玲霞は目の前に立っている人物を見る。目は仮面に隠されていて見えず、どう見ても現代では着ないだろう服を着ていた。
ーー彼が召喚された人。
だんだんと普段の玲霞らしい思考力が戻ってきたと同時にその結論に至った。だが、それにしてはおかしいとも思っていた。召喚される予定だったのはジャック・ザ・リッパーと呼ばれるサーヴァントだと相良は口走っていた。玲霞はジャック・ザ・リッパーの詳しい情報を知っているわけではなかったが、相良からジャック・ザ・リッパーは女である可能性が高いと聞かされていた。少なくとも女性の油断を誘いやすいどちらかというと中性的な男ならまだ納得ができた。
しかし、玲霞の目の前に立っているのは明らかに男性である。それに加えて、ジャック・ザ・リッパーの犯行の再現をしようとしていたはずなのに玲霞が生きている事自体不思議である。体をバラバラにしてようやく再現が完成する。それなのに玲霞は死にそうにはなったものの体には傷らしい傷はなかった。これらのことより玲霞は目の前の人物をこのように考察した。
ーージャック・ザ・リッパーではないサーヴァント。
玲霞には何故違う人物が召喚されたかということはよく分からなかった。一度目の失敗と同じく今回もまた相良の技量が足りずに失敗したのか、それともサーヴァント召喚に使った触媒が偽物だったのか。玲霞は頭の回転は早く、偶に人外じみたことを普通に実行できるような女ではあるが魔術の事はつい最近知ったばかりである。そんな彼女に結論を求めるのは間違っていた。
そこで、玲霞はようやく相良の存在を思い出した。実際に召喚しようとした彼はどこにいったのかと玲霞は思い、辺りを見渡してみる。
相良 豹馬は玲霞の後方にある壁に尻を突き出すような態勢でピクリとも動いてはいなかった。玲霞が遠目で見たところ生きているのか死んでいるのかは定かではない。召喚者に彼の事を聞きたかったという目論見は初めから頓挫した。
「聞こえているかな? マスター?」
召喚された人物が玲霞に声をかけてきた。そういえば先程も自分にマスターかどうかを聞いてきた事を思い出し玲霞はどう答えたらいいのか迷った。マスターであると偽るのか、それとも生贄にされそうだったという事情を話すべきなのか。
考える事数秒。玲霞は決断した。
「私はマスターではないわ。彼に召喚の儀式の生贄にされる予定だった者よ。……私を助けて」
本心を告げる。玲霞はそれを選んだ。嘘をつくということを玲霞は考えなかったわけではなかった。けれど、相手に何かを伝えるためには自らの本心を伝えるということが必要だと、何もかもを失いそうになって自分の心の底からの願いを先程感じた、彼女だからこその言葉だった。
「ああ。君を助ける」
彼は彼女の言葉に即答した。それは事務的な返事だから早く返せたというわけではなかった。サーヴァントだから。英霊だから。彼の本質は正義なのだ。彼のその言葉の重さだけで玲霞は心から安心することができた。
「それで何か勘違いしているから訂正するけど、俺のマスターは君だ」
玲霞はその言葉にいくつもの疑問を浮かべた。
「私は魔術師ではないし、令呪というものも持ってはいないのだけど」
「たしかに、君には令呪はないし魔力供給もそこで気絶している彼からされている。でも、君の願いが聞こえた気がしたんだ。それで気がついたらここに召喚されていて、君が殺されそうになっていたから助けたというわけだ」
彼は現状を淡々と語っていく。
「では、あなたにもなんで召喚されたのかということは分からないというわけなの?」
玲霞が一番不思議に思っていた事を尋ねた。
「そういうわけだね。俺が召喚されるというのはなかなか無いことだから何かしらの縁か力が働いているのは確かだとは思う」
結局、何故召喚されたのかは二人にはわからないということだけは分かった。
「まぁ、俺の今までの知り合いやマスターはだいたい幸薄い女性だったから君の幸薄いという縁に導かれて来たのかもね」
彼は冗談のつもりで玲霞にそう言ったのかもしれないが、玲霞は幸薄いせいで死にかけたのでまったく笑えなかった。
彼はコホンと一つ咳払いを入れて言葉を繋げた。
「何はともあれ、君の声で召喚されたんだから君がマスターだ。魔力パスが通っている彼は何か邪悪な物を感じるしそんな人に手を貸したくは無いしね。俺の名前は怪盗キッド、これからよろしくマスター」
玲霞はそんな名前の歴史上の人物はいたかなと考えながら、自らも自己紹介する。
「私は六導 玲霞よ。不甲斐ないマスターだと思うけれどよろしく頼むわ」
ジャンヌ、美遊、玲霞。みんな幸薄いなぁー。
やっとこさ物語が動き始めましたね。ジャックとバトンタッチした事で物語はどう変化していくのか…