先の一方的な攻撃のせいか、走りながらも周囲の受験生たちに距離を取られる憐れな奇術師のもとに、なんのもの好きか近づいていく影二つ。黒衣のアホと和服の美少女、ニードとマチである。
ヒソカはくるりと顔だけ向けて、アホに向かって満面の笑みで一言。
「死・ね♥」
「おいこらテメェいきなり攻撃してきといて謝罪もなしかよマジで怒るぞ!!」
喚くバカを意図的に無視して、その左を走るマチに話しかける。
「やあマチ♥何かいいことでもあったのかな? すごく頬が緩んでるけど♦」
「ぶっ!? いやいやいやいや何もなかったよ何も!!」
手をわたわた振って口をあわあわさせて顔を真っ赤にする姿じゃ説得力がない。というか恋する乙女特有の魅力に周囲の受験生が見惚れてるんですけど。後ろの方で丸眼鏡かけてカバン引っ提げたオッサンのような青年が無駄に馬鹿視力を発揮して鼻の下伸ばしてるんですけど。何やってんだ受験生。
――しかし、不幸中の幸い(と言っていいのかはわからないが)にもヒソカ好みの弄りがいのある空間が出来上がった。ついでに未だギャーギャーうるさい怨敵に精神的ダメージを与えられるので百点満点と言っていい。
というわけで作戦決行。ヒソカは仕方なさそうに、本っっっ当に仕方なさそうにそちらに顔を向ける。心中お察しいたします。
「……なあヒソカ、俺お前に何かしたっけ? こんな冷たくされるようなこと俺したっけ? 全くもって身に覚えがねーんだが」
悲しそうに言うバカに向かって、にっこり笑い、
「うん♥ニードの存在自体がそうされる理由になるね♣とりあえずニードは死んだらいいと思うよ♠」
「なんでその表情でそんな酷いセリフを言えるんだお前は!!」
「もう一度言うけどニードが相手だからさ♦」
「何その理不尽!?」
「ボクがこんなに避けられてるのもニードのせいだし♠」
「それは自業自得だろうが!!」
「だからそれはニードにムカついたからだし♣つまり半分以上はニードのせいだろ♦」
「ねえこれ俺泣いていいよね? つーか泣くよ? 俺泣くよ?」
「うるさいなぁ勝手に泣いてなよ♠」
「ひでぇ!! こいつひどすぎる! 誰かー! 誰かこの鬼畜から私を救ってくださーい!!」
「無理だよニード♣他の皆もニードは嫌いさ♥」
「何言ってやがるこんなひっでーことすんのはテメーだけだぜコンニャロー!! ねぇ皆さん!!」
以上の会話を聞いていた受験生たちはただ苦笑を浮かべるのみ。これは二人に対してちょっと私引いてますよー的な反応なのだが、脳味噌お花畑のバカは何を勘違いしたのか勝ち誇ったような笑みを浮かべかけて、
「なにを血迷ったことを♥マチをこんなにしたのニードのくせに♦」
直後、四方八方から拳が襲いかかった!! ついでに後方からカバンも飛んできた!!
