鎮守府のイージスⅡ~Marine Mission~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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どうも、SYSTEM-Rです。今回は予告通り、物語が大きく動き始める回となります。前回登場した長峰と高城の正体も明らかになりますよ。それではどうぞ。


第三章:景色の向こう側(中篇その2)

 翌朝9時15分。まだ開店前の風来食堂の店先に、足を向ける者たちがいた。店頭の清掃のためにいつも通り通りに出ていたみらいは、その人影に程なくして気づく。身に纏っている軍服から、彼らが軍人であることは一目見て理解した。

 (あの白い軍服…、国防海軍の人かしら?…、いや、違うわね)

 当初そう思っていたみらいだが、彼らが近づいてくるにつれてそれがどうも誤りであるらしいことに気が付いた。彼らが着ている服は一見海軍のそれにそっくりではあるが、よく見ると制帽や階級章のデザインが異なっている。それに加え、色使いも微妙に違う。海軍の夏服において基調となっているのは白・黒・黄色だが、彼らが着ている服は白・濃紺・橙色だ。海軍の軍服にはない、橙色の縁取りも袖口には入っている。

 (あれは海軍じゃないわ。確か海兵隊の、艦艇戦闘服装って奴だっけ)

 みらいは以前、新東京急行と名付けられた補給作戦に参加し、小笠原・父島にある海軍・海兵隊共同運用の資源採掘場を訪れたことがある。そこでは海兵隊の隊員たちも働いており、彼らからはこんな話を聞かされていた。

 10年前までの海軍が戦闘艦艇による艦隊を運用していたのと同じように、海兵隊も独自に海兵艦隊なる物を保有していること。陸海空軍が共同で作った諸兵科統合軍である海兵隊には、それぞれの軍種と似たようなデザインを持つ「陸上戦闘服装」「艦艇戦闘服装」「航空戦闘服装」という3つのユニフォームがあること。とりわけ艦艇戦闘服装については、艦隊行動中に遠目から「相手が上陸作戦も手掛ける海兵隊である」ということを敵に悟られないようにするために、海軍と一見そっくりなデザインが施されていること。内部の人間が見れば一発で区別がつくが、恐らく知らない者がそれぞれを個別に目にすれば、どちらが海軍なのかさっぱり分からないだろうと彼らは語っていた。

 その海兵隊の軍服に身を包んだ2人組の正体に、みらいは程なくして気がついた。昨日自分が6番テーブルで接客した、内地から来たという美男美女コンビ。自分の名刺を受け取った後、やけに意味深な言葉を残していった2人組。女性の方が発していた「艦長」という言葉から恐らく軍人なのだろうと察してはいたが、海兵隊の人間だったのか。

 「あら、おはようございます長峰様、高城様」

 「おはようございます。覚えていてくれたんですね、僕らのこと」

 「えぇ、自分が担当した大切なお客様ですから」

 みらいはそう答えると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 「まさか、本当にまたお越しいただけるとは思ってなかったのでありがたいんですが、あいにくごらんのとおりお店はまだ開店前でして…。10時から営業なので、申し訳ないですが今しばらくお待ちいただければ…」

 その言葉に対して、長峰は予想外のセリフを吐いた。

 「あぁ、いや。実は、今日は飯を食いに来たわけじゃないんですよ。どっちかというと、目的はあなたや同僚の皆様方でね」

 「…、へっ!?」

 何のことか分からず目を見開いたみらいの眼前で、長峰はそれまでのどことなく慇懃無礼な態度を一変させる。その口をついた言葉の端々からは、昨夜みらいが接客していて薄々感じていた「秘められた攻撃性」がありありと滲み出ていた。

 「やれやれ、てっきり横須賀からそう離れていない場所で見つけられると思っていたら、まさか遠く台湾にまで足を運んでいたなんてな。仮にも艦隊司令の俺たちが、館山からこんなに遥々旅をすることになるとは思いもしなかった。その上まさか、イージス艦娘の君が飲食店のウェイトレスをやってるなんてね」

