休憩室で似合わない紅茶を飲む男の姿を見て、彼女の気分は地の底にまで急落した。彼女は男と度々意見が食い違い、人間としてもあまり好きになれない。悪い人ではないと分かっていながらも、やはり意見が食い違う人を敬遠してしまうのは人の
「IQか」
「バック、
「たまたま予定が合わないだけだ。普段は水で充分だが、久しぶりに故郷の味に浸ってみたくなってな」
バックと呼ばれた男はそう言うと、紅茶の香りを吸い込みながら喉へ流し込む。その時彼女は室内に漂う甘い香りに気がついた。この匂いからしてメープルシロップ、それもかなり高級な物だろう。まさかと思い彼の方へと顔を向ければ、匂いは確かにそちらから漂って来ている。
「紅茶にメープルシロップなんて、中々オシャレね」
「気付いたか? 故郷の街から取り寄せた最高級品だ。今も昔も、このメープルシロップと紅茶は一番の自慢だ」
彼の話を聞いている内に、
「私にも少し貰える?」
「どうぞ」
どうぞと言いながらもポットを差し出すだけの彼を見て、彼女はやはり好きにはなれそうにないと強く感じた。だが悔しくも紅茶は美味しく文句の付け所が無い。
「休憩室に来てまで勉強か。つまらなそうな人生だ」
「知識は力。型は無駄が無く洗礼されてるから型なのよ。それを学ぶのは下手に動くより効率がいい」
「そうか」
説教じみた彼女の言葉を聞かされ、彼は露骨に嫌そうに顔を
「ここで失敗すれば不特定多数の人達に被害が及ぶ。教科書通りに行こう」
「どうでもいい」
どうでもいいと言い切った彼を、彼女は信じられないといった表情で見る。たった今からテロリスト達と命を
「作戦は完璧だ」
彼は自身に満ち
彼の卓越した射撃技術により二人の見張りを瞬時に撃ち抜き、彼女も背後から近寄って来ていた巡回の見張り二人の頭を素早く撃ち抜く。彼女は彼の技術に驚いていたが、先日レインボー隊員達の情報を収集している最中に偶然知った事実を思い出し納得する。彼は元々趣味で狩りをしていたらしく、その影響か狩りを連想させる発言が多い、という情報だ。
今は任務に集中しなければと雑念を振り払い、角を確認し彼女が背後に注意を払いながら進行する。すると彼女と彼は一際頑丈なバリケードで封鎖された場所を発見した。周囲の警戒を一度、連射速度の高い銃を持つ彼に任せ彼女はドローンを起動する。そして中を除けば、要塞の様な光景が広がっていた。
中は見たところ元は警戒オフィスだったらしいが今や見る影もな今や。ニトロセルに始まりシールド、有刺鉄線、大量の弾薬と六人のテロリスト。この状況を打破するのは簡単なことではない。だが彼女はこうした状況への対処をよく心得ていた。強固な要塞は強固であればある程に、予想外の事態一つで決壊する。
爆薬を取り出し隣の部屋へと向かおうとする彼女をだったが、彼がそれを止める。
「それは危険だ。教科書通りのやり方じゃ実戦では生き残れない」
「私は今までこのやり方で生き残って来た。それにこうした状況ではこうするのが作戦だったはず」
「作戦は大事だが臨機応変に行け。隣の部屋から突入は無理だ」
テロリストのいる部屋から距離を取り、互いにか細い小さな声で会話をする。この時彼女は苛立ちを感じながらも必死に抑え込んでいた。先程は作戦は完璧だと豪語していたのに対し、彼は簡単に手の平を返して無理だと言う。臨機応変に行くという言葉が正しいだけに何も言い返せず、彼女は怒りを内で
「爆薬を設置したら、距離を取って安全を確保しろ。その後に俺が下から奇襲を仕掛ける。その間に仕留めろ。忘れるな、俺達はハンターだ。姿を見られること無く確実に敵を消す」
確かにあの態勢を相手にするには、二段構えのフェイントは必要だろうと彼女は考える。
彼と別れた彼女は静かに目標の隣へと移動し、壁に爆薬を設置する。そして彼に無線で準備の完了を報告し、向こうの準備が終わるのを待つ。
爆薬を起爆し、壁が破壊されたことでテロリスト達の側面がガラ空きとなる。しかしまだ終わらない。テロリストが
反撃してされた彼女は素早く顔を引っ込め、フラググレネードのピンを抜いた。そして残った二人のテロリストに向けて
彼女としては気に食わない結果として終わったが、それでも正解を導く彼の特殊部隊としての能力は素晴らしい。他にこんな事が出来るのはスレッジやヒバナ程度のものだろうと、彼女は自身の中で評価を下す。二人との決定的な違いは、言葉を飾らないことが他人とのコミュニケーションをする上での壁となっていることか。そこまで考えたところで今日のところは負けか、と彼女は諦め気分を切り替え撤退の準備を開始する。
こうして事件は解決した。かに思われた。地下から二つの銃声が響き、その直後に訪れる沈黙。地下に向かっていた彼からの報告は無く、間違いなく被弾した。
彼女は足音を消し地下へと急ぐ。もし彼が死んでいたなら、彼女は悲しむだろう。チームメイトとして、ライバルとして、友として。そして目に入って来た光景に、彼女は思わず神に感謝をした。
「IQ……後ろだ」
足を撃たれ苦痛に顔を歪めながらも、彼は弱音を吐かず真っ先に状況を報告する。その簡潔さは緊迫した状況にあった彼女にはこれ以上なく分かり
「バック、
「……すまない」
彼女は口元を隠す為のフェイスマスクを取り、出血をしている彼の足をキツく締め上げる。黒い布地が赤黒く染め上げられて行き、瞬く間に湿り気を浴びて行く。
「教科書通りに行こう。型破りはもう出来ない」
「そうだな……」
棚を倒して
テロリストを視認した瞬間、彼が射撃を開始する。顔を出すテロリスト達をことごとく撃ち抜き、リロードに入った直後伏せていた彼女が顔を
「貴方が誰かと一緒にいるなんて珍しいわね」
「カプカンも狩りが趣味だと知って、話してみたかったんだ」
休憩室に入った彼女は彼に自分から声をかける。その様は最初の頃とは真逆だが、二人の間に強い仲間意識や友情がある訳ではない。二人は単なるチームメイト。ライバルだ。
「仲が良さそうで何よりだ」
「そうは思わないな」
「そうは思わないわね」
カプカンと呼ばれる男は率直な感想を口にするが、二人から否定を受ける。
「その紅茶、貰っても?」
「ほら」
「注いでくれてもいいんじゃない?」
「自分で注げ」
「
「余計なお世話だ」
静かだが、確かに苛立ちを感じさせる二人の口調でこの場の空気が張り詰めて行く。そんな空気を解消するため、カプカンはあえて口にした。
「仲が良いようで何よりだ」