博麗霊夢(1)
遠くでセミの鳴き声が聞こえる。
丸いちゃぶ台の上には二枚の護符。座卓は南に面した縁側――雨戸とふすまを開けた――から差す光に照らされている。
朝から風はほとんどなく、神社を覆う森の木々の匂いは、室内の巫女の鼻に微かに香る程度だった。差し込む陽光は暖かく、テーブルを照らすが、彼女の顔には届かない。
巫女は左側にある護符を左手で右側にある護符を右手で触れる。左側の護符の情報を、右側の護符に送り込む。徐々に札の文字が表面に浮かび上がる。
「……」
全ての情報を送り終え、博麗霊夢は一呼吸置いた。
彼女のしていることは護符の複製。
博麗神社住居部の一室で、彼女は護符を準備していた。これでオリジナルを含め合計四枚。
博麗霊夢の能力は様々なものを護符に封印することだ。また、封印したものを解放することも出来る。封印できるものはさまざまで、妖の能力や人などの生物も護符に封じることが出来る。
ここ一年で起きた紅霧異変や春雪異変などを解決する際に戦ったときには、周囲の暗闇にしてしまう闇の妖怪ルーミアの能力、氷柱――正確には冷気を操る能力だが――を作り出す氷の妖精チルノの能力を封じた護符を使った。
護符は現実に存在するものを封印できるが、存在しないものも封印することが出来る。封印と言うよりは創造するといった方が正しい。
自分の中でイメージした情報、あるいは構成を封じ込めることで、空想上のものを再現する。万能だが欠点は大きく二つある。一つは失敗することが多いこと。実在のものより存在が曖昧なため、構築する情報不足が原因で失敗する。かなり堅牢で精巧なイメージを構成しないと形が崩れてしまう。
もう一つはそれが霊力の塊であり、時間が経てば霊力が霧散し、なくなってしまうことだ。
ただ霊力を充填することで形を維持することも出来る。加えて一度作ってしまえば、複製することは簡単だ。複製する数の護符と霊力を消耗すれば良い。
この方法で二年前、私が作ったのはクローンだ。私と同じ記憶、知識を持ち、自身で思考し行動する。作った理由は簡単で、魔理沙との話から、とただ仕事をサボりたいという怠け心からだ。最初から可能だとは思わなかったのだが、偶然にも出来てしまった。一発で出来てしまったこともあり、その護符をすぐ一枚複製してしまった。バックアップという訳だ。
「霊夢」
外から魔理沙の声が聞こえ、少し遅れて黒白の少女が姿を現した。
霧雨魔理沙。魔法使い。いつもと同じ、白のブラウスに薄手の黒いベスト、サロペットスカートを着ている。白のリボンの付いた黒い三角帽が、彼女の顔にかかる日差しを遮っている。白と黒のモノトーン。
けれど、地味とは思えない。それは陽光を受けて眩く光るブロンドの長髪のせいなのか、顔の横で纏めた一房の髪を結んだリボンの赤色がアクセントになっているのか、大きなブラウンの瞳と端正な顔立ちによるものなのか、霊夢には分からない。ただいつもと同じで――
それとなく、霊夢は札を手で隠した。
「霊夢、花見をしよう」
魔理沙は季節外れなことを言い始めた。
霊夢が彼女と会うのは久しぶりだった。
永夜異変から一週間ほど経っている。これほど、間が空くのは魔理沙と会って以来、初めてだった。
魔理沙の話の内容はこうだ。
今、南の方で四季折々の花が咲いている――つまりは異変だ。
が、害もなさそうなので解決する前にみんなで花見でもしよう、と言うわけだ。
すでに紅魔館の面々、冥界の二人、アリスに声をかけたそうだ。
しかし、アリスは人形のメンテ作業で無理らしい。
時間は昼頃とアバウト。
条件は、それぞれ何かを持ってくること。
咲夜、妖夢は料理を持っていくと言っている。主人の為に色々と料理を作ってきているので、期待できそうだと魔理沙は言う。
魔理沙はお酒を持っていくという。
時間がない以上、あまり手間は掛けたくない。
霊夢は魔理沙同様、簡単に準備できるお酒を何本か持っていくと伝えた。
「ちょっと、護符の整理をね」
簡単に済ませたい理由として、今している作業を伝える。
普段も魔理沙なら、興味半分でここにいるのだが、魔理沙は明日の朝迎えに来ると言い、空へ飛んでいった。
魔理沙はあの子の事を、自分と同じ姿の青巫女についても言わなかった。
それが、立ち直った証拠なのか、それとも今だ引きずっているのか。ただ、いつものように長居することはなかった。
正直、ありがたかった。いつものように喋る自信が無かった。時間が経てば、いつも通りに喋れるとは思うのだが――
かぶりを振り、霊夢は再び作業を始める。
棚から一枚の護符を取り出す。昨日作ったまま効果を試していない護符。
巫女は、靴を履き外へと出る。
札を服に貼り、境内から手頃な小石を拾い、指で小石を頭上に弾いた。
落下する小石は巫女に当たる前に、透明な球状の膜に弾かれた。
防護結界の時間を確認する。
一……二……三……四……五秒。
構築した通りの結果だった。取りあえずは合格点。
これは紅魔館のメイド――十六夜咲夜の能力を間近で見るために作った防御結界札を改良したものだ。とは言っても、効果はもはや別物だ。
あれはギリギリまで、皮膚に触れるか触れないかの所で防御する。しかし、下手をすれば自身をも傷つけるものだった。
体に張れば、一度の攻撃は誰でも防御できる。
と、ぐらりと体が傾いた。
今は夏だが、日差しはそれほど強くない。霊力を消耗しすぎたのかもしれない。
早くしないと――
月の異変の前から感じていた胸騒ぎ、それはいまも続いている。いや寧ろ強くなってきている。
魔理沙が言っていた、花の異変のことなのか。それとも、もっと別の――
どちらにしても、時間はそれほど残ってはいない。
調べなければいけないこと、覚えなければいけないことが沢山ある。
霊夢は意識を集中し、一枚の護符を作り始めた。
NEXT EPISODE ???(1)
舟を漕ぎ、彼女は彼岸から此岸へと戻る。