 「なかなかお似合いでらっしゃいましたけど、残念ながらその制服はもうそれほど長くは着られないかと思いますよ。長浦未来こと、ゆきなみ型ヘリコプター搭載イージス護衛艦『みらい』さん」

 意味深な笑みを浮かべながら同調する高城の言葉に、みらいは驚いて口をあんぐりと開けたままにするしかできなかった。何故だ。この人たちが何故私の艦娘としての名前を知っている。彼らには長浦未来としか名乗らなかったはずなのに。しかも、海兵隊の人間が館山からわざわざ私たちに会いに来た?一体何のために?訳も分からず混乱を深めるみらいの眼前で、2人は礼儀正しく直立して敬礼し名を名乗る。そのキビキビとした動作は、2人が多数の部下を率いる上官たることを示す証拠としては十分すぎるものだった。

 「日本国海兵隊第一海兵艦隊司令兼駆逐艦『海皇』艦長、長峰一平一等海佐」

 「同じく駆逐艦『海皇』副長兼砲雷長、高城渚二等海佐」

 「一等…海佐…!?」

 この世界では耳にするはずのなかった自衛隊と同じ階級名に、みらいの声は自然と上ずり震えた。最早何がなんだか訳のわからない彼女に向かって、長峰は自信ありげな笑みを口元に浮かべながら言い放った。

 「この店には君たちゆきなみ型の3姉妹に加えて、金剛型4姉妹も勤務していると聞いている。今日は君たちに大事な話を持ってきた。ここ日本国の国防にかかわる重要な話だ。少しお時間を頂きたいが、店主はどちらかな?」

 

 「驚きました…。まさか、本当に海兵隊所属の方だったなんて」

 「本当に、とは?」

 「いえ、実は昨晩いらっしゃった時からどうも他のお客様とは雰囲気が違ってらっしゃったので、もしかしたらとは思っていたんです。このところ国防軍の関係者の皆さんは来られることもめっきりなくなってしまって、珍しいなぁと」

 長峰の問いに、榛名は慌ててかぶりを振った。今、この場には合計10名が顔を揃えている。風来食堂側からは店主の里見に、ゆきなみ型と金剛型の艦娘たちを合わせた計8名。海兵隊からは長峰一佐と高城二佐の2名。2人には、開店前では残念ながら準備のために時間が取れないからと、昼休憩のタイミングを見計らって出直してもらったのだった。

 「あたしはむしろ違うところに驚いたわよ。まさか、この世界に『一等海佐』と名乗る軍人が存在するなんて…」

 あすかが横でそう呟く。最後の方は小声でボソッと口にした程度だったのだが、それに目ざとく気付いたゆきなみが無言のまま妹を戒めた。この世界では、自衛隊に関する情報はあくまでも海軍関係者の間でのみ通用するもの。同じ国防軍の一員ではあっても、海兵隊は海軍とは全く別の軍種であり部外者に過ぎないのだ。だが、ゆきなみがあすかを咎めた行為はどうやら無駄であったらしかった。

 「ハハハ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、ってことか?確かに、元海自の君たちからしたら驚くべきことかもしれないな」

 「はっ!?」

 その言葉に、驚きのあまり思わず顔を見合わせるゆきなみ型3姉妹。門外不出のはずの情報が、いつの間に海兵隊にまで流出していたのか。

 「何だ、そんなに驚くべきことか?元々海軍と海兵隊はここ高雄でもそうであるように、鎮守府と基地をはじめとする各種施設が併設されているパターンが多い。距離があるのは俺たちが所属する館山基地と、君らがいた横須賀鎮守府くらいのものさ。お互いに海を戦場とし艦隊を運用する者同士普段から交流も多いし、当然拠点への出入りだって頻繁。そうなりゃ、海軍の中のみで通用すると思われてた情報だって、自然とこっちには伝わってくる機会も多いってことさ」

