蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第十五話 予期せぬ親睦

「――お願い。……キルア様を、助けてあげて」

 

 鉄の仮面を剥がしとった少女はそう言った。

 胸の裡をさらけ出した少女は、幼い顔を歪めてそう言った。

 ――夜月に光る綺麗な雫が少女の目からこぼれ落ちると同時、

 パン、という乾いた音が響き渡り、少女の体が鮮血の尾を引きながら崩れ落ちた。

 刹那の間に起こった出来事に、ゴンたちは息を呑むことしかできない。

 動くことも、声を出すことすらもできず、崩れ落ちる少女を支えることですら実行できなかった。

 

 

「……全く、使用人が何を言っているのかしら」

 

 夜闇に響く甘ったるい女の声に、三人は動けないままに瞠目する。

 ギチギチと。まるでサビついた鉄の塊になったかのように動かない首を無理矢理に動かして、彼らはその声の主の姿をようやく視認する。

 月光を反射して幻想的に光る茂みの奥から、その二人は現れた。

 一人はまるでウエディングドレスのような豪奢な白い服を着込み、派手な羽飾りが飾ってあるつば広帽子を被った、首から上を完全に覆い隠す包帯に機械ゴーグルを着用している異様の女。もう一人の服装は白い帯を巻いた袖の長い黒の着物、人形めいていて男か女か判別しにくい中性的な顔立ちの、十二、三歳ほどの子供。

 キュイン、と女の機械ゴーグルが音を立てた。静寂に包まれた林道に、小さな駆動音が木霊する。

 

「まるで私たちがキルをいじめてるみたいに……ただのクソ見習いのくせして失礼な」

 

 キュイ、と機械の瞳がゴンを見つめた。黒に染め上げられた目に金の瞳孔、明らかに異質な上、女のそれは通常の二つではなく機械ならではの一つ目だった。

 見透かすような、機械の瞳。

 

「あなたがゴンね、イルミから話は聞いています。三週間くらい前からあなた方が庭内に来ていることもキルに言ってありますよ」

 

 女の声は異常に穏やかだった。

 穏やかで、甘ったるくて、異様に吐き気を誘う、不快な声だった。

 

「キルからのメッセージをそのまま伝えましょう。――『来てくれてありがとう、すげー嬉しいよ』。『……でも』」

 

 女はにっこりと笑った。

 狂気に身を委ねた異常者のように、殺気立つ般若のように、にっこりと笑った。

 

「『今は会えない』。『ごめんな』」

 

 

 

ゾルディック家七 黒衣の男の影響力

 

 

 

「紹介が遅れましたね。私、キルアの母です。この子はカルト」

 

 柔らかな女の言葉に、ゴンはすぐには反応しなかった。

 

「……よし。大丈夫、気絶してるだけだ」

 

 少女が幸運だったのか異様の女が意図的にやったのかは分からないが、医者志望のレオリオが診たところ、撃たれた少女の怪我は何かの後遺症を残すこともないような軽いものであるらしい。こめかみを掠ってはいるものの、自然に血が乾くのを待つだけでいいらしかった。

 

「………良かった……」

 

 ほっと息をつき、少女を守るようにその周りに陣取ってから、ようやくゴンは女に言葉を投げかけた。

 

「……キルアが俺たちに会えないのはなんでですか?」

「独房にいるからです」

 

 女の返答は即座であり、そして簡潔だった。

 

「キルは私を刺し兄を刺し家を飛び出しました。しかし反省し自ら戻ってきました」

 

 白々しい言い分だった。キルアが最終試験時に何か暗示のようなものにかかっていたというのはほぼ明確であり、自ら戻ったわけではないということに至っては確定的である上にこの場の全員が認識している。

 だというのにあくまで『キルアは自分の意思で戻ってきた』と主張する女は白々しいにも程があった。

 そしてその『白々しい言い分』をあらゆる手段を用いて『事実にしようとする』女からは、ゾルディック家らしく闇に生きる者の匂いがした。

 

「今は自分の意志で独房に入っています。ですからいつそこから出てくるかは……」

 

