司さんの意外な一面を知り、僕は廊下で呆然と立ち尽くしていた。
『ちょっとアキ! まだなの? 早くしてよ!』
すると、どこからか美波の声が聞こえてきた。
その声の方を見ると、社務所の窓から身を乗り出している彼女の姿があった。
そうだ、僕は釣り銭を取りに来たんだった。急がなくちゃ。
「ごめん! すぐ行く!」
とは言ったものの、どうやって取ればいいんだろう。
司さんのお手本は何がなんだかさっぱり分からなかったし……。
う~ん……。
……考えても分かるわけがないか。
そんなことよりグズグズしていたら皆の釣銭が切れてしまう。
こうなったらもう覚悟を決めて飛び込むしかない!
でもこんな中に入って行ったら、きっと節分の鬼のごとく標的にされてしまう。
せめてもう少し金属の雨が減ってから────
よし、今だっ!!
サッ ← 賽銭箱の脇に滑り込む僕
ドカカカカッ ← 頭に突き刺さる小銭
サッ ← 一目散に社務所まで逃げ帰る僕
「痛いっ! 痛いよ! 特に五百円玉がもの凄く痛いっ!!」
「何やってんのよアンタ……」
「だって金属なんだよ!? 凄い勢いで投げつけてくるんだよ!? あんな金属の弾丸が飛び交う中で回収なんてできないよ!」
「大丈夫ですか? 明久君」
「うぅ……あんまり大丈夫じゃないかも……」
「あ、あはは……。えっと、それで百円玉は少しは回収できました?」
「いや……痛くて全部放り出してきちゃったよ……」
「そうですか……でも困りましたね。これじゃお釣りが無くなっちゃいます」
「う……」
それはまずい。やっぱり僕が行ってくるしかないのかな……。
でもあんな弾丸の雨をどうやってかわせばいいんだ?
あんなの
と悩んでいると、
「…………どうした」
ムッツリーニが帰って来た。
「あ、お帰りムッツリーニ」
「…………誘導灯の電池が切れていたから取りに来た」
案内用に持って行ったあの赤い電灯棒か。あれって誘導灯って言うんだね。
確かにそろそろ辺りも暗くなってきた。そろそろ灯も必要だろう。
「ねぇアキ、そんなことより早く百円玉取ってきてよ。このままじゃお釣り出せなくなっちゃうわよ?」
「ぅぐ……やっぱり行かなきゃダメ?」
「ダメ」
「そんなぁ……」
美波の無慈悲なお言葉。
「…………釣り銭が無いのか?」
「あ、うん。実はそうなんだ。それで司さんに言われて賽銭箱の周りに落ちてる小銭を回収しようとしたんだけど、マシンガンみたいな
「…………取ってくればいいのか?」
「え? うん、まぁそうなんだけど……」
「…………任せろ」
ムッツリーニは小さくそう呟くと、忽然と姿を消した。
なんかさっきも同じような光景を目にした気がする。
「あっ、土屋君! 取ってくるのは百円玉────って、行っちゃいましたね」
「あいつ分かってるのかしら。土屋もそそっかしいわね」
きっと分かってないだろうな。
と思いながら窓から拝殿を見ると、その脇では既にムッツリーニが賽銭箱の様子を伺っていた。
あいつ、いつの間に……。本当に忍者みたいなやつだな。
でもどうするつもりなんだろう。あんな中に対策もなく飛び込むつもりなのか?
そんな疑問を抱いていたら、ムッツリーニはすぐに動き出した。
サッ ← 賽銭箱の陰に潜り込むムッツリーニ
ヒョイヒョイヒョイ ← 小銭を拾うムッツリーニ
サッ ← 消えるように引き上げるムッツリーニ
「…………取ってきた」
「アンタ凄いわね……」
「…………朝飯前」
うん、こういう時のムッツリーニは本当に凄いと思う。
ただエロいだけの男じゃないんだな。
「土屋君、百円玉は取ってきてくれましたか?」
「…………適当に取ってきた」
そう言ってムッツリーニはテーブルに小銭を置く。
えぇと、
五百円玉 → 2枚
百円玉 → 6枚
五十円玉 → 4枚
十円玉 → 7枚
五円玉 → 15枚
……釣り銭としては不要な五円玉が一番多い。
「あの……土屋君、申し訳ないんですけど、欲しかったのは百円玉なんです……」
「…………そうなのか」
「まったく、話を聞かずに行っちゃうからよ?」
「…………すまない」
美波たちに言われて、ムッツリーニはすっかり消沈してしまった。
せっかく取ってきてくれたのにこれはちょっと可哀想だな……。
「まぁまぁ、とりあえず六枚は確保できたし、ムッツリーニも親切でやってくれたんだしさ」
おみくじは一回百円だから百円玉で支払う人も多いだろう。
だから六枚補充できれば、あとは僕ら三人の釣り銭で補い合えば遣り繰りできなくはない。
うーん……でもやっぱりこれだけじゃギリギリだよなぁ……。
ここはムッツリーニにもう少し取ってきて────
「…………明久、後は任せる」
へ?
