十分くらい捜し回っただろうか。
まだ二人は見つからず、僕らは参道を捜し歩いている。
先程まで大騒ぎしていた美波だが、この時にはすっかり静かになっていた。
それもそのはず。見れば青ざめた顔をして、不安でいっぱいの目をしている。
きっと葉月ちゃんのことが心配で堪らないのだろう。
僕は少しでも不安を和らげてあげようと思い、話し掛けてみた。
「美波、葉月ちゃんなら無事だよ」
「うん……」
だが僕の言葉にも反応は薄く、落ち着かない様子で左右に目を配り続けている。
この程度ではいつもの美波に戻ってくれないようだ。
……こんな時は僕が支えてあげないと……。
僕はそんな責任感が湧いてきて、
「きっと姫路さんと一緒にいる。だから大丈夫」
美波にそう言い聞かせながら、彼女の手を握った。
「アキ……」
こんな時は慌ててはいけない。僕が慌てれば余計美波を不安にさせてしまう。
「姫路さんなら葉月ちゃんを守ってくれる。姫路さんを信じよう」
僕は落ち着いて、ゆっくりと言葉を掛けた。
「……そうね、瑞希だって子供じゃないものね」
すると美波はこわばった表情を緩め、手を握り返してくれた。
少し気が静まったのだろう。
でも安心させるために”大丈夫”と断言したが、安全が保証されているわけではない。急ごう。
僕たちは人ごみを掻き分けるように進み、左右を注意深く見ながら小さな女の子の姿を捜す。
……それにしても人が多い。
参道には通行に関する取り決めは特に無く、参拝に向かう人と帰る人が思いのままに行き交う。
このため、何人もの人が僕らの目の前を横切り、その度に視界が遮られる。
それに加え、似たような振袖を着た親子が何組もいて紛らわしいことこの上ない。
あぁもう邪魔だなっ! なんだってこんなに人が多いんだよ!
正月くらい家でゆっくりしていればいいのに!
僕はあまりの混雑に疲れ始め、苛立ちを募らせていた。
「もう……あの子ったらどこに行ったのよ……」
美波も苛立ちを隠せないようだ。
いけない。ここで僕がイラついているところを見せるわけにはいかない。
今は冷静にならなくちゃ。
「もうちょっとで道路だね。見落としてるとは思えないし、きっとこの辺りに────」
「あ! お姉ちゃん! バカなお兄ちゃん!」
”この辺りにいるはず”
そう言おうとした瞬間、突然前方から聞き慣れた女の子の声が聞こえてきた。
この声は!
「「葉月(ちゃん)!」」
と美波と一緒に叫ぶが早いか、その声の主は僕の
間違いない! これは葉月ちゃんだ!
いや、というか……。
公共の場でその呼び方は勘弁してほしい。
せめて”バカな”は取ってくれないだろうか……。
「こら葉月! どこに行ってたのよ!」
「ほぇ?」
美波が葉月ちゃんを怒鳴りつける。
でも葉月ちゃんには美波がなぜ怒っているのか分かっていないようだった。
「美波ちゃん、明久君、どこに行ってたんですか?」
その葉月ちゃんの後ろから僕らに話しかけるおっとりとした声。
「姫路さん!」
見たところ怪我も無いし、乱暴された様子もないようだ。
どうやら姫路さんも無事みたいだ。良かった……。
「もう、ダメじゃないですか。周りに注意しないから皆迷子になっちゃうんですよ?」
「へっ? あっ、ご、ごめんなさい、姫路さん」
そうか、気付いてなかったけど迷子になったのは僕たちの方だったのか……。
「って、違ぁう!!」
「瑞希……迷子はアンタの方よ?」
「えっ? そうなんですか?」
どうやら姫路さんには自分たちが迷子になっていたという認識は無かったようだ。
美波の言うように、確かに彼女もどこか抜けているような気がする。
そうか、これもきっとFクラスの連中のせいだな? 馴染むというのは恐ろしいことだ……。
これからはあまり近付けないようにしないといけないな。