 海軍はちょいとばかりセンシティブすぎるんだよ、と長峰は笑った。確かに、海上自衛隊というこの世界には実在しない組織の存在を示す情報は、パラレルワールドという概念が現実のものであるという証拠でもあり社会的な混乱をもたらしうるものではあるだろう。だが、それは一方で学術面から見れば世紀の一大発見でもあり、その手の学者にとってはむしろ公開されるべき類の情報ともいえる。

 大体、それを耳にした海兵隊側の人間には実際問題としてそこまでの驚きはなかったのだ。むしろ、異世界にも自分たちと同じ階級名を名乗る軍人がいたと知って、感慨深いものを覚える者の方がずっと多かったくらいである。

 「まぁ、綴りや読みは一緒でも意味合いはちょっとばかり違うけどな。海上自衛隊一等海佐の『海』は海軍から取られたものってことだろうが、俺たちの場合は海兵隊の『海』さ。尤も、一佐ともなればどちらもやることはたいして変わらんらしいが」

 「そういえば、海兵隊は大佐とか中佐って言わないのネー。なんか不思議デース」

 「俺たち海兵隊は、国防軍の中でもちょいと特殊だからな。ただ呼び名は違っても、軍人としての格づけは他と全く一緒。海軍大佐と海兵隊一佐は同格ってわけさ」

 金剛の呟きにそう応じた長峰に代わって、今度は高城が口を開いた。

 「私たち海兵隊が運用する海兵艦隊は、旗艦となる駆逐艦に加えてフリゲート4隻と輸送艦2隻の計7隻で構成されるユニット。言うなればアメリカ海軍における『遠征打撃群』を、海兵隊自身がイニシアチブをとって運用しているようなものです」

 「海兵隊も艦隊を持ってるっていうのは確かに知ってるけど、実際に改めて話に聞いてみるとなんだか不思議な感じね…」

 比叡の呟きに、高城は微笑んでみせる。その時、霧島がふと何かに気づいた。

 「しかし、海兵隊はあくまでも先制を目的としいち早く戦地に展開することを主眼とする外征専門部隊だったはず。当然海上戦闘については後からやってくる海軍からの支援を受けるわけで、そうなると双方の艦隊が同じ戦場に混在することになりますね」

 「さすがに鋭いわね霧島さん、その通りよ」

 高城はそう答えると、何度も頷いてみせた。

 「実は、私たちが他の軍種と違う階級名を使うのはそれが理由なんです。海軍側の艦隊が到着すると、同じ戦場に海軍と海兵隊双方の『駆逐艦の艦長』が存在することになり、例えば通信上でも不具合をきたしかねない。また、場合によっては海軍の船に海兵隊の人間が乗ったりすることもあります。その為『大佐』と言えば海軍、『一佐』と言えば海兵隊と、階級名でお互いを区別し指揮系統を明確にしているんですよ」

 「それに、俺たち海兵隊は霧島の言う通り外征専門部隊だから、そもそも他の軍種とは毛色が違うっていうのもあるな。その証拠に、海軍の正式名称は『日本国防海軍』だが、海兵隊の場合は『日本国海兵隊』。国防の『防』の字が入ってないだろ?あれは、海兵隊はそもそも『国の守り』を任務とはしてないからなのさ」

 「外征専門部隊として設立された、陸海空全ての機能を併せ持つ諸兵科統合軍」という意味で、アメリカ海兵隊を一つの範とする日本国海兵隊だが、その運用実態や組織としての機能は当初のモデルとは大きく変わってきている。海兵隊は「海の軍隊」とは名乗るものの、その中身はあくまでも上陸作戦を本分とする陸上戦闘部隊だ。その点に関しては日米ともに大きな違いはない。

 だがこの世界の日本の場合、内地に加えて朝鮮・台湾・帛琉・樺太と海の向こうにも自国領を抱えているため、そもそも国内を移動する為だけでもまず十分な航洋能力がなければ仕事が成り立たない。また、海兵隊は上陸作戦の実施を妨害するために海上で襲われる可能性もあり、その際の戦闘で相手を撃退できるだけの力を有しておく必要にも迫られる。最終的には陸上戦闘が主眼となる海兵隊も、その前段階として海軍バリに対潜・対空・対水上の海上戦闘をこなせなければ、本来の目的を果たすことは出来ないのだ。