 淡々と告げる女の言葉を遮るように、機械ゴーグルがピキ、と鳴った。

 あるいはそれは女の血管が軽く切れた音だったのかもしれない。それまでの冷静な態度をどこかへ投げ捨て、そのゴーグルの内側に何を映し出したのか、女は突如激昂して虚空を怒鳴りつけた。

 

「まぁお義父様ったら!! なんでジャマするの!? ――ダメよ、まだつないでおかなくちゃ!! ……全く、もう、なんてこと……!」

 

 いきなり叫んだかと思えば突然静かになってわなわなと震えだした女を、レオリオがぎょっとしながら見つめた。

 と、女がまたもやいきなり踵を返して早口で言った。

 

「私、急用ができました。ではこれで。また遊びにいらしてね」

 

 そのままさっさと立ち去ろうとする女を、ゴンが呼び止めた。

 

「待ってください。俺たち、あと十日くらいこの街にいます。キルアくんにそう伝えといて下さい」

 

 キュイン、と機械の瞳が動いた。

 

「わかりました、言っておきましょう。それでは……」

 

 それだけ言うと、女はドレスのように豪奢で見るからに重く動きにくい服を着ている姿からは想像もできないほど凄まじい速さで森の奥へ駆けていった。

 カルトと呼ばれた少年か少女か判別しにくい人形のような幼い子供は、すぐに母のもとへついてはいかず、しばらくその場に佇んでゴン達を見つめていたかと思うと、突然眉をしかめてきっと睨んできた。

 

「カルトちゃん、何してるの! 早くいらっしゃい!」

「はい、お母様」

 

 そうとだけ返してかけ始めようとしたカルトを、今度はクラピカが呼び止めた。

 

「――ちょっと待ってくれ!」

「…………?」

 

 何故呼び止めたのかとでも言いたげに訝しげに眉をひそめながら振り向いたカルトに、クラピカは少しの間をおいて言った。

 もしこの切り札がなければ、きっとそのまま行かせていただろう。

 もしあの男とのつながりがなければ、きっと何も言わず行かせていただろう。

 だが今は切ることのできる切り札がある。ここの住人たちに対して多大な影響力があるのは身をもって実証済みの、絶対的なジョーカー。

 どうせ気絶した少女が目覚めるまで待たなければいけないのだ。その時間を有効活用し、情報を得ておくのは決して悪手ではないはず!

 だからクラピカは、切り札を切る!

 

「あの、私たちニードの知り合いなんですが……」

「カルトちゃん何してるの早く話を聞いてきなさい私先に行ってるから!」

「はいお母様ッ!」

 

 遠く離れていたはずなのに気づけばとてつもなく近い距離からなんかめっちゃキラキラした夢にあふれたような声が聞こえてきたので三人はぎょっとしてその声が聞こえてきた方向を向いた。

 

「さぁ、話をお聞かせいただけますか?」

 

 先ほどしかめっ面をしていたのが嘘のように満面の笑みを浮かべたカルトちゃんが椅子に腰掛け紅茶片手にいつでもバッチコイな体勢でゴンたちを待っていた。

 丸テーブルに空いている三つの椅子、並べられたティーセット。

 つまるところお茶会モード突入であった。

 

「「「…………、あははははは。あっはっはっは!」」」

 

 なんかもうここまで来ると乾いた笑いしか出ない三人だった。

 結局、観念して席に着いた。何故か紅茶がしょっぱかった。

 

 茶会は始まったばかりである。

 

 

※ゾルディック家八 茶会

 

 

「ブ――――――ッ!! ゴホッ、ゲホゲホ……は、はぁぁあああああああああああ!? ぼ、ぼ、ぼ、ボクが兄さんをストーキングしてたってばばば暴露しやがったんですかアイツ!?」

「え、ホントだったんですかアレ!?」

「ほほほ、ホントちゃうわボケ!! あ、いや、違います! い、今のはアレです、えっと、その、言葉の綾といいますか、そのぉ……!!」

「「「……うわぁ」」」

「まってボクはそんなことしてないしというか兄さんのことならそんなことしなくても爪の先から頭の天辺まで知り尽くしてるしだからそんな顔すんなテメーらつーか何言ってんだよあの野郎絶対絶対絶対にブチ殺してやるぅぅううううううう!!」

