終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【7月25日(2)】

【7月25日(2)】

 

 

 霊夢が妖怪の山に足を運ぶのは、これが初めてだった。

 これまで異変を起こしていた人物がここを根城にしていなかったからだ。赤き吸血鬼は魔法の森の北に佇んでいる霧の湖の中州に建つ紅魔館で、亡霊少女は冥界に建つ白玉楼。そして、ついこの間に起きた付きの異変では迷いの竹林へと向かった。

 東風谷早苗がいるであろう守矢神社の場所は、上空から見れば明らかだ。赤い鳥居、拝殿を含む幾つかの建造物、湖と天へと向かって伸びる柱群が見える。

 妖怪の山の山頂は雲で隠れていて見えない。この山の標高はどれほどなのか霊夢は知らない。が、見える限りでは人工的な建物は一つしかなかった。それは守矢神社だ。

 朱塗りの鳥居を抜け、石段を登った先にある守矢神社は博麗神社よりも綺麗だった。周囲から感じる空気もどこか澄んでいる。それは標高が高いためにおこる空気の薄さによるものなのか霊夢には分からなかった。

 博麗神社同様に守矢神社も周囲は木々に囲まれている。とはいえ、拝殿と木々の間は広くとられ、自身の神社に比べると、開放感が違う。

 真っ直ぐに拝殿へと通じる石畳の参道の右手には木々が切り開かれている。恐らくは木の柱が林立する湖へとつながっているのだろう。霊夢が守矢神社の場所に迷うことがなかったのも、その柱の御陰だった。今日のように晴れた日には特に目立った。守矢神社のあるこの森は、人里から見た限りでは人工物は見当たらない。数多の妖怪が住んでいるが、自然の木々により隠れているだけだ。まあ、信仰を集めるために参拝をして貰うには目立つだろう。

 霊夢は真っ直ぐに続く参道を歩き、拝殿を見る。南向きということもあってか陽光に照らされ拝殿の形ははっきりと分かる。博麗神社とは違い大きなしめ縄が飾られている。と、二つの人物が目に入った。賽銭箱の奥、拝殿に続く木の階段。そこに座る桔梗色の髪の女と、市女笠のようなものをかぶった少女。鈴仙の話なら人ではなく、神。

 桔梗色の髪はウェーブがかったセミロング。凛々しさを感じさせる小豆色の瞳。上は長袖の白いブラウスの上に半袖の赤い上着、下はえんじ色のロングスカート。スカートの裾は上着の同じく赤く、スカートから覗く足は素足でわらじを履いていた。

 少女は蛙の姿が描かれた菫色と白のツートンカラーのつぼ装束のような衣装を纏っている。黒の靴を履き、ほっそりとした脚は白のニーソックスにつつまれ、膝近くまでの肌を隠している。大きな笠の下にはブロンドのショートヘア、髪を一房顔の左右で赤い紐で束ねている。

 東風谷早苗はいないようだった。

 桔梗色の髪の女が霊夢に気付き、声を掛けた。

 

「ようこそ守矢神社へ、麓の巫女よ」

「あんたは?」

「この守矢神社の祭神が一人、八坂神奈子。こっちが洩矢諏訪子。早苗から聞いていないのか?」

「まあね。それを言う前に、あんたが神社を壊してくれたもんだからね」

「壊す?」

 

 二柱は互いの顔を見る。

 

「何のことだい?」

「とぼけるつもり? 神社を壊して、そこに残った信仰を取り込もうしたんじゃないの?」

 

 死した魂は、彼岸を目指し小野塚小町のいる三途の川へと向かう。取り残された信仰も消えず、どこかに引かれていくのではないかと、霊夢は考えた。信仰なんて目では見えない。烏合の衆というわけではないだろうが、引かれていくとなれば集めている場所だろう。

 もっとも、魂のようにそこにあぶれて、この間のように花を開花させたりする事はないだろうが――

 霊夢の心の中にある不安の根源がここではない。早めに牽制し、本命の事態を複雑混迷化させたくはなかった。

 二柱の返事はすぐにはなかった。

 

「まあ、こちらの世界の巫女の実力を知るのもいいか」

 

 こちらを睨みつける赤白の巫女に聞こえないほど小さく声で、八坂神奈子が呟く。

 そして、赤白の巫女に向かって答える。

 

