僕たちはそれぞれ男子、女子、秀吉の三つの部屋に案内された。
そこは更衣室らしく、いくつものロッカーが設置されていた。
司さん曰く、空いているロッカーは自由に使っていいとのこと。
そんなわけで僕たちは早速そこで着替え始めた。
の、だが……。
「ね、ねぇ雄二、これってどうやって着るの?」
「悪い、俺にも分からん……」
これまでの僕の人生において、袴なんて物を穿いたことは一度も無い。
だから当然これをどう着たらいいのかなんて知る筈も無い。
そして困ったことに、当てにしていた雄二にも分からないらしい。
うーん……困った……。
多分この二本の長い紐を腰に巻きつけて着るんだろうけど……。
どう巻いたらいいのかさっぱりだ。
秀吉ならこういうのを着たこともあるんだろうけど、今は別の部屋だしなぁ……。
と、僕らが困っていたら、
「…………任せろ」
ムッツリーニの口から何やら頼もしい言葉が。
そういえばこいつ、自分の巫女装束を持って来ていたっけ。着方を知っていて当然か。
「…………俺の真似をしろ」
そう言ってムッツリーニは袴を腰に巻きつける。
「ムッツリーニがいてくれて助かったぜ」
「こんな時は頼りになるよね」
こうして僕らはムッツリーニの指示に従い、なんとか着替えることができた。
しかしこの衣装って、巫女との違いは袴の色くらいだったんだね……。
☆
着替えを終えた僕たちはさっきのテーブルがある和室に戻った。
「お主ら遅かったのう」
するとそこには秀吉が鎮座していて、お茶をすすっていた。
「いや……お前が早過ぎるんだよ……」
「そうかの? まぁ演劇で着替えることも多いからの。この程度の衣装ならば一分とかからぬ」
「め、めちゃくちゃ早いよ!?」
一分ってことは、僕らが袴を手に途方に暮れる前に終わっていたということじゃないか。
いやはや、さすがと言うかなんと言うか……。
「他はまだ戻ってきてないみたいだな」
「ん。そうみたいだね。どうする? 僕たちだけでも先に行く?」
「いや、俺は翔子を待つ。先に行ったりしたら後で何をされるか分らねぇからな」
「それもそうだね。──ところで秀吉」
「んむ?」
「そのお茶は秀吉が用意してくれたの?」
「ワシが戻って来た時は既にここにあったぞい?」
見ればテーブルの上には人数分の湯呑みとポットが置いてある。
秀吉ではないということは司さんが用意をしてくれたのだろうか。よく気の効く人だな。
「ンじゃ、あいつらが来るまで俺らもここで待つか」
「だね。秀吉、僕もお茶を貰うよ」
そんなわけで僕たち四人はそこでお茶をしながら皆を待つ事にした。
僕らは熱いお茶をすすりながらゲームの話に花を咲かせる。
聞けば雄二は僕が買おうと目論んでいたゲームソフトを既に持っているらしい。
しかも攻略もだいぶ進んでいるそうだ。
これは負けていられない。今回の仕事で給料を貰ったらすぐに買いに行かなくては。
と、五分程そんな話しをしていると、トタトタと廊下を走るような軽快な足音が聞こえてきた。
そして────
「バカなお兄ちゃんっ! お待たせですっ!」
ドンッと背中に重い物がのしかかった。これは葉月ちゃんだな。
あはは、相変わらずだなぁ葉月ちゃん。でも前よりちょっと重くなってきたかな?
それに締め上げが的確に僕の喉元に決まるようになってきているようだ。
「こら葉月、アキがお茶溢しちゃうでしょ。やめなさい」
「は~い、ですっ」
美波に言われると葉月ちゃんは素直に離れてくれた。
ずいぶんご機嫌だな。やっぱり皆と一緒に働けることが嬉しいのかな?
「皆さん、お待たせしました」
「……お待たせ」
どうやら姫路さんと霧島さんも戻って来たようだ。
これで全員揃ったな。
と後ろを振り返ると、巫女装束に身を包んだ四人の姿が目に飛び込んできた。
髪を下ろしていつものスタイルになった姫路さん。
黒髪が衣装によく映える霧島さん。
衣装が少し大きめの葉月ちゃんは可愛らしく、まるで学芸会のようだ。
そして美波はというと……。
「どうアキ? ウチ、似合ってる?」
赤いリボンが袴の赤と相まって一体感をかもし出し、まさに巫女といった感じであった。
「……ほぇ……」
振袖とは違った清楚な感じが心を打つ。
今まで見た事のない美波の姿に、僕は思わず見とれてしまっていた。
「アキ?」
「……ハッ! あ、うん! と、とっても良く似合ってるよ! それに凄く……その…………」
凄く、可愛い……。
「明久、今更照れること無いだろ。正直に言ってやれ」
「う、うるさいな! 雄二は黙ってろよ!」
慌てて誤魔化すと、後ろからパシャパシャとシャッターを切る音が聞こえてきた。
僕が惚けている間もずっと写真を撮っていたのだろう。
ムッツリーニ、君の行動は揺るぎないね。
……後で美波の写真売ってもらおうかな。
「準備できたようだね。それじゃ皆、よろしく頼むよ」
そこへ司さんが戻って来た。
『『はいっ!』』
その場にいる全員が元気に返事をする。
「司さん、俺たちは餅つき担当なんだが、どこに行けばいいか教えてもらえますか?」
「場所はここを出て境内を真っ直ぐ進んで左手のテントだよ。一つしかないからすぐ分かると思う。進行役を一人向かわせたから、彼の指示に従っておくれ」
