「仕方ない……か」
作戦決行の時が来てもカルマは戻っては来なかった。少し待ってからでも遅くはないと進言しようとしたが、言うより早く二人は跳んで行ってしまった。
「ああもう……!」
崖を滑り、後を追う。列車が見える。この列車に乗ってゆっくり旅ができればどれほど楽しいだろうか。だが今はそのようなことで脇道に逸れている場合ではない。そこにファウナス特有の身体能力を以って軽やかに飛び移った二人に続く形でネロも列車の屋根に飛び移る。少し大きな音を立てて着地したが、問題はない。
「各々成すべきことをした後に離脱せよ」
この場の隊長たるアダムの号令がかかり、アダムとブレイク、ネロの二手に分かれる。カルマがいなくなってどこへ行ったのかはもう気にしないことにしよう。既に賽は振られた。為すべき事を為すだけだ。
「大変です!テロリストがこの列車に乗り込んできたのを見ました!」
我ながら大根役者だと思う。こんな雑な演技に騙されるなんてことは普通はないだろう。冷静に考えればおかしな点などいくらでも見当たるのだが、まあ見抜かれたとしても乗客を逃がせればそれでよい。
それに加えてこの列車は大量のダストを積載している上、ここ最近起きているダスト強奪事件。テロリストが狙う理由としては十分過ぎる程であった。
本当にテロリストがいるのかどうかなど確かめているほどの余裕はこの車掌にはなく、口車に乗せられてしまったのも無理はない。
「ご協力感謝します。ただ、軽率に乗客に言ってしまえば混乱を引き起こしてしまうのでその点には注意してください」
焦りが見え隠れする口調でそれだけ言って車掌は早足で歩いていく。操縦士にこのことを伝えに行くのだろう。これで自分の受け持った仕事は終わりだ。
……しかしひどいマッチポンプだと思う。テロリストは自分たちなのだから。
「さて、それじゃあ向こうはどうなっているのか見に行くとするか……」
ネロの担当は乗客のいる後方車両。ブレイクたちダスト強奪班がいるのは先頭車両と後方車両の間あたりの貨物部分だ。
ダストの詰まったコンテナがざっくばらんに置かれた間を抜け、前の方へに向かう。作戦が成功しようがしまいがどうだっていい、もちろん失敗していてくれた方が悪事に加担してしまった身としては心が軽いのだが、叶わぬ願いだろう。あの二人の実力であれば多少の妨害があったところで難なく切り抜けてしまうこと請け合いだ。
罪悪感が薄れるように……そう祈りながら跳躍と疾駆を2、3度繰り返していくとブレイクとアダムの姿が見えたが、様子がおかしい。
既に事を済ませたのかと思ったが、仮にも侵入した先で言い争いなどするだろうか?自分は絶対にしない。であればなんらかのトラブルが発生したと考えるべきだろう。
「二人とも何かあったのか?こっちのカタはついた。ダストを奪ったのならばさっさと離脱を……」
二人だけの世界……そう表現すればいかにもロマンチックな風ではあるものの、目の前の現状を見る限りではそうは言えないだろう。なにせ辺りには二人が倒したであろうロボットの残骸が散らばっているのだ。花の香りではなく鉄と油の臭いしかしない。機械の動力にダストを使っていても鉄臭い。
此方の存在に気付いたアダムはどうでもいいものを見るように、ブレイクは進退窮まったと言わんばかりの表情だった。
そしてこの場で先に動いたのはブレイクだった。
「アダムを止めて……!」
「事情が分からないことにはどうしようもないけど……」
クールな彼女が理由も説明せずにいきなり
「随分と物騒な真似してくれるね?」
鋭い風を切る音がしたため後ろに大きく飛び退く。斬りかかってくると察知していなければ躱すのは至難の業だっただろう。数秒前にネロの首があったところを刀が通って行く。達人の一振りは一切の躊躇いの無い、有無を言わさずに殺すための剣だった。もしも避けることができなかった時にどうなっていたかは最早語るまでもない。首が胴体と泣き別れしていただろう。
「速やかに撤退せよ、命令以上の勝手な真似は許されない」
一瞬先のことをまるでなかったかのように悪びれずに淡々と指示を出してくる。
「仲間の首を飛ばしてこの世から撤退させてもいいなんて思ってそうなリーダーの命令なんて聞きたくないね。ブレイク、事情を説明しなくてもいい。こいつは今、俺に刃を向けた。それだけで敵対するには十分すぎる」
一触即発。アダムは刀を納めてはいるものの、鯉口を既に切っている。間合いに入ってきたらすかさず切り捨てるといった居合の構えだ。
鏡など持っていないのでどの様な表情なのかは分からないが、大胆不敵に口元を歪ませていただろう。
そして自分が懐から取り出したもの、それはこの場において酷く場違いなで細長いベルトーーーー
俺は今この男に対して強い憤りを感じている。何故か。斬りかかられたというのもあるが、それ以上に彼女―――ブレイクを悲しませようとしているからだ。彼女は強いヒトだ。本来ならば守らなくとも己の力で未来を切り開く力を持っているだろう。