「だったら、どうしようってんだい。うちの神社を破壊する、か?」

「そんなことはしないわ。そんなことをしても、泥仕合になりそうだし……」

「なら、力で勝負、ってところか?」

「そうね。そっちの方が手っ取り早いわ」

「それじゃあ、場所を変えようか。諏訪子、どこかいい場所はあるか?」

「ちょっと待って」

 

 坤を創造する能力を持つ洩矢諏訪子は、屈み、右手を大地に触れた。

 能力で彼女の理想とする舞台を作り出すことも可能だが、地形を弄くると目の前の巫女が激昂しそうだったので止める。

 諏訪子は右手から地形データを読み取り、

 

「ここから東に十㎞ほど離れたところに、開けた場所があるわ」

「その場所でいいか? 麓の巫女さん」

「博麗、霊夢よ。それでいいわ」

 

 神奈子の言い回しが気にくわないのか、巫女は名前を名乗る。

 

「諏訪子、案内してくれ」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 時間は少し遡り――

 神社の上空にスキマを展開し、八雲紫は地上を観察する。

 式神の報告通り、博麗神社は崩れていた。しかし崩れているのは拝殿だけで、拝殿とつながる住居部分は無傷だった。建物の強度にさして違いは無いはず――

 だとすれば、この地震は人為的に起こされたものだ。

 主人に遅れて、式神――八雲藍も博麗神社上空に出現した。

 

「藍、過去にこんな局所的に地震が起こったことは――」

 

 スキマ妖怪は自分の後ろに立つ式神に問う。

 

「二百年ほど前に、二度起きています。原因は比那名居天子です。天人、いえ天人くずれですね。名居の一族の臣下、比那名居一族の娘」

 

 聞き覚えのある名前だった。

 天人となった彼女は能力を何度か地上に試し打ちをしている。

 

「藍、萃香を呼んで、建て直して貰って。適当にお酒を見繕って持っていって」

「紫様は……」

 

 式神の問いを無視し、低い声で紫は小さく呟いた。

 

「人の庭で勝手なことをした報いは受けてもらうわよ」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「こんなところだね」

 

 洩矢諏訪子の後を追い、着いた場所は所々で岩肌を見せる、見晴らしのいいところだった。

 霧の湖から流れる水流の一つが、涼やかな音を立て近くで流れている。

 

「まずは私が相手をしてやろうか」

 

 八坂神奈子がそう言うと、

 

「えー、私もやるのー?」

 

 諏訪子は不満げに言った。

 神奈子は博麗の巫女と戦うことで、信仰を獲得したことでのどれほど、力が戻ったのかを確認したかった。加えて、早苗の戦闘センスとの差を確認しておきたかった。

 外の世界とは異なる、力が物を言う世界で早苗はどれだけのことが出来るのか。

 早苗は大した戦闘経験などない。今の早苗は勘とセンスで戦うのが関の山だ。必要であれば、戦闘訓練をしなければいけない。

 

「面倒だわ。まとめて掛かってきなさい」

 

 博麗の巫女は鋭い目で二柱を見つめ、挑発するように言った。

 

「と、言うことだ」

 

 諏訪子は少し気が乗らない様子だったが「仕方ないなぁ」とため息を漏らし、ぱちんと指を鳴らした。

 周囲に黄色みがかった結界が展開された。

 

 

 ――↑↓――

 

 

