一年たつのが早いのなんの。もう連載始めてから一年ですよ。その癖Vol.1の部分すら書ききれていないというね。もっとうまいこと書くペース配分しなくては……
こんなぐだぐだな本作ですが、ぼちぼちやっていくのでこれからもよろしくお願いします。
グリム。古来より人に仇成す闇より出でし獣。
その姿は千差万別、獣の姿から器物を模したものまで存在すると言われているが、人の姿をした個体は確認されてはいない。
……彼女が嘘を吐いていないのであれば、俺と彼女はヒトの性質を持つ最初のグリムという事になる。
俺は今まで数多の武器を闇から創造し、破壊・殺戮の意思を込めて力の限り振るっていた。
これがグリムとしての破壊衝動から来ているものであれば言い逃れはできない。間違いなく俺はグリムだ。
振り返ってみると、戦いたいという衝動が俺を襲うことがあったが、それもグリムとしての本能なのか?
そしてもう一つ。これは何が何でも確認しなくてならない事なのだが……
大前提としてグリムはオーラを使うことはできない。知性こそあれど、魂のない存在だからだ。
しかし俺はオーラに酷似したものを纏っている。これは明らかに矛盾している。
彼女は影を操る力を持っていたし、恐らく俺と同じく武器の生成も扱えるはずだろう。ならば彼女もオーラを使えるという事か。
……これは深く考えると頭がこんがらがってくる。いずれ解明しなくてはいけない謎だが、今は横に置いておこう。
プリテンダー。グリムの進化態。
ゴルド曰く最近になって現れた新種のグリムらしいが、それは絶対に嘘だ。
カルマの話が本当であれば、十年以上前から既にこいつらは活動をしていた。
つまりこいつらは自然に発生した存在ではなく、何者かが意図的に生み出したという可能性の方が高い。
少なくともイヴ以外のプリテンダーはどこか兵器に近い無機質さがあった。
もっとわかりやすい例えをするのであれば、戦闘用に特化したロボットの兵隊だろうか。
しかもそのような危険な存在が人間並みの柔軟性と獣並みの身体能力を以って襲ってくるのだ。
今のところは大したことはないかもしれないが、あまり楽観視できるような相手でもない。
もう一つ問題がある。行動パターンの問題だ。
無機質な兵隊とはいえ
言葉を操る者もいたが、所詮ただ人の形を真似ただけのグリムだった。
俺とイヴだけ人並み、又は人以上の知性を持つ個体の可能性もあるが……
理性を失った怪物へと変貌しないという保証は何一つない。
そして俺とイヴがヒトの姿を与えられたというのであれば……
其処にどのような意思が存在するというのか?
それは単なる偶発的な
レムナントの神の悪戯が生み出した奇跡の存在なのか。
それとも悪意ある存在の尖兵なのか。
……そして俺はヒトなのか、グリムなのか。
『グリムだと認めてしまえばいい』
誰だ。
脳の中に声を響かせるお前は……
『俺は、お前だ』
真っ暗な思考の海の中……180cm程の体躯だろうか?自分と同じか、やや低い程度の背丈をしている。
三対六翼を持ち、一対の角を生やした闇の中でさえ神々しさを感じさせる人型が現れた。
中性的な声と肉体で見た者すべてを虜にせんとする妖しい美貌。
年老いた獅子の鬣を彷彿とさせる白い長髪。
それ自体が光を放っているのではないかと思う程の白い肌の上を走る黒い刺青がより妖しさを引き出している。
この存在を見ていると今まで湧きでさえしなかった感情が溢れてくる。
美しい。悍ましい。雄々しい。弱々しい。あらゆる物が欲しい。そんなに要らない。崇拝したい。膝を折りたくない。心が安らぐ。怒り狂う。誰かに嫉妬した。その誰かを認めた。
好きだ。嫌いだ。助けられる者は助けたい。それでも全て殺したい。悪を看過する。人としてそれはできない。憎たらしい。だけど身近に感じる。
……吐き気がする。感情の波が押し寄せ、正常な思考力を奪い取ろうと躍起になって襲ってくる。
『ここでは初めまして、だな?今はネロ・ベスティアと名乗る男……』
これが……自分?まさか。言うなれば暗黒の天使。神々しい輝きはより内に秘める邪悪さを隠すための隠れ蓑でしかない。
この異質な存在が自分だと言われ、瞬時に理解できるのであればそいつは間違いなく異常者だろう。
『ふふふ……随分と嫌われたな。だが真実というのは時にどうしようもなく残酷で、下手な嘘よりも余程切れ味がある。お前もそれは十分理解しているだろう?』
それに関しては同感だ。だがお前のようないきなり現れるような奴が自分自身であると言われてもどうにもしっくり来ない。
なんとも胡散臭く、信用ならない。
本当に俺を騙るつもりであればもう少しタイミングを選んでおくべきだったな、偽物。
『冷たいなぁ……?
