「バカなお兄ちゃん、あれは何ですか?」
しばらく歩いていると、葉月ちゃんが道脇に建てられたテントを指さして聞いてきた。
まさに好奇心の塊といった感じだ。
「どれどれ?」
葉月ちゃんの指差す先を見ると、白いテントに何やら人だかりができていた。
テント内には大きな紙が垂れ下げられていて、”あったかいお神酒 無料です”と書いてある。
”お神酒”? なんて読むんだろう。おかみざけ? いや、違うような気がする。
うーん、分かんないな……。
ここで当てずっぽうを言って変な読み方をしたら雄二にバカにされるだろうし……。
かといって答えられないのも格好悪い。
くそう、もっと勉強しておくべきだった。文字からしてお酒なんだろうけどなぁ……。
「葉月ちゃん、あれは”おみき”と言って、神様にお供えした後のお酒なんですよ」
答えに困っていたらまた姫路さんが代わりに答えてくれた。
助かった……。今日は姫路さんには助けられてばかりだな。
「……ここのお神酒は甘酒」
霧島さんが姫路さんの説明に補足する。この二人の博識さには頭が下がるばかりだ。
しかし甘酒か。
甘酒は微量のアルコールが含まれるけどアルコール飲料の扱いでは無かったはず。
これなら僕たちにも飲めるな。
……
アルコール……?
「へぇ~。無料なのね。瑞希、ちょっと飲んでみない?」
「そうですね。甘酒なら年齢に制限は無いですからね」
「じゃあ葉月も飲んでいいですか?」
ちょっ!
「いいわよ。でも沢山飲んだら酔っぱらっちゃうから────」
「「ちょっと待ったー!」」
美波たちが話を進めている中、僕と雄二はまったく同時に大声を張り上げる。
「なっ、何よアンタたち、急に大声出したりして。びっくりするじゃない」
「い、いや! なんだか混んで来たし、ここは先を急ぐべきなんじゃないかな!」
「そっ、そうだな! 俺も明久に賛成だ!」
「? 何を狼狽えてるのよ」
「へっ? そ、そんなことないよ? ね、雄二!」
「あ、あぁ、そうだぞ島田、俺達は至って冷静だ!」
「うーん……。そうは見えないのよね」
なぜ僕と雄二がこんなにも慌てているのか。
それは忘れもしない、教室でダウトをやっていた時のあの出来事。
── 姫路さんにアルコールを与えてはいけない ──
これが僕と雄二の得た共通の認識だ。
「……雄二、どうしたの。顔色が悪い」
「そっ、そうか!? そんなことはないと思うぞ!? そんなことより行こうぜ! これからもっと混んでくるからな!」
いつも冷静な雄二が取り乱す。余程あの時のことが印象に残っているのだろう。
そういう僕もあの時ほど男としての尊厳の危機を感じたことはない。
まさか姫路さんがウィスキーボンボン一個であんなに酔っぱらうなんて知らなかったよ。
それにアルコールの入った姫路さんがあんなにも危険だということもね……。
「……雄二、何を怯えているの」
「怯える? 俺が!? そんなことねぇって! いいから行こうぜ! ほらムッツリーニ、行くぞ!」
ん? ムッツリーニ? そういえばあいつの姿が見えない。どこに行ったんだ?
『…………了解』
と思ったら、テントの方から声が聞こえて来た。
あいつ、甘酒を配布している巫女さんの写真を撮っていたのか。
さすがムッツリーニ。君の行動は
ほら、巫女のお姉さん、あんなに引きつった作り笑いをしてるじゃないか。
「ほらお前ら、グズグズしてると置いて行くぞ」
雄二はそう言うと一人でさっさと歩き出した。
「……変な雄二」
霧島さんが呟き、その後について行く。
「なによ、せっかく無料なのに」
そして美波は不服そうに口を尖らせた。
ゴメンよ美波、もし二人で来ていたのなら僕だって飛び付いていたさ。だって無料だし。
でも今日は姫路さんがいて、姫路さんにあれを飲ませたりしたらお参りどころじゃなくなっちゃうんだ。
「美波ちゃん、坂本君の言う通りだと思います。今はお参りに行くことを優先しましょう」
ぜひそうしてください……。
「そうね。それじゃお参りを済ませちゃいましょ。葉月、行くわよ」
「は~い、です」
美波も納得してくれたようだ。ひとまず危機は去った。
ふぅ……。これで一安心か。
☆
「ところで明久君、お参りのお作法は知ってますか?」
混雑の中を皆で歩いていると、姫路さんが尋ねてきた。
お参りの作法? そんなものがあるのか?