 三人が音もなく宙に浮く。

 霊夢は目だけを動かし、周囲を見る。

 結界はかなり大きい。結界の天は、雲が漂う高度くらいまであり、結界のそこは見えない。

 東西南北に伸びる結界の縦壁は数㎞離れている。

 諏訪子が展開した結界は以前八雲紫らと戦った時と違う大きな点があった。

 霊夢は高度を上げる。

 結界のそこが見えないのだ。地中深くにそれがあるのか、それとも設定されていないのか。

 いずれにせよ――

 霊夢は下から、地中からの攻撃があると予想する――が、それはすぐに現実となった。

 地面のあちこちから太さ三メートルを越える六角の形をした柱が、もの凄い勢いで天へと向かって噴き出した。

 鍋に張った水が沸騰し泡だったかのような感じだった。数え切れない柱が生えだしている。

 土煙を出し、砕かれた土屑が霊夢の頬をちくりと叩く。

 そのうちの一本が霊夢を狙うかのようにもの凄い勢いで生え出でる。

 身を翻し、巫女服の袖の数センチ側を柱が上っていく。

 ぶわりと風圧で髪が逆立つように舞った。

 霊夢は急いで、二柱の姿を探す。視界は悪い。

 薄く舞い散る薄茶色の霧。柱が死角を作っている。

 背後に視線を移すと、柱の影に八坂神奈子の赤い服がちらりと見えた。

 前方にはもう一柱の洩矢諏訪子が立っていた。

 隠れてはいない。こちらに向けて手をかざしていた。

 洩矢諏訪子は笑うでもなく、起こるでもなく――

 彼女の手から、一つの緑色の光弾が放たれた。

 その弾速は遅い。

 それが、彼女のやる気のなさの現れなのか?

 それとも――

 それを躱すのは容易い。

 諏訪子が二撃目の光弾を放つ。

 一撃目が近づく。

 空を蹴り、緑弾の横を通り一気に諏訪子に近づこうと準備動作に入ろうとした瞬間、霊夢の頭の中で警告音がなる。

 左手に針を顕現し、掴むと天へと向かって伸びるすぐ側の御柱に突き刺した。

 同時に体が上へと引張られた。

 その威力は凄まじく――

 

「っ――」

 

 声なき悲鳴を上げ、すぐに針から手を離す。

 あまりの勢いで、左腕が引きちぎられることはなかったが、肩が外れた。

 痛みに耐え、関節を無理矢理はめ、回復の護符を体にはった。

 回復による激痛に呻きつつ、諏訪子の放った弾をみる。

 再び頭の中でけたたましくサイレンが鳴った。

 霊夢が先ほどまでいた場所で光弾が弾け、炸裂弾のように細かな光弾が周囲に展開された。

 

「痛っ」

 

 肌を、服をかすめていく。

 首を振り、背後を見る。

 上へと逃げると見越した、神奈子が放ったとおぼしき光弾が迫っていた。

 挟まれた形で迫り来る光弾を、強引に体を振って何とかかわす。

 躱しきれない一つの光弾だけを右手に生み出した護符を投げ相殺させた。

 無数に映えた御柱が死角となり、神奈子が見えない。

 確認できるのは諏訪子のみ。彼女は既にこちらに向けて炸裂弾の光弾を放っていた。

 無数に映えた御柱の林とかしている。

 炸裂弾を裂けるため、近くの御柱の陰に隠れる。

 と、下の方で空を切る音が断続的に聞こえた。

 見えたのは巨大な薄い円形の刃。それが幾つも飛び交っている。

 打ち込まれるチャクラムの刃は諏訪子のいる方からだ。

 こちらの姿が見えないため、出鱈目に打っているのか、それとも計算なのか。

 飛び交う刃が、柱を易々と切断する。

 柱はずずずっとずれ、次々にバランスをなくし倒れていく。同じ事は他の柱でも起きていた。

 倒れゆく柱同士がぶつかり、軌道が読みにくい。

 上へと移動すべきだろうかと、目だけを動かし天を見る。

 赤、紫、水色、青、緑。五色の札が、何かの葉を模しているのか幾何学的な形を為して、空を占有していた。

 上に逃げるべきではない。

 刈り取られていく六角の柱。すでに柱は天へと昇る動きを止めている。

 倒れゆく柱の陰に八坂神奈子の姿を視界に捉えた。

 こちらに手をかざしている。

 霊夢を挟み込むように二柱はいた。

 右手を神奈子の方に、左手を諏訪子の方にかざし、巫女は唱える。

 

「二重結界」

 

 両手それぞれに矩形の赤い結界が展開した。

 

 

 ――↑↓――

 

 

