「さてと、そんじゃそろそろ行くとするか」
雄二が立ち上がって皆に言う。
見上げると、あいつの暗かった顔はいつの間にか自信に満ちたブサイク
立ち直りの早いやつめ。もっと落ち込んでいればいいのに。
「雄二よ、次はどうするのじゃ?」
「決まってンだろ。出店で買い食いだ」
なるほど。確かにこういうのは夏と正月くらいだし、この機会を逃す手は無い。
さっきは迷子騒動で楽しめなかったし、僕も雄二に賛成だ。
ただ────
「あの、私はちょっと……」
姫路さんはあまり気乗りしないようだ。
「どうしたのよ瑞希、お腹の具合でも悪いの?」
「いえ、そうじゃなくて……その……」
「あ、そうね、瑞希はさっき食べ──」
「美波ちゃんっ!」
「そうだったわね。ふふ……」
「んむ? なんじゃ、もう何か食してきたのかの?」
「それは言えないわ。ね、瑞希」
「そ、そうですっ、秘密なんですっ」
「むぅ……秘密にされると気になるのう」
どうやらベビーカステラのことは皆に秘密らしい。
ならば僕も口裏を合わせねばなるまい。
「秘密? 秘密ってべび──」
「ダメよ葉月、さっき内緒って言ったでしょ?」
「そうでした。えへへ……」
「ふむ。つまり何かは言えぬが何かを食してきたということじゃな?」
「はいですっ! でも綺麗なお姉ちゃんがいっぱい食べちゃったのは内緒なんですっ!」
……どこら辺が内緒なんだろうか。
「あぁもうっ、ダメじゃない。ベビーカステラのことは内緒って言ったでしょ?」
えっと……美波? 君も思いっきりバラしちゃってるよ?
なんかもう色々と台なしだ。
「美波ちゃぁん……内緒って言ったじゃないですかぁ……」
「あっ……。ご、ゴメンね瑞希、つい口が滑っちゃって……」
「なるほどのう。話を総合すると、姫路はそのベビーカステラを食べ過ぎたということじゃな?」
「あ、はい、実はそうなんです……」
「それはワシも欲しかったのう」
「残念だったわね。瑞希が全部食べちゃったわよ」
「み、美波ちゃんっ! 私そんなに食べてないですっ!」
「ふふっ、冗談よ」
「なんじゃ、冗談であったか」
「……少し本気にした」
「そんな、翔子ちゃんまで酷いですっ! そんなに食べたらお相撲さんみたいになっちゃうじゃないですか!」
「……大丈夫。瑞希は太ってなんかない」
「姫路よ、霧島の言うとおりじゃ。お主は少し気にし過ぎじゃぞ?」
「いつもスリムな木下君には分からないんですっ!」
「何を言っておるのじゃ……。落ち着くのじゃ。お主は太ってなどおらぬ」
僕も秀吉の言うようにそんなに太ってないと思うけどな。
確かに極一部は凶悪なほどに大きいけど……。
そんなことを思いながら姫路さんたちを眺めていたら、
『おーい、いいから行こうぜ』
後ろから雄二が呼びかけて来た。どうやらあいつは早く出店を見に行きたいらしい。
「皆、お楽しみのところ悪いんだけど雄二が行こうってさ」
「あ、うん。行きましょ瑞希」
僕の呼び掛けに従い、皆はぞろぞろと歩き始めた。
「まったく、美波ちゃんったら酷いです。内緒って言ったのにっ」
「あはは、ゴメンゴメン」
「ぷんぷんっ!」
姫路さんは頬を膨らせて怒りながら歩く。
でも怒りの感情はほとんど感じなくて、ぜんぜん怖くない。むしろ可愛いと思えるくらいだ。
「お姉ちゃん、葉月わたあめが食べたいですっ」
「はいはい、でも今度は皆と一緒に行くのよ?」
「はいですーっ!」
ウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ葉月ちゃん。
この様子だとまた暴走してしまいそうだな。
そう思った僕は最後尾に付き、葉月ちゃんを見守るように歩き始めた。
……
けど……。
どうしても気になってしまい、僕は立ち止まって振り返る。
遠目に見る社務所の窓には独り奮闘する工藤さんの姿が映っている。
……
工藤さんはいつも明るく、よく八重歯を見せて笑っていた。
性格はいたずらっ子で、色々なことに首を突っ込んできては僕たち男子を振り回してきた。
だがあの中にそんな彼女の姿は無く、あるのは疲れを隠すような作り笑いを見せる女の子の姿。
「……今から募集しても集まらないし……か……」
僕はさっき工藤さんが言っていた言葉が気になり、独り呟いていた。
明け方というのが何時のことを指しているのか分からない。
でも明け方と言うからには日が昇る直前か直後くらいだろう。
だとしたらそれは朝の五時とか、それくらいの時間ということになる。
今の時刻は午後二時過ぎ。
仮に五時から働いているのだとしたら、既に九時間以上働いていることになる。
しかも交代要員がいなくて、この後もまだ働き続けなければならないというのか……?
