(なんでマチがあいつと……ッ!?)
走っている途中に何気なく後ろを振り返ったキルアの視界に映ったのは、特徴的な桃色の髪をもつ顔見知りの美少女と、その隣を走る黒衣の男(ついでにその少し前を走る謎のピエロ野郎)。
ニード。
自分にそう名乗ったあの漆黒の男が何故彼女と? 考えられる可能性は三つ。
一つ、マチとあの男がもともとの知り合いである、という可能性。しかしこの可能性は限りなく低いとキルアは考えた。キルアが会った経験があるのはマチのみで、あんな男の姿など身に着けているコートの端すら見たことはないのだ。
あの男が言った言葉をそのまま信じるのであれば納得することもできるが、しかし幼かったとはいえキルアは超有名な暗殺一家・ゾルディック家の人間であり、なおかつその家系で一番の天才と呼ばれその頃から既に異常な戦闘力を誇っていたのである。あのとてつもなく異常な家で警戒を怠ることなんてなかったし、あんな男の一人や二人見つけられないわけがない。
足運びや身のこなしなど動作の一つ一つでただものではないことぐらいはわかる。それでも現在進行形でおちゃらけた態度をとる黒ずくめの男に覇気のかけらもあったもんじゃないし、なにより脳内お花畑のあのバカを自分がいままで見つけられなかったなど信じたくなかった(ついでに言うとカルトについても信じたくなかった)。
二つ、あの二人は現在何らかの協力関係にある、という可能性。しかしこれも限りなく低いだろう。
まずここまで走ってきて息一つ切らさず汗一つかいていないあの二人にかなりの実力があることは確かである。まぁこんなかったるいだけの試験で正確な実力を測れるわけはないが、ざっと見たところ“汗を全くかいていない”者は極少数だ。おそらく自分と妙なピエロ野郎にカタカタ動いている不気味なヤツ、そしてマチとあの漆黒の男の五人ぐらいだろう。
“汗をかいている”ということはこの試験を
そして三つ。キルアはこれが一番確率が高いのではないかと思っている。
すなわち、
キルアの兄に、イルミという男がいる。
彼は“針によって人間を操る”ことができる人間だ。キルアはそれを自身の目で何度も確認している。特殊な針を人間に埋め込んだ途端その人間を自身に隷属させる技術や、顔を変形させる技術、針を打ち込んでも死なせず生かし痛みを与え続ける技術その他色々を、仕事でも家でも、しっかりと見ているのだ。
キルアはこれを特殊な技法と解釈している。すなわち“人体の特殊なツボを一瞬で見切り、そこに特殊な針を特殊な打ち方で打ち込む”という技法。
実のところそれには“特殊な力”が働いているのだが、今のキルアにはそれを知る由もない。よって、彼は『あの男も似た技術を用いてマチを操ったのではないか?』という考えに至った。
操っているのなら話は簡単になる。情報を吐かして、自分に協力させる。それこそ自分の家のことを知っていたのに一番しっくりくるではないか。
ギリッ、と噛み砕かんばかりに歯をくいしばる。試験の最初、あの謎のピエロによる黒衣のアホ襲撃事件の時、そこから少し離れて人混みに混ざるか混ざらないかの場所にいたマチを見つけた時点で気づくべきだったのだ(マチは騒動が起きた時点で素早く離れていた。これもキルアには知る由もないが実は似たような状況を何度も経験していて結構慣れっこだった)。
言うべきだったのだ―――何故そんな近くにいるのか? と。
その時ならば近づいて話しかけることもできたのだ。そうしていれば、何か異常があった場合にもすぐに気付くことができたというのに。久しぶりだからといって恥ずかしがっている場合なんかじゃなかったのだ。
今となっては後の祭りである。あの黒衣の男がマチの隣を走ってしまっている以上、今から急に近づけば怪しまれるだけだろうし、話しかけるなんてなお無理だろう。第一この仮説が正しかった場合、話しかけたところで正確な情報など聞けやしないはずだ。