 阿吽の呼吸といった感じで、八坂神奈子は柱を隠れ蓑に巫女を挟み撃ちにした。

 崩れゆく柱の中で、巫女に向かって攻撃を開始する。

 巫女は両者に向かって手を構え、赤い結界を展開した。

 結果が消えたときがあんたの最後――

 そう思っていたが、赤の巫女の結界は、こちらに迫ってきた。

 重い音を立て、数本の柱を巻き込みながらも勢いは衰えることなくこちらに向かって突き進む。

 放つ光弾もそれに阻まれ、神奈子は攻撃を止め上に跳躍し結界を躱す。

 巫女はこちらを向いていた。

 こちらを睨みつけるように見ている。

 赤き結界が消えたのか、それとも止まったのか、神奈子の後ろで柱が地面にぶつかり大地を響かせている。

 巫女はこちらから距離を取るように下降する。

 それを追うように神奈子も下降し光弾を展開する――と、

 

「神奈子、よけてっ!」

 

 諏訪子の声。そして間髪入れずに背中に衝撃が走った。

 

「なっ」

 

 重い衝撃に神奈子の息が詰まる。

 視線を背中に向ける。

 躱したはずの赤い結界に背中を叩き付けられていた。

 前方を見る。

 諏訪子の方に展開された結界がこちらに向かってきていた。

 挟み潰すつもりか――

 重力加速度が強く、体は赤き結界に張り付いてる。

 時間はない。

 両手を前方に構え、御柱を現出させる。

 柱は結界に挟まれ、あっという間にべきべきと音をたて、しなり、砕けた。

 半ば予想していたことだが、つっかえ棒の役目は果たさなかった。

 

「ちっ」舌打ちし、右足を構える。

 赤い結界が肉薄し、ずんっと重い衝撃が走り、息が詰まる。

 それ以上、動かない。

 押し潰されることもないが、身動きも取れない。

 音もなく、首筋に鋭い護符を突きつけられた。

 冷たく、鋭い目がこちらを見据える。

 

「分かった。降参だ」

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「話はこのぐらいにして、続きでも始めるか」

 

 話す内に場の雰囲気が悪くなってきたので、萃香は強引に話を打ち切った

 二本の角が覗く髪を掻きながら、萃香は腰を上げる。

 

「おい、その話の続きは……」

「それは、ここの巫女に聞いてみたらどうだ」

 

 二人は拝殿の奥に建っている住居棟の縁側で休んでいた。八雲藍が再び神社を訪れ、宮大工替わりの萃香が現在解っている修復の効かない柱や梁の数やら寸法を伝え、これを機会に休憩することになった。

 神社の勝手を知ったる魔理沙がグラスを用意し、式神持って来た一升瓶の酒の一本の封を切った。

 世間話程度に萃香は自分が知っている博麗神社の事、霊夢の事を話していたのだが、どうも彼女が知っている事とかなり内容が乖離しているのか……

 このまま話し続けると、紫に怒られそうな気がした。

 萃香は立ち上がり、

 

「早く直せってお達しなんで、夜通しで作業をすることになる。明後日までに終わるだろうから、それまでここの巫女をお前さん家に泊めてやってくれんか?」

 

 と、魔法使いに頼み事をした。

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

「♪~」

 

 異変を終わらせる巫女がいつ自分の前に現れるのか、比那名居天子は楽しみで仕方がなかった。

 悪戯を仕掛けたタイミングは適当だった。建物の下敷きになることはないだろうし、なったとしても死にはしないだろう。今まで異変を解決に導いているのだから、この程度で終わることもないだろう、そう。

 操る要石に乗り、戦いの舞台はどこにしようかなぁと有頂天をふらふらと浮遊する――と、

 

「ぷげっ」

 

 天子の後頭部に重い衝撃が走り、バランスを崩した天人くずれは、要石から滑り落ち地面と苦々しいキスをした。

 

「博麗神社を壊したのは、お前だな」

 

 天子は顔を上げつつ、自分の背後にいる人物に対して要石を体当たりさせる。

 しかし、その手応えはなかった。

 

「そうだよ。悪いか?」

 

 顔を上げ、天子は振り向く。

 要石は地面にめり込んでいた。その理由を比那名居天子はすぐに理解した。

 

「悪いわよ。お前如きが遊び半分で関わっていい場所じゃないのよ」

 

 怒気を含む、その台詞。

 そこには、彼女が望む博麗霊夢ではなく、境界を操る妖怪――八雲紫が毅然と立っていた。

 




NEXT EPISODE 【断章4】
「この子の名前は……霊夢、と言う名前にしようと思うの」
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