 うぎゃあ!! と頭をかきむしりながらカルトは天に向かって叫んだ。

 

 

 どうしたものか、とクラピカは嘆息する。

 ずず、と紅茶をすすりながら自分の隣に座っているカルトに視線を向けると、そこには修羅がいた。

 

「……ふ。ふふふふふふ。あのヤロォマジで兄さんにバラしやがったのかクソがァ……通りで帰ってきてからボクに対する態度が変だとは思ってたんだよ……なんつーかよぉ、よそよそしいっつーかよォ……ははっ、どうすんだよこれヤベーよこれもう修復不可能かもしんねーあーやべチクショウ泣きそうだクソぉ……ううっ、兄さぁん……ぐすっ」

 

 と、思ったら泣き始めた。

 どうしたものか、とクラピカは再度嘆息する。先程試験中でのニードの話をし始めたばかりだというのに、ニードとの初接触の話をしたらいきなり発狂したようにキャラを崩壊させてしまったのである。何というか、元が人形のように可愛らしい容姿なのでハイライトを失った目からとめどなく涙を流してブツブツブツブツ呟き続ける姿はびっくりするほど恐怖を誘う。何も知らないまま夜道で偶然見かけたりした時なんかは多分自分でも絶叫しながら逃げてしまうかもしれないとクラピカは思う。

 ゴゴゴゴゴ、と真っ黒な怒気を放出しながら俯いてヤバめな雰囲気を醸し出す和風美人の子供にゴンとレオリオは結構ビクついているのだが、そもそもの原因が自分たちのした話なので何も言えずに身を縮こまらせてガクブルしているだけだった。結局私か、とクラピカは横目で泣き続ける恐怖の権化を見る。ゴンとレオリオが救世主にすがるような目つきでこちらを見てきたのでクラピカは口元をひくつかせながら冷や汗を流した。こいつらは自分を死地に送り出そうというのか。

 

(いや、待てよ……?)

 

 もしかしたら、とクラピカはふと思う。

 背後に般若やら死神やらを浮かび上がらせているカルトを見て死を目前にした戦争中の兵士のような絶望した気分になっていたが、もしかしたらこれはチャンスなのではないだろうかと、ふと気づいた。

 

(考えてもみろ……ふ、何故こんな簡単なことに気付かなかったのだろうな)

 

 この子はキルアに自分の業をバラされたことでこんな感じになっているが、逆に言えばまだ初接触のときにそれをバラされた話を聞いただけなのだ。つまり、ここから先の話を少し捏造して、この子を元気づけて、その後にキルアに対して何かフォローを入れてやれば――

 ――初期値マイナスだった好感度が一気に上がるのではないか、と。

 先を見通せば良い事尽くめじゃないか、とクラピカはニヤリと笑った。

 

 

 結論から言えば、クラピカの策は見事なまでに成功した。

 というか、上手くいきすぎた。

 現在自分に抱きついているこの愛らしい子はさっき聞いた限りじゃ男のはずだよな、とクラピカは冷や汗を流しながら再確認した。女物の着物が超絶的に似合う少女のような外見だが、少女にしては胸の大きさが年から考えて絶望的なのでこの子は少女ではなく少年のはずだ。というか、それを信じなければ危ない道に目覚めそうで本当に怖い。

 ちなみにここまでの会話はこんな感じである。

 

『そんなに悲しむことはありませんよプリチーボーイ』

『ぐすっ……え?』

『実はその後……ゴニョゴニョがボソボソでして……』

『ええっ!? 本当ですか!?』

『えぇ本当です。後で私たちからもキルアの誤解を解いてさしあげましょう』

『ありがとうお兄さん!!』

 

 案外ちょろかった(※誇張されてます)。

 数分後、落ち着いた様子のカルトは雰囲気を再び落ち着かせたものに変えて、優雅に紅茶をすすりながら話しだした。

 気絶した少女が目覚めるまでの時間潰しにクラピカたちが望んだ、ニードとの昔話である。

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