怪盗と聖女   作:ノット

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過去編
プロローグ


 巷で噂になっている人物がいる。

 

 曰く、貴族から金目のものを偸み市井にばらまいている。

 曰く、誰も顔を見たことがない。

 曰く、盗まれた貴族は家に入られたことすら気づかない。

 

 貴族はそのものを疎ましく思い、市民はその者のおかげで生活が前より楽になっているのである種の尊敬を抱いていた。

 貴族はすぐに手配書をだすが、誰も彼の名前を知らないので困った彼らは仮の名をつけることにした。

 

 

 怪盗キッドと。

 

 

 

 

 一四三一年。

 

 十六か十七あたりの少年とも青年とも呼べる彼はある手配書をみていた。

 初めはちょっとしたいやがらせをするだけだった。横暴な貴族が税金を釣り上げ、食物などの値段が高騰していた。

 気配を消すことと、身のこなしには自信があった彼は腹いせにその貴族の家に侵入し、溜め込んであった財を市民のばらまいた。

 

 

 豊かになった。

 ばらまいたお金をあげたという事もあるが、その貴族がまた盗まれるかもと思い悪いことをしなくなったからだった。

 彼は誰かのためになっている事を嬉しく思った。

 そして更に彼は悪いうわさがある貴族の家に侵入し、盗みを働く。

 不正をしている貴族たちはいつ自分の所に来るのか不安に思い、手配書がはり出されることになる。

 

 ーー素顔がわかってないからまだ平気なんだけどね。

 怪盗キッドとして活動しているときは、仮面をつけているので顔バレを心配する必要はない。しかし、彼は自分が指名手配されているという現状に少し憂鬱となった。

 彼は帰路につこうと、街の中を歩いていると辺りから皆同じ話題の話をしているのが彼の耳に入る。

 

 ーー異端審問裁判開始。

 一部では聖女とも言われている、ジャンヌ・ダルクの異端審問が始まったらしいことを彼は町民の話に耳を傾けて知った。

 自国のために戦ったにも関わらず、裁判が始まり更には処断されるかもしれない。そんな彼女を哀れに思いながらも彼は何もしなかった。

 あれ(・・)が発動されなかったら。

 ーーまたか。

 

 彼の生まれ持った特異な能力。彼の脳裏にはある光景が広がった。

 覆しようがないことはこの能力と付き合って来た彼は知っていた。

 だが、あまりにも悲しい。戦って戦って戦って戦った。ただ、戦争が終わってほしいと願った彼女が火刑(・・)なんて事になってしまう。

  脳裏に浮かんだ彼女の姿を思い出す。

 

 彼はいつものようにフードと仮面をつけてジャンヌ・ダルクが監禁されている牢へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・ダルクの裁判はいまだ始まっていなかった。裁判を始めるのは良いが、ジャンヌを有罪とするに足る証拠がなかったからだ。しかし、いずれジャンヌは処刑されてしまう。故国フランスのために。国と国が本当の意味での戦争を回避するにはそれしかない。

 ジャンヌは死ぬ事が怖いとは思わなかった。誰かの悪になるのも構わなかった。けれど、ジャンヌは何かを残すことができたのか、自分の起こした事に意味があったのかを知りたかった。

 

 ジャンヌの幽閉されている檻があき、何者かが入ってきた。

 イギリス人の兵であった。

「痛っ。やめて下さい」

 イギリス人兵達はジャンヌの事を床に転がした。

 ジャンヌと彼等では言語が違ったので、何を言っているのかをジャンヌが理解することはなかったが、自分を見る目で何をしにここにきたのかを察してしまった。

「誰かいないのですか。助けて下さい」

 出来る限りの大声で叫ぶが、誰も来る気配がない。

 

 ジャンヌは辱められてしまうのを予感した。

 ーー主よ、どうして私にこんな試練を与えるのですか。

 

 ジャンヌ初めて主に不信感を抱いた。こんな事をされなければいけない、これが運命なのだろうか、と。

 

 しかし、これもジャンヌ自身がしてきたことに対する罰だと思うと抵抗するのも駄目だと思い人形に徹しようとした。

 心だけは純潔なままでいたかった。

 服を引きちぎられ下着も取られようとした時、突然イギリス人兵達は昏倒した。状況を把握する為に恐怖で目を閉じていたジャンヌは何が起こったのか分からず、辺りを見渡す。

 

 イギリス人兵の後ろにはフードと仮面をした者が立っていた。

 

 そして、身につけていたローブをジャンヌの下着だけになってしまった体に被せて、彼はこうジャンヌに告げた。

 

 

「貴女を盗みに来ました」

 

 これが怪盗キッドとジャンヌ・ダルクの初めての出会いだった。

 

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