このよく分からん奴の自分語りに付き合っていると自我が崩壊しそうだ。面倒見切れるか。
まあ、本気でそう言っているのであれば一週間前の夕食に何を食べたのか覚えているはずだ。
その程度はすぐに答えてもらわなくては。
『カルマ・ケーファーの作った冷やした豆腐……確か奴は冷奴と呼んでいたか?お前はその食感と絶妙なアクセントの利いた薬味に舌鼓を打っていた……そうだろう?」
合っている。食べた感想まで当たっていた。ならば本当に……ずっと俺の中に居たのか?
『実にいい顔をしている。おまえは美味いものを喰う事と書物に目がないだろう……?それ位は知っているとも」
こいつ……人をおちょくって悦に浸っている。
全てを見通さんとする口振りと己にかなう者などいないと言わんばかりの傲慢さ。
『当然だ。もう一度言うが、ずっと見ていたとも。本当の
……この存在の言葉を限りなく好意的に捉えたとしてもあまり良い気分はしない。
殴り掛かれるのであればすぐにそうしただろうが、殴ることが出来ないのは自己防衛の本能が働いているという事か?
本当に俺なのか。
『改めて名乗らせて頂こう。我が名はルクス。グリムの未来に光をもたらすものにして……お前でもある』
慇懃無礼な名乗り。それは絶対の自信の表れでもあり、この場においては自身が上位者であるということ。
つまり、現状では脳内に巣食っているこの悪魔に俺は太刀打ちできない。が、この白い悪魔はまだ何かするつもりはないらしい。
『俺が焦る必要などどこにもない。俺がここにいる時点で成すべきことはほぼ完了している……おまえをこちら側に引き込む用意はな……』
俺は人間だ。たとえ誰にグリム呼ばわりされようとも、心は人間だ。その誘いに乗るつもりはない。
『所詮その
黙れ。
『まあ精々死なないで貰おうか。お前が死ぬと俺も死ぬかもしれんからな。しばらくは居眠りでもさせてもらうとも』
用が済んだならさっさと失せろ。こちとらお前のような怪物に付き合っている暇はない。
『ふん……いずれ顔を突き合わせる時が来るだろう。その時がお前の最期だ』
◆◇◆◇◆◇◆◇
「でさ、変な夢を見ちゃったんだよね……」
夢は見ない方だが、なかなかに強烈な悪夢だった。
「……あなたでも夢は見るのね」
ブレイクのそれはどういう意味なのだろうか。
「まあ、夢というのはそうそう叶わないから夢なのだがね……」
ああ、成程。ゴルドの入れた茶々でようやく理解できた。
要は『ネロって現実主義者だと思っていたわ』ぐらいのニュアンスが込められていたのだろう。
「でも実現するかもしれないと思うからこそ見るんでしょ。……たとえそれが悪夢だったとしても」
ブレイクは毎晩ホワイト・ファングの犯罪行為による罪過を悔い、魘されているのだろうか。
それは彼らのみぞ知るのだろう。あまり深入りすべきではない。
自分の死を予感させる夢。大切な何かを失う夢。負の感情を掻き立てる夢。犯したあやまちが容赦なく責め立てる夢。
悪夢は姿形を変え、万人に襲い掛かってくる。
だが、
願わくばゴルドの言う通りの「叶わないからこその夢」であってほしい。
「まあ、夢は寝てみる物だけに限るな……」
「ゴルド、今いるのはほぼ身内みたいなもんだからいいけど外では絶対に言わないでくれよ……?」
暴言の極み、文字通り夢もクソもない言い分だが何か嫌な事でもあったのだろうか……?
◆◇◆◇◆◇◆◇
しかし……この平和な時間もいつまで続くのだろうか。
力ある者同士がぶつかり合い、殺し合った先に何が残るというのか?