だがそれ以上に繊細だ。今すぐにでもこの場から逃げ出したいと思っている。この作戦が始まる前、岩の上に座って遥か彼方に浮かぶ崩れた月を今にも泣きそうな表情で見ていたのが脳裏をよぎる。本心ではこのようなことは行いたくはないのだろう。仕方なしにやらざるを得ないだけで。ならば俺がするべきことは一つしかない。
「頼まれ事を聞くって少し前に約束したけど、今でいいかな?ここから帰れたらまた別のことにしても構わないからさ」
我ながら情けない台詞をよくここまで自信満々に吐くことができるのだろうか。手は震えるどころかしっかりとしていて、足は生まれたての小鹿のように震えるどころか仁王立ちといった風体なのに。この力は本来人に振るうべきものではない。
しかし目の前の男は姿こそ人であれ、その精神は間違いなく人外のそれだ。例え相手が人でなしであったとしてもこれは無闇矢鱈に振り回す力ではない。それを理解している上で俺は今から違う俺になる。だからこそこの言葉を言わなければたまらなく不安になる。
さもなくば自分自身を見失いそうだから。この言葉を言えなくなった時が……きっと自分の最後だろう。
ベルトがうねりながら腰に巻きつき、レリーフの中央に押しボタン式のスイッチが現れる。
そして……魂の叫び。誰かを守る者が決まって叫ぶ雄叫び。
これこそ自己の変革の象徴にして守護者の最後の力。
使う者次第で正義の使者にも悪魔の手先にもなりうる権利。
「変身!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
ベルトの中央にあるレリーフ……角を模したスイッチを入れた途端、黒い爆風がネロを中心として巻き上がる。背後のブレイクも正面にいるアダムも顔を覆う。その風が止んだ時には黒い外套の優男は既にいなかった。
夜が舞い降りた。そう形容する他ない程に黒い異形がそこに存在していた。元の姿よりも一回り程大きなそれは、感情を排除した黄金の瞳の下を血の涙のような紅いラインが走っている。胸部や脚部、腹部といった随所は骨のように白い甲殻で覆われている。肉体はバランスがとれており、すらりとしてはいるものの貧弱という言葉からは程遠く、どちらかと言えば無駄のない、捕食者の如きフォルムを持っていた。
先ほどまで銀色だった何か――ベルトは体色と同化するように変色し、黒く鈍い輝きを放ちながらグリムの面を模したバックル部分が赤と白で彩られている。
そして一番目を引かれるのが白い仮面―――奇しくもグリムの持つ特徴と同じものだ。その形状は五本の角の生やし、冠を模した頭部と上顎と下顎を閉じたような形状を持ったものだ。
その風貌は悪魔の王だと言われたら十人のうち八人くらいは納得してしまうだろう。
「ネロ……なの?」
首を縦に振る。
「なら……私は変わりたい。そのための手助けをしてほしい。でも今すぐに変わることはきっとできない。だからその為の時間を作って。これが私のお願い」
「さっさと行って。お互いまた生きてあえることを祈るよ」
ぶっきらぼうに
「それじゃあ、俺と遊んでもらおうか。いい加減暴れ足りないんだよね!」
その言葉を皮切りに
この攻防が僅か十秒ほどの間に行われたのだ。アダムは肩で息をしているが、ネロはゆっくりとアダムの方へと近づいてゆく。
アダムは表情こそ変えなかったが内心では不快感が募っていた。ブレイクには逃げられる、目の前の存在は先ほど戦った蟹のような機動兵器よりも遥かに面倒で強い。刀身で攻撃を受け止め、センブランスによる必殺の一撃をお見舞いすれば深手を負わせることができれば自分の勝ちは決まったものだと考えていたがそれを実行するには隙が無さすぎる。少しでも気を逸らしたらたちまち肉塊にされてしまうだろう。
しかしその読みは完全に正しくはなかった。前提条件からして間違っていたのだ。アダムは目の前の
ネロは逃げるための隙を作ることができず、アダムからしてみれば悠長に溜めを行っている暇はない。どちらかが死ぬまで続く。しかし闖入者が現れた。
銀色の鎧の戦士がいきなり間に割って入り、アダムに触れた途端、動きが緩慢になった。その顔は
「へえ、お前が持っていたのか。陰で見ていたけどこりゃたまげたね。目的のものは見つけたし、この組織にはもう用はないか。さっさと帰って博士に報告すれば長いお使いも終わりってわけだ」
見た目のごつさに反して軽い喋り口調、しかしその裏側には冷たさが見え隠れしている。
「誰だ?俺を知ってるような言い方だな」
「おいおい、冷たいな。助けただろ?お前がファウナスじゃないのに黙っててやったし、今だって逃げる手助けをしている。今はそれでいいだろ?」
「……また縁があったら会おう、蛹野郎」
今ここで事を構えるほどの余裕はない。気が変わったと言われないうちにさっさと途中下車してしまおう。ネロは脇にある森の中に跳躍し、紅葉の中に紛れていった。
「全く、世話の焼けるブラザーだぜ……」
銀色の鎧が弾け飛んだ刹那、紅い閃光を一筋残してその
やっとこさ書けた変身シーン。怪人っぽいのはご愛嬌。
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