 編成の都合上、海軍と比べれば規模が小さくスタミナに欠けるというだけで、海兵艦隊の海上戦闘能力は最大瞬間風速に限れば、実は海軍における護衛隊群とそこまで大きな違いがあるわけではない。誰が言いだしたか定かではないが、この世界で海兵隊を「日本国防第二海軍」と俗称したり、海兵隊員を「陸にも上がる海の兵隊」と説明したりすることがあるのはこうした実情に由来する。海兵隊のトップたる海将・扇原ミシェルは「さすがに艦隊戦の専門家である海軍とやりあうのは無理」と防衛省での会議の場では謙遜したが、これはあくまでも戦闘相手が先進国であればの話だ。

 中小国相手であれば、「海軍と海兵隊でガチの艦隊戦をやりあって最終的に海兵隊が勝つ」という、識者にとっては意味不明にも程がある戦果を平気で挙げてこれるのが、この日本国海兵隊である。もちろん、そこで撃退できなければその海戦以上の練度で上陸戦という名のカチコミまで決めてくるのだから、敵から見ればある意味海軍よりもタチが悪い相手と言えるかもしれない。そしてこんな常識外れな戦闘をやってのける海兵隊など、世界広しと言えども彼らを置いて他には皆無なのである。

 「ところで…、その海兵隊がこの子たちに話とは、一体どういう用件なんだい?」

 ずっと後ろの方で話を聞いていた里見が、ふと口を開く。その一言を合図に、8名の視線は一斉に2人の海兵隊士官に向いた。それには動じることなく、長峰は姿勢を正して彼女たちと正面から向き合う。

 「先ほど、榛名が『このところ国防軍関係者の来店がめっきり減った』と言ったでしょう。実は、そこにはれっきとした理由があってね」

 「理由?そりゃあんたたち軍人にとっちゃ、今は戦時下の真っ最中だからだろ?わざわざ中東に出張って戦争しに行くとは、なかなかどうして国防軍も物好きが多いらしいねぇ」

 里見のそんな皮肉っぽい口調にも、長峰は愛想笑いを浮かべて巧みにいなすだけでカッとなったりはしない。

 「まぁ、確かに物好きだという論評を全否定はしませんが。それはそれとして、現在我が海兵隊や海軍は、その中東での戦争とは別種の脅威に遭遇しつつあるんですよ」

 「別種の脅威…?」

 みらいは、その長峰の言葉に先日の大和との会話を思い出した。横須賀鎮守府で大和が見聞きした、何やら得体のしれない「新しい動き」。もしかして、それは海兵隊においても共通しているものであるのだろうか。この時、彼女の顔は紛れもなく日本人「長浦未来」ではなく、「イージス艦娘みらい」としてのそれになっていた。

 「長峰一佐。ここに来られる前、内地で戦艦大和とはお会いになりませんでしたか。今は『桜木大和』なる名前で東京の帝国商事にいるはずですが」

 「あぁ、知っているよ。本当は彼女とも会うつもりだったんだが、あいにくお互いに時間がうまくかみ合わず断念したところだ。その大和がどうかしたのか?」

 そう問い返してきた長峰に、みらいは大和との電話の一部始終を説明する。その内容を一通り耳にした後、彼は何度も頷いた。

 「なるほど、さすがに海軍の紹介で民間に転職した艦娘は耳が早いし察しもいいな。確かに、大和が見聞きした物は俺たちがこれから話そうとしている内容とも関連する」

 そう言うと、長峰はその場にいた全員の顔を見回した後に自分のタブレットをカバンから取り出し、「これを見てくれないか」と机の上に置いた。その画面に一同の視線が集中する。そこには、短い英文で書かれた1通のメールが表示されている。

 

 “It seems that we’ve found the ship, but now we are caught. We cannot get away from this dark cloud. Help us.

 

Sincerely,

Tom Jones.”