考える。自分が今からできることは何かあるか? ――それは好機を待つことだ。
あの男に接近し、情報を聞き出し、マチを解放し、殺すチャンスを待つ。――それが、唯一自分にできることだ。
――実のところ、キルアはマチの実力を知らない。自分の家と同じ闇に生きる人間だとはわかっていたが、相当な実力を持っているんだろうな程度にしか思っていなかった。よってマチが操られていると仮定してもニードの実力を図ることなんてできないし、このような簡単な試験では一定以上の力を持つ者の実力は測れない。自然、彼はニードをとてつもなく過小評価していた。
「どうしたのキルア?」
と、隣の自分と同い年の少年・ゴンの訝しげな声が聞こえた。
「あ、ああ、なんでもないよ」
「そう?」
首をひねるつんつん頭の少年から、視線を前に移す。いつの間にか自分たちが先頭に来てしまっていた。無闇やたらと後ろを振り返っていれば、それで怪しまれてエンドだ。
深い思考から意識を引っ張り上げながら、キルアはもう一度決意を固めた。
――野郎、絶対に殺してやる。
一方その頃、なにやら盛大に勘違いされている黒衣のアホは金髪猫目のクルタ族の少年・クラピカと、オッサンのような青年・レオリオの会話を盗み聞きしていた。両者の間には短くない距離があったが、そんなものは超人的な聴力を持ちなおかつ"特殊な力"を完璧に修めているニードにとって無いも同然である。
(……これでクルタの生き残りであることは確定っ、と……。しっかし、一族の眼の回収のために自分の誇りを捨てられるだなんて、随分と偉れーこって)
掴めた情報はクラピカ少年がハンターを志望した目的と、ついでにレオリオ青年の過去。
クラピカ少年のハンター志望動機は概ねマチとニードが予想していた通りだった。どうやら理知的なのは顔だけじゃないらしく、単純に復讐目的で
つーかあのオッサンみたいなオッサンいいやつすぎだろ、と心の中で呟く。手術代が払えず死んでいった親友がきっかけで医者を目指す単純さにも、子供に無償で治療をしてやるという夢にも好印象が持てる。人は見かけによらないとは本当によく言ったものだ。
「で? 意外と早くあいつの情報掴めたけど、この後どうすんの?」
そういやこの隣の相棒もそうだよなぁ、と苦笑を零しながら左を見る。
桃色の髪、鋭い目、すっと通った鼻梁、小顔の中に綺麗に収まった唇。どれをとっても文句なしの美少女である。まぁ年齢的には少女と呼べるかどうかは微妙だが、それでも見た感じはやはり美女というよりは美少女だし、年齢的に微妙といっても彼女はまだかなり若い。
そんな可憐な姿の相棒だが、性格は男勝りで口調もキツイ。物心つく前からずっと一緒にやってきたこの誰よりも大切な存在から浴びせられた毒舌で何度心を折られそうになったことか。少なくとも三桁入っているはずだ。あ、いや、下手したら四桁かも……。
などとちょっと考え込んでしまったニードに飛来する神速の拳を避けるすべはなかった。ズドガァン!! という決して人を殴っただけで出してはいけない音が盛大に響く。
「シカトすんな!!」
周りの受験生たちがぎょっと目を見開く中、あれほどの威力で殴られても足を止めなかった男はゆっくりと幽霊のように緩慢な動作で顔を元の位置に戻していった。え、あれ喰らって大丈夫なの!? と周囲の人間が驚愕を通り越して恐怖に至ろうとしたが、しかし彼らの感情はすんでのところで急ブレーキをかけた。そして呆れの方向へアクセル全開。
理由は簡単。黒衣のアホが、もうこれ以上ないというほど腫れた頬に見ているだけで痛々しいほどの涙目だったからである。え、何その無様? と逆に周囲の人間を引かせたのは彼の精神衛生上大変よろしくないので割愛させていただこう。割愛できてないが。
