程なくして、奥の部屋から一人の男性が出てきた。
その人は工藤さんと同じ白衣に身を包み、薄紫色の袴を穿いていた。
白髪交じりの短髪に額を出したヘアスタイルはどことなく化学の布施先生を彷彿させる。
「紹介するね。ボクの叔父さんの”ツカサ”さんだよ」
「皆さん初めまして。オオミヤ ツカサと申します。どうぞよろしくお願いします」
そう言いながら叔父さんは腰を折り曲げ、深々と頭を下げて丁寧に挨拶をする。
「あ、ど、どうも……」
なっ……なんだ? どういうことだ? 完璧な挨拶じゃないか。
あの工藤さんの叔父さんっていうから、もっと
「ほらアキ、挨拶よ」
「あ……そ、そうだね」
混乱してる場合じゃなかった。挨拶を返さなくちゃ。
「えっと、吉井明久といいます。工藤さんとは同じ学年の友達になります」
「同じく友人の坂本雄二です」
「……クラスメイトの霧島翔子……です」
「姫路瑞希です。よろしくお願いします」
「木下秀吉じゃ」
「…………土屋康太」
「ウチは島田美波です。こっちは妹の葉月です」
「葉月ですっ! よろしくおねがいしますですっ!」
僕に続いて皆が自己紹介をする。今更だけどこうして見ると人数多いな。
八人で手伝うって言ってもそんなに仕事あるのだろうか。
「皆さん愛子君のお友達でしたか。ようこそいらっしゃいました」
そう言いながら司さんは再び頭を下げる。
……なんだろう、この感じ。
柔らかな物腰。
優しげな微笑み。
全てを包み込むような暖かな雰囲気。
こんなにもマトモな大人に会ったのは久しぶりな気がする。
でもよく考えたらこれが普通だよね。
どうやら僕は大人を警戒する癖がついてしまっているようだ。
きっとあの常軌を逸した姉と一緒に暮らしているからだ。そろそろ脱却しないといけないな。
「叔父さんはこの神社の
「神職のため……ですか?」
姫路さんが工藤さんの言葉を不思議そうに聞き返す。
神職っていうのは、こういった神社に勤めるような職ってことだよね?
確かに腰の低さや丁寧な言葉遣いは神様に遣えるに相応しいと言えるかもしれない。
「うん。だって名前がほら、大きい宮を司るって書くんだよ? まさに天職って感じだよね~」
「なるほど、そういうことか。確かに工藤の言うとおりだな」
名前が天職? どういうことだろう。さっぱり分からない。
雄二は納得しているみたいだけど……。
「……吉井、宮と司の漢字を繋げると”ぐうじ”と読む」
僕が首をかしげていたからだろうか。霧島さんがヒントを与えてくれた。
けど、”ぐうじ”ってなんだ? まずそれが分からない……。
「明久、分かってないだろうから教えてやる。宮司というのは神社で一番偉い人のことだ。つまり司さんは名が職を表しているってわけだ」
「ほぇ~……」
「坂本、それくらいにしおいて。アキの頭じゃ理解できないみたいだから」
「そんなことないよ! ちゃんと理解したさ!!」
正直言うとよく分かっていない。でも偉い人だってことだけは分かったからいいよね。
「ところで愛子君、補充要員というのはこのお友達のことかい?」
「あ、うん、そうだよ。皆手伝うって言ってくれたんだ」
「そうか、これはまさに渡りに船だね。なにしろ急に六人も休まれてしまったからね」
え……。六人?
「ね、ねぇ工藤さん、六人って……?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 休んじゃったのは六人なんだよね。皆で牡蛎鍋パーティーをしたら当っちゃったらしくてさ」
「そ、そうなんだ……」
集団食中毒じゃないか……。
「えぇと、君達は八人だね。予定していた人数より多いけど慣れていないだろうし、ちょうどいいかもしれないね」
確かに司さんの言うとおりだ。僕をはじめ、神社で働いた経験なんて誰も無いだろう。
葉月ちゃんに至っては働くこと自体初めて……じゃ、無いか。
清涼祭の時に僕らの喫茶店を手伝ってもらったっけ。
それならそんなに心配する必要は無いかな?
「叔父さん、とりあえず中に案内してあげてよ。こんな所で立ち話じゃ他のお客さんの邪魔になっちゃうよ?」
「おぉ、そうだね。それじゃ皆、私について来てくれるかい?」
そう言うと司さんはすぐ横の扉を開け、中に案内してくれた。
☆
案内されたのは十二畳ほどの和室だった。
その部屋はとても静かで、外が参拝客で賑わっているとは思えないほどだった。
部屋に入ると司さんにテーブルを囲んで座るように言われ、僕たちはその言葉に従い着席した。
「まずは仕事の内容を説明するよ。さっきも言ったけど今日休んでしまったのは六人でね、君達にはその代わりをしてもらいたいんだ」
「愛子ちゃんみたいな販売のお仕事ですか?」
「そうだね。でもそれは三人くらいかな。残りの五人は餅つきと駐車場案内に行ってほしいんだ」
おみくじ売りだけが仕事じゃないのか。神社の仕事って色々あるんだなぁ。
「……どれも立ち仕事」
「楽な仕事じゃねぇってことだな」
「そうね。でも手伝うって言った以上、どんな仕事でもやるわよ」
「はいですっ! 葉月がんばるですっ!」
葉月ちゃんずいぶん張り切っているな。大丈夫だろうか。
張り切り過ぎて怪我でもしなきゃいいけど……。
「六時には別の人が来ることになっているから、それまでの間でいいからね」
六時か。今の時刻は午後二時半。つまり三時間半の仕事ってわけだ。
「司殿。仕事の分担はワシらで決めてしまって良いのかの?」
「むしろその方がいいね。私には君達の適性が分からないからね」
なるほど、それは言えてるかも。よし、それじゃ考えてみるか。
「あぁ、その前に一つ聞いておくよ。君達全員、神職用の装束に着替えてもらうことになるけど、いいかい? さすがに振袖で働いてもらうわけにはいかないからね。もちろん働いた分は給料を出させてもらうよ」
「「給料!?」」
僕とムッツリーニがまったく同時に同じ反応を示す。
ムッツリーニはクリスマスの時に言っていた新しいカメラが欲しいのだろう。
今回僕が手伝いを申し出たのはお金が目的ではなく、工藤さんを可哀想に思ったからだ。
でも工藤さんの手伝いができて給料が貰えるとなれば、嬉しさも倍増だ。
これで年末に買えなかったゲームも買えるかもしれない!
「私は着替えるのは構わないですよ」
「……私も」
「ウチは……どうしようかな……。これお母さんに着付けしてもらったから……」
「あぅ、葉月もです……」
そっか。美波と葉月ちゃんは振袖なんて初めてだし、着付けなんてできなくて当然か。
うーん……でもそれじゃどうしよう……。
やっぱり美波と葉月ちゃんは休んでいてもらうか?
「美波ちゃん、大丈夫ですよ。私がお手伝いしますから」
「……私も手伝う」
「そ、そう? それじゃお願いしようかしら」
「はいっ、任せてくださいっ!」
良かった。姫路さんと霧島さんが手伝ってくれるなら問題は無さそうだ。
そうなると、あとは仕事の分担だな。
「それじゃ皆で相談して決めておいてくれるかい? 私は装束を持ってくるからね」
司さんはそう言って立ち上がると、スッと静かに出て行った。
本当に物静かな人だなぁ。僕もあんな風に落ち着いた大人になりたいものだ。