除夜の鐘が鳴る夜。僕は一人、自宅のリビングでぼんやりとテレビを見ていた。
別に番組自体に興味があったからではない。ただ暇だったから見ていたのだ。
だから音量は小さくして、耳を済ませてやっと聞こえるくらいにしている。
けれど、それでも僕は司会者のハイテンションな喋りを騒がしいと感じていた。
──なんでこんなに大騒ぎしてるんだろう。
そう思っていた時、テレビから聞こえてくる声が一際大きくなり、
PiPiPiPiPi
同時に携帯のメール着信音が鳴り響いた。
テレビの画面には華やかな和服姿のタレントが立ち並び、いくつもの”おめでとう”が聞こえてくる。
──何がおめでたいんだろう。
毎年同じことを思っていた。
世間一般的にはめでたいことらしいが、僕にはいまいちピンと来ない。
小学生の頃、このことを不思議に思った僕は姉さんに理由を聞いたことがある。
その時の姉さんの答えは”無事に新年を迎えられたことを祝っている”だった。
どうして新年を迎えられることを祝うのだろう。
ずっと年末が続けばいいのに。
あの時、小学生の僕はそう思った。それは今も変わらない。
冬休みは夏休みに比べて短い。
年が明けたということは、休みが半分終わってしまったということだ。
もうすぐ三学期が始まる。僕にはそれが憂鬱で素直に喜ぶことができなかったのだ。
──去年までは。
【あけましておめでとう。今年もいっぱいよろしくね】
このメールの送信者の名前を見ると、自然と顔が綻んでしまう。
【From : 島田 美波】
このメールの主。それは僕の彼女。
僕たちが付き合いはじめて二ヶ月が経つ。
付き合っていることがクラスの皆に知られてからは戦いの日々であった。
毎日のように異端審問会に追われ、清水さんに命を狙われた。
しかし補習授業最終日のあの日以来、須川君たちにも清水さんにも遭遇しなくなった。
あの日、校内鬼ごっこで僕らは勝利した。
確かにこれは要因のひとつではあるが、一番大きいのは冬休みに入ったことだろう。
今、僕は自宅のリビングで携帯に映る文字を眺めている。
っと、そうだ。ニヤニヤしてないで返事を書かないと。
えっと──
Prrrrr
「おわっ!!」
返事を書こうとボタンを押そうとした瞬間、携帯が振動した。
び、びっくりしたぁーっ!
って、もしかして美波か!?
Pi
「も、もしもしっ!」
『よぅ、明久』
「人違いです」
Pi
最悪の正月だ。美波かと思ったら男の声じゃないか。
まったく、酷い間違い電話だ。
Prrrrr Prrrrr
またかかってきた。うるさいなぁ。
Pi
「なんだよ雄二」
『テメェ分かってて切っただろ!』
「まぁね。聞きたくもない声だったもんでね」
『テメェ……覚えてろよ……』
この電話の主は雄二。一年生の頃からの悪友だ。
正月早々こんな声を聞きたくなかったのに。
「で、何の用さ」
『あぁ、明日──というか日が変わったから今日だな。暇か?』
「暇と言えば暇だけど……」
だからこれから美波に連絡して遊ぶ約束をしようと思ってたんだけど。
『それなら初詣に行かねぇか?』
「初詣?」
『お前が学園始まって以来の底抜けのバカだってことは俺も知っている。だがそんなお前でも初詣くらい知っているだろう? 新年の無事と平穏を祈願する日本の習わしだ』
こいつ、誘ってるのか喧嘩を売ってるのか、どっちなんだろう。
「いや、説明されなくたってそれくらい知ってるけど……。なんで突然そんなものに誘ってくるのさ」
『あー。島田と行く予定だったか?』
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
『なんだ。フられたのか?』
「ち、違うよ!! そんなわけないだろ!!」
電話の向こうからカラカラと笑う声が聞こえてくる。
こいつ、僕の反応を楽しんでるな?
