雄二と霧島さんは持っていた袋から透明のパック容器を取り出し、テーブルに並べていく。
意外だったのがその豊富な種類。
きな粉と砂糖をまぶした”きなこ餅”
海苔を巻いて醤油を垂らした”磯辺餅”
大根おろしに醤油をからめた”からみ餅”
こしあんをまぶした”あんころ餅”
単純な白い餅だと思っていたら、四種類にアレンジされた餅が出てきた。
餅は一口サイズに丸められ、これがまた可愛らしく、美味しそうに見せている。
「ほぅ……これは美味そうじゃのう」
「レストランのメニューに加えてもいいくらいですね」
「休憩がてらにちょっと手を加えただけだ。ンな大層なモンじゃねぇよ」
多分雄二は本気で大したことないものだと思っているのだろう。
でもこの餅、大きさも整っていて形も
僕が見る限りとても丁寧で良い仕事をしていると思う。
「ねぇ雄二、この餅って全部雄二が作ったの?」
「そうだ。と言いたいところだが、餅を丸めたのは翔子だ。俺は調理役だな」
「へぇ~、凄いじゃない。やっぱり翔子も坂本も器用ね」
「……夫婦の分担作業」
「……」
「あれ? どうしたのさ雄二。いつもなら何かしら反論するのに今回はずいぶん静かだね」
「あぁ、今どんな反応をすれば翔子のアイアンクローから逃れられるか百通りくらいシミュレーションしていたんだ」
「ふ~ん。で、結果は?」
「雉も鳴かずば撃たれまい」
なるほど、黙っていれば身に危険が及ぶことも無いというわけか。一理ある。
と思った次の瞬間、霧島さんの細い指は雄二の顔面を捕らえていた。
「……雄二。言いたいことがあるなら聞く」
「な……何でぼ……ありばぜん……」
ま、しょうがないね。雄二は結局こうなる運命だったんだ。
「はいはいっ、お二人とも席に着いてくださいっ。お茶を零しちゃいますよ」
「……うん」
姫路さんに言われると霧島さんは握っていた手をパッと放し、向かいの席に静かに歩いて行く。
それを目で追っていると、テーブルに置かれた湯呑みと紙皿が目に入ってきた。
いつの間にか準備万端、整っていたようだ。
「うぅぅ……わ、割れるかと思った……お前のそのバカ力は一体どこから出してんだ……」
顔面を押さえながらよろよろと歩く雄二。
一見、かなりのダメージを受けたように見える。
でもこんなのは日常茶飯事。ほっとけばすぐ回復するだろう。
「ほら雄二、早く座ってよ」
「……雄二はここ」
「わかったわかった。ったく、相変わらず手加減知らずだなお前は」
雄二が渋々と霧島さんの横に座る。思ったとおり、もうほぼ回復しているようだ。
よし、それでは……。
『『いただきまーす!』』
まずは皆で挨拶。食事の前の基本だね。
「葉月これがいいですっ!」
真っ先に箸を付けたのは葉月ちゃん。あんころ餅をご所望のようだ。
美波と同じで甘い物が好きなんだな。
「こら葉月っ! お行儀悪いわよ!」
「えへへ~、早い者勝ちですっ」
「まったくこの子は……。ごめんね皆、葉月ったら遠慮なしで」
「ふふ……葉月ちゃんも働いてお腹が空いたんですよね」
「……沢山あるから大丈夫」
テーブルの上にはパック容器が八つあり、中には一口サイズの餅が六、七個ほど入っている。
霧島さんの言うとおり本当に沢山あるな。
でもこれ、全部食べきれるんだろうか……。
「明久君はどれがいいですか?」
「ん? 僕? そうだなぁ……」
どれも美味しそうだけど、最初は……。
「それじゃ、磯辺を貰おうかな」
「磯辺ですね、はい、どうぞっ」
姫路さんが紙皿に餅を取って渡してくれる。
「ありがとう、姫路さん」
その渡される皿を受け取ると、
じーっ……
何やら強い視線を感じた。
なんだろう。葉月ちゃんがじっと僕を見ているような?
「何? 葉月ちゃん。このお餅が欲しかった?」
「……違うです」
僕が尋ねると、葉月ちゃんは少し不機嫌そうに答えた。
「むーっ……」
? 一体どうしたんだろう。僕と美波を交互に見ているような……?