「分かりました。よし、行くか翔子」
「……うん」
「明久、釣り銭間違うんじゃねぇぞ」
「うん、雄二も自分の足を突くなよ」
「ンなドジは踏まねぇよ。じゃあ行ってくるぜ」
こうして雄二と霧島さんは餅つき担当として現場に向かった。
「さて、駐車場案内は誰かな?」
「ワシとムッツ──土屋じゃ」
司さんの問いに秀吉が答える。
やっぱり”土屋”って瞬時には出てこないよね。ずっと”ムッツリーニ”って呼んでるし。
「それじゃ君たちは駐車場に向かってくれるかい? 警察官の応援が一人来ているから、やり方は彼に聞いておくれ」
「了解じゃ」
「…………任務了解」
「では行ってくるぞい。明久よ、計算を間違うでないぞ」
「間違えないよ!」
「…………行ってくる」
こうして秀吉とムッツリーニも現場に向かった。
って言うかさ、どうして皆して僕が計算間違いをすると思ってるのさ。
今は計算機という文明の利器があるんだし、間違うわけがないじゃないか。
「後は販売担当だけど、君達四人ということでいいのかな?」
「あ、はい、でも葉月はこのとおり小学生なので、お手伝いということでお願いします」
司さんの問いには美波が答えてくれた。
つまり主担当が姫路さんと美波、それと僕。
そのサポート役として葉月ちゃんが付くということだ。体制としては申し分ない。
「そうかい? それじゃお嬢ちゃん、怪我をしないよう気をつけるんだよ」
「はいですっ!」
司さんの言葉に元気いっぱいに答える葉月ちゃん。
まぁ僕や美波が見ているし、大丈夫だろう。よし、僕らも現場に向かおう!
「司さん、僕らも行きます」
「これで愛子君にも休んでもらえるね。よろしく頼むよ、吉井君」
☆
僕たちが社務所に入ると、工藤さんはまだ客の対応に追われていた。
「愛子、バトンタッチよ」
「あ、美波ちゃん。瑞希ちゃんと吉井君も来てくれたんだね」
そう言う彼女の笑顔には疲労が色濃く出ていた。恐らくもう限界に近いだろう。
一人でこれだけの客をさばいて来たんだから当然だ。
「工藤さん、後は僕たちに任せて休んでよ」
「うん。それじゃお言葉に甘えさせてもらうね」
そう言うと彼女は窓口から離れ、扉の方へ歩いて行った。
ただ、その足取りは多少フラついているようにも見えた。
「大丈夫? 工藤さん、部屋まで送ろうか?」
「大丈夫。心配……いらないよ」
そう言って笑顔を作ってみせる工藤さん。
でもその笑顔はかなり無理をしているようにも見える。
本当に大丈夫かな……。
と思いながら見ていたら、工藤さんは急にガクッと膝を折り、その場に崩れ落ちてしまった。
「工藤さん!!」
僕は叫びながら工藤さんに駆け寄る。
だがそれよりも早く、彼女の身体を支える者がいた。
「…………しっかりしろ」
なんとそれはムッツリーニだった。
「あは……ムッツリーニ君も来てくれたんだね……」
「…………たまたま通りかかっただけだ」
「なぁんだ、残念……ボクに会いに来てくれたのかと思ったのに……」
「…………いいからお前は休め。休憩室まで送ってやる」
ムッツリーニはそう言うと工藤さんの腕を担ぐように身体を支え、部屋を出て行った。
「「………」」
美波と姫路さんはこれに驚いたようで、呆然と二人の後ろ姿を見守っていた。
正直、これには僕も驚いた。
だってあのムッツリーニが女の子の身体を支えてるんだよ?
いつもなら工藤さんが触れたりしたらその瞬間に鼻血を吹いて倒れてしまう、あのムッツリーニがだよ? こんなことってあるんだな……。
って、あれ? なんでムッツリーニがここに?
秀吉と一緒に駐車場に向かったんじゃなかったっけ? と思っていたら、
(ブシャァァァ!!)
廊下で何かが吹き出す音がした。
なるほど。我慢してたんだねぇ……。廊下が鼻血で汚れなければいいけど……。
『きゃーっ! なんですかこの
『あ……だ、大丈夫だよ叔母さん。いつものことだから』
『何を言っているのです愛子さん! こんなに血が出たら死んでしまいますよ!? とにかく止血を!』
『あ、それ逆効果……』
『…………感……無量ッ……!』
『あぁっ! 止まるどころかまるで噴水のようにっ! 今、冷えたタオルを持って来ます! 愛子さんは止血をお願いします!』
扉の向こうからそんな声と共にバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
ま、まぁ、処置は任せよう。きっとムッツリーニのことだからすぐ復活するだろう。
「土屋君、きっと愛子ちゃんのことを心配して見に来たんですね」
……果たして本当にそうだろうか。
あいつのことだから、ただ工藤さんの巫女姿をもう一度見たかっただけな気もする。
「明久君! 美波ちゃん! 頑張りましょう! 愛子ちゃんの分も!」
「そうね。愛子があんなになるまで頑張ったんだもの。ウチらも頑張らなくちゃ。ね、アキ」
姫路さんと美波は気合十分。見ているこっちも気合が入ってくる。
でもムッツリーニのことを心配する様子は無いようだ。
ま、いつものことだからね。
「葉月もがんばるですっ!」
「そうだね。頑張ろう!」
かくして、神社での初めての仕事が始まった。