蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第二十二話 猛攻

 ゼノの“龍頭戯画(ドラゴンヘッド)”が発動する約一七秒前――つまり走る軌道を鋭角に変えてからおよそ一・五秒後、暗く深い森の中に入ったシルバは、ようやく男の円から逃れることができていた。

 

(……およそ八二メートル、か。――放出系と相性最悪な具現化系が、戦闘中にこれほどの広さの円を維持できるとは、破格を通り越して異常だな)

 

 数多の念能力者との戦闘を経験してきたシルバにとって、目で円の広さを測ることなど造作もないことだ。つららの列に追いかけられ、暗く障害物の多い森の中を駆けている最中であろうと、鍛え抜かれたシルバの眼球は男の感知領域の広さを読み取り、正確に脳に伝えることを可能としていた。

 冷静に、しかし超速でシルバは思考を巡らせる。

 

(……いや、あの男を具現化系と断定するのは早計か。あの氷を創り出す能力こそほぼ確実に具現化系だろうが……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 眼前、十メートルほど離れた位置、男の“円”が途切れたところでぴたりと止まっている小さなつららを見やり、シルバは目を細めた。

 考えを巡らせながらも、気を抜くことなど決してせず、油断なく構えたまま、シルバは戦闘の準備をしていく。両手の肘から先を小さく広げた。先刻、侵入者の男が取ったわざとらしい大仰な仕草とは違い、実戦での使用を前提に洗練されぬかれた、少しも無駄な動きのない所作だ。

 ブゥン……ッ! と、押し固められたオーラの塊が、小さな光球となってシルバの両の掌の上に現れた。無理矢理に凝縮された力がシルバの手の上で暴れ狂い、空気を振動させ、周囲の景色を歪ませる。

 

(それにしても恐ろしい使い手だ。俺たち二人でかかって無傷な上、先程から一切本気の攻撃をしてきていない。無抵抗の姿勢を見せてなお、こちらの呼吸を乱してくる高度な戦闘技術も然り……この状況で俺たちを舐められるだけの実力を備えている)

 

 光球が一際大きく光を放ち、さらにその身を一回り小さくした。

 この殺り取りをすら楽しんでいる様子を見せる男を見据え、シルバは小さく笑った。不敵に、獰猛に、――愉しげに。

 ぐっ、と身を屈めた。地を踏みしめ、ぎりぎりと筋肉を引き絞る。

 

(ならばその余裕、打ち砕いてやろう。……仕事ではないというのに、柄にもなく血が滾ってきた)

 

 戦場に赤紫の柱が立ち昇ると同時、空間が爆ぜ、シルバの姿が掻き消えた。

 

 

 咆哮する龍が、ゼノの両手が振るわれると同時に分裂した。

 あぎとを模した構えを取るゼノの肉体を起点として、暗紫色の光芒を引いて突進する龍の頭部が無数に枝分かれする。

 ぐいん、とゼノの両腕が振り上げられるのと動きを同じくして、八岐大蛇を凌ぐ数の首を持つ龍が軌道を曲げて急上昇した。一瞬にして星ぼしが煌く夜空へと飛翔し、遥か上空から地上の男を睨みつける。数多の星の光の内の一つと化した紫色の龍が、刹那そこで動きを止める。

 目にも止まらぬ疾さでゼノの両腕が虚空を一刀両断にした。

 無数の首を持つ龍が、紅紫色の輝きを放つ流星群となって、男目掛けて降り注ぐ。

 

(――“龍星群(ドラゴンダイヴ)”!!)

 

 上空から幾匹もの龍を降らす広範囲無差別攻撃を、狭い範囲に絞って撃ち出す。狙いは不気味に沈黙を守る男と、男を囲む氷の柱群だけだ。――百に及ぶ数の龍の直撃を回避出来る場所など、この氷の柱の内側には皆無に等しい。

 音すら置き去りにし、まさに光の如き速度となって咆哮する龍が急落下する。

 ――瞬間、ようやく男が顔を上げた。満月の光と絡み合う赤紫色の光に照らされ、男の表情がはっきりと闇の中から浮かび上がる。

 弧を描く口元、殺り取りに望める喜びをはっきりと現した目尻、そして――何か凄絶な覚悟を秘めているかのような、異様な力を宿す漆黒の瞳。狂気的だというのにどこか美しさすら感じさせるその男の表情が、ゼノの両目にいやにはっきりと映った。

 音の消え去った世界で男が短く何かをつぶやく。その言葉に呼応したのか、天から迫り来る龍を目前にした刹那に、並び立つ氷の柱群の先端から新たな柱が出現し、恐るべき疾さで男の頭上に水平な天井を造り出した。

