突然現れた彼に驚き、そしてこの出来事を起こしたであろう目の前の人物にジャンヌは問いただす。
「貴方はいったい何者ですか?」
「初めまして。俺はカイン、カイン・ナトリウス。って言っても分からないよね。巷では怪盗キッドと呼ばれています。どうぞお見知り置きを」
カインはそう告げると、ジャンヌの元まで歩きその体を持ち上げる。
「うっ! 何するんですか」
何日も牢屋に入れられて疲れ切っているジャンヌには抵抗するだけの力がなかった。
ジャンヌは抱えられながらも強い視線をカインに向けて質問する。
「貴女を盗みに来たって言っただろ。運命っていう誰かが決めたものからね」
「何を言ってるんですか! 私はここで裁判が始まるまで待たなければいけません」
「それで処刑が宣告されるとしても?」
「はい」
ジャンヌの力強い返事にカインは頭を悩ませる。
「貴女はここでは死んではいけない。まだ先を、世界を見るべきだ。だって貴女自身はまだ何もやってないんだから」
「それはそうですが、主の啓示を受けた時からそんなもの私は捨てました。全てはフランスのために」
頑なに助かる事を拒否するジャンヌ。
「君がこのまま処刑されても百年戦争は終わらないだろうし、市民の暮らしも変わらない。君の死を嘆く者が増えるだけだよ」
「それでも私はここに残ります。私が見殺しにしてしまった兵士たちの為にも責任を果たさなければいけません」
頭の固いジャンヌ・ダルクを見てカインはだんだん疲れてきた。
「責任はもう果たしているじゃないか。あんなに劣勢だったフランスが盛り返せたのは貴女のお陰だし、占拠されていた領地もいくつか取り返したんだろう? それに今回の異端審問とは全く関係のない事だ!」
うっ、とジャンヌは口ごもった。ジャンヌには返す言葉が無かった。ジャンヌが受けた主の啓示は「イングランド軍を駆逐して王太子をランスへと連れて行きフランス王位に就かしめよ」というものだ。これは既に果たされている。だから、ジャンヌはもう主に縛られる必要はないと言っても過言ではない。
「君も本当は死にたくないはずだ」
ジャンヌはカインの目を見た。カインの目は純粋に自分に生きていてほしいと訴えかけているようにジャンヌには見えた。
「もう自由になるべきだ」
カインは返事を聞かずに外へと向かって走り出した。
人がいる方向へと向かい叫んだ。
「ジャンヌ・ダルクは怪盗キッドが頂いた。彼女の無罪が証明されるまでこの私が頂戴しておく!!」
そう言い残し、ジャンヌを抱いたままカインはフランスの街の上を跳んだ。
「ジル・ド・レェ卿に報告します。今から1時間前にジャンヌ・ダルクが怪盗キッドの手により脱走しました。未だ行方は分からず」
ジルは報告を聞きながら心の内では、安堵していた。ジャンヌが死なずにすんだと。彼自身、ジャンヌには何の罪もない事を知っていたが彼の権力ではどうする事も出来ず、ただただ処刑を待つのみであった。
ーー怪盗キッドか。奴ならジャンヌを悪いようにはしないだろう。
怪盗キッドと直接あったことはないが、悪徳貴族らから愚痴を聞かされているので人となりは知っていた。なので信用はしていないが処刑されるよりマシだと考え、一先ず安心した。
「……ありがとう」
ジルは誰にも聞かれないような声でキッドに礼を言った。
ジャンヌを抱えたまま馬かと思うほど速く走り続け、今はもう街から離れ深い森の中を歩いていた。
しばらく歩くと木が伐採されている平野に小さな家が立っていた。
「ここが僕の家だよ。いやこれからは君の家にもなるのかな?」
抱えていたジャンヌを下ろし、家の扉を開こうとした時カインは裾を掴まれた。
「どうしてここまでしてくれるんですか。あんな事までして。他人の私を助ける理由なんてないじゃないですか」
「確かに何でだろうね」
カインは顎に手を当てて考えはじめた。
「貴女の生き様が可哀想だったから? 救いたかったから?運命に縛られて欲しく無かったから? うーん、なんでだろうな」
カインは自分でも何故助けたのかの正確な理由は分からなかった。ただ、助けたいから助けた。カインの率直な気持ちはそれなのかもしれない。それを言うのは少し恥ずかしかったので、カインは口を濁して、冗談を言う。
「貴女に心を盗まれたからかな……なんてね」
ジャンヌは口をポカンと開けていた。しかし、直ぐに冗談だと気づいたのか、顔を真っ赤にしてカインの事を叩いてきた。
納得していないジャンヌの様子を見て渋々、カインは言葉を紡ぐ。
「貴女は今までずっと頑張ってきた。このまま処刑になるなんてそんなのはあんまりだ。一人の人間として幸せに生きて欲しいと思ったから助けたのかもしれないね」
「だから、みんなが求める貴女はここで終わりだ。貴女はこれからはただのジャンヌとして生きてください」
最後はそう照れ臭そうに笑いながら言葉を締めくくりジャンヌに告げた。
「ありがとう、ございます」
ジャンヌはなぜか分からないが自然と目から涙が溢れてしまいながらそう、答えた。彼の言葉が今まで重荷になっていたものを取り払ってくれたように感じたからなのか、ジャンヌは地面にへたり込んでしまった。
カインはジャンヌに手を差し伸べて言った。
「さて、ここからジャンヌの第二の生の始まりだ。ここから一緒に笑って、楽しく生きていこう」
「はい!」
彼女は笑ってカインの手をとった。