「くぁwせdrftgyふじこlp!? 何故に!?」
返答は殺意の乗ったそれだけで人を殺せそうな視線と鬼のような形相だった。ちなみにカバンは後方から飛来した釣竿のようなもので回収された。
「……、ホント、何この理不尽…………」
めでたしめでたし、である。
――走ること一時間ほど。何気なく後方を振り返ったニードの視界に、あるものが映った。
「……おい、マチ。後ろ見てみろ。何気ない感じを装え」
「――わかった」
かなり真剣味を帯びた相棒の囁きに、マチも素直に従った。耳元で話された時変な声を上げそうになったのは心の奥底にしまっておく。
――数秒後、マチも“それ”を視認した。
「……! あれは……」
「見つけたか」
「……、たしか、四年くらい前だっけ?」
「ああ、クルタ族だ。生き残りかな」
――クルタ族。感情が昂ると燃えるような緋色になる、世界七大美色の一つに数えられる緋の眼を持つ種族だ。
四年程前、それを狙ったマチ、ニード、ヒソカの所属するA級首の盗賊団である幻影旅団、通称『蜘蛛』に襲われ、皆殺しにされ、緋の眼を奪われ、絶滅に至ったとされていた種族である。
「あたしたちは参加しなかったし、ヒソカもその時は蜘蛛にいなかったよね」
「ああ。詳しくは無理だが、ここに来た理由ぐれーなら大体は察しがつくぜ。クロロに話されたし、テレビでも放送されてたからな。結構な大仕事だったらしーし、復讐が目的なんだろうよ」
つまらなさそうに呟いてから、ニードはもう一度何気ない感じで後ろを振り向いた。
金色の髪。猫のような目。理知的で両性的な顔立ち。そして――クルタ族の着る民族衣装。
クルタ族は緋の眼を持っているせいで人里離れたところで暮らしていたから、十中八九彼はクルタ族の生き残りだろう。というより彼、あの衣装着ているのを蜘蛛の誰かに見られたらどうするつもりだったのだろうか。もしかして案外バカなのかな、と考えるバカ(モノホン)だが、それはそれで誘き出すつもりだったのかもしれないと自己完結させる。
まぁなんでもいいや、と心の中で呟いてから、マチに話しかける。
「とりあえず接触してくる。さっきの一件で俺はかなり変人認定されてるっぽいから、いきなり近づいてもある程度は大丈夫だろ。見たところ『アレ』も習得してねーようだし。てゆーかあの銀髪のガキなんとなく見覚えある気がするんだけど」
「さっきのなくてもニードだったらすぐ変人認定されてるだろうけどね」
「……ちっとは自覚してるんだから言わねーでくれよ」
はぁ、と溜め息をついてから、徐々に減速する。周囲の受験生は全く疲れていなさそうなくせに後ろに下がっていくバカに訝しげな視線を送ったが、バカだからまぁどーでもいいやと興味なさげに避けていった。
「……嫌われてんのな俺。ほんと何したっけ?」
ガックリを肩を落とすバカ。いい気味である。
「で? なんでテメーがここに来やがったんだゴルァ!!」
「なんで来た途端怒鳴られなきゃいけねーんだゴルァ!!」
「てめーがあんな美少女をあんなことやこんなことしてあんなにしたからだゴルァ!! 羨ましいんだよゴルァ!!」
「あんなあんなしつけーんだよゴルァ!! あんなことやこんなことって何だよゴルァ!! エレベータん中で起きたのは焼肉搾取事件だけだゴルァ!!」
「なにぃならあの態度は何なんだゴr『ゴラゴラウルッセーんだよゴルァ!!』へっぶううううう!? む、無念……」
「おいガキ我が好敵手に何しやがんだゴr『てめーもだ変人!! マジ何しに来やがったんだゴルァ!!』ごっふうううううう!? な、んで、俺、まで……」
以上のやり取りのあと、丸眼鏡かけてカバン引っ提げたオッサンのような青年と黒衣のバカは沈黙し、銀髪猫目の少年にズルズルと引き摺られることとなった。「「ぎゃっあうっ」」とかいう悲鳴が聞こえるような気がするがそれはきっと幻聴だろう。つんつん頭の少年と金髪猫目の少年がドン引きしているように見えるのもきっと幻覚だ。銀髪猫目の少年は満面の笑みを浮かべながらそう思った。そして気まぐれで後ろの二人に走りながらも器用に全力の蹴りを入れておく。決して八つ当たりではない。断じてない。
――十数分後。さんざん引き摺られたオッサンのような青年とバカはようやく解放された。
