【断章3】
そよ風一つない静かな朝だった。
時が止まったかのような世界。
しかし、それは錯覚で――
その証拠に、朝食の準備が整った事を告げる式神の声が聞こえた。
その朝食を終えるといつも通り着替えをする。
帯を緩め、何気なく紫は大きな姿見の前に立った。
鏡に映るのは、はだけた肌。
胸の膨らみ、そこからなだらかに下った腹部と小さな臍、僅かに膨らんだ下腹部。
そこに傷はない。
まじまじと観察した所でなにもない。
変化もない。
無意識に自分の体を観察するのは、恐らく今日が約束の日だからなのだろうかと紫は思う。
紫は服と下着を脱ぐ。
とはいえ、自分がする事などさしてない。
少しばかり、彼女の証言の裏取りを式神に行う程度だろう。
選択した下着を履き、いつも通りのドレスを纏う。
八雲紫は着替え、身支度を済ませると式神に改めて予定を告げ、スキマを展開した。
いつもと代わり映えのしない晴れた日。
スキマを博麗神社の正面に近くに繋げて移動する。
しかし、そこに巫女は居らず、居間へと繋がる縁側近くに二つ目のスキマを開く。
襖は開けられ、そこから覗く居間には正座をした巫女がこちらを見据えていた。
「返事を聞きに来たわ」
紫は巫女に対して、静かにそう言った。
心なしか彼女の目が暗く写る。
これも錯覚なのか――
落ち着いた声で博麗の巫女は静かに話し始めた。
「相手について……ですが、私と同年齢あるいは五歳前後の方なのですが……女性は三百八名、うち素質をもった方は……残念ながら一名だけです。
この魔力を持った人物が生まれる仕組みは、現在でもはっきりとは解明していません。遺伝といった形で必ずしも相伝されてもいないで……何かきっかけがあって魔力を持ち得る体になるではないかと考えられていますが、その詳細は判然としていません。
話がそれました。
該当者の名前は霧雨XX、既婚者です。
ですが、彼女には既に子を孕んでいる状態ですぐには対応できません。
出産までにはまだ半年以上掛かる見込みだそうです。
一世代前の女性も生存していますが、高齢であることと近親者となるのでリスクが高いです」
彼女は巻物状の家系図を、五世代分ほどを開いてみせる。
「どうしますか? リスクを背負い、こちらの方々にしますか?」
「貴女はどうしたいの?」
「……」
「すでに決めているのでしょう?」
彼女の答えは予想できている。
霧雨XX。
霧雨家の子供が生まれるまで待って欲しいという算段だろう。
「考える時間は十分あったと思うんだけど……」
博麗の巫女の答えを
彼女は顔を赤らめて、
「紫……さん」
「……何?」
巫女は小さな声で、
「紫さんと……では、ダメですか?」
と、言った。
「……」
「八雲紫さん。貴女とではダメですか?」
「……は?」
怒気を含んだ声を漏らすスキマ妖怪。
彼女は言葉を続ける。
「人と妖怪の交配はダメよ。霊力と妖力は相容れない。知らないわけでは無いでしょう。それに貴女は死んだ四人の原因に吸血鬼と仮定したのよ」
「……」
黙る巫女に
「紫さん。貴女ならこういった状況がいつか訪れることは予想されていたのではないですか? そして、そのための準備はされているのではありませんか?」
「……何が言いたいの?」
「保険として、交配可能な人物を確保しているのではありませんか? ここではない……外の世界で……」
答えるべきか、あるいは――
八雲紫は迷う。
「紫さんの子供……ですよね」
「……」
幻想郷の外の子供。
博麗家の計画の始まりと共に博麗には秘密で準備していたことだ。
千年以上前に人と交わり、産み落とした子。
そして、倍以上の時間をかけて出来た子。
使用する頃合いなのだろうか?
「一度、貴女の証言の確認を取るわ。それで該当する者がいなければ、貴女の言う通りその子を使うわ」
その身に妖力を失わせる事、何十世代。
そして、そこから五世代目の子供に能力者が生まれた。
結界の境目が見える能力者。
もしかするなら、結界の境目すら触れる事も可能かもしれない。
彼女の名前は――
マエリベリー・ハーン。
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二人の前にいるのは――