僕と新年と初詣っ!   作:mos

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part D

 境内に入った瞬間、その人の多さに唖然とした。

 視界を覆い尽くす、人、人、人。

 これだけ沢山の人が一体どこから湧いて出たんだろう。

 

 この神社はその規模の大きさで全国的にも有名だという話は姉さんから聞いて知っていた。

 でも、こんなに混むなんて知らなかった。

 気を付けて歩かないと他の参拝客にぶつかってしまいそうだ。

 

 参道の両脇には多数の出店(でみせ)が立ち並ぶ。

 周囲に設置されているスピーカーからは三味線(しゃみせん)の静かな調べが聞こえ、出店からは焼き物の香ばしい香りや、飴細工の甘い匂いが立ち上る。

 それは夏祭りの光景によく似ていて、僕の心を踊らせる。

 

「わぁ~! お店がいっぱいですっ!」

「初詣ってこんなにお店が出るものなのね。まるでお祭りみたい」

 

 葉月ちゃんも見る物すべてが珍しいらしく、大はしゃぎ。

 美波も楽しそうに周囲に視線を巡らせている。

 

 初詣なんて最初はあまり気乗りしなかった。それも雄二の誘いだったから尚更だ。

 でも美波や葉月ちゃんのこんな笑顔を見ていると、来て良かったと思えるから不思議だ。

 

「お姉ちゃん、あれはなんですか?」

 

 葉月ちゃんが参道の真ん中で踊る、緑色の布をかぶった物体を指差して問う。

 真っ赤な顔に大きな口。祭りばやしに合わせてコミカルに舞う姿。あれは獅子舞だ。

 

「何かしらね。赤い……ライオン? う~ん……。お姉ちゃんにも分からないわ」

 

 美波もさすがに獅子舞のことは知らないようだ。

 ”獅子”だからライオンであることには違いないね。

 

「葉月ちゃん、あれは”獅子舞”っていうんですよ」

 

 僕が答えようとしていると、姫路さんに先を越されてしまった。

 数少ない美波に教えられることだっただけに、ちょっぴり残念だ。

 

「ししまい? 着ぐる身ですか?」

「ちょっと違いますね。中に人が入っているのは同じですけど。獅子舞の舞は幸せを招き、厄を祓うと言われているんです。頭を噛んでもらうと取り憑く邪気を食べてくれるとも言われているんですよ」

「へぇ~……。さすが瑞希。詳しいわね」

「実は昨日、初詣に行くことに決まってから色々と調べたんです。皆さんのお役に立てればって思って。ふふ……」

 

 姫路さんが嬉しそうに笑顔を見せる。

 こんなことにも勤勉だなんてやっぱり姫路さんは凄いや。

 僕はあれが獅子舞であることしか知らなかったし、今回は姫路さんが答えてくれて良かったような気がする。

 

「それじゃ葉月、邪気を食べてもらってくるですっ!」

「あっ、ちょっと葉月! 一人で行っちゃダメよ!」

 

 美波の制止も聞かずにトトッっという感じで駆けて行く葉月ちゃん。

 もともと無邪気な葉月ちゃんには取るべき邪気なんて無い気がするけど……。

 僕はそんなことを思いながら、跳ねるように駆けて行く葉月ちゃんを眺めていた。

 

「もう、葉月ったら……」

「葉月ちゃん、楽しそうですね」

「きっと初めてだから珍しいのよ。そういうウチも初めてなんだけどね」

 

 実は僕も初めてに近かったりする。

 もう記憶に残ってないけど、最後に神社に来たのは七五三の時だったかもしれない。

 

「明久、お前も行って来たらどうだ?」

 

 微笑ましい葉月ちゃんの姿を眺めていたら、雄二がニヤニヤしながら言ってきた。

 この顔……。僕をからかう気だな?

 

「いやぁ、雄二こそ行って来たら?」

 

 獅子舞は邪気を食うという。それなら邪悪そのものの雄二なんか────

 

「「跡形もなく食われるだろうけどな」」

 

 !?

 

「「なんだと貴様!!」」

 

「やれやれ。面白いくらい似た者同士じゃな」

「…………類は友を呼ぶ」

 

「似た者同士だと!? フざけんな! 俺をこんなバカと一緒にすんじゃねェ!」

「それはこっちの台詞だよ! 僕と雄二のどこが似てるって言うのさ!」

「いや、今まさに兄弟のようじゃぞ?」

「「こいつと兄弟だなんて冗談じゃない!!」」

「お主ら自覚は無いのか……」

 

 そんな言い争いをしていると、

 

  ガリ

 

 という音と共に、雄二がボーイソプラノ並の甲高い叫びを発した。

 

 なっ!? なんだこの気持ち悪い叫び声は!?

 

 僕らは突然の叫びに驚いて雄二の方を見る。

 するとあいつの頭には霧島さんの顎が乗っていた。

 

 いや、頭に霧島さんが────かじりついている?

 

「しっ、翔子!? やっ、やめろ! 何の真似だ!? いてェ! マジでいてェって!」

「……ゆうひのひゃひはわあひがはあう」

 

 雄二の頭の上で霧島さんがくぐもった声で答える。

 えっと……『雄二の邪気は私が祓う』で、いいのかな?

