蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第十九話 彼らの談笑

 何年かぶりに訪れる執事室を通り抜け、記憶に残っている姿と何ら変わっていない道を歩き、ニードはゾルディック家の面々が座して待つ部屋へと入った。

 狭くも広くもない部屋の中央に、ガラス張りの台を挟んで向かい合うように二つのソファが置かれている。その奥側、少し大きめのその白いソファに、ゆったりと巌のような男が腰掛けていた。

 シルバ=ゾルディック。現ゾルディック家当主にして、ニードの古くからの友人だ。

 そのシルバの背後、控えるようにして六人の人間が立っていた。白髪の老人、豪奢なドレスを着た女、肥え太った青年、和服姿の幼子、そして執事服の男と老婆――高名なる暗殺一家・ゾルディック家の面々と、彼らに仕える二人の執事だ。

 常人なら前に立つだけでその圧倒的な存在感に呑み込まれてしまうであろう七人を前に、しかし飄々とした黒髪の青年はへらりと笑って手を持ち上げ、

 

「よー、久しぶり。誰一人くたばることなく再会できたことを喜ばしく思うぜ、我が友人たちよ」

「ああ、久しいな。俺もまた会えたことを喜ぼう、我が友人よ」

「お、嬉しいこと言ってくれんじゃねーの」

 

 再会を喜び合い、数年ぶりに直に言葉を交わしながら、ニードは白いソファに近づく。やたら奇異な形をした家具を好む傾向のあるゾルディック家にしては、珍しく常識的な形のものだった。

 上質な肌触りを触らずとも伝えてくるそれの前に立ち、しかしニードは座らずに無言で顎を撫でる。そして鋭く目を細め、緩く口角を釣り上げたと思った瞬間、彼はその上等なソファに向かって何の予備動作もなく極小規模な“見えざる攻撃”を放っていた。

 念弾。

 固めたオーラを射出する、念の基礎的な技である。念を習得していない者にとっては存在を感知することすら叶わない、不可避不可視の死の一撃だ。

 音もなく、瞬きすら許さずに、至近距離から死の一撃が放たれた。

 少し込めただけで壁を破砕するほどの力を秘める念の弾丸である。この場の人間に限っては弱々しいゴムボール程度の意義しか持たないが、込められたオーラはあってないようなものだと言えど、本来ならばソファは粉々に砕け散るはずだった。

 しかし一見何の変哲もないそのソファは、一撃粉砕の威力を持った弾を受けてなお、ズドムッ!! と張られた革を激しくへこませただけだった。

 ニードの突然の奇異な凶行に、しかしその場の人間は誰一人動じない。まるでそれこそが当然の行動と言わんばかりに沈黙を守るその部屋の中、突如としてバリィッ! と何かが勢いよく裂かれる音がした。

 ――突然の攻撃を行なったニードの真意は、衝撃の余波すら吸収したそのソファの革を突き破り、“ソレ”が隠れていた顔を覗かせたことによって判明した。

 ギラリ、と。革の下から現れたのは、凶悪な光を放つ無数のトゲだった。根元の部分が人間の拳ほどもある、異様に太いトゲである。特殊な金属でできているらしく、鈍く輝くその身には傷一つ見当たらない。傷の代わりにそこには無数の小さな返しがあり、へこんだまま元に戻らない革からして、一度刺されば容易には抜けそうになかった。

 ニードは薄っぺらい笑みを浮かべたまま、おもむろにポケットに手を突っ込む。取り出したのは直径一センチほどの小さな金属の輪、何かの部品のようだった。そのままほいと放り投げ、トゲにそれを接触させる。

 ――ジュワァ、と。トゲにカツンと当たった瞬間、金属の輪が一瞬にして溶け消えた。

 視認できず匂いもしない超強力な毒が塗ってあったのか、それともトゲ自体が異常なほどの熱を持っているのか―――熱気が感じられないため、特殊な技術でも使っていない限り前者か他の要因なのだろうが、いずれにしろ危険極まりないことは明白だった。

 

「んー、邪魔だなコレ。なぁ、ぶち壊してどかしていいか?」

「ああ、構わない」

「サンキュー」

 

 明らかに自分狙いの致命的な罠の数々を仕掛けてきた相手に対して、ニードは極自然な気軽さで質問し、礼を言う。傍から見れば異常極まりない光景だったが、その声音に長年の友人特有の気安さが混じっていることこそが一番異様だった。しかしここにはそれを指摘する者はいない。それをおかしいと思う者もいない。

