終わる幻想郷-Last Word-   作:くけい

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【断章4】

【断章4】

 

 

 約束の時間にはまだ早かった。

 涼やかな秋風が紫の頬を撫でる。

 日が昇り始めて数時間、空は雲一つない快晴だった。

 ざざっと一際大きな風が吹き、白い帽子を手で押さえる。

 ここは博麗神社を囲う鎮守の森を南に歩いた先にある草原。

 所々背の高い木がある程度で比較的見晴らしが良く、迷いの竹林もここから見える。

 紫は北の空を見る。彼女の姿はまだ見えない。

 日差しから逃げるように、近くにある一本の木に向かう。

 その木に背中を預け、風に揺れ葉が重なりさざめく音を聞きながら、紫は彼女を待つ。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「その子の名前は決めているの?」

 

 何気なく、子供の名を聞いた。

 

「この子の名前は……霊夢、と言う名前にしようと思うの」

 

 出産を終えた巫女に、興味のない素振りで答えた。

 彼女は生まれた子供を抱きかかえて、子の顔を見ている。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「紫、貴女もここに住んでこの子の面倒を見て」

「はぁ?」

 

 生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら言った彼女の台詞に、素っ頓狂な声を出した。

 

「一人で育てるには大変だから貴女も手伝って、てっ言ってるの」

 

 彼女は言葉を換えて、紫に言った。

 

「それなら、上白沢に言いなさいよ。彼女の方が子供を扱うのは慣れているでしょう?」

 

 赤白の巫女の要望を、紫は押しのける。

 スキマ妖怪の言葉に、束ねていた長髪を梳かし帰る準備をしているワーハクタクが言葉を返す。

 

「私は助産婦の立場だけよ。だいたい私は寺小屋での仕事があるの。彼女が里で生活するなら手伝わなくはないけど、秘匿すべき事が多い以上それは無理でしょう? 八雲紫、貴女なら距離なんて無関係でここにすぐ来れるでしょう?」

「この子に死なれたら困るのは、紫、貴女もでしょう? 血が絶えてしまうわよ?」

「……解ったわよ。手が掛からなくなるまでね。それでいいでしょう?」

 

 巫女と寺小屋の教師に睨まれ、しぶしぶ八雲紫は了解した。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「ちょっと、どうしたらこの子泣き止むのよ」

 

 赤ん坊の霊夢を抱えた八雲紫は彼女に怒鳴る。

 

「紫も子育てくらいしたことあるんでしょう。色々試したら」

 

 彼女が洗濯をしている間、霊夢を預けられた。

 人の子を育てた覚えなどない。

 おもちゃを使ってあやしてみるも全然ダメで――

 泣き声はどんどん酷くなり、耳を塞ぎたくなる。

 

「紫おばちゃんが怖いの? もう大丈夫よ」

 

 彼女は睨みつける紫から霊夢を奪い、あやす。

 

「だれがおばさんよ」

 

 見た目を人で言えば、この巫女よりもわかく見える筈。言うが、彼女はそれを無視する。

 霊夢を胸に抱き留め、よしよしと体を揺らし子供をあやす。

 それを見て自分などいらないのではないかと、紫は思う。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 霊夢はよちよりと歩き、式神の八雲藍のしっぽを引っ張る。

「このガキ」痛みで悲鳴を上げる藍。

 殴りつけようとする式神を、紫を止める。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 八雲藍のふかふかのしっぽの上で霊夢は眠る。

 最近霊夢は藍のしっぽがお気に入りらしい。

 藍は迷惑そうに顔をしかめる。

 

「彼女が後で油揚げを作ってくれるそうよ」

 

 と、式神に言うと、仕方ないですね、と少し頬を緩めて了解した。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ある朝の神社の縁側。

 よちよちと這っている霊夢とその様子を見つめる紫――

 と、突然風鈴が落ちた。風鈴を結びつけていた紐が日に焼けて脆くなってしまっていたせいだ。

 風鈴は霊夢と紫の間に落ちた。

 縁側の木の床に破片が飛びちっていた。ガラスで出来た風鈴の欠片は鋭く、輝くそれを掴もうと霊夢が手を伸ばす。

 紫は彼女を呼びながら、慌てて霊夢を抱える。

 