疲れて機嫌が悪いなのかな? きっとそうだよね。
☆
「ふー。食った食った」
「美味かったのう」
「…………完食」
食べはじめてから約三十分。あれだけあったお餅はすべて皆のお腹の中に消えていた。
余るかと思ったけど、結局全部食べちゃったな。
普段少食の秀吉まで僕と同じくらい食べていた気がする。
「さてと、ずいぶん長居しちまったな。そろそろ帰るとするか」
「雄二、来る時言ってた出店はどうする?」
「餅で腹一杯でもう食えねぇだろ」
「それもそうだね」
「私、ちょっと食べ過ぎちゃいました。またダイエットしなくちゃ……」
うーん……。姫路さんっていつもこんな風に太るって気にするけど、言うほど太ってないし、気にすること無いと思うんだけどなぁ……。
「大丈夫だよ姫路さん、今日は沢山働いたから食べた分のカロリーは消費したはずだからさ」
「……そうですね。そうですよねっ!」
僕がフォローしてあげると姫路さんは手を合わせ、キラキラと目を輝かせて喜んでいた。
本当は食べるのが好きなんだろうな。
体重を気にして好きな物が食べられないって、女の子って大変なんだなぁ。
って……。
「じーっ……」
まただ。また葉月ちゃんが僕を睨み付けている。
この吊り上がった目は美波の怒った時の目にそっくりだ。
何か葉月ちゃんに恨まれるようなことしたかなぁ……。
「ねぇアキ、この袴って洗って返したほうがいいの?」
「ん? 袴? ……あ」
そういえば借りた袴を着たままだった。忘れてこのまま帰るところだった。
えぇと、確か……。
── 仕事が終わったら回収するからね ──
「確か回収するって言ってたから、このまま返せばいいんじゃないかな」
「そういえばそんなこと言ってたわね」
「ンじゃ、さっきと同じ部屋割りで着替えるとするか」
「オッケー。それじゃ着替えたらまたここに集合ってことで」
「瑞希、着付けの手伝いお願いね」
「分かりました。それじゃ翔子ちゃん、葉月ちゃん、行きましょうか」
「俺たちも行くぞ」
「うん」
「…………了解」
「むぅ、またワシだけ個室とは寂しいのう」
だって秀吉と一緒に着替えたりしたら僕らが殺されちゃうから……。
☆
僕たちの着替えは五分で終わった。
秀吉はさっきと同じように一分で着替え終わっていたようだ。相変わらず凄い早さだ。
しかし美波たち女子の着替えは時間が掛かっているようだ。
秀吉が言うには、振袖の着付けには相当な時間を要するらしい。
僕たち男子はその待ち時間の間、テーブルの和室でゲーム談義に華を咲かせた。
そして三十分後、振袖姿に変身した女子四人が到着した。
「よし揃ったな。そんじゃ司さんに挨拶して帰ろうぜ」
雄二を先頭にぞろぞろと部屋を出る僕たち。
だが何処を探しても司さんの姿は無かった。きっとどこかで仕事をしているのだろう。
仕方ないので通りかかった巫女さんに司さんの居場所を聞くと、それは司さんの奥さんだった。
奥さんの話によると今式典の真っ最中のため、僕たちが挨拶をしに来たことは伝えておくとのこと。
僕たちは代わりに奥さんにお礼を言い、社務所を後にした。
外に出ると、境内は照明に照らされ、昼間を思わせるような明るさだった。
時刻は午後七時過ぎ。
何気なく振り向くと、社務所ではあの三人のお姉さんが客の対応に当っていた。
客の列は僕らが担当していた頃に比べると短いけど、今でも二十人ほどが列を成している。
正月の神社って本当に大変なんだな。
そう思いながら周囲を何気なく見回すと、境内にはまだ沢山の参拝客が行き交っていた。
一体いつまでこんな混雑が続くんだろう。
僕たちはこんなにも沢山のお客さんを相手にしていたのか。
でも……。
……結構面白い経験だったな……。
僕は今回の仕事をそんな風に振り返りながら、社務所に背を向けた。
って……あれ? 皆は?
気付けば皆の姿が無い。先に行ってしまったのか?
まだそこら辺をのんびり歩いている思っていたのに……薄情だなぁ……。
まぁ勝手に立ち止まってた僕が悪いんだけどさ。
なんてブツブツ言ってる場合じゃないな。急ごう。
僕は皆に追い付こうと、足を踏み出す。
するとその時、どこからともなく不気味な声が聞こえてきた。
『…………我が秘密……他言無用ぞ…………』
!?
「つっ、司さんっ!?」
今の声は確かに司さんのあの低い声だ。
「司さん? 司さんですよね! もうソレやめてくださいよ!」
声の主を探して周囲に目を配るが、紫の袴姿は見当たらない。
また例の忍術だろうか。
『…………ククク……探しても無駄だ…………』
「だからやめてくださいってば! 約束は絶対守りますから!」
『…………また会おう吉井君。フハハハ…………!』
これ、絶対僕の反応を面白がってるよね。もう勘弁してよ……。
「なぁに? 今の声」
「さぁ? なんかの演出じゃないか?」
「なんか不気味な感じだったな」
「ヨシイとかなんとか言ってなかった?」
「あぁ、俺にもそう聞こえた。ヨシイって誰だ?」
「演出じゃなくて迷子の呼び出しじゃねぇか?」
「いや、そりゃねぇだろ。あんな声で呼び出されたら子供なら泣くぞ?」
周囲の参拝客もざわつき始めている。彼らにも今の声が聞こえたのだろう。
まずい。名前を聞かれてしまったから霧島さんなんかに名前を呼ばれでもしたら注目の的だ。
迷子だなんて思われる前にさっさと退散しよう。