 これこそが彼らの常であった。

 

「んじゃ、ちょいと失礼。よいせー」

 

 気の抜けた掛け声とともに人外の疾さで蹴りが放たれ、右からモロに直撃を受けたソファが細かな部品を撒き散らしながら部屋の隅へぐんと吹っ飛ぶ。バギャア!! と壁に叩きつけられた純白の上等な家具は、手加減に加減を加えたその一撃によって粉々に破壊された。

 

「悪ィが立ったまま話させてもらうぜ?」

「もちろんだ。構いはしない」

「おおぅ、シルバさん太っ腹ー! ……さて、んじゃあ改めて再会を喜ぶとするか、ゼノさん、シルバさん、キキョウさん、ミルくん、カルちゃん、ツボネさん、ゴトー」

 

 一息に七人の名を呼び、ニードは改めて挨拶をする。

 超攻撃的な方向で手厚い歓迎を行なったゾルディック家の面々は、一様に穏やかな顔をしながら、声を揃えて彼を迎えた。

 

『――久しいな、我らが友よ!』

 

 

「ニードさぁん、お久しぶりです会いたかったーっ!!」

「やっほぉニード、久々に一緒に俺のコレクションを愛でようぜひゃっはーっ!!」

 

 言いながら喜色満面の笑みでニードの方へダイブしてくるのは、その部屋の最年少二人組、次男ミルキと五男カルトだ。でっぷりと肥えた汗だくの巨体と、人形のような中性的な美貌を持つ小柄な少年が、同時に覆いかぶさってくる。

 ニードは余裕綽々の顔で二人を受け入れるように手を広げ、

 

「よぉお前ら、久しぶりだな。俺もお前らに会いたかったぜぶしっ」

 

 セリフが終わったかどうかのタイミングで左右から同時に二人にアタックされて、ニードはぐしゃっとへし折れ勢いよく後ろへ転倒。当然の結末に至ったアホ男の胸板に、左からダイブした美貌の少年(?)・カルトはスリスリと頬ずりしながら、

 

「はぁぁ……ニードさん、また一緒に遊べますね……」

 

 蕩けるような甘え切った声を出す外見美少女の少年に、ニードは苦笑混じりの笑みを浮かべながら撫でなでのオプションをつけつつ応えた。

 

「おう、久しぶりにいろんな奴らをストーキングしような」

「はいっ!」

 

 笑顔と笑顔が交換される。

 一般人が聞けば素でドン引きする至極残念な内容ではあるものの、幼い子供と若々しい青年の楽しげな会話という傍から見れば微笑ましい光景がそこに誕生していた。

 

「おぉう? あやー、お前かなり背ェ伸びたなぁ」

「でしょう? 十五センチも伸びたんですよ、ボク!!」

「やるじゃねぇか、さっすが子供」

「子供って言うな!」

「やーい子供って言葉に即座に反応するカルちゃんマジこっども―――」

「むぅぅぅう!」

 

 普段大人びた雰囲気を出すくせに、自分に会うと一気に年相応の顔に戻ってしまう可愛い弟分の頭を撫でながら、ニードは素直に成長期の成長の早さに目を見開く。度重なる子供扱いに頬をふくらませていたカルトだったが、ニードの撫でなでスキルが発動すると、目を細めて喉を鳴らせながらべったりと抱きついてきた。覆いかぶさったままの体勢でコロコロと喉を鳴らせながら頬をすりすりしてくる姿は完全に無邪気な可愛い女の子である。猫かお前は。

 

(なんかこいつ、酔った時のマチみたいだな……)

 

 基本ありえないレベルの酒豪である彼女だが、ときどき訪れる一日中体調が悪い日には、決まって自分以上の酒豪であるニードと蕩けきるまで飲み比べをするのだ。その時の彼女は普段の抜き身の刃のように鋭い彼女とは違い、顔を真っ赤にしたまま熱く吐息しながらとんでもなく甘えてくるのである。その時の彼女のデレデレっぷりは現在のカルトよりも遥かに上であり、加えて並の男なら比喩でなく精神的に死ぬほど妖艶なので、その破壊力は推して測るべしだ。

 

(俺じゃなかったら確実に襲われてるぞ、あいつ……)

 