「あ! ちょっ! ムッツリーニ!?」
僕は出て行こうとするムッツリーニを止めようと慌てて扉に向かって走る。
だが結局間に合わず、ムッツリーニは逃げるように社務所を出て行ってしまった。
くそっ、もう一度あいつに取ってきてもらおうと思ったのに!
「二十五番ですね、はいっ、こちらどうぞ」
後ろでは姫路さんがおみくじ販売を再開している。
まずいな。早く釣り銭を確保しないと……。でもなぁ……。
「バカなお兄ちゃんっ、葉月が代わりに行くですっ!」
思案に暮れていると、葉月ちゃんがこんなことを言い出した。
そう言ってくれるのは涙が出るほど嬉しい。
けど、あんな危険な役を葉月ちゃんにさせるわけにはいかない。
「ありがとう葉月ちゃん。でも危ないからやめた方がいいよ?」
「でも葉月、もっとお姉ちゃんたちのお役に立ちたいです」
……なんて優しくて健気な子なんだろう。
さっきの失敗した僕の姿を見てあれが危険なことは分かっているはずだ。
にも拘わらず、僕の代わりに行くだなんて……。
それに引き換え、僕はなんて意気地が無いんだろう。
たかが小銭をぶつけられる程度のことじゃないか。
こんな些細なことに怖じ気づいて小さな女の子にこんなことを言わせるなんて、男として恥ずべきことだ。
「大丈夫だよ。葉月ちゃんは僕なんかよりずっと役に立ってるからね」
「……ホントですか?」
「うん。だから今度は僕が皆の役に立つ番だよ」
そうさ、葉月ちゃんはもちろん、美波や姫路さんにだってあんな危険なことはさせられない。
ここは僕が行くしかないんだ!
「アキ、大丈夫なの?」
「さっきのムッツリーニを見て少しコツが分かったんだ。今度はちゃんと取ってくるよ」
「今度は期待できそうね」
「わかりましたですっ! バカなお兄ちゃん、ファイトですっ!」
「うん! それじゃ行ってくる!」
さっきの僕の何が悪かったのか。
それは人目に付いたことだ。
物を投げようとする時に目の前に動く標的が現れれば、それに対して投げつけようとする心理が働く。
あの時、僕は賽銭箱の横で小銭を拾おうとしてしまった。
だから人目に付き、徹底的にやられてしまったのだ。
僕は再び拝殿の手前で様子を伺う。
……ムッツリーニは賽銭箱の裏に回っていた。
あの真似をして、賽銭箱を盾代わりにすればいいんだ。
あれくらいなら僕にだってできるはずさ!
よし、行くぞっ!
サッ ← 賽銭箱の裏に回り込む僕
ゴスゴスゴスッ ← 後頭部に小銭を受ける僕
サッ ← すごすごと引き上げる僕
「なんで僕だけ……」
「アンタね、もっと素早くやりなさいよ」
「うぅ……。でもなんとか回収してきたよ」
「バカなお兄ちゃん痛そうです……。大丈夫ですか?」
小さな巫女さんが心配そうに僕を見上げる。
「ありがとうね葉月ちゃん。大丈夫だよ」
屈んで頭を撫でてやると葉月ちゃんはいつも通り目を細め、気持ち良さそうな笑みを浮かべる。
うん、美波に似た可愛い笑顔だ。こんな笑顔を見れば痛みなんて吹っ飛んでしまうな。
「これだけあれば足りそうね」
「明久君、ありがとうございます。美波ちゃん、こっちに二十枚貰えますか?」
「うん。ウチも二十枚貰うわね。残りはアキの所ね」
「あ、うん」
「それとねアキ」
「ん?」
「ありがと。助かったわ」
「……うん」
何故だろう。
同じお礼を言われるのでも、美波に言われると妙に照れくさい……。
こうして釣り銭問題は無事……とは言えないけど、まぁなんとか解決。
僕たちは仕事を再開した。