【断章2】
【断章2】
晴れた夏の昼過ぎ、八雲紫が見た光景は妖狐からの報告通りだった。
境内に倒れた四人の巫女。
二人は頭部が無く、残る二人は胸が大きく裂けて、大量の血液が地面を濡らしていた。
ただ一人生きている巫女が死者の瞼を閉じていた。
腰まで届く長い黒髪を赤いリボンで束ねている。
紫はゆっくりと地上に降りる。
鉄臭い血の匂いが辺りに漂っていた。
こちらに気付き、博麗の巫女は感情のない顔でこちらを見る。
紫には印象のある顔の巫女だった。
以前力試しとして、模擬戦を行った。昔ほど、意味をなしてはいない。
妖怪に対する抑止力として、あるいはそれを成立させるために背徳的な手段で強化された人間。今や実力の程はもはや、彼ら自身で測ることが可能だからだ。
あの時の彼女の実力は可もなく不可もなく、たいして印象には残ってはいない。
「これは、貴女がやったの?」
紫は生き残っている一人の巫女に尋ねる。
本気ではない。しかし、望まぬ事を強いられるシステムに反発するものは、今までも存在していた。
それらに対し、紫は直接手を下してはいない。
彼ら自身で対応していた。
時には死よりもつらい辱めを施してまで――
「……そう見えますか?」
小さな声。しかしその透き通った声は耳によく通る声だった。
「いいえ。念のために聞いてみただけよ。何があったの?」
「別に……いつもと変わらない……いつも通りに稽古をしていただけで……」
紫は死体を観察する。
頭部のない死体と、胸が大きく爆ぜた死体。
死体の傷は外からではなく、内側から弾けるような感じだった。
「理由はおよそ見当が付いています……話は後でもよろしいですか。弔いたいので」
表情は変わらない。死体だらけの状況に、紫はそれを了承した。
巫女は死者を弔う為、棺を用意し、かまどを用意する。
別に日を改めれば済む話なのだが、八雲紫はできなかった。
能面のように顔色をほとんど変えない様子を見て、少し不安になる。
この後、この女は自殺をするのではないか――
もちろんそんなことはない。自殺を防ぐ為、彼らは自身の頭をいじっている。どういった理屈で脳の書き換えができるのかは紫も分からない。ただそれは薬一粒摂取するだけで完了する。その薬には、それ以外の作用もあるが――
かまどが見える縁側に彼女は座り、燃えるかまどを見つめている。
境内を血で汚れていない地面に四枚の護符を置いた。彼女の合図と共に護符から、かまどが出現した。四体の遺体をかまどに入れた後、境内を染める血を拭き取り、水を何度もかけ、その痕跡を消した。
紫は彼女の隣に座り、かまどを見つめる。
ときどき彼女の顔を盗み見る。
その表情は変わらない。
遺体は四体同時に一日がかりで焼いた。
冷めた骨を骨壺に入れ、神社から少し離れた博麗家代々の墓に収めるため、神社の裏手の木々を分け入っていく。
巫女の後をついて行くと、少し開けた場所に墓石があった。隣には外来人の為の墓もある。
作業を済ませ、彼女は静かに手を合わせた。
「原因はおそらく吸血鬼の血、です」
血塗れの境内を掃除し終えた巫女は、神社の一室に私を招き、そう言った。
相変わらずその顔は無表情で、淡々と言葉を続ける。
「吸血鬼異変の事はご存じですよね。あのとき五人の巫女のうち三人が、レミリア・スカーレットに殺されました。彼女を負かした巫女はかなり大けがをしています。たしか彼女の能力を封じるために、鼓膜を潰したとか。そのときに吸血鬼を少し取り込み、その後、出産しています。突発的に死亡することなく寿命を全うしています」
「……」
「その人には問題がなくても、何世代後に異常が発現するのは別におかしくないでしょう」
隔世遺伝と言うことか。
しかし、血液の混入などあり得るのだろうか? 可能だとして、血行障害など起きないものなのか? あるいはこの結果がそれなのか?
吸血鬼。力の源は妖力だろう。
力の源泉は大きく生命力。霊力。魔力。妖力。仙力の五つに分かれる。
生命力(気)は全ての生命に存在する。能力のない人間はこれだけである。能力を持つ人間は次の二つを備えている。霊力と魔力。前者は博霊の巫女の持つ力で、後者は魔法使いになる素質を持つ人間が持つ力である。また魔力は生粋の魔法使いも持つ力でもある。
違いはあれど、二つは魔法の森が生み出す瘴気に耐性を持つ。この瘴気によって魔力が生まれたと言う考えがあるが、真偽の程は定かではない。
妖力は妖怪、精霊、亡霊、鬼、吸血鬼、妖獣、獣人、付喪神などが持つ力、仙力は仙人が持つ力である。
霊力と妖力。相反する力であり、混入すればすぐに拒絶反応など起こしそうな物なのだが――
「……それだと貴女だけ助かった理由は? 貴女だけその爆弾のタイマーが違うと?」
「……それは、分かりません」
どうにも原因の理由としてそれは弱い。
巫女は相変わらず表情を変えず、淡々と話す。
「もう一つ、可能性があります。四人は戦闘班、私は記録係という違いがあります。四人は私に比べて霊力がとても強いので。だから霊力が暴走したのではないかと。人の肉体は貴女のように強靱ではありません。肉体が制御できる以上の霊力が身を滅ぼしたのだと。傷は全て内側から発生しているのは貴女もご存じですよね」
「……」
本来の交配で出来た種ではない以上、なにがしかの弊害が生まれる。その障害については何度か目にしている。
肉体に致命傷を負わせる程の力の放出などあり得るのだろうか?
彼女たちの能力は封印。力を制御出来なかったというのは考えづらい。
数多の戦闘で、あるいは歪んだ交配でDNAに何らかの瑕疵があるのだとしたら?
「どうでしょうか?」
「さっきの説と同じくらい、説得力はないわね」
「……そうですか。私が思いついたのはこのぐらいです」
「そう」
沈黙。
結論は出ない。
彼女が終わりを始めるために何らかの細工をしたのだとしたら? その結果があの亡骸ならば――
もし、彼女がシステムを拒絶しようものなら――
どんな手段を使ってでも、この女に継続させなければいけない。
「いずれにしても貴女にはしてもらう事が出来たわね。博麗の血が絶えないように。相手をすぐにでも選びなさい」
八雲紫は冷たく言葉を続ける。
「三日後にまた来るわ」
返事も聞かず、紫は体を上げる。と、スカートを掴まれた。俯いた巫女の表情は、紫には見えず。文句を言おうとした瞬間、
「もう少しだけ……もう少しだけ、一緒にいてくれませんか?」
彼女より強かった者は死に、今やこの幻想郷でもっとも強い人間。
そんな彼女の声は誰よりも弱々しい。
自殺などはしない。
しないはず――
紫は座り直す。
「――――」
無意識に口にした言葉を紫は覚えていない。
ただその言葉を聞き、彼女は泣き出した。
紫は静かに彼女の頭を撫でた。
NEXT EPISODE 【7月25日(1)】
早苗は腰に挟んだ大幣を抜き、ぴしゃりと赤白の巫女に向けた。