軍と海兵隊の両者に挟撃される形となったハッサン一味は、身柄を拘束されて船底に留置されるとそのまま閉じ込められた。
その後、これまた船員の救出に向かうふりをして突入したネイビーシールズの隊員たちが、船内各所の施錠状況や船内にあらかじめ仕掛けられた爆弾などに問題がないか確認した後、国防海軍艦艇が砲撃を加えたのとは反対側からボートに分乗し離脱。その後始まった砲撃に合わせて起爆ボタンが押され、シードラゴンは海賊たちを乗せたまま爆発炎上、アラビア海に沈んでいったのだった。
解き放たれた猛獣とは、ハッサン一味ではなく米軍兵士のこと。「釣られた大物」はシードラゴンではなく海賊たちの方だった。決して表には出すことのできない不都合な真実は、勝利に酔う人々の前からひっそりとさりげなく姿を消すと、そのまま闇に覆われて二度と日の目を見ることはなかった。
今回ほど、展開がえげつないストーリーを考え付いた経験は恐らくないと思います。いわゆる偽旗作戦と呼ばれるものであったり、戦場における無慈悲な側面なんかを描きたかったのですが、ちょっと生々しすぎたかな…。こういうネタは次以降はもうやらない予定です。
次からはまた艦娘たちが主役となるストーリーに戻ります。今回と比べればずっと平和な話のはずです。まぁ何だかんだで戦闘描写とかもいずれは入ってくるんですけどね…。次回もよろしくお願いします。それではまたお会いしましょう。