「それで、なんで初詣なのさ。去年はそんなの行かなかったじゃないか」
『まぁいいじゃねぇか。予定が無いならお前も来いよ』
ん? この口ぶりはもしかして……。
「雄二」
『なんだ?』
「今、横に霧島さんがいるよね」
『ンなわけねぇだろ。俺はただ──』
『(……雄二。瑞希に電話したい。どこを押せばいいの)』
『(だーっ! お前は喋んなっつったろ!)』
『(……雄二は冷たい)』
おーい、筒抜けだよー。
『(あぁもうっ! 教えるからちょっと待ってろ!) いいか明久! 秀吉とムッツリーニには俺から連絡する! お前は島田を誘って来い! 文塚神社の前に午後一時だ! いいな!』
「えっ? ちょ、ちょっと待っ──」
プツッ
あ……。
やれやれ。なんて一方的なヤツだ。
どうせ霧島さんに言われて断りきれなかったから巻き添えにしようという魂胆だろう。
それにしても初詣か。……たまにはいいかもしれないな。
神様ってやつをそんなに信じてるわけじゃないけどさ。
それじゃあ早速美波に連絡するかな。
僕は閉じた携帯を再び開き、アドレス帳から美波を選択。電話を掛けた。
(Prrrrr Prrrrr)
……
(Prrrrr Prrrrr)
出ない。どうしたんだろう。もしかしてもう寝てしまったのかな?
『もしもし? アキ?』
と思って携帯を耳から離したところで美波の声が聞こえて来た。
「あ、美波? 夜遅くにゴメン。寝てた?」
『ううん。リビングにいたから自分の部屋に移動してたの』
「そっか、それなら良かった。あ、メール見たよ。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
ありきたりだけど、やっぱり挨拶は大事だよね。
『うんっ、こちらこそよろしくね』
電話口から嬉しそうな声が聞こえてくる。
やっぱり新年最初の声は雄二みたいなダミ声じゃなくてこんな声が聞きたかったな。
「それでさ、今日の午後って空いてる?」
『今日? 空いてるわよ? 何? デートに誘ってくれるの?』
雄二からの電話がなければそうしていたところだ。
けど、さっきの雄二の電話からは姫路さんを誘っている様子もあったし、秀吉とムッツリーニを誘うとも言っていた。
つまり今回はいつものメンバーということになるだろう。
「えっと、ゴメン、今回はちょっと違うんだ。実は雄二が皆で初詣に行こうって言っててさ、姫路さんも誘ってるみたいだし、美波も一緒にどうかなと思ってさ」
『初詣……? あ、さっきテレビで見たわ。神社にお参りするアレのことね?』
そうか。美波は去年日本に来たのだから、日本での正月は二回目なるんだな。
初詣を知らなくても当然か。
『いいわよ。ウチもちょっと興味あったし』
「よかった。じゃあ決まりだね」
『実はね、この前振袖を買ってらったの。ちょうどいい機会だし、それを着て行くわ』
「マジで!? いいなぁ……。僕なんか何も買ってもらえないよ。なんでだろ」
『そんなの普段の行いが悪いからに決まってるじゃない』
「う……。そんなに悪いかなぁ」
『きっと成績が上がれば認めてくれるわよ』
「そうかなぁ……」
うちの親に限ってはそんなことはない気がする。
『ところでどこの神社に行くの? 待ち合わせする?』
「あ、そうだった。えっと──」
確か雄二は文塚神社に午後一時って言ってたな。
文塚神社はこの辺りで一番大きな神社だ。
なんでも車で参拝に来る人もいるくらい大きな神社らしい。
けど、ここからなら歩いて行ける距離だ。
うちと美波の家の位置関係からすると、商店街を抜けて行くのが一番の近道だろう。
「場所は商店街の北にある文塚神社だって。商店街の南口で待ち合わせしようか」
『あの大きな神社ね。じゃあ三十分前くらいに行けばいい?』
「そうだね、午後一時集合だって言ってたから、十二時半に南口で」
『分かったわ。アンタ、遅刻するんじゃないわよ?』
「善処します」
『もし遅刻したらクレープおごってもらうからね』
「そ、それは困る……」
年末にゲーム買っちゃったから今月は厳しいんだよな……。
どうして年末ってこんなにゲームの発売日が集中してるんだろう。
僕の財布具合も考えてほしいものだ。
『遅刻しなければいいのよ。ふふ……じゃあ今日はもう寝るわね。明日よろしくね』
「あ、うん。おやすみ、美波」
『おやすみ、アキ』
Pi
さて。僕も寝よう。
……
明日は美波の振袖姿が拝めるんだな。
なんだか楽しみだ。