 絶世の美女(もしくは美少女)であるマチのそんな姿を前にして、毎回一晩中我慢しきっている自分を褒めて欲しいとニードは思う。何よりも大切な存在を決して一時の煩悩で犯したりはしないと、そう固く誓っている自分以外にはできない芸当だろう。

 その翌朝にニードはいつもそのことを厳重注意するのだが、「あんた以外にそんな姿見せるつもりはないよ」という家族として相棒としてとても嬉しい言葉を吐かれてしまうため、どうにも毎回許してしまうところが悩ましい。その後何やら身悶えしながら耳まで真っ赤にして嬉しいような寂しいような複雑な表情をするのはきっと恥ずかしい姿を晒してしまって照れているのだろうとニードは推察する。その間何も声をかけないでいてやる自分の優しさをマジで褒めて欲しいとニードは思うが、以前それを蜘蛛の男メンバーに話したところ笑顔で「末永く滅べ」としか言われなかった。ニード的には今でも解せない。

 閑話休題。

 とにもかくにもそんな相棒に似た仕草をするカルトの頭を撫でなでし続けてやっていると、継続される微笑ましい光景についに我慢の限界が訪れたのか、完全に蚊帳の外だった右から抱きついてきた奴が拗ね始めた。

 

「おい、俺は無視かよ!」

「あぁ、無視だな。ガン無視」

「ガーン!」

「ガン無視だけにか、ってやかましいわ!!」

 

 別に面白くもなんともないニードの一人ボケ突っ込みだけで会話は終了した。

 ガン無視されたミルキが部屋の隅で体育座りをして本格的にいじけ始めたが、特に気にすることはないだろう。何しろコイツ、今年で一九歳である。甘えてくる姿は素直に気持ち悪かった。

 

「一九歳が甘えてくる姿は素直に気持ち悪かった」

「グボォッ!?」

「あ、ごめん」

 

 ニードの心の中の本音がポロッと漏れてしまい、ミルキは盛大に吐血した。ドサリと体育座りの体勢から力なく倒れてビクビクと痙攣する。ネタでもギャグでもなんでもなく、見たまんま致命傷だった。

 やっぱ汗だくの巨体がオタク趣味全開で抱きついてくるのはなー、とニードは思う。

 

「やっぱ汗だくの巨体がオタク趣味全開で抱きついてくるのはなー」

「オブロロロッ!? ……ッ!! ……ッ!! …………」

「あ、……てへぺろっ」

 

 がふがふと断続的に血を吐きながら激しく痙攣していたミルキだったが、ニードの追い打ちによって彼は完全に沈黙した。しーん、という効果音が一番適した空間が形成され、人ひとりを瞬く間に精神的な死に追いやったニードの所業に傍で見ていたさすがのカルトも頬を引き攣らせている。いや、真に引いているのは自身の家族に対する仕打ちそのものではなくニードのあまりの手際の良さだろうと推察されるところを見るに、やはりカルトもゾルディック家の一員なのだった。

 ここまでに要したのが約三秒ほど。その三秒ほどで完璧なまでにミルキの存在はその場の全員の意識から排除された。あまりに不憫ではあったが、至極いつもの光景だったので誰も気にしなかった。未だソファに座っているシルバが笑みを浮かべているところやあらあらとたおやかに微笑んでいるキキョウを見るに、嫌な意味で慣れてしまっているのであった。

 

「――さて、と。カルちゃーん、ほら、俺の前に座りなさい」

「はい!」

 

 体を起こしあぐらをかいたニードの足の上にカルトがちょこんと乗っかり、小柄なその体をニードが後ろから抱きしめる。外見的にはとても犯罪的なのだが、これはただのスキンシップであるためやはり誰も気にしなかった。というか、元から犯罪者であるので犯罪的な絵になっているとかどうでもよかった。

 

「もう一度言うけど、お久だね、シルバさん、キキョウさん、ゼノさん」

「あぁ、なかなかに久しいな。前にあってから、一年以上は経っているか」

「あやや、そんなに経ってたかァ」

「えぇ、寂しかったんですよ、ニードさん。カルトちゃんなんか、いつになったら来るのかって一年以上ずっと毎日のように駄々こねちゃって」

「お母様っ!」

「そりゃ悪いことしちまったかな。はい、お詫びのぎゅーっ」

「んんっ、と、特別に許してあげます」

「ありがとよん。……でも俺、不定期だが手紙送ってたと思うんだけど」

「まァ確かに来たが……お前さん、ありゃ差出人不明の送り返し無理な一方通行の手紙だったじゃねぇかよ。んなもん、お前さんの生存確かめる意外には役に立たないに決まっとるわ」

