蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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※本作品のカルト君は原作よりもとある理由で 何 故 か 遥かに猫かぶりが上手くなっておりますので、キルア君はカルト君を溺愛しています。


第十六話 信じたくない現実

 広いようで狭い独房の中で、キルア=ゾルディックは拷問を受けていた。

 

 様々な拘束具や責め具に溢れている、異様な雰囲気を放つレンガ造りの部屋だ。

 部屋の中にいるのは、キルアを含めて二人。

 痩身気味で小柄なキルアとは対照的な、でっぷりと肥え太った大柄な男性だ。その口にはマフィアのように葉巻が咥えられ、右手には長い鞭が握られている。その構図からして、キルアを責めているのがこの男であることは間違いなかった。

 男の名はミルキ=ゾルディック。悪名高き暗殺一家、ゾルディック家の次男である。

 

「フーッ、コフー……」

 

 伸縮性に富んだ鞭を片手に、ミルキは鼻が詰まっているかのような息をする。家族のほぼ全員が超絶的な身体能力を誇るゾルディック家においてその脆弱さは紛れもなく異端であるが、彼はこの家にとって例外中の例外であった。

 極度の引きこもりである彼には体力と呼べるようなものはほとんどなく、ダラダラと汗をかきながら息を荒げている姿は誰の目から見ても明らかに運動不足であり、どう見ても淡々と責めているというよりはかなり頑張って鞭を振るっていた。鞭というものはシンプルな見た目の反面扱いがとても難しく、それを広いようで狭い独房の中で自由に扱っていることから彼が紛れもなく超有名な暗殺一家の一員であることが見て取れるのだが、その身から放たれるのがどう見ても小物臭であるところ、実に哀れな男だった。

 普段の運動など皆無に等しく、移動するだけで大量の汗をかく彼がそれなりに激しくエネルギーを消費する拷問を長時間続けている理由はひとえに脇腹を刺された恨みなのだが、幼少期より狂気的な“教育”を施されてきたキルアにとってはこの程度の拷問など何の苦にもならないので彼の努力は大体意味がなかったりする。実際、キルアは拷問が行われているのにも関わらず安らかな寝息を立てていた。ミルキのプライドに蹴りを入れてくる舐めきった態度である。兄貴なのにこんな態度をとられるあたり、マジで哀れだった。

 

「……ッ、起きろ!!」

 

 ブチィ!! と青筋を浮きだたせながらミルキは鞭を振るう。伸縮自在の鞭がしなり、空気を裂いてキルアの頬を叩いた。

 バヂィ!! という激しい音ともに痛々しいムチの跡を頬に刻みつけられ、ようやくゾルディック家史上最高の才能の持ち主は目を覚ます。体中ひどく傷だらけの彼はパチパチと眠たげに瞬きながら、

 

「ああ、兄貴。お早う。今何時?」

「…………」

 

 ビキッ、とこちらをひどく馬鹿にした物言いのキルアに青筋を更にくっきりと浮かばせたミルキは、口に咥えていた葉巻をキルアの胸に押し付けた。

 じゅっ、という、葉巻の火が消える音。

 

「……いい気になるなよ、キル」

「あちち、そんなァ。俺、すげー反省してるよ。ゴメン。悪かったよ兄貴」

「嘘つけっ!!」

 

 バギィ!! と再び左頬に鞭が叩きつけられる。傷跡を抉るような一撃、なかなかに凶悪な責め方だった。

 ――ぺ、と口に溜まった血を吐き、若干十二歳の少年は妖しい微笑を浮かべた。

 

「……やっぱわかる?」

 

 儚さすら感じさせるその淡い微笑みに、ミルキは完全に言葉に詰まる。

 キルア=ゾルディックは紛れもなく暗殺者としての天才だ。

 人体というものは意外とやわにできていて、『傷をつけること』ではなく『痛みを与えること』を目的とした鞭の一撃を喰らえばそれだけでショック死してしまう者もいるほどである。拷問によく鞭が使われるのもこの理由で、延々と続く鞭の痛みに耐え切れず、暗殺に失敗した殺し屋や、存在を発見された諜報員などが、音を上げて情報を漏らすことも少なくない。

 そこを耐え切れるように“作り上げる”のがゾルディック家の“教育”で、十二歳という異例の若さで“そこに至った”のがキルア=ゾルディックという天才なのである。

 この程度の拷問など、この弟にとっては児戯に等しいことぐらい、いかに“頭はいいが馬鹿”と評されるミルキといえども、薄々感づいてはいた。

 だから、何も言い返せずにギリリと奥歯を食いしばる。

 ――と、苛立ちばかりが募っていくミルキの電話が不意に鳴った。ピルルル、という、比較的静かなコール音。

 