でも二人とも見つかって良かった。
「綺麗なお姉ちゃんと”べびーかすてら”ってお店に行ってたです」
「そんなことより一人で行っちゃダメって言ったでしょ! どれだけ心配したと思ってるの!」
「一人じゃないですよ? 綺麗なお姉ちゃんと一緒です」
そりゃまぁ、確かに一人じゃないけど……。
「そういう問題じゃないの! 皆に言わずに行っちゃったら心配するでしょ!」
「あぅ……ごめんなさいです……」
美波は完全にご立腹のようで、いつもの吊り目を更に吊り上げて怒っている。
叱られた葉月ちゃんは目に涙を浮かべていて、今にも泣きだしそうだった。
う~ん……美波が怒るのも分かるけど……。
「美波、それくらいで許してあげようよ」
「ダメよ! こういうことはしっかりと言って聞かせなくちゃ!」
「まぁまぁ。いいじゃないか、こうして無事だったんだからさ」
「もう、アキは甘いんだから……」
「葉月ちゃん、これからは皆に行く場所を言ってからにしようね」
「……はいです」
僕は目線を合わせるようにしゃがみ、いつも通りに頭を撫でてやる。
すると葉月ちゃんは少しだけ笑顔を取り戻してくれた。
うん。やっぱり美波と一緒で葉月ちゃんも笑顔が一番だ。
「しょうがないわね……。ごめんね瑞希、葉月が迷惑かけちゃったわね」
「いえ、そんなことないですよ」
とにかく無事でよかった。それじゃこのことを雄二に知らせないとな。
僕は携帯電話を取り出し、雄二をコールする。
「あ、雄二? 姫路さんと葉月ちゃんを見つけたよ」
『そうか、よくやった。今どこだ?』
「どこって……神社の中だけど?」
『すまん。お前に漠然としたことを聞いた俺がバカだった。じゃあ何か目印になるようなものを言ってみろ』
なんかバカにされたような気もするけど……まぁいいや。
「えーっと」
目印になるようなものは────あれかな。
「すぐ横に石灯籠があるよ」
『……ハァ……』
「なんだよ。なんでため息をつくのさ」
『いいから周りの石灯籠の数を数えてみろ』
「うん? 数?」
いち、にぃ、さん、し……。
「……」
『理解したか。これだけ大量にあるものが目印になるわけがないだろ。このバカ』
「悪かったね! どうせ僕はバカだよ!」
『ンなもん前から知っている。いいから他に目印になるものを答えろ』
くそっ、今に見ていろよ。
「えぇと、それじゃあ他には……」
……あぁなんだ、こんなに目立つ目印があるじゃないか。
「真上に鳥居があるよ」
『鳥居か。一番道路側のヤツか?』
「いや、そこまでは戻ってない」
『そうか二つ目か。よし分かった。秀吉と合流してそっちに向かうからお前らはそこで待機していろ。いいか、絶対動くんじゃねぇぞ!』
「へいへい」
Pi
まったく、そんなに僕は信用無いかね。
やっとの思いで二人を見つけたのにまた迷子になるような真似をするわけがないじゃないか。
とブツブツ言いながら携帯を閉じると、三人は楽しそうに話はじめていた。
「瑞希もあんまり葉月を甘やかせないでよね。この子すぐ調子に乗っちゃうんだから」
「すみません。葉月ちゃんがあんまり楽しそうなのでつい……」
「今度から葉月が無茶を言っても聞いちゃダメよ」
「むー。葉月、無茶なんて言ってないです」
「こら葉月。アンタは少し反省しなさい」
「はいですぅ……」
「ふふ……じゃあ次から気を付けますね。ところで美波ちゃん、ベビーカステラ食べませんか?」
「あ、おいしそうね。一ついただこうかしら」
「そうなんですっ! とってもおいしいんですっ!」
「こら葉月、調子に乗らないの」
「えへへ~。でも本当においしいですよ?」
「あ、ホント。あったかくておいしい。蜂蜜風味なのね」
「お砂糖を使ったものよりしっとりしていておいしいんですよね。もう一ついかがですか?」
