ここでは冬です
最近帝国軍人たちの中で噂になっている店がある。
曰く、料理が美味い。
曰く、見た事の無い料理が出てくる。
曰く、ビールがどんな店よりも美味い。
曰く、変わった見た目の店だ。
と、様々な噂が後を絶たないでいた。
その噂を確かめるために彼女…ターニャ・デグレチャフが件の店へとやって来た。
ターニャはその店の看板を見て目を見開いた。
何故ならそこには
『居酒屋のぶ』と……。
彼女は考える。
何故、嘗て自分が生きていた世界の文字がこの世界で使われているのか?と
彼女は指を顎にあて、可能性を探す。
1つ、自分と同じようにこの世界に生まれた何者かがこの店を経営している。
2つ、存在Xの差し金。
3つ、嘗て同僚が読んでいた異世界転移と言う小説の様に店ごとこの世界に来てしまったか。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
「まぁ、この店に入ってみれば分かるか」
「あれ?デグレチャフ少佐?」
不意に名前を呼ばれ、声のした方を向く。
そこには自分が率いる大隊の1人で、唯一の女性隊員である、ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉、通称ヴィーシャが居たのだ。
「ああ、少尉か。奇遇だな」
「どうしたんですか?こんな所で」
ヴィーシャはターニャが向かおうとした先を見る。
その先には最近噂になっており、自身も暇な時にはやって来る店があったのだ。
ヴィーシャはすぐに彼女がこの店へやって来たのだと思い至った。
「ああ!少佐もこのお店に来たんですね!?」
「あ、ああ……。まぁ、今日が初めてだが……」
ヴィーシャの勢いに若干引きながらも答える。
「あ!じゃあ私がお店を案内しましょうか?」
ターニャは自分で出来ると言おうとしたがよくよく考えてみればこんな時間に子供が1人でやって来るのはおかしいだろう。
その上、自分はこちらの世界の住人だ。
それらの事を考慮し、何度もこの店に来ているだろうヴィーシャに教えを乞う方が自然だろう。
「ああ…。よろしく頼む」
故にターニャはヴィーシャに案内を頼んだ。
「じゃあ、早速入りましょう!」
ヴィーシャはのぶの戸を開けて中へと進む。ターニャもその後に続いていく。
店の中はそれなりに繁盛しており、がやがやと騒がしかった。
内装はやはりターニャの知る日本家屋のような造りだった。
ヴィーシャ達が入店したのを見つけ黒髪の女性店員が出迎える。
彼女の顔は明らかに日本人の顔つきであった。
「いらっしゃいませ!お二人様でよろしいですか?」
「はい!」
「では、カウンターへご案内します!」
ターニャが店の内装を見ている間に座るべき場所へと案内されていたようだ。
「トリアエズナマ一つと、この子に何か美味しい飲み物を!」
「はい、生一丁と飲み物ですね少々お待ち下さい」
「少尉、流石に注文は1人で出来るし、この子扱いは無いだろう?」
「あ、あはは~。きょ、今日は無礼講って事でお願いします~」
ヴィーシャは冷や汗をかきながら許しを請う。
ターニャは「まぁ、偶にはこういうのも良いだろう」と思いながらフフッと笑う。
ヴィーシャはその笑顔を見て「お、お仕置きされる!」と顔を青褪めさせ心の中でガタガタと震えていた。
「生一丁とオレンジジュースお持ちしました~!」
黒髪の女性店員が先程注文した飲み物を持ってやって来る。
ヴィーシャの前にビールが入ったジョッキを、ターニャの前にオレンジジュースが入ったグラスを置く。
ヴィーシャはジョッキを掴み、恐る恐るターニャへと向ける。
「ええっとぉ…。カ、カンパ~イ」
「ああ、乾杯」
「!?」
ヴィーシャはターニャは乾杯などしないと思っていたが、ターニャが自分のノリに乗ってきた事に対して驚いた。
内心で「え?お前の最後の晩餐なんだ。ゆっくりと楽しむが良いって意味で乾杯したの!?明日死んだな…」と考えながら恐怖し震えていた。
対するターニャは無礼講なんだから乾杯ぐらいやってみようかと言う軽い気持ちだったのだが。
震えているヴィーシャを心配したのか女性店員が話しかけてくる。
「ヴィーシャさん?なんだか汗が凄いですよ?」
「い、いえ?な、何でもありませんよ?シノブさん」
シノブと呼ばれた店員は「そうですか?」と首を傾げながら言う。
「あ!シノブさん、タイショーさん!この方はターニャ・デグレチャフ少佐と言って、私の上官なんです!
少佐!こちらの方はシノブさんといって、カウンターの奥にいるのが店長のタイショーさんです!」
ヴィーシャは空気を整えるように素早く3人を紹介する。
ターニャ達もお互いに自己紹介をする。
……ターニャが軍人、しかもヴィーシャの上官と知って2人は驚いていた。
ターニャ達が頼んだのは本日のオススメというものだった。
ヴィーシャは来る度に変わるためこれがヴィーシャの楽しみとなっていた。
「はい、『本日のオススメ』のおでんだ」
「オデン?」
「ほう?」
タイショーから出されたのは冬場にはよくお世話にもなるであろう料理『おでん』だ
ターニャ自身もおでんは嫌いではないため、おでんが出てきた際に目を輝かせた。
「わぁ~!美味しそうですね!少佐!」
「少尉、あまり大きな声を出すな。他の客に迷惑だ」
「す、すいません……」
タイショーやシノブはそれを見てはしゃぐ妹とそれを宥める姉に見えた。
……年齢的には逆なのだが。
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おでんを食べ終え、店を出たターニャ達。
「少尉、今日は充実した夜だった。また来よう」
「はい!」