【Fragments 2】
隣の部屋からシャワーの音が聞こえた。宇佐見蓮子の鼻歌も聞こえる。
マエリベリー・ハーンはベッドから体を起こし、体にバスローブを巻き、端末を取るために立ち上がる。
ホテルの部屋は広く、壁紙は薄桃色、白いシーツのダブルベッド、テーブルと椅子が置かれている。扉は二つ。一つは部屋を出る扉、もう一つはバスルームとトイレに繋がっている。昔はTVと言う映像受信装置なる物が置かれていたが、もう何百年も前になくなってしまった。
マリエベリー、もといマリーはテーブルに置いた指輪と片方のイヤリングだけを手に取り、指にあるいは耳に付けた。
DNA認証を開始する音が、イヤリングを通して伝える。
ベッドに腰を下ろす。認証確認が終わり、彼女から一定距離離れたところにフラットな画面が現れる。
起動時の初期画面は、ニュースの見出しの一覧だ。
TVがなくなった理由の一つが、この端末の普及である。今写っているニュースは昔TVでも報道されていた。しかし、それを報道する機関は、ほとんどの国で他国に乗っ取られており、自国民に対しての報道規制、情報操作が当たり前のように行われていた。
だが、この端末の発達によって、白日の下に曝されていった。
その一覧をざっと眺める。指輪をはめた人差し指を動かし、画面をスクロールする。
新着のニュースは二十件ほどで、多くはとある国の鉄道の爆発事故を知らせるものだった。原因は自爆テロによるもので、被害の規模などが連続して記事になっていた。
マリーは事件内容のキーワードの幾つかをタッチする。すると、同事件を取り扱う他国のニュースが複数表示される。
情報の高速化と並列化。
TV同様消滅した新聞という紙媒体の情報。いずれも偏った情報が流されていて、それが、一瞬にして比較出来てしまうため、情報操作が困難状態に落ち込んだ。この数年前から世界は不況の最中にあり、グローバリゼーション、あるいはグローバル化が叫ばれていた。
ヒト、モノ、カネ、情報、それらが国を超え行き交う世界。
他国に寄生していた富を食いつぶしていった彼らは、今度は世界を巻き込んでなお寄生し続ける。
情報の並列化により、白日の下に晒されたが、時既に遅く世界は混沌の様相を呈していく。
テロ、クーデターといった不安定な世界情勢を表す言葉は、もはや毎日のように目にしていた。
世界な不況は何百年も続いている。
企業は労働賃金の安い国で生産を行う。そして、労働者の求める賃上げ要求に企業は次第にその要求を呑むことに耐えきれなくなり、別の国で同じ事を繰り返す。
結果、世界の労働賃金は均質化し、この方法での利益は期待できなくなった。
また、各国の紙幣の価値もほとんど変わらなくなった。一円≓一ドル≓一ポンド……外国為替で儲けることもできなくなる。
情報化の加速は消費物に対しても同じ、いやそれ以上の早さで食いつぶされ、飽きられる。
流行りだしたモノは、こぞって他社が模倣物を大量に作り、あっという間に消費された。
品不足がおき、生産力を上げ、追いついたと思えば、そのころには需要はぱったりと途絶える。
そんな話は沢山ある。
倒産する企業は増え、貧富の差が酷くなる。
そこで、この国は政策として需要が確実な食品関係に力を入れた。
人が生活していく上で必要な衣食住、の三要素の一つ。
より多くの食料を、安定的に供給する方法を模索した。
結果、できたのは植物性の原料でできた合成食品だった。
技術が確立されたときは安全性が危惧されていたが、それも何度も科学的根拠を含めた説明もあってか、次第に受け入れられるようになった。この技術が世界的に大きく受け入れられたことに理由がある。それは牛、豚、鶏などを殺さず、それらの肉を食べることができる点だった。
動物愛護団体、あるいは宗教上食することができない人々に受けが良く、瞬く間に世界に広がった。
巷には合成食品が溢れ、天然のもの、あるいは養殖のものは中級、高級料理店でしか出されない。
新着メールを知らせるアラームが鳴った。
メールボックスを開く。
蓮子の好きなブランドが新作を出したという、ダイレクトメールだった。
後ろのドアが開き、バスローブを纏った蓮子が出てきた。頭にはフェイスタオルをかぶせている。
「マリー、もう使っていいわよ」
「うん」
簡単に返事をし、蓮子を見る。
上気だった頬が赤い。蓮子の濡れた茶色の髪がベッドの上の彼女より一層妖艶に見えた。
バスローブからのぞく健康的な脚も艶めかしい。
蓮子を見ているとその色気に毒され襲いたくなるが、そうもいかない。
もうしばらくするとホテルを出なければいけない。
「蓮子、貴女のお気に入りのお店からメール来ていたわよ」
「ん。確認しとく」
蓮子はベッドに座りタオルで髪をわしゃわしゃと掻き、髪の水気を取っている。
マリーは立ち上がり、端末を外すとシャワーを浴びにバスルームに向かった。
NEXT EPISODE【7月25日(2)】
地面のあちこちから柱が、もの凄い勢いで天へと向かって噴き出した。