 

 「件の船を発見したが、現在拘束されている。この暗い雲から逃げることが出来ない、助けてくれ。トム・ジョーンズより…。一体何です、このメール。このトム・ジョーンズというのは?」

 ゆきなみが怪訝そうな表情を長峰に向ける。

 「それは1週間前、カナダ国防省とアメリカ国防総省、そして我が国の防衛省に向けて一斉送信されたものだ。防衛省の方で位置情報を解析した結果、それがどこから発信されたかが特定できた。恐らく、元海軍の君らならすぐにピンと来る場所だ」

 そう答えながら、長峰は自分のタブレットを操作して地図の画像を艦娘たちに見せる。太平洋が映し出されたそれを見せられた瞬間、ゆきなみ型3姉妹よりも金剛型4姉妹の方が先に鋭く反応した。呆気にとられたように、戦艦たちが一斉に息をのむ。

 「お姉さま、ここってまさか…」

 “What the bloody hell…(冗談でしょ、信じられない)”

 比叡と金剛が同時にお互いの顔を見合わせる。

 「ここ、11年前にイージス艦さきがけが消失したとされている海域じゃないですか。何でこんなところから…」

 榛名の問いかけに、ゆきなみ・あすか・みらいの3人も再び画面に目を落とす。

 「ねぇ、そういえばここ…。よく見たらみらいが艦艇だった時に消息を絶って、私たち自身も沈んだ海域でもあるんじゃないの」

 「えっ!?」

 「そうよ、間違いないわよ。あたしたち、横須賀で戦闘訓練してた時に急きょ捜索のために派遣を命じられて、ここで先行艦と一緒にあんたを必死になって探し回って、それで最終的に武装した民間船に特攻されて轟沈したんだから」

 ゆきなみとあすかの言葉に、みらいは思わず絶句した。自分自身もこの世界に来てから話には聞いていた「イージス艦さきがけ」の消失事件。画面上に表示されているその「事件現場」だとされている場所を示すアイコンに、自らがかつて同じ海で経験した摩訶不思議な現象にまつわる記憶がオーバーラップする。低気圧の中での大雨と突然の落雷、全ての計器類やレーダーの異常、ハワイ沖では見られないはずのオーロラ…。

 「なるほど。そういえば、さきがけと艦艇だった時のみらいは、どちらも同じく国際演習の為に同じ日に横須賀を出航して、そしてその途上で突如として消失したんだったな。まさか、その消えた海域まで共通していたとは驚いた」

 長峰は感慨深そうにそう呟くと、再び艦娘たちの顔を正面から見据えた。

 「このメールの送信者であるトム・デービス氏はカナダの気象学者で、11年前にこの海域でさきがけが沈んだ原因を調査するための国際調査チームの一員だ。あの時、この海で何が起きていたのかを突き止めるのがこのチームの使命。チームのメンバーには、日米加3か国から集められた海洋学者や退役軍人といった専門家が多数集められている」

 「その調査チームが乗った船との定時連絡は防衛省が担当していたのですが、10日前に通信が突然途絶したんです。それを知って、とりわけ海軍の中では上へ下への大騒ぎになったようで。恐らく、大和さんが横須賀鎮守府を訪れた時期というのはその頃だったのでしょうね。そしてその3日後、つまり今から1週間前にこのメールが送られてきた」

 高城は上官の言葉をそう補足すると、「実は、この地点を割り出すのには結構難儀したんですよ」と付け加えた。

 「どうも、この辺りのごく狭いエリアにおいて強力な磁気嵐が発生していたらしく、遥か上空を飛ぶGPS衛星にもこの海域の上を飛ぶ時だけは不具合が起きていたようなんです。ただ、計算上他に発信源となりうる場所を特定できず、それでこの地点を送信場所として仮に設定せざるを得なかった。5日前に、運よく一瞬だけその出力が弱まったタイミングがあり、そこで改めて計測した結果その仮説が正しいことが分かりました」

