皆はすぐそこで立ち話をしていた。
立ち止まっているということは僕らを待っていてくれたのだろうか。
僕は葉月ちゃんを連れ、皆の元へ駆け寄った。
「お姉ちゃん、ただいまですっ」
「あ、葉月お帰り。アキと二人で何を見てたの?」
「えへへ~、ナイショですっ」
葉月ちゃんはニコニコと笑顔を振りまく。
さっきはあんなに不機嫌だったのに、どうしてこんなに変わったんだろう?
あの店で指輪を見てから機嫌が良くなったということは、やっぱりこれに関係あるのかな。
と考え込んでいると、葉月ちゃんが僕の袖をくいくいっと引っ張った。
耳を貸せということだろうか。
(何? 葉月ちゃん)
(バカなお兄ちゃん、お姉ちゃんに渡すですっ)
(え……い、今ここで?)
(はいですっ)
いや、今って言われても皆が見てるし、そんなの恥ずかしいよ……。
(えっと……あ、後で渡すよ)
(むーっ、どうして今じゃダメなんですか?)
(ほら、ここは人がいっぱい通ってるよね? もし誰かにぶつかられたら落としちゃうからさ)
(……わかりましたです。でも、ぜーったいお姉ちゃんに渡すですよ?)
(うん)
(他のお姉ちゃんに渡したりしたら、ぜーったいダメですよ?)
(大丈夫だよ。ちゃんと美波に渡すから)
この指輪、どうしても美波に渡してほしいようだ。
そんなに念を押さなくても他の人にあげたりしないのに。
「葉月、アンタまさかアキに何か買わせたんじゃないでしょうね。ダメよ? アキに無駄遣いさせちゃ。ただでさえ無駄使いが多いんだから」
「葉月は、何も買ってもらってないでーすっ!」
「そう? それならいいけど」
”葉月は”の部分をやけに強調して言っているようにも聞こえる。
うーん……なんかおかしいな。葉月ちゃんは指輪が欲しかったんじゃないのか?
これがいいって言うから買ってあげたのに、サイズが合わないって言うし……。
「んふ~」
しかも落ち込んでるかと思えばこの笑顔。どういうことなんだろう。
「ずいぶん機嫌がいいじゃない。何かいいことでもあった?」
「これからお姉ちゃんにいいことが起きるですっ」
「ウチに? 何が起きるの?」
「それは後のお楽しみですっ」
「何よ、秘密ってわけ? ふふ……じゃあ楽しみにしてるわね」
「はいですっ! 楽しみにしてくださいですっ!」
葉月ちゃんは美波の手を握り、嬉しそうに歩き出す。
「葉月ちゃん、いいことがあったみたいですね」
「……とっても嬉しそう」
「まぁ明久がその理由を作ったのは間違いないだろうけどな」
「ほぇ? 僕?」
「本人にその認識は無いようじゃがの」
「?」
一体何だっていうのさ。皆してニヤニヤしちゃってさ。
「バカなお兄ちゃんっ、ファイトですっ!」
「? うん」
……ま、いいか。葉月ちゃんが笑顔を取り戻してくれたし。
そんな話をしながら歩いていると、車の通る大きな道路が見えてきた。
最初に待ち合わせをした場所に戻ってきたのだ。
「そんじゃここで解散にするか」
雄二が解散を提案する。
僕も賛成だ。さすがに三時間半の立ち仕事は疲れた。
「むぅ、さすがにもう真っ暗じゃな」
秀吉に言われて空を見上げると、そこには月が昇っていた。
もう完全に夜だ。冬だから日が沈むのが早いんだな。
「これだけ暗いと危険だ。女子は俺達男子で送るぞ。そうだな、帰る方向からすると……明久、お前は島田と秀吉を送れ。姫路は俺────ぐがっ!」
姫路さんを送ると言いたかったのだろう。
その雄二の顔面には細い指がギリギリと音を立てながら食い込んでいる。
あはは……霧島さん容赦ないなぁ……。
「お、俺と翔子とムッツリーニ……で……送って……やる……」
「……それならいい」
「し、死ぬかと思った……。頼むから話は最後まで聞いてくれ……」
まぁこいつなら大丈夫だろう。
「それじゃ僕らはこっちだね。皆、お疲れさま」
「明久君、暗いから気を付けてくださいね」
「うん、姫路さんもね」
さ、帰ろう。
僕は姫路さんたちに手を振って歩き出す。
すると、すぐ後ろから秀吉が尋ねてきた。
「明久よ、お主ちっとも雄二を心配せんのじゃな」
「まぁね。だって────」
僕は振り返って雄二を指差す。
『おう、またな』
その先では雄二が平然とした顔で手を振っている。
「ね?」
「あやつも慣れておるのう……」
「坂本も頑丈にできてるわね」
「ま、そういうことだね」
そんな会話をしながら、僕たちは商店街に向かって歩いた。
☆
雑談をしながら商店街に入り、しばらく歩いていると葉月ちゃんの歩きが遅くなってきた。
「葉月? 眠いの?」
「……はいです……」
葉月ちゃんは体力の限界のようだ。
今日はあんなに頑張ってくれたし、当然かもしれない。
「もうちょっとだからしっかり歩きなさい。我慢できるわね?」
「……」
美波の言葉に葉月ちゃんは反応しなかった。
虚ろな目をして、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。
「美波、無理みたいだよ」
「そうみたいね……。まったく、世話の焼ける子ね」
「しょうがないよ。僕らと同じくらいの仕事をしてきたんだからさ」
「そうね。でもこのまま置いて行くわけにもいかないわね」
「ならばワシが負ぶって行くとしようかの」
「秀吉が? いいの?」
「んむ。構わぬ。じゃがワシは商店街を抜けるまでじゃ。その後は明久、お主に任せるぞい」
そう言って秀吉は屈んで背負う体制を作る。
「ほれ島田よ、妹を乗せるがよい」
「悪いわね木下、それじゃお願いね」
秀吉は葉月ちゃんを背負うと少し重そうに立ち上がり、歩き出した。
小柄な秀吉には少し荷が重いような気もするけど……。
でもまぁいいか、秀吉がやるって言ってるんだから任せるとしよう。
僕は秀吉に合わせて少しゆっくり歩くことにした。
「ところで明久よ」
「うん?」
「昼間の答えを聞かせてもらおうかの?」
秀吉がニヤニヤと不気味な笑みを浮かべて問い掛ける。
「昼間?」
昼間って、なんだっけ?
