仕事を始めて三時間半。いつの間にか日は暮れ、気付けば空は真っ暗だった。
石灯篭には灯が灯り、境内を明るく照らしている。
参拝客の数も昼間に比べると半分以下に減っていた。
「皆、お疲れさま。交代の時間だよ」
司さんが社務所にやって来て、そう告げた。
その後ろには三人の巫女姿の女性が見える。
どうやら交代の人が到着したようだ。これで僕らの仕事も終わりだ。
「ん~っ……疲れたぁ~……」
美波が両腕を上げ、ぐーっと伸びをする。
もともと美波は細身だから、こういうポーズは余計に細く見えたりもする。
「やっぱりずっと立ってるのって疲れるわね」
「そうですね。私もこんなに立っていたのは久しぶりです」
「瑞希は身体弱いんだから少しくらい休憩してもよかったのに」
「これくらいなら大丈夫です。それに皆が頑張っているのに私だけ休んでいるわけにはいきませんからね」
「アンタらしいわね。葉月も疲れたでしょ?」
「これくらいへっちゃらですっ」
姫路さんの真似をしているのだろうか。
元気な姿を見せようとしているようだけど、葉月ちゃんの返事は少し気怠そうだ。
無理もない。三時間半も立ちっぱなしだったんだ。
いつも元気な葉月ちゃんだけど、今回ばかりは疲れたのだろう。
「お疲れさま。あとは私達に任せて」
「あれ? 君もバイトの子? 全員女の子じゃなかったの?」
「そうよね、面接でも全員女性って言ってたのに」
巫女のお姉さんたちは僕の存在に疑問を持ったようだ。
本来の担当は全員女性だったのだろう。
それにしてもこの三人、大学生だろうか?
結構背が高くて、三人とも僕と同じくらいの背丈だ。
「実はバイトの子が急に休んでしまってね、彼らはピンチヒッターなんだよ」
「そういうことですか。だから男の子が混じってるんですね」
「大宮さん、この子もバイトなんですか?」
お姉さんのうち一人が葉月ちゃんを見ながら尋ねる。
そういえば司さんの苗字ってオオミヤだっけ。すっかり忘れてた。
「この子はお手伝いといったところかな。でもよく働いてくれたよ」
「葉月っていいますですっ」
「そっか~、葉月ちゃんっていうんだ。私はマイよ。よく頑張ったね」
「えへへへ~」
葉月ちゃんはお姉さんに褒められてとっても嬉しそうだ。
お姉さんもそんな葉月ちゃんに優しい笑顔を向けている。
なんだか親子みたいだな。
僕はそんなことを思いながら、この微笑ましい光景を横で眺めていた。
すると突然、妙な視線が注がれていることに気付いた。
「ふぅ~ん……」
視線は巫女のお姉さんの一人から向けられているものだった。
お姉さんはじっと僕の顔を見つめながら唸っている。
「えっと……な……なんでしょう?」
なんだ? 僕の顔に何か付いてるのか?
「君、よく見たら結構可愛いわね」
「ほぇ?」
え? 何? ひょっとして僕、モテてる?
こんな初対面のお姉さんから好意を寄せられるなんて初めてだなぁ。
でも僕にはもう美波がいるからその気持ちには応えられないんだよね。
困ったなぁ。いやーモテる男は辛いね。
「へぇ~、あんたこういうのが趣味なんだ」
「だってよく見てよミーコ! この子、ピンクのフリル付きワンピースなんか着せたら絶対可愛いと思うの!」
……あぁそうですか。そんなことだろうと思いましたよ。
申し訳ありませんがそういう好意は勘弁してください。
もうDクラスの三つ編みの子だけでお腹いっぱいですから。
「アイったらそういうの好きね」
「ねぇ君、高校生だよね? 名前はなんていうの? あ、あたしはアイよ。よろしくね」
この口ぶりからしてこのお姉さんたちは僕より年上だろう。やはり大学生だろうか。
でもここで名乗ったら僕は男の尊厳的に更なる問題を抱えることにりそうだ。
どうしよう。なんとかしてはぐらかすか。それとも偽名でも使うか……?