「はい! あ、ママ? ……うん、……うん」

 

 その様子をキルアはぼんやりと見つめる。何を話しているかは大体察しがついた。ほぼ間違いなく、こんな自分を追ってきてくれたという、人生初の友人達についてだろう。おそらく現在告げられているのは、彼らの進行状況。そしてこの愚兄はそれでもって自分に脅しをかけてくるはずだ。全く胸糞悪いことではあるが、少し反抗してやれば小心者のこの愚兄程度すぐに黙らせることができるし、現在自分がすぐに脱出できるのにも関わらずこうして甘んじて拷問を受けているのもひとえに今回の件を結構反省しているからなので、キルアは黙ってその様子を見つめていた。

 だから、そこまではよかった。ミルキの元々細い目がさらに細められ、口の端が汚く歪められるのも、(したくはないが)まだ理解できた。

 問題は、ここからだった。

 

「――――――えぇッ!? マジで!? それほんと!? ――うん、うん。うん! わかった!」

 

 突如、ミルキの声音が、それまでとは全く違う性質を帯びた。なんだ? とキルアが目を見開くより先に、醜く歪められていたミルキの面がパァァと輝いた。キルアは瞠目すると同時にドン引きする。何というか、クリスマスプレゼントを見つけた寝起きの子供のようなはしゃぎっぷりだった。

 急にどうしたよコイツ、と少し戸惑うキルアを他所にミルキはいそいそと行動を開始した。それまでしっかりと握り締めていた鞭をそこらへんに放り投げ、どすどすと音を立てながら部屋の隅へ移動する。

 

「…………?」

 

 何をするつもりだ? とキルアは訝しげに小さく首を捻る。ミルキが向かった方向は出入り口の扉とは正反対の方向であり、かつそこには現在キルアに対し鞭以上に有効的だと判断できるような拷問具は存在しないはずだったからだ。

 しかし、そんな思考はミルキの次の行動によって呆気なく消し去られる。

 ミルキのブクブクに肥えた両腕が壁のレンガの一つを押すと同時、何かの装置が起動したかのような音が響き渡り、ずずず、と壁の一部が動き始めたのである。

 

「んなっ……!?」

 

 こんな仕掛け知らねーぞ!? とキルアは困惑し絶句する。幼少期より知り尽くしているはずのこの屋敷の中、しかもよくお仕置きとして入れられたこの独房室内に、まさか自分の知らない仕掛けが存在するとは思わなかった。ミルキが先ほど押したレンガは昔キルアも幼少期に押した覚えがあるのだが、そのときにはこんな仕掛けの気配は微塵も感じられなかったはずだ。おそらくは何がしかのロジックが別にあるのだろうが、それにしてもなんとなく腑に落ちなかった。

 キルアが混乱しているうちにも石の壁は動き続け、いつの間にか壁には人一人がなんとか通れる程度の空洞がぽっかりと空いていた。ミルキは上機嫌に鼻歌を歌いながらおもむろにその空洞の中に上半身を潜り込ませ、なにやらもぞもぞと動き始める。やがてふんふんふふーんというめっちゃ和やかな感じの鼻歌と共に、何か半径一メートルほどの円形の物体と、少し大きめの袋が取り出された。

 いそいそとミルキがその円形の物体を変形させると、それはちょうど二人用の簡易テーブルになった。

 

(……? ――――は、はぁっ!?)

 

 本当に何をしたいのだろう、ともう一度首を捻りかけたキルアは、次のミルキの挙動を見て内心で驚愕する。いや、正確には挙動ではなく、大きめの袋から取り出された物体に驚いたのだ。

 ミルキがその袋から取り出したのは、なんと金の装飾が施された超オサレな純白のティーセットだったのである。

 

(え? え? え? おいおいおい、マジでどうしたんだブタ君!?)