 なるほど、獅子舞の役を自分がやりたかったというわけか。

 

「だーっ! 離せぇぇっ!」

 

 そう叫ぶと雄二は頭を左右に振り、霧島さんを振りほどいた。

 うーん……。僕の周りには変わった人ばかり居るとは思っていたけど……。

 

「ほ、本当に食われるかと思った……」

「……これで雄二は素直になる」

 

 霧島さんも少し変わってる……かな……。

 

「ただいまですっ!」

 

 そんなことをやっているうちに葉月ちゃんが帰って来た。

 

「おかえりなさい、葉月ちゃん」

「綺麗なお姉ちゃん、これで葉月も邪気取れたですか?」

 

 戻って来た葉月ちゃんがキラキラと輝くような満面の笑みを見せる。

 うん、変わってないね。やっぱり取るような邪気は無かったんだよ。

 

「そうですね、きっと取れてると思いますよ」

「ほんとですか! よかったですっ!」

「そんなことより葉月、一人で行っちゃダメじゃない。これだけ人が沢山いるんだから迷子になっちゃうわよ?」

「はーい、ですっ」

 

 ……葉月ちゃん、本当に分かってるんだろうか。

 でもまぁいいか、無事戻って来たことだし。

 

「それじゃ雄二、お参りに────」

 

「まったく、何を考えてやがるんだ。お前が食いついて邪気が取れるわけねェだろ」

「……まだ邪気が残っている」

「まっ、待て、大丈夫だ! 俺が悪かった! すっかり邪気は抜けたからあァァーっ!!」

 

 ……まだやってたのか。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 雄二が謝ったことで霧島さんの気も済んだようなので、僕たちは参拝所に向かうことにした。

 

「しかし本当に人が多いのう」

「……迷子に注意」

「だな。皆、はぐれるなよ」

 

 確かに人が多くて、真っ直ぐ歩くのも困難だ。

 同じような振袖を着ている人も多いし、気を付けないと本当に迷子になりかねない。

 

「そういえば美波ちゃん、去年の正月はどうしていたんですか?」

「家で両親と過ごしてたわ。ドイツには初詣なんて習慣は無かったからね」

 

 そうか、初詣というのは日本独自の習慣なのか。今までそんなこと考えたことも無かったな。

 

「そうなんですか? じゃあドイツでは新年を祝ったりしないんですか?」

「ううん。ドイツではね、年が明けると同時にみんな外で花火を上げるの」

「花火……ですか?」

「うん。そうやって大騒ぎして新年を祝うのよ」

「そうなんですか。日本とはだいぶ違うんですね」

「……日本は除夜の鐘」

「じゃあ去年はお前の家でも花火を上げたのか?」

「ううん。両親がやらなかったからウチもやってないわ。ドイツにいた頃もね」

「ご両親と静かに新年を迎えたんですね」

「そうね。でも去年は冬休みの課題をやるので精一杯でちっとも正月って気分じゃなかったわ」

「あははっ、それは僕と同じだったんだね」

「何言ってるのよ。アンタは課題なんて全然やってなかったじゃない。三学期の始めに先生に叱られてるの覚えてるんだからね?」

「そ、そんなことないよ!? やったけど分からなかっただけさ!」

「どうかしらね。アンタのことだから、すぐに投げ出したんじゃないの?」

「ぅぐ……」

「図星みたいね。ふふ……」

 

 否定できない……。痛いところを突いてくるなぁ。

 確かに去年は完全に一人暮らしで、生活を見張る姉さんも居なかった。

 だから冬休みはずっとゲームばっかりやってたんだよね。

 課題なんて物の存在を思い出したのは始業式の前日だったよ。

 当然間に合うわけもなく、諦めて叱られることにしたというわけだ。

 

 でも今年は大丈夫。年末のうちに美波と一緒にほとんど終わらせたからね。

 おかげでほとんど遊べなかったけどさ。

 

(明久、明久よ)

 

 そんな去年の思い出に浸っていたら、秀吉が小声で呼びかけてきた。皆に内緒の話だろうか。

 

(何? 秀吉)

(島田と仲直りできたようじゃな)

 

 あ、そうか、美波と仲直りしたことをまだ秀吉に言ってなかったっけ。

 

(うん。おかげでさまでね)

(そうか。それは何よりじゃ)

(秀吉のおかげさ)

(ワシは別に何もしておらんぞ? ただ思ったことを一方的に言っただけじゃ)

(そうかもしれないけど……。でも、そのおかげで仲直りできたのさ)

(……そうか……。お主の役に立てたようで嬉しいぞい)

 

 秀吉が少し照れくさそうに言う。

 僕はそんな秀吉の珍しい顔を見ながら、クリスマスイブのあの日のことを思い起こした。

 

 あの日、僕は皆のおかげで美波と仲直りすることができた。

 姫路さんや雄二、霧島さんにも助けてもらったけど、決定的だったのは秀吉の言葉だった。

 僕が自分の間違いに気付き、行動を起こせたのは秀吉のおかげだ。

 もしあの時、秀吉の話を聞いていなかったらどうなっていただろう。

 もし謝れずに冬休みに突入していたら……。

 

 そう思いながら、僕は横を歩く美波に目を向けてみた。

 すると美波は僕の視線にすぐ気付き、にっこりと自然な笑顔を見せてくれた。

 

 ……もしあのままだったらこんな笑顔を見ることもできなくて……。

 今頃、最悪の気分で正月を迎えていたことだろう……。

 

 本当に仲直りできてよかった。

 

 改めてそう思い、僕は皆と一緒に参道を歩き進んだ。

 

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