蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第六話 ノックアウト・キック

 ヒュオオオオ、と不気味で冷たい風が吹いた。

 背後でトンネルの出口がガシャ、と音を立てて閉じられた。あとほんの数歩のところで力尽きてしまったらしい手を伸ばした格好の受験生の姿が、シャッターの向こう側に消える。

 それを見て、妙な感想を抱く者が一人。

 

(うーわーかわいそー。あれって戻んのどーすんだろ、もうヘトヘトだろ? 休んでから戻んのかな? それとも協会がなんか気ィ利かせてくれるとか?)

 

 うーん、と首をひねるこの男こそは、やはりというか我等が嫌う黒衣の男、ニードである。その様子を見たマチが訝しげに訪ねた。

 

「どうかした?」

「んー? いや、あの受験生たちはこの後どーすんだろーと思ってさ。自力で戻んのは大変そうだし、かと言って車だと一回二回じゃ回収しきれねーだろ? まぁトラックとか持ち込みゃ話は別なんだろーが、そもそも車からして入れんのは無理っしょ。やっぱ“能力”かなーって考えてた」

「……ほんと、ニードって妙なとこで細かいよね」

 

 少し小声で話す二人に周囲が不思議そうな視線を向け――る前に、ハンター試験第一次試験官サトツの声が耳に届いた。

 

「この湿原の生き物はありとあらゆる方法で獲物をあざむき捕食しようとします。標的を騙して食い物にする生物たちの生態系……詐欺師の塒と呼ばれる由縁です。騙されることのないよう注意深く、しっかりと私のあとをついて来て下さい」

 

 ヒュウウウウ、と乾いた音を鳴らして風が吹いた、

 その時。

 

「――ウソだ!! そいつはウソをついている!!」

 

 男の叫び声が聞こえ、しんと静まり返っていた受験生たちの脳内で反響した。

 声の発せられた方向を一斉に見る。出口の右横から、体をよろつかせながらひとりの男が出てきた。

 

「そいつはニセ者だ!! 試験官じゃない。オレが本当の試験官だ!!」

 

 男はそう言って一人の男性を指差した。――ハンター試験第一次試験官サトツと名乗った男を。

 正体不明の男はようやく全身を露わにした。所々血が流れていて、脇腹を抑えていることから瀕死のようにも見える。

 

「ニセ者!? どういうことだ!?」

「じゃ、こいつは一体……?」

 

 オッサンのような以下略とハゲが驚声を上げた。

 自称真の試験官の男は続けて叫ぶ。

 

「これを見ろ!!」

 

 バッ、と男は勢いよく先程まで自分がいた場所から何かを引っこ抜いた。

 ぶら下げられているのはなんともコメントのしづらい猿のような生物。手足・顔・胸・腹以外が黒い毛に覆われている。そして――――

 

「ヌメーレ湿原に生息する人面猿!!」

 

 人面猿と呼称されたその生物の顔は、舌を出してぐったりとはしているが、受験生たちをここまで連れてきた第一次試験官サトツのものと瓜二つだった。

 受験生たちに、衝撃走る。

 

「人面猿は人面猿は新鮮な肉を好む。しかし手足が細長く非常に力が弱い。そこで自ら人に扮し言葉巧みに人間を湿原に連れ込み、他の生き物と連携して獲物を生け捕りにするんだ!!」

 

 説明を終えたらしい男は、びしっとサトツを指さして、声高らかに叫んだ。

 

「そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にするつもりだぞ!!」

 

 そして、言い終えたかどうかの瞬間。受験生たちが突然の話の咀嚼を終える刹那――、

 ――さくっ、と。まるでケーキにナイフを入れるかのように簡単に、謎の男の顔に三枚のトランプが突き刺さった。ガ……とだけ呻いて男はなすすべもなくどうと地面に倒れこむ。トランプが刺さったのは額、鼻、顎。半分近く埋まっていたため、即死は免れないだろう。

 攻撃を受けたのは謎の男だけではなかった。謎の男が投げられた枚数よりも一枚多い四枚のトランプを指で挟み、当たれば即死の攻撃を防いだ――ハンター試験第一次試験官サトツ。

 

「――くっく♠なるほどなるほど♣」

 