ともかく、どうやら少し考え込んだ結果気がそう長くない相棒を数秒
「ずびばぜんでした! ゆるじでぐだざい!!」
「で? 意外と早くあいつの情報掴めたけど、この後どうすんの?」
にっこりと綺麗に微笑んだ相棒の姿はとてつもなく可憐なものだったが目が全く笑っていない。彼女の背後に口が耳まで裂けた般若を幻視したニードは「ヒィ! ずびばぜん!」と半ば反射的に謝った。
早くいつもの英知あふれる自分(笑)に戻れ俺!! でなきゃ殺されるぅ!! とパニックに陥ったまま心を落ち着かせるために高速で深呼吸をする。数秒そうしていただけで微笑を浮かべている美少女の方から何やら拳を握り込むような音が聞こえてきたので、慌てて口を開いた。とりあえず走りながらもびしっと敬礼。
「え、えーとですね! とりあえずまぁ、まだ様子を見ようと思っているであります! ウチの戦闘バカ連中は復讐者とかむしろウェルカムな感じですし、殺るという選択肢の優先順位はさほど高くないでしょう! つーかここであいつ殺っちまったらウボォーの野郎に怒鳴られます!」
「それもそっか。でも戦闘バカって言ったらニードもそこに分類されると思うんだけど」
「んー、確かにそうかもしんねーけど、俺は強者と戦えるときに喜びを示すだけで好き好んで復讐されたいようなマゾじゃねーんだな」
「あー、なるほどね」
(((((あれ、
と、周囲に走る戦慄に気づかないまま二人は走り続ける。というか結構余裕だな受験生。
"やる"という単語が"殺る"を意味することもわからず、二人の言う"あいつ"が誰なのかもわからない謎の会話だったが、受験生たちはそんなもの知らんとばかりにただただニードの回復の早さに驚愕していた。
「……ん?」
「……見えてきたね、出口」
中間地点で既に三十七名が脱落したハンター試験最初の大壁・地上への大階段の果て。その光の差し込む出口が見えた途端、受験生たちが一気に騒がしくなった。
あと少し、と疲れた体に鞭打ってトンネルを抜けた受験生たちを迎えたのは、霧が深く、背の高い樹や遠くにある山ぐらいしか視認できない湿原。
「ヌメーレ湿原。通称"詐欺師の塒"。二次試験会場へはここを通っていかねばなりません」
という、第一次試験官サトツのよく通る声が受験生たちの耳に届いた。受験生たちに反応はなかったが、しんと静まり返ったなかで、彼はそのまま説明を続ける。
「この湿原にしかいない珍奇な動物達。その多くが人間をも欺いて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物です」
振り返り、指を立てて、彼は受験生たちに言い聞かせるように、忠告するように、警告するように、――言った。
「十分注意してきてください。だまされると死にますよ」
受験生A「ちょっと話したと思ったらあのアホの顔のデケェ腫れがひいていた。そして普通に走っていた。マジックを見ているようだった。な、何を言っているのかわかんねぇだろうが確かにそうだったんだ!」
受験生B「俺も見たぜ!奴は隣の美少女から繰り出されたとんでもねぇ威力のパンチを喰らっても意識を失わなかったんだ!それどころか足すら止めなかった!な、何言ってるのかわかn(ry」
受験生C「あ、俺も俺も!……」
――――――――
受験生A「議論の結果あのアホはやはりアホなのだろうという結論に至った」
受験生A&B&C「「「……どうしてこうなった…………」」」
受験生A「ま、まあ気を取り直してあの美少女の話をしようじゃないか!みろ、あの出るところは出たナイスバデ」アタマグワシ!!
ニード「……アイツに手ェ出しやがったらブチ殺すぞ……?」ゴゴゴゴゴゴ
受験生A「ヒィィ!!」ガクッ
受験生B&C「「……片手で巨漢のAを持ち上げた、だと……?」」ガクブルガクブル
マチ「…………///」カァァ