未だに幼さが残っているルビーの屈託のない笑顔。
上流階級特有の優雅な動きで歩を進めるワイス。
……未だ自身の秘密を明かしていないらしいブレイク。
妹想いでチームRWBYの精神的支柱であるヤン。
この場にはいないがジョーン達を始めとするチームJNPR。
ビーコンに来てから新しい出会いの連続だった。
彼らとはこれからも長い付き合いになるだろう。……そうあって欲しい。
各々の目的の為とはいえ、自分含むCHNGの面々も運命が絡まり合い、結集した。
いつも美味しい料理を作ってくれるカルマ。……今度は温かいものが食べたい。
時々すかした笑みを浮かべ、得意の演奏をしてくれるハルト。
……そういえばゴルドは誰かをからかうのが好きだが、今思ってみるとあれは彼なりに気を遣ってくれたのだろうか。
三人の顔と思い出が消えては浮かび、沈んでいく。
……いつの日か、彼らとも別の道を歩む日が来るのだろうか。
そのような日が来ないことを願うばかりだ。
今も楽しげに笑っている名も知らぬ市井の人々。
幼子の手を引く母親。看板の仕上げをしている壮年の大工。何処にでもいるような気のする細目の老店主。
皆生き生きとしている。絶望というものを知らず、この街に潜んでいるかもしれない悪党の危険に盲目的である。
そんな彼らを魔の手から守るのが俺たちハンターだ。
彼らの明日を守るのが俺たちハンターなのだ。
今まで一切意識したことはなかったが、知らず知らずのうちに彼らの事を守ることが出来ていたのだろうか?
ならば俺たちハンターがそれを放棄したらどうなる?
答えは簡単、世界はグリムと悪党に飲み込まれる。
……だから折れるわけにはいかない。
だが、それならば……
俺たちハンターは誰が守ってくれるのか。
守り切った明日の先には何があるというのだろう。
それはきっと……
「おーい?ぼーっとしてると頭ぶつけるよ?」
「えっ……」
危なっ!?
ルビーの声がなければ電柱とラブコメを始めることになっていたかもしれない。
「もしかして……昨日寝られなかったとか!?ネロにも結構子供っぽいところってあるんだ、意外だねー」
いっつもはしゃいでそうなヤンにそう言われるのは心外だが反論できない……!
だが彼女は空気を盛り上げることに関しては天才的だ。これも一種の気遣いだと思っておけばそこまで腹は立たない。
「まあ……昨日は遅かったから。遅くまで本を読んでたら夢中になっちゃってね」
本当はイヴと話し込んでしまったからだが、本当の事を言う訳にもいかない。
……最近は嘘ばかりついている気がする。控えめに言って最低では?
しかし……カルマとハルトがここにいなくて助かった。見られていたらしばらくこのネタで弄られてしまう。
「そうだな。あの二人がいたら延々と菓子の素晴らしさについて説かれかねないからな。それに彼らは面白い事にも目がない。しばらくは今の事をネタにさせてもらおう」
そうやって平然と心の中を読んでくるのはやめろゴルド。
センブランスを使っている訳でもなくこれなのだから気が気ではない。
「ゴルド、勘弁してくれ……いつも娯楽に飢えているあの二人にそんなものを与えてはいけない……!」
そう、チームRWBYの四人だけではなくゴルドも来ている。
ただでさえ女4:男1のところにカオス:1の配分。針の筵から抜け出すどころか闇鍋状態だ。
カルマも街にいるだろうが、材料を買うと言って一人で繰り出しているようだし、ハルトに関しては……どこかで路上ライブでもしているのではないだろうか。
お互いの私的な時間を食い潰しあう訳にもいかないので、二人は来ていない。
「ネロはともかく……ゴルドが外に出てるのって珍しいね」
ルビーがゴルドの挙動不審さ、主にわさわさと動かしている手に怯えていたりするが……
ルビーも大概武器マニアが過ぎると思う。ゴルドのビームガンとバトルアックスにはかなりご満悦だったようだし。
「ん、ああ……まあ、そんな気分の時もあるものだ。突然深夜に街をぶらつきたくなる時があるだろう?今がそんな気分なのだよ」
後半の部分を早口で言ったのでルビーが小さく「ひっ」と言ったのを聞き逃さなかった。
あまり妹分を虐めてはいけない。
「まあ分からんこともないけど……ゴルド、もうちょい落ち着いてくれ、な?」
「そうだよー!うちの妹泣かせたら承知しないんだかんね!」
おっとそいつぁ失礼。ゴルドは軽く謝罪したが、そこそこ長い事付き合っていると分かる。
さてはこいつ、そこまで反省してないな……?と。
こいつは普段、場を引っ掻き回す側なのであまり変なタイミングで喋らせるとロクなことにならない。
「ゴ、ゴルドはわたしの質問に答えてくれただけだから……二人ともそこまで言わなくても……」
「んー、まあ今日だけだからね」