考え込む僕の顔を巫女のお姉さんは興味津々といった目で覗き込む。
「えっと……」
本当にどうしよう。こんなにも期待に溢れた目で見られたら正直に答えてしまいそうだ。
お姉さんの純真な視線に、僕の心は大きく揺らいでいた。
すると、
「だっ……ダメーっ!!」
という、叫びにも似た声と共に馬の尻尾が視界に入ってきた。
言うまでもなく、美波の後ろ姿だ。
美波は僕の前に立ち塞がり、腕を広げてお姉さんの視線を遮る。
「う~っ!!」
そのままの体勢で美波は唸りながらお姉さんを威嚇する。
僕を庇ってくれているのだろうか。
でもお姉さんたちと喧嘩はしないでほしいな……。
「あれ? もしかしてあなた達……。へぇ~……そっか、そうなんだ」
「いいなぁ~。ほらアイ、見れば分かるでしょ? 無粋な真似はやめなさいよね」
「そっ……そんなのミーコに言われなくても分かってるわよ! あ、今のは冗談だからね? あなたの大事な人を取ったりしないから安心して?」
「アイったらやせ我慢しちゃって。本当は結構本気だったんでしょ?」
「う、うるさいわね! 本気なわけないでしょ! ちょっと素材として興味あっただけよ!」
……何の素材だ。
けどまぁ、この手の人の思考はなんとなく分かる。
この人は僕を着せ替え人形のように女装させて楽しもうとしているんだ。
僕を見る目もあの子にそっくりだし。
ハァ……。どうして僕の周りってこういう人ばっかりなんだろう。
「ほらほら君達、遊んでないでお仕事だよ」
司さんがパンパンと手を叩いて三人のお姉さんを追い立てる。
「はーい」
「ほら、アイも仕事はじめるわよ」
「分かってるわよっ!」
司さんの指示でお姉さんたちは窓口に向かい、お客さんの対応をはじめた。
やれやれ、これで収集がつきそうだ。
──と思ったが、そうもいかないようだ。
「なによ、アキったらデレデレしちゃって!」
美波が怒っている。僕がお姉さんに言い寄られたのが気に入らないのだろうか。
「そっ、そんな! デレデレなんてしてないよ!?」
「どうかしらね! それにしてはずいぶん嬉しそうな顔してたじゃない!」
「うっ……そ、それは……」
否定できない……。
美波が怒るのも当然だ。
僕には美波という彼女がいる。それなのに僕は他の女性からの誘いを断れなかった。
最初からきっぱりと断るべきだったんだ。
美波の気持ちを考えたら当然のことじゃないか……。
「ゴメン、確かに最初は僕も浮かれてたかもしれない」
「えっ?」
僕は真剣に、素直に自分の気持ちを伝えた。
そうだ、相手の──美波の気持ちになって考えるんだ。
「でも信じてほしいんだ。僕は絶対に美波を裏切ったりしない。それだけは約束する」
「う……うん……そ、そんなの分かってるわよ……。ウチだってその……信じてないわけじゃ……ないし……」
僕が真剣に想いを伝えると美波は急に態度を軟化させ、もじもじと指を通わせはじめた。
そんなに意外だったのだろうか。でも僕の気持ちは届いているみたいだ。
それならもう一つ誤解を解いておきたい。
「それとさ、あの人って僕を
「えっ? そうなの?」
「うん。そんなの嫌だし、どうやって断ろうか困ってたんだ。だから美波のおかげで助かったよ」
まったく、着せ替えならお人形でやってほしいものだ。
「なーんだ、そうだったのね。良かった。安心したわ」
いや、そこは安心するところじゃないと思う。
むしろ僕の身を案じてほしいんだけど。
「吉井君、ひとまず部屋を移動してくれるかい? ここだと仕事の邪魔になってしまうからね」
「あ、はい」
司さんに言われて気付いた。確かにこの部屋に八人も居たら邪魔だよね。
「美波ちゃん、私たちも移動しましょう。では皆さん、あとはよろしくお願いします」
「失礼しま~す」
「失礼しますですっ」
美波たちは交替の三人に挨拶し、仲良く社務所を出て行った。
さて、僕も部屋に戻って休もう。
今回登場した三人娘、”アイ”、”マイ”、”ミーコ”ですが、
ちょっとだけ美波にヤキモチを妬いてもらうために登場してもらいました。
この三人にモデルは無く、完全なオリジナルです。
しかし残念ですが、彼女らの登場は今回限りになります。
もし機会があればまた登場してもらおうと思います。