 何かに納得したような声で呟きながらマジシャンがよくやるようにシャーッと広げた手の中でトランプの束を高速移動させているのは、右頬に星型・左頬に涙型のペイントを施した、試験開始時にも騒ぎを起こした危険人物。

 その人物に殺された謎の男の近くに放置されていた、死んだふりをしていたらしい人面猿がキキッと鳴き声を上げて逃げていった。

 謎の男とサトツを攻撃した危険人物は即座にトランプを投げようとして――やめた。

 既に知人が動いていたからだ。

 次の瞬間、受験生たちの視界から、突然人面猿の姿が掻き消えた。数瞬遅れてズドバゴオオオオオオオオオオオン!! という爆音が響き渡り、もうもうと土煙が立ち上る。衝撃で吹き付ける風の中、受験生たちは皆一様におめめをパチクリさせた。

 先程まで人面猿がいた場所には一つの黒い物体があった――否、人間がいた。黒い髪に黒いコートの全身黒ずくめの男が、空中で回し蹴りを決めた体勢でそこにいた。

 受験生たちが状況をよく飲み込めていない中、黒ずくめの男はすました顔でシュタッと地面に降り立った。

 ――そしてそのまま掻き消える。

 受験生が騒ぎ出す前に黒ずくめの男は姿を現した。――そう、遠く離れた位置から、受験生たちのすぐそばまで、一瞬で移動したのだ。厳密に言えば、騒ぎ出す前にというよりは、何が起こったのかわからないまま、消えたと思ったら近くにいた、というのが正しいが。

 黒ずくめの男はそのままスタスタと桃色の髪の美少女の隣に戻っていく。

 危険人物――ヒソカは満足したように頷いてから、サトツを見据えて口を開いた。

 

「これで決定♦そっちが本物だね♥」

 

 受験生たちの視線が一斉にサトツへと集まる中、サトツは大した反応を見せずにつまらなそうにトランプを弾いて捨てた。

 ヒソカは言葉を続ける。

 

「試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくもの♠我々が目指すハンターの端くれともあろう者があの程度の攻撃を防げないわけがないからね♣」

「それに、だ」

 

 と、ヒソカの言葉に続けて口を開いたのは、先の圧倒的光景を見せつけた黒ずくめの男――ニードだった。

 

「さっき死んだ擬態した人面猿の話じゃあ、人面猿は手足の力がひじょーによえーんですよってことじゃねーか。ちょっと考えりゃあわかるだろ、そんなヤツがあれだけ早くてタフなわけあるかよ」

 

 あ……、という声がいくつか上がり、そのうちの二つを発した人物を指差して、呆れたような声を出す。

 

「特にレオリオとハゲ。テメーらしょっぱなから騙されてんじゃねーよ」

 

 あはーと頭を掻くアホ二人を見て溜め息をついた黒衣の男もといアホ(モノホン)は、ひらひらと手を振って自身の話の終わりを告げた。

 サトツは諭すような口調で言う。

 

「44番、それは褒め言葉と受け取っておきましょう。しかし、次はいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします。よろしいですね」

「はいはい♦」

 

 本当にわかっているのか疑ってしまうくらい軽く返事を返したヒソカから視線を動かし、サトツは黒衣の男を見据えて再び口を開く。

 

「それから407番」

「うぇぇ!? 何かしたっけ俺!?」

 

 と驚く黒衣のアホを無視してサトツはまたまた諭すような口調で言った。

 

「人面猿を殺しに行こうとしたのは別に構いませんが、殺り方が問題ですね。今回は小規模で済みましたが、無駄な自然破壊行為を数多く行った場合、懲罰対象となりますよ」

「うへぇ~。わかりましたぁ……」

 

 ガックシと肩を下げるニードを一瞥し、受験生たちはサトツが話の途中で目を向けた、ようやく土煙が薄れてきた場所へと目を向ける。

 そして、皆一様に再びおめめをパチクリさせた。

 ――視線の先には、小規模なクレーター状に穿たれた大穴。

 直径は五メートルほどか。周りの木々は風圧によってか全て薙ぎ倒され、大穴は草どころか緑の一つもない土が覗くのみ。周りには土砂が大量に飛び散っている。

 そして、大穴の一番深いところには、もはや原型のなくなった何かの肉の塊が、何かで出来た赤いシミと共に在った。

 受験生たちは今度は皆一様にゴクリと息を飲んだ。二重のツッコミが受験生たちの脳裏を駆け回る。

 一つ、

 

(((((いやいやいやいやめちゃくちゃグロッッッ!!)))))