「お前って奴はさあ……ずっと切れ者だったらいいんだけどなあ……!」
ルビーの声を聞いていると落ち着かなければ、と思ってしまう。
妹分の前では間抜けな姿は見せられない……どうやら自分は見栄っ張りでもあったようだ。
「そうだ、ルビー達は何故今日に限って出かけようなんてことにしたんだ?」
乙女心はよく分からないが、今日は特別な事でもあっただろうか。
「ええ。ヴァキュオから訓練生が来航するそうですの。ビーコンの代表生として来てくださった方を歓迎するのは当然でしょう?」
「ワイスぅ~……磯臭いから早く帰りたいよ……」
ワイスが答えてくれたが、どことなく黒いオーラが漏れている。
……成程。要はヴァイタル・フェスティバルで当たるかもしれない相手の偵察、と。
あとルビー、磯臭いというのには首を激しく振って同意したい。髪の毛や服がベタベタになるのは勘弁してほしい。
それに、海水浴や釣りでもするのでなければあまり長い事嗅いでいたくない。
「つまりトーナメントに勝ち抜くために探りを入れたい、という事ね……」
ブレイクはブレイクで思っていても言わなかったことを……
「な、何を証拠に……」
その態度と性格を考えれば誰だって容易に想像できるのだが、これ以上彼女に追い打ちをかけるのはあまりに不憫だ。
彼女の家は名の知れた家らしいが、考えていることが表に出るような性格で問題を起こしたりしていないのだろうか……?
「真面目なのはいいけど程々に……しっかし随分と盛り上がってるな。お祭りっていうだけある」
ヤンは普通に見て回りたいオーラを出している。偵察のついででなければもう少し気乗りしていたのだろう。
「勿論ですわ。このイベントはあらゆる組織・企業が出資してますの。いわば前夜祭ですね」
ワイスは本当に楽しそうに説明するなぁ……説明の中身は残念ながらあまり面白くないが。
確かヴァイタル・フェスティバルは秋頃に開催するとのことだったが、数か月も後の祭りの前夜祭とは随分気が早いものだ。
「まあ……もしもトーナメントで当たったら手加減はしないけどね。俺も、ゴルドも」
「当然ですわ。お互い正々堂々と果し合いをしましょう」
同じステージに立つというならばルールの中で戦うことになる。ならば出せる限りの力を出すだけ。
……とはいえアークドライバーは使ったら相手を殺しかねない。人に向けて使ったのは今までアダム以外にはいないという時点でその恐ろしさが浮き彫りになってくる。
つまるところ高性能すぎるのだ。ただでさえ高いポテンシャルとそれを最大限引き出す道具という凶悪無比な組み合わせ。
本来であれば長所であるはずの超性能が逆に短所となり、普段使いするには危険すぎるのだ。別に肉塊を量産したいわけではないので使わずに済むならそれに越したことはないのだが……
そう考えると地力が低いところで頭打ちになっていなくて本当に助かった。さもなければアークドライバー頼りになって間違いなく足を引っ張っていただろう。
「ねえ見てよ。あれって……」
「……またダスト強盗だ。今月はこれで五件目だ」
「ああ。金も盗っていくならともかく、なんでダストだけ狙っていったんだ?」
少し離れたところの突き当りの店の前にイエローテープが張られていた。その店のガラスは粉々に砕かれ、入り口にもイエローテープがバツ印を描くようにして侵入を拒んでいた。
「何があったんですか?」
……?ルビーから聞きに行くとは珍しい。さっきの様子を見るに最初にこの事件現場に気が付いたのもルビーだったようだが何か心当たりでもあるのだろうか。
「ん?ああ、強盗だよ。ダストショップが襲われるのは今週で二件目さ。連中はここを無法地帯にでもしたいってのか……」
髭面の警官は「こんな仕事で安い給料とはやってられんな」と呟き、やる気を感じない足取りで店の前へと戻って行く。
この街の治安は本当に大丈夫なのか?もう少し給料を上げた方が……
「金は一銭も盗ってねえってよ」
「はぁ?それじゃあなんでダストだけ盗っていったのやら……全く訳が分からんよ」
「さあ。子飼いの軍隊でも作るつもりかもな?」
ダストだけを狙って盗っていくとなるとこれは計画的な犯行の線が強い。
この手口は恐らくホワイト・ファングだろうか?他の闇社会の住人の仕業という線も捨てきれないが、ダストだけを狙っていくという点は数年前のダスト運搬列車襲撃に近いものを感じる。
だが、テロリストとはいえど本質はファウナスの解放と権利を主張するグループだ。わざわざダストだけを狙って強奪していく理由が見当たらない。
となると……この犯行は数年前から計画されていた犯罪行為のほんの一部でしかない。何か大きな事を起こそうとしている。だがその「何か」が今一つ思い浮かばない。
これは少し警察の手には負えないか?
