本部の訓練室は早朝にも関わらず、見物人で溢れていた。実働部隊の人間だけでなく、他部署の人員も見学に来ているため室内に収まらずに入り口から頭だけ突きこんでいるものまでいる始末。彼らは実働部隊名物、模擬戦を観戦するために集まっていた。
実働部隊は戦闘及び破壊工作の阻止といった、危険な任務が業務である。そのために死傷率は機関のなかでも群を抜いて高く、そのため最も戦闘能力が高い人物が長を務めるという方針で構成されている。その方針上、定期的に部隊内で模擬戦を行い錬度の上昇と頭の入れ替えを行っていた。
当人たちは給料に直接かかわるため必死だが、他部署から見ればビックリ人間ショーとでも言うべきものになっており、賭けの対象になっていた。だが、普段の模擬戦はここまで人気が出るわけではない。彼らだって大人、仕事があるのだ。
ではなぜ、今日の模擬戦はここまで人気なのか。それは本日の対戦内容に理由があった。
上位に行けば行くほど人外が多いといわれる風鳴機関だが、実働部隊も例外ではない。平隊員ですら基本的に皆他部署の人間と比べても、体の基礎スペックが高いものばかり。それに加え、弾が自分に当たらないといった異常な幸運をもつ者や、異常なほど持久力に優れた者、ほぼ未来予知に近い直観を持つ者。銃器の性能を極限にまで引き出す才能の持ち主などの連中が隊長を務めている。
そしてその中で頂点に君臨するのが、緒川慎次。本来情報操作や裏方での工作を得意とする忍者でありながら、実力で実働部隊の頂点に君臨する怪物だ。
そんな中、訓練室の中央で待ち構える緒川のもとに、準備を終えた挑戦者――黒川――が足を進め始め。司令を含めた観客たちは固唾をのんで見守るのだった。
なんか緒川さんに模擬戦で挑戦することになっていた。
いや、スパーリング程度で良かったんだが頼み方をミスったかね?
まあ、戦いたかったことには変わりはないし、いいか――と、頭のスイッチを切り替える。
そのまま軽く踏み込む。こちらが間合いに入ったのにも関わらず悠然と待ち構える緒川に向けて牽制の意味を込めて胴に蹴りを一閃。牽制とはいえ、当たれば戦闘不能にできるであろうと自負する一撃だったが、ひらりと躱されてむなしく宙を切る。
ぬるりと打撃をバックステップでかわし、慣性など無視したかのようにそのままの勢いで突っ込んでくる緒川に振り切った腕を引き戻し、相手の突撃に合わせるように踏み込みからのショートタックルをぶち込む。
今度の攻撃は当たった、という確信があった。肩から相手の内臓を押し上げるようにしっかりと入った感触があった。そう、これなら……
「技の選択は悪くありませんね」
莫迦な。今しがたタックルをぶち込んだはずの緒川の声が後ろからした。
「今までならば攻撃をかわされた後、距離を取ろうとして、そのままこちらのペースに持ち込めていたのですが。相手の行動の頭を潰すことはできるようになってきましたね」
後ろを振り向くと、上半身のスーツを脱ぎ捨て、シャツ姿になった緒川が立っていた。
「分身…ですか。今までは模擬戦には忍術は積極的には使ってこなかったのに、どういう風の吹き回しですか? 緒川さん」
「今までは使う必要がなかっただけのことです。そろそろ忍術も取りいれた訓練にしようかと」
平然と答えやがる。割と体術だけでもキツイってのに。
しかし、打撃を回避したということは脅威だと判断されているということ。今までは回避するまでもないといったように体術で体に受けた攻撃をいなして無効化され、そのままカウンターをもらって倒れるような奴が大勢いた。
だが今回の攻撃は受けずに避けた。あの緒川がだ。
実際、直撃させれば勝利できる威力があると確信している。ならば、カウンターか。
というのも、単純な攻撃では当てられない。終端速度なら勝っている自身がある。が、相手は忍者、加速力がおかしい。それに忍者の分身とか視線誘導からの隠形とかを使われると当てられん。つまり隙を晒して攻撃個所を限定し、カウンターをなんとか入れて攻撃が当たるようにしなければ。つまりは得意な防戦だ。そう考えると、少し気が楽になった。
幾度か攻撃を仕掛けるが、どれも驚異的なバランスと加速で躱され、ついでとばかりに打撃を叩き込まれる。回避に徹する忍者に攻撃を当てるのは至難の技。
当たれば戦闘不能にできる。そんな、いかにも本命の攻撃であり、罠だとは思われないように攻撃を仕掛けていく。
顔へのワンツーを軸をずらすだけで回避され、反撃の拳が顔に叩き込まれる。が、その拳に全力で額を叩きつけた。さすがに効いたようで、わずかに顔をしかめた緒川だったが、そのままするりと視界から消える。今までに何回か仕事中に目撃したことのある、隠形と高速移動を併用して行う特殊な歩法だとか。本人曰く、基本を極めた先の技とか言っていた。それはともかく。この技は視野の外に隠形を掛けながら潜り込むことで姿を消失させる技。つまり奴は――
とっさに前に倒れこむ。と同時に、恐ろしい速度で蹴りが頭上を通過する。そのまま前方にダッシュして距離をとると見せかけて、振り向きながらの下段蹴り。が、読んでいたのだろうか躱される。そのままお互い睨み合いながら、隙を伺う。
と、その時、目の前の緒川が煙と消えた。
――不味い!!