 

 と、もう混乱の極地に至っているキルアを他所に、ミルキはいそいそとそのティーセットを並べていく。おそらく執事が手入れしているのであろうティーカップには汚れは一つもなく、あろうことかお湯が入った水筒まであった。前準備がちょっと万端すぎである。これはおそらく数日周期なんてものではなくほぼ毎日手入れされている。マジか。

 準備は整ったらしく、ミルキは「こふーっ」と満足げに息を漏らしながら腰に手を当てて額の汗を拭った。その首にはいつの間にかタオルが掛けられており、汗がほとんど拭われているところを見ると、彼がかなり気を遣って茶を淹れたことがうかがえる。というかなんとなくひと仕事終えた一家のお父さん的な爽やかな雰囲気が漂っている。解せない。なんでや、なんでそんな丁寧なんや、もうわけわからへんねん、とキルアは混乱のあまり心中の呟きがわけのわからない口調になる。

 と、そこでミルキがこちらを向く。

 キルアは思わず「ひっ」と息を呑んだ。

 ミルキの顔には先ほどの歪みは到底見受けられず、代わりに菩薩のような満面の笑顔が浮かんでいたのである。

 本能的な恐怖感とか生理的な嫌悪とかそんなちゃちなもんじゃねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗をキルアは味わった。のし、とミルキが一つ歩を進めるたびにビクンと肩を震わせるその姿からはさっきまでの余裕綽々ぶりは消え去っていた。

 いそいそと近づいてきたミルキは――そのままキルアにはめられた拘束具を取り外し始めた。拘束具というのは外すのにはほとんど時間がかからないもので、ものの数十秒でキルアは割とあっさりと解放された。

 

「―――……ッ!?」

 

 何かもう不気味としか言えない現状に、一瞬不吉な予想を頭によぎらせてしまったキルアはもう結構な勢いでガクブルしながらいつの間にかテーブルの脇に用意されていた簡素な椅子に座る。あろうことか、椅子を引いてくれるというエスコート付きだった。あはー、何茶なのかなー……オゥやっぱ王道といえば紅茶ですよネ、とキルアはちょっと現実逃避をし始めた。

 反対側の椅子に座るミルキは目をキラキラさせながら語りだす。

 

「今、ママから電話があった。キル、お前の友達とうとう執事室の近くまで来たそうだぜ」

「……!」

 

 現実から逃げ出しかけていたキルアは、その言葉に表面上無感動を装いつつも内心歓喜した。初めて出来た友達が、自分のためにここまでしてくれるほどのいいやつだったということを、キルアは密かに誇りに思った。

 だけど、とキルアはもう一度ミルキの目を見る。無垢な子供のように輝いていた。

 ――まさか、と嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「……で、ここからが本題なんだけどな、キル」

 

 身を乗り出し、ミルキがキルアの顔を覗き込みながら、目を輝かせて言ってくる。

 ――まさか。

 まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさまさかまさかまさかまさかまさかまさか――――――!!

 やめろ、やめてくれ。キルアの頭の中で、警鐘がけたたましく鳴り響く。しかし身体は動かない。得体の知れない恐怖に支配された己の体は、指の先すら動いてくれない。

 

(――や、めろ。やめろ。やめろやめろやめろ! やめてくれ!! それを聞いたら俺は――――――)

「頼む!! ニードの話を聞かせてくれ!!」

「うわああああああああああああやっぱりホントだったああああああああああああ嘘じゃなかったああああああああああああ!! ってことはホントにカルトもそうなのかていうかどうしたんだよブタ君ホント何したんだよ何してたんだよ何してくれちゃったんだよあの野郎ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「――キル、シルバが呼んどるからなブッ!?」

「うわあああああジイちゃんごめえええええん分かったああああああああああ!!」

「あ、おい、キル!! まってくれ、聞かせてくれよぉ!!」

 

 入ってきた祖父・ゼノ=ゾルディックを突き飛ばし、ミルキの制止を振り切って、キルアは号泣しながら駆けていく。なかなかにカオスな空間が形成されたが、キルアはそれを気にすることができないほどの別の衝撃に襲われていた。

 信じたくなかった。信じたくなかったが、事実だった。事実だったのだ、あの恐ろしく強くて不気味な変人が言ったことは、全部。

 ということはつまり、あの可愛い弟カルトについての話も事実だったということで――――

 

「あああああああああカルトはそんな子じゃねえええええええええええええええええええ!! ぜってー何かの間違いだあああああああああああああああ!!」

 

 うわぁぁあああん!! と号泣しながらキルアは広大な屋敷を駆けていく。控える使用人たちがぎょっとしたような、それでいて何かに納得したような優しげな顔をしながら道の端によって恭しく頭を下げてくるのも気にせず、キルアは駆けていく。

 向かう先は尊敬する父・シルバ=ゾルディックの部屋。

 あの父ならば毒されてはいまい、という一縷の希望を抱きながら、癒しを求めてキルアは爆走した。

 

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