 「その磁気嵐の正体、国防軍では何だと見ているんです?」

 霧島の問いかけに、高城は「その問いを解くヒントは、このメールの中にありました」と答え再び画面に先ほどのメールを表示させた。

 「この文章を見てください。まず『件の船を発見した』とあります。件の船とは、文脈から察するに恐らくさきがけのことでしょう。『拘束されている』ということは、彼ら調査チームの面々は事故に巻き込まれたのではなく、何者かに人為的に囚われている可能性が高い。そして、その次の『この暗い雲から逃げることが出来ない』」

 「暗い雲…」

 「艦娘である皆さんなら、これも何のことかピンときませんか?」

 その言葉に、7名の艦娘たちはお互いに顔を見合わせる。やがて、彼女たちの中で1つのイメージが形成されはじめた。真っ青な大海原の上に、突如として覆いかぶさる黒と灰色。その怪しくも禍々しい色に変貌した空の下で、凶悪な笑みを浮かべながらこちらに視線を投げかける人型の怪物。そのイメージが全員の間で共有された瞬間、彼女たちは揃って大声で叫んでいた。

 

 「まさか、深海棲艦…!?」

 

 「恐らく、な…。海軍も海兵隊も、その可能性が恐らく一番高いのではと睨んでいる」

 長峰は頷いた。

 「今、この海域には恐らく深海棲艦の新たな泊地が出現している。それも、今までと違ってかなりの巨大なものだ。GPS衛星にすら影響が及ぶほどの、巨大なエネルギー源がここに存在するということ。その正体が何であれ、少なくともそれは間違いのない事実だ」

 「嘘でしょ…。深海棲艦はもうこの星から姿を消したんじゃなかったの!?」

 「まさか、残党がまだ生き残っていたなんて。信じられない」

 室内に、驚きの声をあげる艦娘たちの声が響く。みらいは、先日の大和とのやり取りの中で「まさか、海軍が艦娘同士の連携を暗に求めてきたのは、深海棲艦が復活したからとか言うんじゃないでしょうね」と自分が口走ったのを思い出していた。

 あくまでも、戯れ半分の発言のつもりだった。だが、もしこの長峰や高城の言を信じるならば、それは単なる冗句や笑い話では済まなくなってくる。そして今回は、わざわざ海兵隊の中でも上位の階級に位置する彼らが直接接触を図ってきたのだ。恐らく、海兵隊としても事態が相当に切迫していることを認識している証左だろう。

 そして、彼らは間違いなく自分たちに何かを求めるためにここにやってきている。そうであるならば、本題となる話は一刻も早く引き出さなければならない。みらいの口からは、自然と2つの問いが漏れた。

 「愚問を承知でお聞きします。その話が仮に分析通りだったとして…、海軍や海兵隊はこの件に関してどう動かれるおつもりなのですか。そして、皆さんは私たちに何を求めておられるのですか」

 「当然のことながら、俺たち海兵隊も海軍もこの事態には何らかの対処が必要だと考えている。現に身柄を拘束され助けを求めている人間が存在する以上、俺たちはそれを無碍にはできない。そしてもし本件の『犯人』が深海棲艦であるなら、その時は唯一そこに対処できる力を持つ君たち艦娘の力は必要不可欠。ただし問題はその先だ」

 長峰の答えに、その場は水を打ったようにしんと静まり返った。

 「君らは実質的には海軍を離れているとはいえ、書類上はあくまでも軍籍停止中の身であり依然として海軍の人間であることに変わりはない。従って、本来ならばこれを機に海軍にそのまま戻るのが順当というものだろう。ただ、残念ながら事はそううまく運びそうもない。何故なら君らのかつての指揮官たちの多くは、第一護衛隊群の指揮官やその部下として既に中東にいるんだからな。日本に戻るまでにも恐らく数ヶ月はかかるはず」

 そこで、長峰はいよいよ本題とばかりにより一層語気を強めた。

 

 「話の本題に入ろう。我々日本国海兵隊は、本作戦の肝とも言える泊地攻略を主任務とする軍種として、海軍の合流までイニシアチブをとることとなっている。その作戦遂行上の理由により、君たち艦娘に対しても友軍としての出撃を要請したい」

 