「っ――」

 

 痛みを覚えた。

 うっかり破片の一つを踏んでしまっていた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 境内を掃除していた巫女が駆けつけた。

 彼女はさっと、ちりとりに破片を集める。

 

「手当てをしないと……」

「傷は浅いから大丈夫よ。すぐに治るわ」

「らいほうふ?」

 

 霊夢が拙い言葉で紫の言葉をまねる。

 

「人知を越えた技は使わないで」

 

 巫女が忠告する。

 

「この子の前で、力で傷を塞がないで。教育上良くないわ」

 

 紫は仕方なく、彼女に処置を任せた。

 彼女は刺さったガラスを引き抜き、消毒し、ガーゼを当て、包帯を巻いた。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 ジリジリと大地を焼く夏のある日、霊夢を泳がせることになった。

 

「使用すると貴女の周りに水の膜が出来るから」

 

 球状のプール。

 使用者の周囲に水の膜が出来る護符。

 1mにも満たない身長の霊夢が、紫の周りに出来た水の中で泳いでいる。

 

 楽しそうに紫の周りを泳ぐ霊夢――

 と、アラームがなった。

 それはもうすぐ、このプールがなくなる合図。

 

「霊夢、こっちに来なさい」

 

 紫は霊夢の手を引き、だっこする。

 しばらくして、水は重力に従い――

 紫を巻き込み、ざばーっと焼かれた大地の熱を消火する。

 紫はずぶ濡れになった。

 

「次からは周囲に水が飛ぶように変えるわね」

 

 事前に忠告しなさいよと言ったが、彼女は悪びれずそう言った。

 ドレスが乾く間、彼女に言われ紫は巫女服を着た。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 霊夢はもうすぐ○歳になる。

 人の手を借りずとも、霊夢は一人で食事も出来るし、トイレにも行ける。お風呂は危ないので誰かと一緒には居るが……つまりは、以前より手が掛からなくなったと言うことだ。

 つまり、八雲紫はここで暮らす必要はほとんどない。

 時刻は夜の十時を過ぎた頃、博麗神社の一室で霊夢の母親と八雲紫と二人が向かい合う形でちゃぶ台の前で座っていた。隣の部屋では、霊夢が寝ている。

 紫は自身の不要性を伝える。

 巫女は簡単にそれに同意した。それが、紫には意外だった。

 あの時見せた彼女の表情。そしてこれまで一緒に過ごしてきた彼女の姿。

 必死に止めると思っていたのだが――

 彼女は腰を上げ、棚から一冊の本取り、テーブルの上に置いた。

 本のタイトルは、幻想郷縁起。それは写本だった。

 彼女は説明する。

 

「これは人里の稗田家が、幻想郷の人間が妖怪から身を守れるように特徴や弱点を記したもの。書き始めたのは今から千二百年以上前」

 

 紫は本をぱらぱらとめくる。

 闇の妖怪 ルーミア 周囲を暗闇と化す。月明かりのない場所に近づいてはならない。

 蟲の妖怪 リグル・ナイトバグ 蟲を操る。寒さに弱い。火を焚くあるいは燻す。

 風見幽香 アンノウン。

 吸血鬼 レミリア・スカーレット 運命を操る。能力の発動条件も書いている。

 土蜘蛛の妖怪 黒谷ヤマメ 感染症を操る。能力にあてられた者は隔離する。

 幾つかを抜き出すとこんな感じだ。

 八雲紫を記したページもあった。境界を操る能力。幻と実体の境界。月面戦争指揮者。その程度で、さしたる記述はない。

 

「何が、言いたいの?」

 

 本当は彼女が何を言おうとしているのかは分かるが、それでも問いかける。

 彼女はじっと紫を見つめる。

 

「私たちのしていることは、これ以上は無意味だってこと、よ。私達がこんなことをしなくても、人は自分たちが生きていけるように知恵を出しているって事なの、これは。」

「だったら、吸血鬼異変はどうなの? 貴女たち巫女が三人も死んだのよ。この幻想郷で最強の人間だった彼女ですら簡単に退けられなかったのよ。それが今後起こる可能性だって――」