「アキ? どうしたの?」
急に横からそんな声が聞こえ、我に返った。
気付けば横には美波が立っていて、僕の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
「ううん。なんでも──」
「嘘ね」
あっさり見破られてしまった。
こう言われてしまうと誤魔化しようが無いな……。
「う、うん……」
「やっぱり何かあるのね?」
でもここで『工藤さんの手伝いをする』なんて言ったら楽しんでる皆に悪いよな……。
「い、いや、やっぱりなんでもない」
「ふーん、そう。言えないって言うのね。いいわ、それなら当ててみせるから」
「へ? 当てる?」
「そうね……。きっとアンタのことだから……」
美波は頬に人差し指を当てながら何かを考えるような素振りを見せる。
少しの間そうやって考え込んだ後、美波は社務所の方にチラリと目を向ける。
そして、
「愛子のことを放っておけない。ってトコかしら?」
そう言って楽しげな微笑みを僕に向けてきた。
その笑顔を見た瞬間、僕の心臓はドクンと大きく脈打った。
「ふふ……。その顔、図星みたいね」
「よ……よく分かったね」
「アンタの考えていることくらい分かるわ。だって」
ここまで言うと美波は急に口を止め、辺りをキョロキョロと見回しはじめた。
そして周囲に人がいないことを確認すると、
(だってウチはアキの彼女なんだから)
小声でそんなことを言ってきた。
その言葉に僕の心臓は更に大きく脈打ち、その胸の高鳴りは徐々に激しさを増していった。
嬉しかった。
こんなに可愛い女の子が自分の彼女であることが。
こんなにも僕のことを理解してくれていることが。
そうさ。おみくじの結果なんて関係ない。僕は今こんなに幸せなんだから。
「愛子を手伝いたいんでしょ? いいんじゃない? 行ってきなさいよ。坂本たちにはウチから言っておくわ」
「美波……ありがとう」
「ううん。お礼を言うのはウチの方よ。今のウチがあるのはアキのおかげなんだから」
付き合いはじめてからの美波はこういうことを躊躇い無く言ってくるようになった。
けれど僕は未だにこういった言葉に慣れない。
どうしても恥ずかしくて、胸の辺りがむず痒くなってしまうんだ。
「そ、そんなことはないよ! じゃ、じゃあ行ってくる!」
僕は照れくさくて堪らなくなってしまい、逃げるように社務所に向かって走り出した。
「あ、待ってアキ」
「うん? な、何?」
「やっぱりウチも一緒に手伝うわ」
「えっ? でもそれじゃ葉月ちゃんが独りで帰ることになっちゃうよ?」
「大丈夫よ。それは瑞希か坂本に頼むから」
「でも……」
「アキ。ウチの性格はよく知ってるでしょ?」
「う、うん」
美波は一度言い出したら聞かない。
つまり僕がいくら反対しても無駄ということか。
「……分かった。一緒に手伝おう」
「それでいいのよ。ふふ……」
僕の判断に美波が満足げな笑みを浮かべる。
せっかく皆で初詣に来たんだから迷惑は掛けたくなかったけど……。仕方ないか。
「それじゃあ美波は雄二たちにこの事を伝えてくれる? 僕は工藤さんに言ってくるよ」
「分かったわ」
「じゃ、そっちはよろしく!」
僕は再び社務所に向かって走り出す。
「いいアキ! 手伝うのはウチのアンタの二人だからね! 変な気を回して自分だけ手伝うなんてことにしたら絶対に許さないからね!」
「あぁ! 分かってるよ!」
☆
社務所の横の窓に着いた僕は忙しそうなショートカットの女の子に声を掛ける。
「工藤さん」
「あーお客さんっ、ちゃんとそっちの列に並んで──って、吉井君? どうしたの?」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな? あ、仕事しながらでいいから」
「? うん」
「さっき交代要員がいないって言ってたよね?」
「うん。昼から予定してた人が
なるほど、食あたりか。
しかも牡蛎ともなれば、相当な痛みだろう。
僕は経験したこと無いけど、なんでも三日間動けなくなるんだとか。
「それじゃ、僕がその人の代わりに手伝うよ」
「えっ? 吉井君が? ──あ、十四番ですね。こちらをどうぞっ」
僕と話をしながらも工藤さんは仕事を続ける。結構器用な人だな。
「それとね、美波も手伝いたいって張り切ってるんだ」
「美波ちゃんも? それはボクも嬉しいけど……でもいいの? 皆、初詣に来たんじゃないの?」
「そうなんだけど、このままじゃ工藤さんは一日中働き詰めなんだろう?」
「確かにそうだけど……。──合わせて七百五十円になります」
……凄いな。この人、僕と話をしながら暗算してるよ。
やっぱりAクラスは伊達じゃないってことか。
でもあんまり長話すると迷惑かけちゃうな。早めに話を付けよう。
「困った時はお互い様だよ。僕に手伝わせてくれないかな」
「……吉井君って優しいんだね。美波ちゃんが羨ましいな」
「ほぇ? なんで美波が?」
工藤さんも時々、僕に分からないことを言う。
なんで美波が羨ましいんだろう?