再び走り始めてすぐに、黒ずくめの男はへらりと笑って三人に話しかけた。
「気持ちを切り替えて、とりあえず自己紹介と行こうぜ」
「あっれーおかしいな? けっこう蹴りブチ込んだハズなんだけど、なんでそんな余裕そうなの?」
即座に反応した銀髪の少年は、口調こそ飄々としているが態度は全くそうではない。頬に冷や汗を垂らし、もともと切れ長で鋭かった眼をさらにナイフのように鋭くし、いつでも臨戦態勢に移行できるようにしている。
ここにきて、ニードはようやくこの少年に見覚えがある理由を思い出した。この尋常じゃない警戒度といい、少し観察しただけでわかる年齢と釣り合わないほどの身体能力及び運動神経及び戦闘経験といい、確実に『あの家』の子だろう。
結構因縁深い『あの家』の面子を思い出しながら、ニードは盛大に苦笑しつつ言った。
「そんなあからさまに警戒しないでくれよ。何かするつもりがあるわけじゃないからさ。そうだな、お前のことを、お前の家のことを知っていると言えばわかるかな? えーと、たしか名前はキルアだっけか」
「……!! お前、ウチの人間か!?」
……、何と言うことでしょう。警戒を解くために言ったつもりが、逆にさらに怖がられてしまったではありませんか。
「いや違うし。何故にそうなる。俺はお前の家の人間とあったことがあるだけだぞ」
「……でも、俺はお前なんか見たことがない」
「そりゃあアレだ、見られないように頑張ってたし」
「いやなんでそんなことをする必要があるんだよ」
んー、と少しどう説明するのか考えてから、めんどくせーと思考を放棄しそのままのことを言う。
「アレだ、カルちゃんと一緒にストーキングしてたから。いっつも」
「おいおいおいおい何してくれちゃってんの!? つーかカルト何やってんの!?」
叫んだ瞬間、銀髪の少年……キルアの警戒がだいぶ和らいだ。おそらくは家のことを本当に知っているとわかったからだろうな、と推察しながら、ニードは考え込んでいるらしいキルアに声をかける。
「で、どうする? なんなら全員の名前言ってやるけど?」
「……いや、いいや」
「ちなみにミル君とキキョウさん以外は全員殺しあった仲だぜ。二人に関してはミル君がヲタク会話&ハッキングし合った仲、キキョウさんがお茶し合った仲だ。ちなみにお前以外全員と面識あるぜ」
「ごめんちょっと頭痛くなってきたんだけど。え、何? 親父にジイちゃんに兄貴と戦って生きてんのか? つーかブタ君とババア何やってんの? なんで俺だけハブられてんの?」
「そりゃーアレだ、さっきも言った通りカルちゃんとお前をストーキ『それ以上言うな言わないでくれ俺の中のカルトのイメージが壊れてくんだ!!』そ、そうか、なんかゴメンな」
うぁぁぁぁ~と天、ではなくトンネルの天井を仰ぎながら頭を掻きむしるキルアにちょっと引きつつ、半ば空気と化していたつんつん頭の少年とオッサンのような青年と本来の目的であるクルタ族の少年に話しかける。
「さーてわりいな待たせて。今度こそ自己紹介と行こうぜ。俺の名は『うぁぁぁぁ~バカ~』だ。って違う!! バカ違う!!」
「そっか、バカさんだね!!」
「そうかバカというのか」
「これからよろしくな、バ・カ・さ・ん・よ」
「くっそーオッサンてめーは後で殺す!! そして猫目の少年すました顔で冗談言うな!! 一番悪いのは貴様だつんつん!! 本気で信じてんじゃねー!!」
と最後に言った奴から順番に指差し突っ込んでいった後、ゼーゼーと息を荒くしながらニードは再度自己紹介を始めようとした。ごほん、とひとつ咳払いをして息を整える。
「俺の名前はニードだ。よろしく。あの銀髪猫目の少年のことは一応もとから知ってる」
「へー、俺の名前はゴン! よろしくニードさん!」
とつんつん頭の少年改めゴン。
「私はクラピカだ」
とクルタ族の少年改めクラピカ。
「けっ、俺はレオリオだ。言っておくと俺はオッサンじゃねーぞ! まだ十代だ!」
「「「うっそぉ!?」」」
「おいてめーらなんでハモる!! ひっでーもう絶交だぞ!!」
喚くオッサンのような青年改めレオリオ。くっくっく、とニードは笑いを漏らした。なかなかに愉快な者たちである。
五人はこうして一次試験にて初めて邂逅した。
まだまだハンター試験は始まったばかりである。