先ほど俺が前に倒れて攻撃をかわした時に既に分身だったか。回避したので本体かと思っていたが。
今相手にしている相手は、打撃の威力自体はさほど高くはない。恐ろしいのは、肉体を十全に扱う技術。そして適切に手札を切る精神力だ。
だが。倒せない相手ではない。今までに何度か行った手合わせと、勤務中に共闘した際、戦闘を見ることで盗み取ったいくつかの手札をここで切るしかない。
そう考えながら、後ろに気配を感じた。薄く、おぼろげなソレは、何度も任務で感じた上司のソレで。だからこそ、奴が次に取る行動も――
鞭のようにしなった蹴りの一撃が迫る。それは半円を描く軌道で頭部を狙って振り下ろされ――
俺はその一撃に合わせ、強く床を踏み込んだ。
その一撃を放つ緒川は、勝利を確信していた。
今回の模擬戦で、体術での戦闘は普通に戦ってもスピードについてこれるようになったのは確認した。そして忍術を使用すると告げた時、黒川は笑った。だが、あの笑いは諦めた笑いではない。
――ならば、新しい技か、策か。
その答えにたどり着くと同時に、上段蹴りをすり抜けるように回避される。後ろからの奇襲に加え下への打ち下ろしになる攻撃は非常に回避しにくいものであり、黒川には回避出来ないはずであった。
視界から黒川が消えた。
そのまま視界から外れるように回り込まれ、返されるように腎臓の真上にに一撃を受けた。
半ば反射で衝撃を逃がす。
体術で大半の衝撃を散らしたうえで、内臓に響く真っ白な痛み。それに脳を焼かれながらも、緒川は喜びを感じていた。
――拙いが、私の歩方を模倣したか。だが、所詮は我流の付け焼刃、精密な動作が出来なくては話にならない。
それでは隙が大きすぎる。
上司とはよく共闘、訓練して戦い方は知っている。彼は基本は斥候として動くが、いざ戦闘になれば加速と身体操作を応用した歩方や、忍者特有の忍術などを使う。
ならばあの視界から消えるような動きを模倣しよう。そう決めた。職業柄、どうしても奇襲からの接近戦が多くなる。前回のようにしっかりとキルゾーンを構築した上での戦闘など、まあ基本的にないようなものだ。あの動きを行えれば、長く生き残れるだろうし何よりあの動きがカッコよかった。男はいつだってカッコよいものが大好きなのだ。
ターンスライドで上司の後方に回り込む。始めて見せる技。上司がほんの一瞬戸惑うのがわかった。その隙に腎臓に拳の一撃を叩き込む。しかし手ごたえがない。
――衝撃を流された!?
不意をついてカウンターを入れれば一撃で打倒できると踏んで、すべてを使って攻撃をを当てた。だがこちらが始めて使う模倣にも驚かずに対処されたことで正直勝ち目が薄くなった。
体勢が崩れていくのをはっきりと自覚する。もうこの体勢では回避は行えない。
それでもあきらめず、攻撃を当てたのになぜか笑顔の上司の顔に拳を放つが。ふ、と。目の前から上司が消え、次の瞬間。腕を取られ床に組み伏せられた。
「私の勝ちですね」
頭上からの上司の声に、俺はうなずくしかなかった。