 

 流石にここまで来た受験生たちだけあって吐くまでには至らないが、かなり不快になることは避けられない。というか快楽殺人者なわけでもないので普通に嫌である。

 二つ、

 

(((((いやいやいやいやオーバーキルなんてレベルじゃねえぞッ!?)))))

 

 先の擬態した人面猿を殺すのに使われたトランプの枚数は三枚。それでもやりすぎな方であるというのに、あの黒衣のアホは何考えてこんな無駄な自然破壊添えでやっちゃったのかなと驚愕と恐怖を通り越した呆れの視線が黒衣のアホに突き刺さった。

 がふっと吐血してアホは崩れ落ちた。

 ――そこで受験生たちはようやく気付いた。

 ギャアギャアという、やかましい鳥の声に。

 ――おびただしい数の鳥たちが人面猿の死肉に群がっていた。

 静かなサトツの声が受験生たちの耳に届く。

 

「あれが敗者の姿です」

 

 新鮮な食える肉だとわかったらしい鳥たちが次々に肉を喰らっていく。鳥のくちばしが死体をつつくたびに、グチョグチャペチャと血肉が飛び散った。

 

「……自然の掟とはいえ、えぐいもんだぜ」

 

 どこかから少し引き気味の、一部を除く受験生全員の心を代弁した言葉が洩れた。

 サトツは顔色一つ変えずに言う。

 

「私をニセ者扱いして受験者を混乱させ、何人か連れ去ろうとしたんでしょうな。こうした騙し合いが日夜行われているわけです。何人かは私を疑ったんではありませんか?」

 

 じろりと受験生全員の視線を浴びた件の二人が、冷や汗とともに頭を掻いた。

 しかしそれを促したサトツはさして気にしていないような口調で言葉を続けた。

 

「それでは参りましょうか。二次試験会場へ」

 

 どこかで木の葉が揺れ、水面に波紋が広がる音がした――ような気がした。

 受験生三百十一名、ヌメーレ湿原に突入。

 

 

 

「悪りーなヒソカ、見せ場奪っちまってよ」

「くっくっく♥いいよ別に♦」

 

 走り出してしばらく経ち、深い霧に突入し始めた頃。ニードは小声で、先ほどのことをヒソカに謝っていた。

 なおも謝り続けるニードに、ヒソカはくつくつと笑って言葉を返す。

 

「だからいいって♣おおかた、今後の面倒を回避したいからだろ?」

「そーゆーこと。ここでちょっとビビらせときゃあ、このあともし潰し合いとかがあってもそうそう仕掛けてくる奴はいなくなるだろ?」

「くっくっく♦その面倒事が楽しいんだと思うけどなァ♠」

「そりゃてめーだけだっつーの。もう我慢できねーんだろ? 行ってこいよ」

「じゃあ失礼♥」

 

 会話を終え、そのまますぅっと霧に消えていくヒソカ。おそらくこの後、後方ではヒソカの大虐殺ショーが始まることだろう。

 辺りを見回すが、かなり霧が深くなってきており、隣を走るマチの姿しかはっきりとは見えない。前を走るやつの姿すら霞んでいるのだ。当然、キルアもゴンもクラピカもレオリオも見当たらない。

 そして、大体の現状確認を終えたニードは薄く笑った。

 

「ははは、ホントにヒソカは食えねぇなぁ……」

「それに関しては同意するよ」

 

 独り言のつもりだったが、桃色の髪の相棒に相槌を返されて、ニードはいっそう薄く笑う。

 

「あんなカマかけ、アイツは絶対気づいたはずだ。だって、離れちまったらもうアウトなんだからよ。距離からして、“アレ”使っても無理だろうさ」

 

 くつくつと笑い、呟く。

 

「協力者がいるな。それも俺に教えて問題ないと思える人物(おそらくはおれのちじん)。針見た時からまさかとは思っていたが……来てたか、イルちゃん」

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