 「友軍として…?海兵隊の一員となってほしい、というのではなくてですか?」

 「さすがにそこまでは求める気はありませんよ。長峰の言ったとおり、あなた方は書類上では依然として海軍の所属です。それをそのまま下手に海兵隊に組み込むと、組織行政上色々とややこしいことになりますからね」

 そこで長峰に代わって答えたのは、高城の方だった。

 「あなた方と海軍との間の取り決めでは、こういう文言があると聞きました。『艦娘の軍籍を復活させるに足る事態の発生時において、何らかの理由により海軍が艦娘を呼び戻すことが困難である場合には、艦娘は独自に単独または協力者を得てこれに対処することが出来る。艦娘の行動目的が日本国並びに自らの利益と相反しないものである場合には、海軍はこれを自動的に承認するものとする』。本件は紛れもなくこれに該当する事態です」

 「俺たちの考えとしては、君たちにはこの条文を根拠として独自の義勇軍を立ち上げ、その組織と海兵隊との間で共同作戦を張るという形を希望している。実際にそれをやるかどうかは君らの選択次第だがな」

 「自分たちが…、もう一度戦闘艦として海に出られる…?」

 その場にいた7名の艦娘たち全員が、何やら心の奥底に滾るものを感じ始めていた。それは、しばらく海軍を離れていた者であれば誰もが無意識に押さえつけてきた感情と言えるかもしれない。自らの本分である戦闘の渇望という欲求。人の姿に転生した戦闘艦にとって、それは紛れもなく本能と言えるものであるのかもしれない。

 もちろん、海軍の外で見聞きした物もそれはそれで自分たちにとっての糧にはなっている。ここ風来食堂での仕事だって、大変ではあるけれど楽しいし日々充実していたのは間違いないのだ。居場所を与えてくれた里見には感謝してもしきれない。だが、ここでの楽しさは戦闘艦として戦場で味わう感覚とは根本的に質の違うものだ。常に危険や死と隣り合わせの戦場は、自分の生命の安全を思えばできれば避けるべきものであるのは確かなのだが、それでも心のどこかではそこに惹かれている自分たちが間違いなく存在するのだ。

 「さて、こちらから提案はさせてもらった。問題はそれに対して自分たちがどう動くべきか、だ。越えなければならないハードルはまだまだ多い。国防軍の内外を問わず、ね」

 「その通りだよ、若い子にしてはよく分かってるじゃないか」

 そう呟いた長峰の視線の先では、里見がいつになく気難しそうな顔で腕組みをしている。その姿が醸し出す雰囲気に、艦娘たちが内心秘めていた思いの炎は揺らいだのだった。

 「あんたたちの話は分かった。確かに、わざわざ内地から出張ってくるだけの話ではあるようだね。ただあいにく、あんたたちにとってもそうであるようにこの店にとってもこの子たちは大事な戦力なんでね。うちとしての結論を出すまでには、悪いけどしばらく待ってもらうよ。雇い主としては、簡単に首を縦には振れないからね」




日本国海兵隊と海上自衛隊の階級名が一致したのは、物語の中ではあくまでも偶然の産物です。別に海軍から情報が漏れてきたからそれに合わせたわけではありません。もちろん、作者サイドから見た時の元ネタは海自から引っ張ってきてるのですけどね。ちなみに、旧軍における「兵」の階級名は海自だと「一等海士」「二等海士」ですが、海兵隊では「一等海兵」「二等海兵」となり微妙に違いがあります(国防海軍では「一等水兵」「二等水兵」)。

そんな日本国海兵隊は、元々「海上では船で運ばれるだけの人たち」だったのが、自分たちで操船や海上戦闘までやらなきゃいけなくなった為に、結果的に本来の海兵隊の意味からするとかなり斜め上な感じで発展を遂げています。従って、この組織に関しては実在する海兵隊だけのイメージで解釈するとちょい危険かもしれません。「戦場に海を渡って真っ先に殴り込んできて、状況次第で陸軍にも海軍にも空軍にも化ける人たち」だと思ってもらえれば。

次回で第三章が決着する予定です。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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