「ガラガラを鳴らして手を合わせて願い事を言うだけじゃないの?」
「姫路、このバカがそんなことを知っているわけがないだろ」
「う、うるさいな。雄二は黙ってろよ」
「葉月も知らないです。綺麗なお姉ちゃん、教えてくださいですっ」
「ウチも初めてだから知らないわ。瑞希、ウチにも教えてくれる?」
「はいっ、それでは説明しますね」
「明久、よく聞いておけよ。お前は人一倍記憶力が無いからな」
「そんなこと雄二に言われなくたって分かってるよ!」
雄二が”にひひ”といった感じの、いやらしい笑みを浮かべる。
くそっ、バカにしやがって! 僕の優れた記憶力を見せてやる!
……あれ?
今僕、記憶力が無いことを自分で認めてなかった?
「明久君、よく聞いてくださいね」
「あ、はい」
姫路さんはコホンと咳払いをすると、歩きながら説明を始めた。
「まず、すぐに
「はいでん? ちょうずや?」
「拝殿っていうのはガラガラが付いている建物のことですよ。手水舎は手を洗う
「ふ~ん。変な読み方するのね。やっぱり日本語って難しいわね」
うん。僕もそう思う……。
「あまり慣れない読み方なので”てみずや”って読むこともあるんですよ。それで、そこでまず手を洗って身を清めるんです。でもただ洗えばいいんじゃなくて、それにもお作法があるんです」
「手順があるってことね?」
「はい、そうです」
手順か。結構面倒くさいんだなぁ。
「洗う順番はまず左手、次が右手です。その次は口を
「う、うん」
「それじゃ、次は参拝のやり方です」
「参拝にもやり方があるのね」
ヤバイ……。もう最初にどっちの手だか分からなくなっている……。
「
聞いているうちに姫路さんの声が遠ざかっていく感じがして、目眩いのような感じに襲われた。
ダメだ……。姫路さんが丁寧に説明してくれているみたいだけど、全然頭に入ってこない。
あぁ、なんだかふわふわした気分になってきた……。
「────というわけなんです。分かりましたか?」
「ふぇ?」
意表を突かれた僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
いつの間にか説明が終わっていたらしい。
「瑞希、アキの頭じゃ無理よ。もうその場で説明するしかないわ」
「そ、そうみたいですね」
「うぅ……」
だってこんなの覚えきれないよ……。
「あぅ……。葉月も覚えきれないです……」
葉月ちゃん、君は僕の気持ちが分かってくれるんだね! 仲間がいてくれて嬉しいよ!
「大丈夫よ。お姉ちゃんが覚えたから一緒にやりましょ」
「はいですっ!」
「アキ、アンタもよ」
「はいですっ!」
「こらっ! 葉月の真似なんてしないでよ!」
「あはは、ごめんごめん。あんまりいい返事なもんだから、つい真似をね」
「お主ら相変わらず仲が良いのう」
「えっ? そ、そう? 普通よ普通! ね、アキ!」
秀吉に言われて急に慌て出す美波。
別に付き合ってることを隠しているわけじゃないし、誤魔化すことも無いんじゃないかな?
と思ったけど、ここで美波に話を合わせなかったら何をされるか分からないな。
「そうだよ秀吉、こんなの普通だよ」
そうさ。僕らにとってこれが普通なんだ。
「そんなことより早くちょ、ちょ……えぇと……ちょー……」
「明久、姫路が最初に言っていたことくらい覚えろ。”ちょうずや”だ」
「そうそう、その”ちょうじゃッ”……」
「何をやってるんだお前は……」
噛んだ……。言いにくいったらありゃしない。
「明久君、言いにくかったら”てみずや”でもいいんですよ?」
「まぁ、ともかく行くとするかの」
「う、うん」
そんなやりとりをしながら、僕たちは参道を進んだ。
……やっぱり僕は記憶力の無いバカだったようだ。まぁ分かっていたけどさ。