 ――氷でできた男の居城に龍が接近し、その鼻先を柱の表面にぶち当てる直前、格子状の白銀色の天井から、さらなる巨大な槍が突き出され、激突した流星を綺麗に消し去った。

 

 ズドンッッ!! と爆撃の如き大音量を轟かせ、氷の大槍が射出されたのを引き鉄として、狩人だったはずの龍たちの立場が逆転し、狩られる側だったはずの男による蹂躙劇が幕を開けた。

 

 男目掛けて絶え間なく降り注ぐ龍の一匹一匹を、巨大な国家の城壁に備えられている対巨大生物迎撃装置の如き威力と威容を誇る巨大槍が、異常なまでに正確に捉えて無慈悲に撃ち抜く。吼える龍は紅紫色に輝く極太のレーザーとなって次々に夜闇を走るが、直撃する前に一つ残らず貫かれて爆散していく。大輪の紅紫色の華が、淡い月光に照らされる夜闇に幾つも咲いた。

 城の骨格を形作る氷の柱が幾度も幾度も組み替えられ、城の形そのものを変えながら大口径の機関銃のように大槍を撃ち出していく。ズドドドドドドドッッ!! と秒間どころか瞬間十数発も繰り出される氷の巨槍が、それこそ瞬く間に龍の大群を残らず消し飛ばし、いっそ呆気ないほど簡単に、蹂躙劇の幕を閉じた。

 強大な龍を尽く屠っていったその様は、まさに撃龍槍と形容するに相応しい。――あるいは、難攻不落の無敵要塞、か。

 

龍星群(ドラゴンダイブ)を無傷で防ぐ、か。ふむ、厄介じゃの。あれほどの大規模な攻撃を平然と行えるとは、想像以上に化け物じみておるわい)

 

 紫色のオーラを揺らめかせ、一匹の龍を侍らせたまま疾駆するゼノが鼻を鳴らした。大技を難なく防がれたにも関わらず、その顔には落胆の色など微塵もない。――ただただ、男の攻略法だけを模索していた。

 

(シルバが来るのにはあと五秒といったところかの。既にあの男も“円”で察知しとるじゃろうし、早めの対策が必要じゃな)

 

 風を切り裂いて走るゼノが虚空を薙ぐ。その動きに反応し、紫龍がその長い首をもたげて男を見据えた――直後、その頭部が音の壁を突き破って撃ち出される。

 ドギャン! と一直線に紫色のビームが闇の中を突っ走った。射出元、龍の頭部があったあたりの空気に波紋が広がり、景色が歪んだ。

 吸い込まれるように突き進んでいく龍を、すかさず射出された氷槍が貫く――直前、龍がまたも分裂した。激突する寸前でピタリと停止し、まるで花火みたいに放射状に首を枝分かれさせ、咆哮する龍が身をくねらせながら上へ昇っていく。

 幾瞬かの後、何条もの光線が夜闇を走った。

 これまでと変わりなく、すかさず撃ち出された氷の巨大槍が迎撃する。鼻先と鋭い先端がぶつかる寸前、龍が体を回転させた。――螺旋を描いて槍を躱した無数の龍が、格子状の天井を通り抜けて男を狙う。

 瞬間、槍から無数の細長い棘が突き出した。

 あっという間に少し離れた位置にあった龍の首に突き立ち、そのまま刺し貫く。首元を貫いた氷の棘から、さらに数え切れない小さな棘が体内で生え、内側からウニみたいに突き出した。鋭利な棘によって体を引きちぎられた龍が小さく悲鳴を上げて消滅していく。

 男が小さく笑うと同時、ゼノもまたその顔に笑みを刻んだ。上空に唯一留まっていた龍が啼き、再び分裂して夜闇を走る。――しかし、今回はその数が、規模が違った。

 まるで空襲のように終わりなくレーザーが城に迫り、次々に槍に貫かれて爆散していく。消滅の瞬間体を構成するオーラを周囲に解き放ち、各所で広範囲の爆発が引き起こされる。射出、激突、爆発、射出、激突、爆発、射出、激突、爆発―――絶え間なく降り注ぐマゼンタ・ドラゴンが、男と城の周囲をその爆炎で埋め尽くした。

 

(――……時間稼ぎ、完了じゃの)

 

 走りながら紫色の光線を撃ち出し続けるゼノが心中でそう呟くと同時、無数に連なる小さな氷槍を後ろに引き連れて、シルバが森の中から飛び出した。

 遥か上空へひとっ飛びしたシルバが、両の手のひらに従える光球を一気に巨大化させ、流れるような動作で撃ち放った。

 

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