「ふん……ホワイト・ファングですの。あのならず者共の集まりですわね」
腕を組み、決めつけるかのようにワイスは断言した。
その推測は自分と同じものであるが、言い方がマズい。
「……何が言いたいの」
「別に何でもありませんわ。あの狂人が集まってできたような犯罪者集団に言いたいことなんて何も――――」
「団体自体はおかしくなんてない。……ただ道を踏み外してしまっただけよ」
元は真っ当なファウナスの人権保護を訴える真っ当な団体だったらしいが……今では周知の通りだ。
どちらの言い分が間違っている、というものではない。
だからこそ厄介で、面倒な問題なのだ。
どちらも正しく、どちらかが決定的に間違っているというものではないから。
「『道を踏み外した?』このようなことを仕出かしておいてよくもまあそのようなことを抜け抜けと……」
「それくらい道を踏み外したってことよ。いずれにせよ、わざわざヴェイルの下町でダストショップを襲う直接的な理由にはならないわ」
どちらも自分の意見を譲る気はなさそうだ。
「ブレイクの言う通りだよワイス。警察もトーチウィックを捕まえていないみたいだし……もしかしたらそいつの仕業かも」
トーチウィック?確か飛行船の中でそんな名前を聞いたような、聞かなかったような……だがこの流れで出てきた名前という事はどちらにせよそいつもロクでもない奴ではありそうだ。
「……だからホワイト・ファングがまっとうな集まりではなく、下種の集まりであるという事実は変わりませんわ。ファウナスなんて嘘、インチキ、盗み……そんなことがお得意ですものね」
ワイスは白く、すらりと伸びた指を三本折り曲げてそんなことを言っている。
丁度ブレイクには背を向けていて指を折りたたむ毎に彼女の表情が渋くなっていくのにはさっぱり気が付いていない。
「さすがにそれは偏見じゃない?」
「私もその言い分があまりにも一方的すぎるという事は理解できる。ワイス嬢、出来ることならもう少し柔らかい表現でファウナスが酷いという事を説明してくれないか?」
ヤンはいいとしてゴルドは何を聞きたいんだ。それを言ったらカルマだってファウナスだろう……少し特殊な事情を抱えているが。
「まあまあみんな、その辺りでこの話は――――」
「おい!誰かそいつをとっ捕まえてくれ!」
この険悪なムードは自分の仲裁ではなく、遠くから聞こえてきた怒声に遮られた。
「何事ですの!?」
「行こう!」
背後の桟橋に着けられた大型船から声が聞こえてきた……ってあいつは!