「ありがと。でももう十分よ。あんまり食べると太っちゃうし」
「そ、そうですよねっ! 控えめが大事ですよねっ!」
「? どうしたのよ急に慌てて。あ……分かった。アンタ食べ過ぎたのね?」
「ふぇっ!? そっ、そんなことないですよ!?」
「綺麗なお姉ちゃんは買ってすぐに四つ食べてましたっ」
「は、葉月ちゃんっ、言っちゃダメですっ!」
「な~んだ。やっぱり食べ過ぎたのね」
「うぅ……またダイエットしなくちゃ……」
「大丈夫よ。この程度で急に体重が増えたりするわけないじゃない」
「そんなことありませんっ! 油断は禁物なんですっ! それに美波ちゃんだってあんまり食べると太っちゃうって言ったじゃないですかっ!」
「あはっ、バレちゃった? 大丈夫よ。食べた分は消費すればいいんだから」
「そんなに簡単には行かないですよぉ……」
……振袖姿の女の子がこうして楽しそうに話しているのは華やかでいいなぁ。
そう思った僕は口を挟めなくなってしまい、三人の様子を眺めていた。
葉月ちゃんはいつも通りの天真爛漫な笑顔が可愛らしく、それが明るい色の振袖によく似合う。
今日の姫路さんは髪を上げていてポニーテールにしている。
姫路さんは優しいし、周囲の女の子の中でも群を抜いて可愛いと思う。
でも僕の目はやっぱり美波に行ってしまう。
こういう気持ちって、容姿だけじゃないと思う。
……今でもあの日のことは鮮明に記憶に残っている。
美波が僕の怪我の完治祝いパーティーを開いてくれた、あの日の出来事。
僕はあの時、美波の心を知った。心の底から僕のことを思っていてくれたことを知った。
その思いが僕にはとっても嬉しくて……。だからこそ美波のことを大切に思うんだ。
「あ、明久君、坂本君なんて言ってました?」
あの日の思い出に浸っていたら、姫路さんが尋ねて来た。
そうだ、雄二からの指令を伝えないと。
「あ、うん。えっとね────」
僕は雄二から言われたことをそのまま伝え、一口サイズのベビーカステラをつまみながら皆の到着を待つことにした。
☆
「おう明久、ご苦労だったな」
鳥居の下で五分ほど待っていると、雄二たちが到着した。
やれやれ、これでやっと全員揃ったか。一時はどうなる事かと思ったよ。
「……瑞希、心配した。大丈夫?」
「あ、はい。ご心配おかけしてすみませんでした」
「ほら、葉月も謝りなさい。皆に迷惑かけちゃったんだから」
「ごめんなさいです……」
葉月ちゃんがペコリと頭を下げて皆に謝る。素直でいい子だ。
「よし、葉月ちゃんも謝ったことだし、気を取り直してお参りに行こう!」
「んむ。そうじゃな」
「はいですっ!」
「ホントに反省してるのかしら……」
「まぁまぁ、細かいことは抜きにして行こうよ」
僕は話を切り上げようと美波の背中を押す。
それはもちろん、これ以上葉月ちゃんを叱ってほしくなかったから。
「まぁいいわ。それじゃ行きましょ」
こうして迷子事件は解決。
僕たちは目的の参拝に向かって参道を歩きはじめた。
ところが葉月ちゃんの好奇心は相変わらずで、興味は尽きないようだ。
そこで今度は僕と美波の間に葉月ちゃんを挟み、三人で手を繋いで歩くことにした。
もちろんこれは葉月ちゃんが飛び出して行かないようにしたものだったのだが、葉月ちゃんはこれにすっかりご満悦のようで、楽しそうに繋いだ手を振り回していた。
その様子を見守る美波も楽しそうなのだが、どうも様子がおかしい。
時折、思い出し笑いのようにニヤついたり、
(……島田明久……ね……。うふふ……)
などと呟いたりしていた。
きっと葉月ちゃんが無事に見つかったのが嬉しいのだろう。
あんなに仲のいい姉妹なのだから当然だと思う。
ただ、その呟きになぜ僕の名前が入っていたのか、僕にはよく分からなかった。