「貴女は止めないの?」

「しないわ、そんな事は。抑止力は人が妖怪を退けることで成立するのよ」

「貴女は妖怪だから、なのかしら。どうして何でも力で解決しようとするの? 話し合いとか、ほかに解決する方法はいくらだってあるでしょう?」

 

 八雲紫は答えない。彼女の声のボリュームが少しだけ大きくなっている。

 しかし、霊夢が起きる気配はなかった。

 

「貴女はあの子が泣いたとき、どうしたの? なぐったの? 蹴ったの? 違うでしょう」

「……」

「貴女は、あの子が泣き止まなくて、私を頼った」

「……子供と妖怪は全然別よ」

 

 無駄だと分かっているが反論する。

 

「違わないわよ。あの子は人間で、貴女は妖怪」

 

 八雲紫は答えない。

 

「これ以上、あの子を、子供を縛る必要はないって言っているの」

 

 八雲紫は答えない。

 彼女は一度、言葉を止める。

 

「やっぱり、平行線ね」

 

 博麗の巫女はため息をつく。こうなることは予想済みだった。だからこそ、彼女の言う方法で決着をつける。

 

「なら勝負をしましょう。貴女が計画を続けると言うなら。私を倒して。貴女のいう力で私をねじ伏せてみて。貴女が勝てば、私は貴女に従いあの子を計画の歯車にするわ。でも、もし私が勝ったなら、貴女一人で計画を続けなさい。あの子を好きなように使えば良いわ」

 

 儀式。

 これまでの記憶を削除し、博麗の巫女としての知識を書き込む。

 自殺の防止。

 八雲紫殺害の防止。

 護符の使い方。

 博麗大結界の維持。

 

「随分とこっちに有利な条件ね」

「本当に、そう思う?」

 

 少し寂しげに笑い、彼女は言葉を続ける。

 

「貴女が私に勝てないようなら、貴女はあの子にも勝てない。絶対に」

「そうかしら?」

「あの子は私より強い。だから、決してあの子は貴女の思い通りにはならないわ」

 

 巫女は寂しげに笑った。

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 お祓い棒を持った右腕が空を切る。その軌跡にならって無数の護符が次々に出現する。それらは紫に向かって正面を向いていた。

 博麗の巫女の周りに浮遊する人の頭ほどの大きさの赤と白の陰陽玉の二つが、スキマ妖怪を交互に狙って突進する。その間隙を縫って、博麗の巫女が護符を投げる。

 左右に身を翻し、それらを避けながら、紫はくないを投擲する。

 攻撃を行った陰陽玉がすぐさま主人の防衛の盾となり、くないをあさっての方向に弾いた。

 距離を詰めようと前に重心を傾けた瞬間、視界が白く染まった。

 ちらりと視界が捉えたのは、空中で固定された護符がくるりと反転した姿だった。そして眩い閃光が走り――

 護符の裏にでも鏡を仕込んでいたのか、それとも――

 前方にスキマをつくり移動するか、それとも後方に飛ぶか――

 一瞬の逡巡が、致命的だった。

 紫の腹部に重い衝撃が走る。

 蹴られたのだ。

 それを理解した時には、体が木に叩き付けられていた。

 一瞬息が止まる。そして――

 

「動かないで」

 

 紫の首筋に一本の封魔針が突きつけられていた。

 

「負けを認めなさい、でないと本当に刺すわよ」

 

 胸ぐらを掴んで体を木に押し付けながら、彼女は顔を近づけ、鋭い瞳で紫を睨みつける。

 

「早く答えて、時間が経てば手元が狂って、本当に刺すことになるわよ」

 

 黒い瞳がじっと八雲紫を見つめる。

 紫は目を閉じ「負けたわ」と短く敗北を認めた。

 

 胸ぐらを掴んでいた手の力が緩む。

 

「三年後にはあの子も子供を産める体になっているわ。その後は貴女の好きなようにしなさい」

 

 巫女は紫の服から手を離した。

 

「さようなら、紫」

 

 八雲紫を背に、博麗の巫女はただ一人静かに歩いて行った。

 




NEXT EPISODE 【7月25日(3)】
「随分と疲れた顔、しているわね」
と、青白の巫女が自宅に戻ってきた八雲紫の顔を見て、そう言った。
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