「あ、でもボクに浮気なんかしちゃダメだよ? 美波ちゃんに怒られちゃうからねっ」
「なっ!? う、浮気!? い、いや、ぼぼ僕はそそそそんなつもりじゃなくてさ! ほら、なんていうかアレだよアレ!」
あぁもうっ! 恥ずかしくて全然言葉が出てこないっ!
もう自分でも何を言ってるのかさっぱりだよ!
「あははっ、冗談だよ? ホント、キミの反応って面白いねっ」
うぅ……。やっぱりこの人苦手かも……。
と目を逸らすと、真横に黒い物体が置かれていることに気付いた。
はて。ここにこんな物体あったっけ?
と思っていると、
「…………浮気現場」
その黒い物体が言葉を発した。
「なっ!? ム、ムッツリーニ!?」
い、いつからここに居たんだ!? まるで気配を感じなかったぞ!?
「よう明久、話はついたか?」
この声は雄二? おかしいな。あいつは出店に向かったはず……。
不思議に思って振り返ると、
「明久君、私達もお手伝いしますよ」
「……皆で手伝えば愛子も休める」
「友が困っておるのじゃ。ワシも一肌脱ぐぞい」
姫路さんに霧島さん、それに秀吉までが一緒にいた。
「あれ? 皆どうしたのさ。出店に行ったんじゃないの?」
「それがね、ウチが『愛子の手伝いをしてくる』って言ったら皆も手伝うって言ってついて来ちゃったのよ」
「へ? そうなの? それじゃあ葉月ちゃんは?」
まさか葉月ちゃん一人で帰したって言うのか?
「それが葉月まで手伝うって張り切っちゃって……」
「はいですっ! 葉月もお手伝いするですっ!」
葉月ちゃんが美波の後ろからひょっこり飛び出して元気に手をあげる。
なんだ、結局全員戻って来ちゃったのか。
せっかく気を回したのに無意味だったじゃないか……。
でもまぁ来ちゃったものはしょうがないか。
「一番乗り気なのはムッツリーニみたいだけどな」
「美波ちゃんから話を聞いたら一番に飛んで行きましたからね。ふふ……」
「…………そんな事実は確認されていない」
「しかし明久よ、何故ワシらを誘ってくれぬのじゃ?」
「それはその……せっかく皆初詣を楽しんでるのに悪いかなって思ってさ……」
「なんじゃ水臭いのう。そんなことに遠慮は無用じゃ。大体、お主らに働かせておいてワシらだけ遊ぶなどできるわけがなかろう?」
「そうですよ明久君、手伝うなら皆一緒です」
「ま、そういうことだ。大人しく聞いておけ」
「……反論する余地は無さそうだね。わかったよ」
まぁ皆がそうしたいって言うのなら反対する理由も無いか。
でも総勢八人か。こんなに大勢で手伝うことなんてあるのかな。
「工藤さんこの通り皆手伝いたいみたいなんだけど、どうかな?」
「あははっ、皆物好きだね。でもありがと。叔父さんも喜ぶと思うよ。じゃあお願いしようかな」
よし、工藤さんの承諾を得られた。
これだけの人数がいれば工藤さんも休めるだろう。
売っている物は特殊だけど仕事は普通の店員と同じだし、僕にだってできるはずだ。
「おじさーん! バイトの補充要員が来てくれたよ~っ!」
工藤さんが部屋の奥に向かって呼び掛ける。すると、
『本当かい!? ちょっと待ってくれ! すぐに行く!』
奥の部屋から男性の声が聞こえてきた。
工藤さんの叔父さんか。どんな人なんだろう?
次回、オリジナルサブキャラの登場です。