やや距離はあるがこの程度ならそこまで遠くはないので目視は余裕。そして……
「ここまで乗っけてくれてあんがとよ!」
俺はその声の主とは面識がある。カルマと同じファウナスであり、世界を旅行をすることが趣味。時々密航してまで船に乗り込むのはご愛嬌。
そいつの名前は……
「相変わらずだな、サン……!」
サン・ウーコン。猿のファウナスの象徴たる金色の尻尾とそれに非常にマッチしている金髪。
やや焼けている小麦色の肌に鍛え上げた腹筋を見せつけるように前が開いている服装が目を引く。
旅をしていた頃に何度か船の中で会ったことがあるが、まだしょっ引かれていなかったか!無事でよかったと思う反面、まだこんな面倒なことをやっていたのかと呆れてしまう。
カルマと似てお調子者なところもあるが、しっかりとした芯を持っている点もカルマに似ている。
サンは船の縁から桟橋に向かって跳躍し、街灯に飛びついて自慢の尻尾でぶら下がりながら何処から失敬したであろうバナナを呑気に頬張っていた。
果物に関しては船倉に積んであったどの果物を失敬するかでサンとかなり揉めたっけ……個人的にはリンゴの方が好きだが、あそこまで美味そうに食べる様を見るとバナナも食べたくなってくる。
「おい!そこから降りてきやがれ!」
先ほどまで事件現場の調査をしていた警官がこぶし大の石を投げたが、サンが体を横にゆすることで体を支える尻尾が揺れて石は空を切った。
俺やカルマだったらそんなまどろっこしいことなどせずに街灯を叩き折るなり、直接地面に叩き落すなりするが。
「ああいいぜ!その前にこいつでもくらいな!」
食べ終わったバナナの皮を警官の顔に投げつけ、再び跳躍する。重力を感じさせない、流れるような動きで階段を昇って自分たちのいる場所目掛けて走って来た。
そしてすれ違いざまにウインクをしようとしたその顔を……
「おいサン、逃げるならさっさと逃げるぞ!」
「あいででででででで!ってネロか!?久しぶりだな!」
サンが走り抜けるタイミングに合わせ、走る速度を殺さないようにアイアンクローを顔面にかまし、それと同時に自分も走り出す。
彼の顔に指がめり込んで前が見えていないようだが、走り続ける。加速していく。足がもつれそうになっても無理矢理走らせる。
「それよりあっちの連れはほっといていいのかよ!」
「大丈夫、みんなお前に会いに来たからすぐに追っかけてくる」
偵察の為にな。
「そうだぞサン・ウーコン君。私達が君ひとり程度ひっ捕らえる事が出来ないとでも思っているのか?」
ゴルドが音もなく並走していた。漫画だと足が高速で動きすぎると見えなくなる、みたいな描写があるがゴルドの足の動きがまさにそれ。ぶっちゃけ気持ち悪い。
抑揚のない声が耳元で聞こえた時に驚いてサンの顔を握り潰そうとしていた手をつい放してしまった。
「っつーかネロ、お前今思いっきり俺のイカした顔を潰そうとしてたよな!?チームSSSNのファンの怒り買っちゃうぞ!?」
なんだかんだ言いながらもしっかりと付いてきたサンから泣き言を貰ったような気がしたが……
気のせいだろう。あの力で握ってもいいとこリンゴが粉々になる程度だし。
「悪い。もうちょっと伊達男にしてやるつもりだったが失敗した」
「おいおい、久しぶりに会った友人と漫才していても構わないが追っかけが来たぞ?」
後ろから警官、更にその後ろからはチームRWBYが追随する。
最悪サンだけでもどっかに
警官の数は2。……問題ない、サンであれば撒くのは余裕だろう。後は……
「サン。着陸する準備はできてるか?」
「は?着陸ってどこに……ってネロお前まさか、おいやめろ待ってくれ、おいおいおい!」
サンの首根っこを掴み、その場で回転。狙う角度は約斜め85度。勢いを乗せて……サンの体は宙を舞った。
「マジかよ~~!?」
よし。建物の屋根の上にしっかり飛んで行った。ちょっとばかし荒っぽいやり方だったが、なんだかんだ言って着地も出来てるし問題はないだろう。
「……君は偶にとんでもない方法で解決を図るな」
ゴルドに呆れられるという事は相当頭のネジの吹っ飛んだやり方だったらしい。反省せねば……
「くそっ……そこのきみ!あのファウナス野郎はどこに逃げた!」
「いやぁ……それが勢いよく飛んでいったので……」
嘘は言っていない。
「そうか、跳んでいったのか!協力感謝する!」
見当違いの方向に走っていく警官二人の背中が物悲しいような、笑いが漏れるような。
本当に申し訳ないが、友人の手に冷たい輪をかけられるのと治安維持に貢献するのを天秤にかけた場合だと迷わず前者だ。
「おいおいおい、バレたらまずいんじゃないか?」
咎めるような口ぶりだが……そのつもりならもう少し口元のにやつきを抑えてくれ。