「そらそうか。ワリ、次から気を付けます」

「次からは直接ウチに来たらええじゃろ」

「あっ、ゼノさんあったまいー!」

「アホ言え、お前さんのオツムが残念なんだっつーの」

「親父の言う通りだな。ニード、お前は頭はいいが、もう少しその軽薄な態度をどうにかしたらどうだ」

「そうねアナタ。ニードさん、本当は思慮深いのは存じ上げていますが、もう少し振る舞いに気をつけたらいかかでしょうか」

「褒められてんのかけなされてんのか訳分かんねぇなオイっ!」

 

 部屋に笑い声が響き渡る。その姿は世界最高の暗殺一家とかA級賞金首とか、そんな肩書きをほっぽり捨てた、ただ再会を喜び久しぶりの会話を弾ませる友人たちのものであった。背後に控える二人の執事も、心なしか頬を緩ませているように見える。

 ちなみにこの間、部屋の隅でリアル「へんじがない、ただのしかばねのようだ」と化しているミルキのことは完全無欠にガン無視である。彼は不憫キャラだった。

 

 

「――――さて、楽しい楽しい談笑はここまでにして、そろそろ本題に入ろうか」

 

 何分か、何十分か、はたまた何時間か経った頃、会話が一段落したところで、ニードがそう切り出した。

 空気が、完全に切り替わる。

 音が死に、気配が死に、呼吸が死に――そこには互いの“本業”としての(カオ)だけがあった。

 ゾルディック家の者たちは何も言わず、ただ視線でニードに次の言葉を促している。

 

「これまでの俺の話をしようか。前に訪れた時からこれまで――俺は一人の人間について調べ物をしていた」

「…………」

「なに、たった一人の情報だ。この俺が本気で探せば、そいつの尻尾を掴むくらい、楽勝だろう……そう考えていた節もあったくらいさ」

「…………」

「だけど、どれだけ探してもソイツ(、、、)の情報は集まらなかった」

 

 ニードの顔に、氷のように冷たい微笑が浮かぶ。

 飄々とした、悪どさの際立つ笑み。見るだけで肌が粟立つ、凄絶なただの微笑み。

 

「おかしいと思わないか? だって、この俺が探ってるんだぜ。そこらの奴らじゃまだしも、この俺が誰かの情報を全くといっていいほど握れないなんて――そんなの、おかしいを通り越して不自然だ」

「――――」

「俺の物言いが自信過剰じゃないのはあんたらも知ってるはずだ。――そう、そいつの情報はあまりに(、、、、、、、、、、、)秘匿されすぎていた(、、、、、、、、、)

「――――」

「おかしいんだよ。存在もあやふやで、情報も隠されすぎてる。そこにあんたらの総力が絡んで来るんじゃ、自然結論は一つになる」

 

 カルトもミルキも、既に全員がニードと“対峙”していた。

 その瞳に冷徹な意思を浮かべて。

 

「――あんたらがそいつ(、、、、、、、、)の存在を隠してる(、、、、、、、、)んだ」

 

「――――」

「“そいつ”の名前はアルカ。聞き覚えはあるよな」

「――――」

「教えてもらうぜ、何もかも。たとえ力尽くでも、な」

「――――」

 

 景色が変わる。部屋の中から、一瞬で外の森の中へ。

 単純な話、彼らが一瞬のうちに外へ出ただけである。――人外の超速でもって。

 

「どうやら何も言う気はねぇみたいだな」

「――――ニード」

「なんだ」

「ここからさき、俺たちはお前を敵と断じよう」

「聞けるもんなら聞き出してみろ、ってか。――上等」

「ゾルディック家総力を代表して、現当主として宣言しよう。ニード、たとえお前ほどの男といえど、俺たち全員を前に生きて帰れると思うな」

「やってみなけりゃわかんねーぜ。んじゃ、やるとしますか」

 

 七人の暗殺者と、一人の化け物が対峙する。

 風が死に、ざわめきが死に、あらゆるものが死に絶えるその空間を、殺気だけが満たしてゆく。

 瞬間――――

 

 ――――八つの影が爆ぜた。

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