答えってことは何か聞かれ────あ。
美波と葉月ちゃんのどっちが可愛いかって言うアレか……。
秀吉も余計なことを覚えてるなぁ……。
「こ……答えって、何のこと?」
そんな恥ずかしいことは答えられない。なんとしても誤魔化してやる。
「遠慮はいらぬ。島田妹はこの通りよく寝ておる。今なら本当のことを言っても構わぬぞ?」
「いや、遠慮っていうか、その……僕には何のことだか……」
「誤魔化さずともよい。ほれ、目がバタフライをするように泳いでおるわい」
「う……」
まずい。この様子だと秀吉は執拗に問い詰めてくるだろう。
正直に言って口で秀吉に勝てるとは思えない。
また美波がフォローしてくれないだろうか……?
そう思い、僕は助けを乞うように美波に視線を送ってみた。
だが美波は顔を隠すように下を向いて歩いていて、僕の視線に気付く様子は無かった。
ダメか……。
「ふむ。あくまでもしらを切るのじゃな? ならば今一度、ワシが問うてやろう」
「いや、いいよ秀吉! そんなの聞かないでよ!」
「島田と島田妹、お主にとって嫁に相応しいのはどっちじゃ?」
「っ……!」
ストレートに聞かれてしまった……。
って!! よ、嫁!?
「ちょっ、ちょっと待って秀吉! そんな質問だったっけ!? 確か”どっちが可愛いか”とか、そんな質問じゃなかった!?」
「何じゃ、覚えておるではないか」
「んがっ……し、しまったぁぁあ!!」
あぁっ! 僕のバカっ! まんまと秀吉の作戦に乗せられちゃったじゃないか!!
「き、木下っ! そんなのやめなさいよ! アキだって困ってるじゃない!」
「何を言う。お主とて聞きたいのではないのか?」
「えっ? だ、だってそんなの……今言わなくたって……いいじゃない……」
秀吉に問われると美波は急に声を小さくし、もじもじと指を通わせ始めた。
美波も恥ずかしいんだろう。僕だって凄く恥ずかしい……。
「ほれ明久よ。島田も聞きたいようじゃ。素直に言うてみい。ほれほれ!」
「いや、そ、そんなこと……言われても……」
「迷うことはあるまい。いつものように正直に言えばよいのじゃ」
く……。仕方ない。幸い秀吉と美波以外は誰も聞いてないし……。
雄二やムッツリーニに聞かれるよりマシだ。
「そ、そんなの……決まってるじゃないか…………美波に…………」
うぅ……人前でこんなこと言うなんて恥ずかしいなぁ……。
「ふむ。やはりそうであったか。まぁ、聞かずとも分かっておったがの」
「なっ!? それならなんで聞いたんだよっ!!」
あぁもうっ! 無駄に恥ずかしい思いをしちゃったじゃないかっ!!
「はっはっはっ! お主は実にからかいがいがあるのう」
「くぅっ……! 秀吉のバカぁーッ!!」
僕は捕まえようと秀吉に手を伸ばす。
すると秀吉はその手をするりとかわし、あっという間に距離を取られてしまった。
「はっはっはっ! お主に言われとうないわ!」
遠くで秀吉が更に僕をからかう。
くそっ! 今まで葉月ちゃんを重そうにしていたのは演技だったのか!
「こっ……このぉぉ! 待て秀吉ぃぃーっ!」
「あっ! 待ってよアキ! ウチ走れないんだからぁーっ!」
そんなバカなやりとりを繰り広げながら、僕たちは商店街を疾走した。
ホント、何やってるんだろう……。