自分は力技でサンを吹っ飛ばしたが、ゴルドも別の方法で吹っ飛ばしていただろう。
「まあね。ん、あれは……」
こちらまで走って来たワイス達が曲がり角で見知らぬ少女と正面衝突して尻餅をついていた。
その少女はピンクのリボンをカールしたオレンジの髪に結んでいるが、そのリボンはかなり厚みを持っている。
少女の倒れた時の声は高い声だったのだがどこか平坦だ。
グリムと対峙した時とはまた別の不気味さがあり、その緑色の瞳も昆虫の目の様で人間味がない。
そう、まるで生物らしくなくて……どことなく作り物のような不自然な印象がある。
というか鉄と油の匂いが彼女の体からうっすらと漂っているような……その可能性はあるかもしれないが、あまりにも突拍子がなさすぎる。
「妹か……」
「……ゴルド?」
「あ、いや何でもない。さっさとあそこのお嬢さんたちに偵察相手について報告しようじゃないか……」
……? やはり今日のゴルドはおかしい。いつもと比べて自信がなさげだ。
調子が悪いと素直に言ってくれれば無理に連れてこなかったが……悪いことをしてしまった。
「みなさん、こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
自分とゴルドがその少女の傍へと駆け寄ったら、高い音で昼の挨拶をしてくる。
それはいいのだが、待ってましたと言わんばかりのタイミングだったのでルビーが条件反射で返してしまった。
「あー……だいじょぶ?」
それはどういう意味でだいじょぶ?と聞いた? これはあまり深く突っ込まない方が良さげか。
「はい!大丈夫デス!最っ高デス!心配してくれてありがとうございマス!お会いできて嬉しいデス!」
頭の方だったらしい。
喋り方もどこかぎこちなくて危なっかしく、なんだかこっちが不安になってくる。
上を向いていた頭を首がぐりん、と動いてこちらを向く。
なんというか……カマキリやフクロウのような不気味な動きだったので全員動きが固まってしまう。
この場にいる全員の心は恐らく一つになっただろう。
なんだ、この子……見なかったことにするか……
そんな空気が漂っていた。
彼女は突然始めた屈伸運動から解き放たれたバネのような勢いで飛び上がり、立ち上がったのでゴルド以外は一歩後ずさった。
「ペニーって言います!よろしくお願いしマス!」
お、おお……後ずさりなどしたのはいつ以来だろうか。
正直ドン引きだ。
「ペニーだね。あたしルビーだよ」
「ワイスですわ」
「ブレイク」
「ねえあんた、頭打ってんじゃ……おうっ、ヤンだよ」
ブレイクの肘がヤンの脇腹に入って途中までしか言わせなかったが、それに関しては同意だ。なんかこの子はヤバい。話していて不安になってくる。
とはいえ名乗らないというのはさらに不味いだろう。
「ネロ。ネロ・ベスティアだ。よろしくね」
ややキザったらしくなってしまったが、ここで初対面の相手に飲まれてはいけない。
個性には個性をぶつけて中和する……!
「そうですか!お会いできて嬉しいデス!」
「それはもう聞きました。先程はぶつかってしまって申し訳ありませんでしたね」
あのワイスの表情が困惑で引きつっているのは珍しい。珍しいが……
ゴルドには何も聞かないのか……?ゴルドもゴルドで何時にも増して静かだし。
「じゃあね、まだ見ぬお友達さん」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんか変な子だったね」
今日はヤンの意見に同意しているだけのような気がする。
まあ、それだけ共感できることをヤンが言っているという事なのだが。
「そういえばネロ、あのファウナスとは知り合いのようでしたが……どこへ行ったのか教えていただけます?」
飛んで行ったよ。遠いところ(建物の屋上)にな。
「ま、まあサンとはそのうち会えるだろうし……」
「やっぱり!さあさあ、キリキリお言いなさいな!」
やばっ……うっかりサンの名前を出してしまった。
ゴルド助けてく――――あっ、ダメだ。なんか落ち込んでて助けてくれなそう。
「さっき私の事をなんト?」
いきなりペニーが目の前に出てきたので寿命が五年縮んだ。
実際にはそこまででもないが、ワイスは目と鼻の先にペニーがいたのでそれ位は縮んでいるかもしれない。
それにしても彼女の気配を一切読み取れなかった方がよく分からない。
グリムであれ、人間であれ、気配というものは消そうと思わなければ消えない。
人間からはオーラが、グリムからは濃い殺気が溢れているからだ。
しかし彼女の場合いきなりその場にふわりと現れているので本当に訳が分からない。イヴに化かされた様でどうにもモヤモヤが残る。
「あ、ごめんそういうつもりで言ったんじゃなくて……」
「いえ、あなたじゃなくて……あなたデス」
ペニーはヤンとワイスの横を通り越し、キスをするのではないかと言わんばかりに怒涛の勢いでルビーに近寄る。
「え?あたし?あ、えっとその……なんというか……」
「お友達って言いマシタ?本当にお友達デスカ?」
ルビーがこちらにアイコンタクトを送ってきた。罪悪感を味わって悲しげいうその瞳は悲しげで、ペニーの期待は裏切りたくはないけどこの場をどうにか切り抜けたい……そんな意図が込められているような気がする。
どうしろと。
ヤンもワイスもブレイクも無言で手を横に振っている。ゴルドは無反応。
「う、うん。もちろんだよ!」
ルビーの返答から一拍置き、三人は往年の芸人並みにキレのあるズッコケを披露する羽目になった。
ペニーが拳を天高く突き上げているところを見るに、あまり他人とのコミュニケーションをして来なかっただけなのだろうか。
あまり関わり合いになりたくないと思ってしまったが、訳ありというのであればある程度は大目に見たいところだ。
「素敵っ!です!ネイルアートやショッピング、果ては気になる男の子のお話をするんですね!」
「ワイス、あたしってそこまで変だった?」
「彼女の方がまだ分を弁えているように思えますが」
ワイスはワイスで仮にも親友のルビーに対してかなり辛辣だぁ……
恐らく先程のハンドサインを無視されたから当たりがきつくなったのだろう。
「で、ヴェイルに何しに来たのさ?」
「確かに気になるな。君のような世間知らずをほっぽっておくほど保護者はマヌケじゃないだろ?」
どうしたゴルド。今度はカッカしているようだし、今日のゴルドの考えを読み取るためのとっかかりが更にない。
「私のお父様はマヌケなんかじゃありまセン!偉大な科学者なのデス!」
「ほう、そうなのかい」
抑揚のない喋り方がゴルドにまで移ってしまった。
しかし先にペニーに喧嘩を吹っ掛けたのはゴルドだ。
「ゴルドいい加減に……」
「ネロ、黙ってろ……オレは今かなり熱くなってるんだ。触ったら火傷するぞ」
紫色のライダーススーツから湯気が立っている。
怒り狂った顔を鬼のような顔と形容することがあるが、今のゴルドの顔はまさにそのような顔をしていた。
「いや、お前が憎いという訳ではない。だがお前の父とやらに用が――――何をする、ネロ」
これ以上放っておくと今にも襲い掛かりそうだったので少しだけ荒っぽい手段を取らせてもらった。
やったことは至極簡単、力任せに胸部を殴りつけただけ。これ位で止められると踏んでいたのだが……
そんじょそこいらの奴ならこれだけで決着だっただろうが、ゴルドもまた格の違う戦士の一人だった。
当たり前のようにヘビー級の一撃を耐え切り、それを誇示するかのように質量のある金属を破壊したような重低音が街に響き渡る。
ついさっきサンを投げ飛ばした時の数倍の力で殴り抜けたはずなのに、結果はゴルドの足元の地面を少し削っただけで終わった。
「まあちょっと落ち着いてくれ。お前が全力でこのお嬢さんに喧嘩吹っ掛けたらただじゃ済まないでしょ。殴ったのは謝るからさ」
内心では司令塔として動くゴルドが想像していた以上のタフさで背中に冷や汗がダラダラと流れている。
一瞬死を覚悟したが、悪いことを思いついたときのような不気味な笑みを浮かべてから普段通りの顔つきに戻った。
「ん……それもそうだな。お嬢さん、不躾な事を聞いてしまって大変申し訳ない。私たちはこれでお暇させてもらうよ。それじゃまた会おう」
どうしてここまでタフなのか、腹の中で何を思っているのかと不安になったが……どうやらここは手を引いてくれるらしい。
というかゴルドがここまで熱くなったのが意外だった。何か訳ありなのは確かなのだが……
「それとワイス嬢、金髪のファウナスの青年に関してはネロにでも聞きたまえ。ネロは彼とは懇意にしているらしいからな」
やっぱり滅茶苦茶に怒っていた……!
フォローの仕方は荒すぎたかもしれないが、それはあまりにもご無体……!
「そうですわー!あの犯罪者のファウナスの事についてはたっぷり話してもらいますからねー!」
ああもうワイスはワイスでリボンが凄い勢いで動いているブレイクには気づいていないし……
絶対に拗れるぞこれは……ワイスはブレイクがファウナスだという事は知らない。
俺たちがいなくなった後に喧嘩を始めてもおかしくはないだろう。
……俺は不穏な空気を漂わせているチームRWBYを尻目に去る事しかできなかった。
区切りどころがない……なくない?
どうして一万字超えてしまうのか。
毎回筆が走るといいのですが、そうは問屋が卸さないのが辛いところ。
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